第319話 浮気の修羅場は哀しみと俺の胃痛しか生まないー①

 京都の近くにある、千陣せんじん流の本拠地。


 いくら眺めても飽きない、美しい庭。

 その一部を独り占めできる角部屋に、千陣夕花梨ゆかりが座っている。


 戸を外されたことで、二面にわたってのパノラマになっている和室。

 縁側から降りて、庭の散策も可能だ。

 秋が深まり、積雪による白い景色への準備が進む。


 今は、来客である小坂部おさかべけいを迎えて、野外で行われた戦闘の報告を聞いている。



 室矢むろや重遠しげとおの親友、寺峰てらみね勝悟しょうごが襲われると、カレナが予知した。

 ゆえに、室矢家への助太刀で、皐月さつきたちを出した。


 数人でも、常にデータリンクと同じ情報共有。

 さらに、能力の糸によるワイヤー機動と武器の形成、周りから見えなくなる霊体化も使えるのだ。

 展開していた敵の部隊を先に見つけて、タイミングをうかがったことで、完璧な奇襲に。


「敵の素性は、心当たりが多すぎると?」


「うん。今の室矢家は、海外にも関わっているし……」


 現場で見届けた慧は、夕花梨の質問に答えた。


 この部屋のあるじは、結論を述べる。


「やることは、同じです。襲ってきた連中は、残らず始末なさい。能力の開放を許します」


「ハイハイ。適当に、釣っておくから……」


 軽く応じた慧は、手を振った。



 2人の少女は、向かい合った状態で、座布団に座っている。

 しばし、お互いに茶とお菓子をいただく。

 どちらも厳選されており、お札が飛んでいく代物だ。


 不思議と、重遠たちが訪問した時とは違い、アニメグッズが消えている。

 武家屋敷にふさわしい光景に戻った和室では、その代わりのインテリアがなく、まるで引越し前後のような雰囲気。



 慧は、傍らに置いていた冊子を手に取り、パラパラとめくり出した。


 “――MARKET” と表紙にあって、美麗なイラストが描かれている。

 中のページにも、色々なキャラと紹介文が並ぶ。


 その厚さは数cmで、重さは1.6kg。

 鈍器のようだが、これは武具ではない。



 夕花梨は手に持った茶碗を回しながら、ぽつりとつぶやく。


「……それで、のですか?」


 分厚いカタログを畳の上に置いた慧は、汗ダラダラになりつつも、それに同意する。


「あとで確認したら、式神の刻印がついていて……。それで、どうしようか? 杜ノ瀬もりのせ家からは、『御姫様おひいさまをお助けしろ』と言われていたんだけど……」


 あごに指を当てた夕花梨は、しばし考えた後で、質問する。


詩央里しおりとお兄様は?」


「えーと……。詩央里からは、釜茹でにされたけど、『若さまにご迷惑をおかけしないのであれば』という返事ね。重遠からも、似たような回答……。とりあえず仕事もないし、のんびりするつもりだけど」


 ふうっと溜息を吐いた夕花梨は、慧の顔を見据えた。


「なら、私についてください……。どっちみち、同じことです。睦月むつきたちの制御に加えて、あなたまで管理したら、さすがに対応しきれません。杜ノ瀬家も、『フリーで動け』と言っていたのでしょう?」


「あー、うん。そうだよ! 私ほどのが特定の個人につくと、周りも五月蠅いから……のはずだったけど。ああ、故郷に帰りたい……」


 とある城で引き籠もりの小坂部慧は、妖怪に分類されている。

 九尾の狐などの大物と比べても引けを取らず、伝承では心を読み、超常的な力を振るう。

 彼女を見ただけで絶命する、という文献もあって、神格がないとはいえ、特別な存在だ。

 夕花梨と親しく、千陣家にいた重遠をよく知っている。


 しょげた慧に対して、夕花梨は微笑んだ。


「今のお兄様であれば、心配はいらないでしょう。これで、私との繋がりが増えたわけですし――」

「あれ? 消滅しかけた私には?」


 文句を言う慧に答えず、夕花梨は独白を続ける。


「詩央里にも、そろそろ回答を出してもらわないと……。まあ、彼女が恐れるのは、無理もないですけど」

「もしもーし! 私への心配は? 何でも命令できるのに手を出されず、女としてのプライドも傷だらけの私には?」


「やっぱり、油風呂で無制限の釜茹でを――」

「いえ、遠慮しておきます! それ、素揚げだから! 私は、野菜じゃないよ!? 素揚げは嫌です!!」



 ◇ ◇ ◇



 俺は、自宅のリビングにいた。

 同じソファに座っている面々を見て、内心でうんざりした。


 メンバーは、俺、南乃みなみの詩央里、室矢カレナ。

 もう一方のソファには、寺峰勝悟、多羅尾たらお早姫さき


 どういう話になるのか不明なため、咲良さくらマルグリットは呼んでいない。

 あいつに口を挟ませたら、ベルス女学校の立場で主張して、絶対に話がこじれるからな……。



 勝悟はドヨーンとうつむいたままで、奴の隣に座っている早姫は得意げ。


 詩央里からアイコンタクトをされて、俺は話しかける。


「多羅尾さんも千陣流という話だが――」

「早姫でいいわ。立場は、あなたのほうが圧倒的に上で、本来なら平伏したままで話すべき立場だし……。説明すると、私は氷雅莉ひがり家の寄子よりこで、派閥としては御姫様おひいさま……夕花梨さまよ。それで、こっちのボンクラは、斯波しば家の寄子で、泰生たいせいさまの派閥ってわけ」


 早姫が、俺の質問に答えた。


 あまりの事態に、俺は思わず勝悟を見た。

 しかし、言葉が出ない。


 それを見かねた早姫が、説明を続ける。


「勝悟は、千陣流のくさ――現地に溶け込む人員――で、御家は下のほう。でも、あなたが急に東京で進学するってことで、泰生派が監視役として同じクラスに潜り込ませたのよ。もちろん、上が!」

「……俺は、重遠の親友のつもりだった。そのことを知らされたのも、つい最近だ」


 俯いたままの勝悟が、その点だけは譲れない、と訂正してきた。


 チラリと隣の彼を見た早姫は、フォローする。


「そうね。勝悟は単純だから、隠し事ができる性分じゃない。こいつの様子を見た親御さん辺りが、報告していたのでしょう。草は、素人として動かすから、特に教育されないのよ。勝悟はウチを狙う勢力に襲わせる警報役でもあったから、余計に……。私たちは千陣流のため、あるいは自分の寄親よりおやのために、命を捧げるの。それから、他に草がいるのか? という質問をされても、私たちは知らないわ!」


 俺は、ふと疑問に思った。


「早姫は、どうなんだ?」


「私の多羅尾家は、勝悟の寺峰家よりも家格が高いわ。中堅ぐらいかな? 夕花梨さまに命じられて、あなたの警護で同じクラスになったの。裏であなたの評判を守っていたから、せいぜい感謝しなさい! まあ、私と勝悟は婚約者の間柄で、『一緒の場所にいたい』という願いは自然だったし……」


 驚いた俺は、思わず2人を見比べた。


「お前ら、婚約していたのか!?」


「そうよ」

「ああ……」


 続けて、質問する。


「高等部に入る前から?」


「ええ」

「そうだ」



 あれー?

 これ、やらかしていないか?


 自分がグループ交際に誘ったせいで、修羅場になった。


 そう思った俺が震えていたら、首を振った早姫は否定する。


「勘違いしないで。あなたは私たちの関係を知らなかったし、予め参加の有無を聞いていた。私も、『それぐらいならいいか』と思って、許したんだけど……」


 はあっと溜息を吐いた早姫は、隣でまだ暗くなっている勝悟を見た。


 これ以上は、俺が首を突っ込む話じゃない。


 そう結論づけて、話題を変える。


「反対する訳じゃないが、別の派閥同士で婚約はできるのだな? 初めて知った……」


 俺のほうを見た早姫が、慌てて答える。


「派閥といっても、下っ端はあまり関係ないわ。そもそも、異能者への差別もあるし、同じ流派での婚姻が推奨されているぐらい……。室矢家のご当主を非難するわけじゃないけど、他流の人間は色々と面倒なのよ」


 俺が考え込んでいたら、早姫がこちらを見ながら、呟く。


「私が夕花梨さまの御姿を拝見したことは、数えるほど。それも、遠くから、頭を下げた状態でよ? 直々に話したことは、『同じ高校に行って、お兄様を見守って欲しい』と頼まれた時だけ。自分の派閥のトップにして、御宗家ごそうけの直系に頼まれたら、二つ返事のみ。……私も東京で暮らしてみたかったから、ちょうど良かったけど」


 どう言っていいのか、と悩んでいたら、早姫は寂しそうに言う。


「御姫様が『死ね』と言ったら、私に否やはない。そういう命令は、意を汲んだ幹部が言うだろうけど。派閥の下は、そういうものよ……。上には上の苦労があるだろうけど、私たちも精一杯に生きている。あなたが私と勝悟の仲を裂くのなら、こちらも黙っていないわ!」


 気丈に言い切ったが、早姫の顔は強張り、最後の言葉は震えていた。


 俺は、室矢家の当主だ。

 実力が備わってきた今ならば、他の派閥の下ぐらいは自由にできるってことか……。


 まして、俺は夕花梨と親しい。

 勝悟と神子戸みことたまきの仲を認めてほしい、と言えば、夕花梨の口から告げられる可能性も。

 そうなったら、早姫に抵抗する術はない。


 これまで、自覚する機会に乏しかったが、俺もそれだけの立場なんだな。

 日本に根付いている退魔師で、その四大流派の一角。

 家臣に降りたとはいえ、十家よりも上だ。

 ここで迂闊な発言をすれば、彼らの人生がいとも容易く変わる、と。



 ガチガチに固まっている早姫を見た俺は、彼女を安心させるために宣言する。


「安心しろ。口を出す気はない」


 一気に脱力した早姫は、両手で顔を覆いながら、小さな声で呟く。


「……ありがとう」




 ――ベルス女学校


 書類仕事もスピーディーに完了させて、広い視野で行動する。


 以前とすっかり見違えた1年主席、時翼ときつばさ月乃つきのは、2年主席の執務室に入った。

 自分の姉である神子戸環に、用があったものの――


「環お姉さま!?」


 執務机に向かっている環は、恋愛成就のお守りに埋もれていた。

 座った状態で、ボケーっとしたまま。


 普段のハキハキした感じはなく、今にも、消え入りそうだ。

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