第318話 秋の紅葉と高校生カップルの別れ話(後編)

『ムクドリが逃げた! ハンターも一緒だ! 作戦βベータへ! どちらも、殺す気で撃て! ムクドリも異能者だ。躊躇ちゅうちょするな!』


 無線を聞いた兵士たちは、周囲に溶け込む状態で、構えているアサルトライフルや大型ライフルを握り直した。

 異能者にも通じる、大きな銃身だけが、今の頼り。



 北海道で発生した、正体不明の広域破壊。

 それを成した室矢むろや重遠しげとおは、今後のパワーバランスを大きく変えるだろう。

 『ベルス女学校の大破壊』も彼の仕業で、間違いない。

 しかし、奴には、『ブリテン諸島の黒真珠』が張り付いている。


 彼女は、ユニオンで王族に会い、円卓の騎士を動かした。

 日本の防衛省は、そのせいで上から下まで大騒ぎだ。

 そのような危険物には、関われない。


 ならば、黒真珠に言うことを聞かせられる重遠にとって、を押さえればいい。


 正室の南乃みなみの詩央里しおり


 違う。

 そちらも、千陣せんじん流の名家のお嬢さまだ。

 身を守る術ぐらい、備えている。


 真牙しんが流で注目の的になっている咲良さくらマルグリットも、戦略兵器だ。

 今では、本人の意向に関係なく、護衛を兼ねた監視役が見張っているだろう。


 それ以外にも、いるじゃないか。

 紫苑しおん学園で室矢重遠と親しく、それでいて簡単に誘拐できる人間。



 彼の親友の、寺峰てらみね勝悟しょうごが……。



 予想外だったのは、優秀な魔法師マギクスと一緒にいたこと。

 だが、度重なるイレギュラーのせいで、予定を早めざるを得なかった。


 街とは違い、このような野外では、遠慮なく銃火器を使える。

 それも、大人数で。



 ◇ ◇ ◇



 大型ライフルを構えている兵士は、必死に撃っていた。

 しかし、対異能者の銃だけに、反動が大きくて、当たりにくい。


 隣にいる相方は、普通のアサルトライフルで数発の指切りだが、焦れたのかフルオートで撃っている。

 なぜなら、その相手はジグザグに進路を変えつつも、まっすぐ自分たちに向かっているからだ。


 お互いに支援するためのツーマンセルだが、全く当たらない。

 いや、正確には――


「聞いてねえぞっ! 当たる弾が、斬られるなんて!」

「違う! 消えているんだ! あいつを絶対に、近づけさせるな!!」


 普通のアサルトライフルのほうが、マガジン交換。

 その間に自分が撃つも、足場が悪い森林のはずなのに、陸上選手よりもスムーズに走ってくる。

 よく見れば、低く浮かんだまま、空中を走っている。


 日本刀の刃をこちらへ向け、いわゆる中段の構えのような姿勢で、空中で横や逆さまになりながら、弾を回避している。

 どんどん大きくなる姿によって、彼が弾を斬っているのではなく、その刃の付近で消えている。と理解できた。

 動きやすい小袖に、はかま


「日本のさむらいってか!? 時代劇の中に戻ってろよ!」


 ライフルでは間に合わない距離になったことから、普通の小銃を持った兵士はその先端に装着している銃剣で、槍のように突く。

 いっぽう、大型ライフルを持っている兵士は、地面に捨てることで両手をフリーにして、胸のさやからナイフを抜き、同じく突きからの切り回しへ。


 接近戦にも慣れた対応だが、相手が悪かった。


 青少年が刀の切っ先にも当たらない位置で振り抜いた斬撃は、そのまま延長線上の兵士を両断した。

 反射的に受けた小銃ごと、文字通りに真っ二つで。

 普通ならあるはずの、金属同士の擦れる音もなく……。


 それを間近で見た兵士は、恐慌状態に陥った。


 しゃにむに突っ込み、半身で片腕を伸ばしてナイフで突き、そこから切り払うも、侍はウサギのように後ろへ飛び跳ねた。


 距離を取られたのなら、地面に落とした大型ライフルを拾って、撃つべきだ。

 けれど、冷静さを失った兵士は、手でナイフの刃を持ち、踏み込みつつ上から投げようとして――


 ドタンッと、地面に転んだ。


 兵士がすぐに起き上がろうとするも、両足がない。


「ァアアアアアア!?」


 戦っている侍がバックステップしながら、斬撃を置いていたのだ。

 その見えない罠によって、段ボールよりも容易く、両断された。


 一発逆転を狙い、ポーチから取り出した手榴弾の安全ピンを外すも、次の横薙ぎでまた不可視の斬撃が飛んできて、腕ごと斬り飛ばされる。


 ドンッと、破裂音がした。



 ◇ ◇ ◇



『敵は、何人だ!?』

『スナイパーチームと、連絡が途絶えた』

『攻撃を受けるも、敵を視認できない!』


 待ち伏せは、逆に襲われる可能性もある。

 それでも、寺峰てらみね勝悟しょうごを人質に取ったことを知らせて、恋人である神子戸みことたまきをおびき寄せた。


 人質が2人になれば、片方を傷つけても、まだ1人いることで対応しやすくなる。

 かまをかけることで、情報を引き出す。

 どちらかに指示を出し、言う通りに動かす。

 一気に、バリエーションが広がるのだ。


『木々の間を飛び回っている敵は、少女らしき複数! ……くそっ! また、消えやがった!? この化け物が!!』


 パパパと発砲音が響くも、仕留めた宣言はない。


 指揮官が、横にいる通信機を背負った兵士に話しかけようとするも、単分子カッターらしき糸で首を落とされ、絶命した。



 ◇ ◇ ◇



 包囲網を抜けた神子戸環と寺峰勝悟は、ようやく一息ついた。


 立ち止まった環は、不安げな顔。


「……勝悟も、異能者だったの?」


 気まずい顔をした彼は、それに答える。


「ああ……。今まで黙っていて、すまなかった」


 ジャキッ

「Don't move! Or I'll shoot! .......guffaw(動くな! さもなければ、撃つぞ! ……グハッ)」


 物陰から銃口を構えてきた兵士が、一瞬で切り裂かれ、傷だらけで倒れ伏した。

 まるで、真空の刃で斬られたように。


 環が勝悟のほうを見ると、大きなイタチのような獣が、両手と両足が鎌のような状態で空中に浮かび、クルクルと回転している。

 可愛らしい顔だが、鋭い目が彼女を射抜いた。

 それも、三匹いる。


 有名な妖怪。

 鎌鼬かまいたちだ。


 それで、拘束具がいきなり外れていたのか……。


 納得した環だが、騙されていた気持ちが強く、即座に反応できない。

 うつむいたまま、声を出そうとしたら――


 パンパンパン


 また、拳銃の発砲音が響いた。


 環が急いで身構えたら、見知らぬ少女が近くにいた。

 右手に古いリボルバーを持っていて、中ほどで銃身を前に折り、排莢はいきょうと再装填を行う。

 その仕草は、熟練の兵士のようだ。


 地面に落ちた空薬莢が、キンキンと甲高い音を立てる。

 さっきの兵士はまだ生きていたらしく、たった今、トドメを刺したようだ。


 その少女は、動きやすい服装のまま、リボルバーを下げた。

 ホルスターに収納するのではなく、そのまま消える。


「勝悟。ボサッとしていたら、死ぬわよ? ……はじめまして、神子戸環さん。私は、千陣流の多羅尾たらお早姫さき。見ての通り、式神使いよ。同じ千陣流での勝悟が、世話になったわね? 悪いけど、勝悟との関係は、これっきりにしてもらうわ」


 それを聞いた環が、目を見開いた。


 勝悟が文句を言いかけるも、早姫はバッサリと切り捨てる。


「あなたが、いつまでも言わないからよ? そのせいで、待ち伏せに遭っているし、これ貸しだから……。御姫様おひいさまもお出でになるというのに、余計な手間をかけさせないでちょうだい」


 その時、ズシャッと着地音を立てて、兵士たちと交戦していた侍が下りてきた。


 色は地味だが、動きやすそうな和装で、仕立てが良い。

 あれだけ動き回り、銃火器と交戦していたのに、汚れ1つなく、その足元の草鞋わらじは空中にすら足場を作る。


 左腰に黒塗りのさやを差して、右手に日本刀を下げた状態で、周りを見た。


「勝悟と、神子戸先輩か……。えーと、もう1人は――」

「クラスメイトの多羅尾早姫よ。もう一度説明すると、私と勝悟は千陣流の退魔師だから。詳しくは、後でね」


 侍の恰好をしている室矢重遠は、ゆっくりと納刀。


 その時、キャーッと悲鳴が上がった。


 重遠たちがその方向を注目したら、文学少女の系統でハイスペックな美少女がいた。

 木のてっぺんを飛び回っていた人物だが、ここの人物たちに知るよしもない。


 紫苑しおん学園の制服を着ていて、第一印象は姫。

 敵の兵士にナイフを突きつけられ、まさに絶体絶命。


「つ、捕まっちゃったー! 助けてー!」


 重遠は構わず、周囲に話しかける。


「よし、帰ろうか。早く、安全な場所まで――」

「おい、ゴラアアァ! 無視しないでよー!」


 溜息を吐いた重遠は、その美少女を見ながら、指摘する。


「自分で何とかしてくださいよ、けいさん?」

「姫に対して、その態度!? 重遠が新しい力を手に入れたから、わざわざ見てみようと思ったのに! だいたい、それ天装じゃん! いつ、高天原たかあまはらへ行ったのよ?」


 付き合いきれん。

 じゃあ、帰るか。


 そう思った重遠が立ち去ろうとしたら、小坂部おさかべ慧が絶叫する。



「初夜で一発目が暴発して、相手に慰められたって、バラすぞ、こんちくしょー! ……あ」



 重遠は左手で鞘を握り、鯉口こいくちを切った。

 つかに触れた右手を握り込み、左足からの抜刀をしつつ、次の右足の踏み込みと同時の鞘引き。

 上半身を低くしたことで、下から上への逆袈裟の抜き付け。


 その刃の動きに沿って、兵士に捕らえられている慧ごと、ぶった切る。

 今回は斬撃を飛ばすのではなく、遠隔で直接だ。


 刃が届くわけがない距離なのに、諸共に空間が切り裂かれた。

 不意を突かれた兵士は、二枚下ろしに。


「うひょおおおおおお!? セーフ! 私、セーフ! いくら口が滑ったからって、何する……。ちょっと!? 右腕! 私の右腕が!」


 残念なことに、避けたはずの慧は右腕を切り飛ばされていた。

 しかも、その切断面から、ジワジワと崩壊している。


「わ、私にここまでやって、タダで済むとは思わないでよ!? いくら夕花梨ゆかりの兄だからって、手を出されないとは……。エエエエエ! さ、再生できない? ちょっと、ヤダ! 消えちゃう! 私、消えちゃう!?」


 火を消すようにパタパタと崩壊している部分を動かすも、慧の崩壊は止まらない。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許して! 舐めろと言うなら、舐めるし。咥えろというのなら、咥えるから! お願いします! お願いします! ……ア゛ア゛ア゛。や゛だ、やだよォ」


 もはや、恥も外聞もなく土下座している慧に、周囲は重遠に対して、非難する目つき。


「もう、同じことはやらないな?」

「は゛い! や゛り゛ません! 二度と逆らいません゛。あなた゛に゛した゛がいますので……」


 そういうわけで、慧は許された。




 後日、この話を知った南乃詩央里は、慧を『釜茹で』にしかけるが、それはまた別の話だ。

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