第317話 秋の紅葉と高校生カップルの別れ話(前編)

 紅葉狩りの季節となった山々。

 その中で一際高い木のてっぺんに、1人の少女がいた。

 革靴の底によって、器用にバランスを取っている。


 ブレザーの制服を着ていて、長い黒髪、紫の瞳。

 その見えている肌から若いと判断できるものの、その整った表情からは、不思議と歴史の重みを感じる。

 威厳のある顔つきで、誰もが『可愛い』ではなく、『美しい』『気品がある』と表現するだろう。


 彼女は、目的地と思しき場所を記した紙を手に持ち、きょろきょろと見回す。

 肩には学校指定のカバンがあって、周囲の状況を考えなければ、登下校中の女子高生だ。


 ふあっと欠伸をした後で、シュッと消えた。

 離れた位置の木のてっぺんに移動。


 それを繰り返し、いずこかヘと立ち去った。




『ムクドリは、木で休んでいる。捕獲の準備を始めろ』


『リード、了解』

『ハンディ、準備完了』

『ゴーズ、待機中』




 街から離れた、見通しの良い展望台。

 東京では珍しく、自然豊かな場所だ。

 日帰りでも行きやすい、整備された登山道を上りきった終着点。


 紅葉で赤く染まった木々が、盛秋せいしゅうであることを伝えてくる。


 日差しが良ければ、いつまでも過ごしたい空間に、高校生らしき男女がいた。



「それで、話って何かな?」


 余所行きの服装をした神子戸みことたまきは、隣に立つ寺峰てらみね勝悟しょうごを見た。

 その雰囲気はすでに打ち解けており、信頼できる相手としての視線だ。


 いっぽう、勝悟は、煮え切らない態度。


「俺、お前にまだ言っていないことがあるんだ」


「うん」


 環は、高鳴る胸の鼓動を感じた。

 友達以上、彼氏未満となっている男子を見る。


 その柔らかな笑顔と向き合った勝悟は、用意していた言葉を引っ込める。


「……お前、髪型を変えたんだな?」


「あ、うん! 髪を伸ばそうと思ってさ! に、似合うかな?」


 生返事で応じた勝悟は、気を紛らわすように、展望台の端にある手すりを掴み、山々を見た。

 環も、それに倣う。


「山が紅い。まさに、秋の盛りだね……。僕たちが会ったテーマパークから、もう数ヶ月ぐらい?」


「そうだな……」


 返事をした勝悟は、溜息を吐きかけたものの、何とか堪えた。

 その代わりに、トイレへ行く、と述べて、場を仕切り直す。




 取り残された環は、手持ち無沙汰のまま、立ちすくんだ。


「告白してくれる……。って、感じではないかな」


 後ろめたそうな表情が気になっていたけど、今日は特に酷い。

 だったら――


「別れ話かな……。やっぱり」


 環にも、いい加減にハッキリしたい気持ちはある。


 学年主席は忙しく、会いたくても会えない。

 高等部2年の終わりも近づき、そろそろ進路選択。


 だけど、怖い。


 共学だったら、こんな関係でも、クラスメイトや部活の仲間として一緒に居られたのに……。


「元々は、室矢むろやくんの紹介で、グループ交際をしただけ。勝悟から告白されていないし、友人というにも首を捻る関係だね。まあ、僕が年上だから敬遠されている、とは考えたくないけど」


 自分が特殊な立場でなければ、普通に遠距離恋愛もできた。


 だが、真牙しんが流の魔法師マギクスとして、女子校の上位の1つ、ベルス女学校の学年主席。

 非能力者の彼氏がいたら、弱みになってしまう。

 そろそろ、潮時だ。


 頭では分かっているものの、環としては未練が残る。

 女として期待していることもあり、ズルズルと引きずってしまった。



「……ちょっと、遅すぎる」


 腕時計を見た環は、顔をしかめた。

 伸ばした指で、もう片方のリストバンドに触ると、ピッピッと電子音が鳴る。


 そして、一瞬でその場から消えた。




 魔法で身体強化をした環は、山道の途中にある休憩所に辿り着いた。


 平屋だが、開放型の店舗を兼ねた、住居タイプ。

 ひさし付きの扉は、店員の出入り専用。

 客は、外から店舗スペースへと直接入る。

 店の前には、折り畳みの長机とパイプ椅子による飲食スペースも。


 環は、壁際に並ぶ自販機と有料コインロッカーに沿いながら、そっと店舗の中を覗きこむ。

 誰もいない。

 昔の駄菓子屋のように、店員が奥にいるはずだが、その気配すら感じられない。


 ここのトイレは、店員の許可がなければ、使用できない。

 前は外で独立型のトイレが並んでいたものの、マナーが悪いことから別の管理へ。


 海外と同じように、維持費としてチップを払うのだ。

 その代わり、悪趣味な人間が仕掛けをすることや、汚れすぎている心配はない。

 基本的に、チップと、1人用のトイレットペーパーの引き換え。


 また、店内には監視カメラがあって、抑止力として機能中。



 トントンとその場でジャンプした環は、緊張を高めた。

 店内に入り、トイレの方向へ進む。


 案内板に従って歩くと、再び屋外になった。


 四角い、茶色の建物がある。

 正面には白いドアが規則正しく並び、両端には洗面台と蛇口。

 上には、いくつかの照明。


 そのうちの1つで、ドアが開いたまま。


 その入口の手前に、この山の登山道の案内図と、見覚えのあるキーホルダーが置いてあった。


 鋭い目つきになった環は、不意打ちを警戒しつつ、遠くから石ころを投げつけた。

 ぶつかったキーホルダーが動くも、反応はない。


 ワイヤーや紐の仕掛けに注意しつつも、瞬間的に案内図とキーホルダーを回収した。

 拾う瞬間を狙った狙撃も、あり得るからだ。

 魔法による身体強化をした状態で、すぐに離脱する。



「恐れていた事態になったか……。電波妨害をされている? ここまで人けがないのも変だし、組織的な待ち伏せだろう。スマホの通話を盗聴されたのかな?」


 スマホが圏外になっていることを確認した環は、自分の未練のせいで勝悟を危険に晒した、と自覚。


 緊急マニュアルによれば、一目散に安全エリアまで離脱するべき。

 罠であるポイントへ、行ってはならない。

 自分1人なら、囲まれていても、突破できるだろう。


 しかし――


「僕が助けないと……」


 環は、真牙流の増援を呼ぶよりも、自らが出向くことを選んだ。




 指定されたポイントは見晴らしが良く、2人の外国人が勝悟を捕らえていた。

 彼らは兵士の服装で、アサルトライフルを装備。

 顔を隠すために、半透明のお面を被っている。

 パッと見では普通の顔だが、塗られた色によって、元の顔が分かりにくい。


 それに対して、勝悟は両手を前にしたまま、手錠で拘束されている。

 両足は自由だが、囚人のような重りが嵌められている。

 首筋にも、ナイフを当てられたまま。



「勝悟!」

「すまん、ドジッた……」


 駆けつけた環が叫んだら、両横の兵士に捕まっている勝悟が申し訳なさそうに謝った。


 環が魔法で周囲を探ったら、予想通りに囲まれている。

 勝悟たちの背後に広がっている木々の影など、見えにくい場所で遮蔽しゃへいを取りつつ、こちらに銃口を向けている。


 しかも、殺気どころか、気配すら感じられない状態で。


 おそらく、入出国のマークをされにくい非能力者で、実戦経験が豊富な傭兵だ。

 下手をすれば、どこかの特殊部隊。


 兵士の1人は、の大型ライフルを持っている。

 通常のアサルトライフルと比べて、ハイパワー。

 その専用弾は、マギクスの防護シールドを貫き、身体強化の肉体を打ち砕く。


 長く、高威力の弾丸に耐えられるだけの銃身。

 大きなサイズの半分ほどは、発射時の衝撃吸収と、撃ち手が保持するためにある。


 簡単に入手できる物ではない。

 かなりのバックがいるね。

 思っていた以上に、本格的だ。


 そう考えていた環に、勝悟を拘束している兵士の1人が話しかけてくる。


「神子戸環だな? 少しでも動くか、魔法を使用したら、こいつが傷つくぞ? 最初は片腕、次は片足だ。その場で両手を上げて、ひざまずけ!」


 やむなく、両手を上げ、跪いた。


 それを見た兵士が、横にいる奴に合図を送る。

 うなずいた相方は、両手で持っている大型ライフルの銃口を上げて、環へ接近する。


 縦長の箱にも思える形状。

 対物ライフルと、通常のアサルトライフルの中間ぐらいのサイズだ。 


 自分を殺せる銃口を向けられながら、環は、勝悟に張り付いている1人を無力化できないか? と思案する。


 そうすれば、後は離脱するだけで――



 圧倒的な優位に立った兵士2人だが、降参した環に注意を向けているのは1人。


 近づいてきた兵士は、大型ライフルの必中距離で立ち止まった。

 映画のように、ノコノコと隣まで来てくれれば、環は自分に触れた手や銃口を頼りにして、逆に制圧できたのだが……。


 大型ライフルを構えた兵士は、片手で拘束具を2つ取り出して、環の足元に放り投げた。


「それを自分の両手、両足につけ――」

 パアァンッ


 

 念のために用意していた、フラッシュバンの中身。

 それを手の平から放り投げ、魔法で発動と増幅をした。

 近くにいた兵士が、思わず怯む。


 フラッシュバンは、瞬間的に閃光と轟音を出す。

 食らった相手は、約1秒の停滞。

 事前に備えていれば、爆発した位置と距離にもよるが、ほぼ影響なし。


 今回は、完全な不意打ち。

 ちょうど環への注意がおろそかになっていて、片手で拘束具を持っていた直後。

 形だけ向けていた銃口は、彼女を見失った。


 目を閉じたまま、伏せていた環は、周囲を確認せずにクラウチングスタート。


 フラッシュバンで一時的に混乱していた兵士が連射するも、身体強化をした環に当たらず、近くの地面をえぐるのみ。

 しっかりと銃身を固定していないうえに、強いリコイルで、銃口が暴れた。

 空へ向かって、撃ち続ける。


 遠くから狙っている兵士たちも、慌てて発砲したが、やはり当たらない。


 環は、勝悟と兵士の2人に迫った。

 地面を滑るように低く動きながら、敵の足元へ飛び込む。


 勝悟の近くにいた兵士は、いきなりの轟音に気を取られるも、すぐに人質を傷つけることで環を止めようと試みるが――


 パン


 乾いた音が、一発。


 それと同時に、兵士の身体が撥ねて、苦しむ。

 後ろから撃たれたようだ。


「Where?(どこだ?)」

「I don't know!(分からん!)」


 別の位置の兵士たちが騒ぐも、その犯人は見つからず。


 その間に、環は前転しながら飛び込み、勝悟を拘束している兵士の足を崩しつつ、倒れ込んだところで巻き付くように首の骨を折った。

 暢気に絞めている余裕はない。


 すぐに立ち上がりつつ、勝悟を抱えて逃げようとするも――


「俺は、自分で動ける! 行こう!」


 なぜか拘束具が外れていた勝悟が、力強く言い切った。


 今は、話をしている場合ではない。

 こちらへの発砲が続き、着弾による衝撃で破片が飛んできて、至近弾による風切音も響く。


 パンパンという、拳銃らしい発砲音が交ざっている中で、環と勝悟は安全なエリアを目指す。


 心配した環が後ろを見るも、勝悟はきちんとついてくる。

 彼女は、敵の少ない方向を突っ切ることに決めた。


「最短距離で、敵の包囲を抜けるよ!」

「分かった!」

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