第316話 迫りくる原作の主人公と新たな死亡フラグ(後編)

 問題は、原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】の主人公、鍛治川かじかわ航基こうきだ。

 決して諦めない性格だから、南乃みなみの詩央里しおりの周囲を嗅ぎ回っていそう。


 これまで全く情報を与えず、コミュニケーションも取らなかった。

 室矢むろや家として、そろそろ上下関係を叩き込むか。


 詩央里が俺の婚約者で、咲良さくらマルグリットを愛人にしていることも、オープンせざるを得ない。


 遅かれ早かれ、女を囲っている事実は、周りに広まる。

 知らないところで暴走されるぐらいなら、その前に教えたほうがいい。


 …………


 よし。

 航基には事実を明かすとして、その前提で、ガチガチに態勢を固めよう。

 釘を刺したうえで、また暴走したら、退魔師として引導を渡す。


 場合によっては、始末する。



「そろそろ、あいつと対決する頃だな……。詩央里! 航基が周囲をうろつくとか、不審なことはあるか?」


「えっと……。いえ、特には――」

「あの男なら、興信所に依頼して、このマンションと詩央里、マルグリットの素行調査をさせている」


 詩央里の返事をさえぎって、ボソッとした声が響いた。


 その方向を見たら、弥生やよいの姿。


 リビングにいる全員の視線を集めた彼女は、ぽつぽつと、語り出す。


「私たちが、詩央里に近づく航基を遠ざけていたけど、プロに依頼する方向へスライドした。このマンションは色々な勢力が見張っているから、わざと泳がせている……。詩央里! 夕花梨ゆかりさまの件は、話していいの?」


「えーと……。も、もう少し、待ってもらえますか?」


 珍しく焦っている詩央里は、弥生に返した。


 こくりとうなずいた弥生は、喋り出す。


睦月むつき如月きさらぎ、私の3人は、このマンションに住んでいる。同じフロアにいるから、用事があったら呼ぶといい。その目的は、詩央里の護衛と、周辺にいる脅威への牽制けんせい、および排除……。前に住んでいた物件は、もう引き払った」


 詩央里が拒否している以上、ここまでにしておくか。


 その時、マルグリットが弥生を指差しながら、叫ぶ。


「え? え? いきなり、少女が現れたんだけど……」


 マルグリットを見た弥生は、気品のある、お辞儀をした。


「お初にお目にかかります。私は、千陣せんじん流の御宗家ごそうけである千陣家の姫さま、千陣夕花梨の式神が1人、弥生。いきなり現れたのは、霊体化していたから……。日本人形の怪異で、他にも10人ぐらい。姫さま共々、よろしくお願いします」


「ああ、卯月うづき皐月さつきのお仲間ね? 私は、咲良マルグリット。よろしくね!」


 マルグリットが返事をしたら、弥生はこくりと頷いてから、スッと消えた。



「詩央里……。夕花梨について話があるのなら、早急にまとめろ! 現状では、手札を惜しんでいる余裕はないし。実妹の夕花梨とは、嫌でも関係を持つのだから……。それから、沖縄、真牙しんが流と繋がりをもった件で、弓岐ゆぎ家に挨拶をしておく。できれば、親父とも会いたい。そちらの日程の調整も、頼む」


「はい、若さま。この話し合いが終わりましたら、すぐにでも……」



「カレナ。悠月ゆづき家について、報告しろ! 独断で動いたことを責めないが、彼女たちの危険度を知りたい」


 頷いた彼女は、テーブルの上のポテチを食べる合間に、説明する。


「悠月家は、ドイツの魔法使いの家系だ。魔女狩りの被害に遭いかけた時、ユニオンに籠っていた私が助けた。その縁で顔が利くから、昔の盟約によって対物ライフルと、対戦艦ライフルのバレを借り受けたのじゃ。といっても、隷属ではない。現当主の五夜いつよが言っていたように、対等な取引として行った。今はバレによる魔法だけで、日本の魔法師マギクスでいることを誇りに思っている。信用できる相手だ。今回はユニオンにいたVIPである私と、多方面の海外勢力と繋がっている重遠しげとおを庇い、矢面に立ってくれた。……詩央里、明夜音あやねは受け入れろ。でなければ、次の全賢者集会(サピエン・キュリア)でマルグリットを取られる。それと、味方にしておけば、あやつの傘下に頼みやすくなるのじゃ。今後は、そういった業者探しにも、気を配らなければならん。お主らがどうしても嫌なら、別の手段を考える他ないが」


 詩央里は、首肯した。


「検討します。全賢者集会サピエン・キュリアで全面的に擁護してくれた御家であれば、その恩には報いるべきですし……」


「どっちみち、室矢家のために動いてくれる寄子よりこの問題があるからな。規模から考えて、一方的に取り込まれないように注意する必要はあるけど、前向きに考えよう。明夜音の人柄などは、会った時に確かめておく。悠月家の管理については、お前に任せるぞ?」


 カレナもこくりと頷き、紅茶を飲んだ後で、話を続ける。


「ユニオンに帰り、円卓の騎士団を動かした。ウィットブレッド公爵家の令嬢として、日本の防衛省、沖縄のキャンプ・ランバートへ手紙を届けさせたのじゃ。連中がまた迷惑をかけないためで、重遠が動く必要はない。それから、お主をアイに紹介したい。その件は詩央里と話したうえで、また報告する」


 俺は考えをまとめながら、自分の意見を言う。


「どう足掻いても、高校生になったばかりの俺と詩央里では、貫禄が足りない。だから、社会的に立場がある御家を盾にすることで、時間を稼ぐ! 最低でも、高校を卒業するまでは……。大学生と社会人のどちらにしたって、もう遊べないだろう。開き直って、在学中はゆっくりするべきだ」


 真剣な顔の詩央里は、質問する。


「若さまは、どの御家を頼る気ですか?」


「千陣流では、詩央里の関係で南乃家。しかし、桜技おうぎ流の『刀侍とじ』の関係で、南乃隊とは微妙な関係……。だから、絶対に裏切らない御家と見なし、軸にすれども、資金、政治力では頼らない」


 可愛らしく悩んだ詩央里も、同意する。


「ウチは妖刀を使うのが取り柄で、それ以外は自信がありませんからね……。もちろん、十家や、他流の上位家と比べての話ですが」


 南乃家は、穢れの妖刀を使うことから、お寺との繋がりがある。

 無念のあまりに変貌したわけで、必然的にそちらと密接な関係に。


 お寺からの派生で、多方面にわたって食い込んでいるのだ。

 用心棒のごとく、日本全国ですぐ駆けつける代わりに、事業の一部を譲ってもらうなどで、十家の1つに相応しい収入を確保。


 決して、侮れる御家ではない。

 他の上位家が、ご立派な経営者とかで、さらに凄いというだけ……。


「それ以外では、夕花梨を頼る。あいつとの関係にもよるが、その派閥のいくつかに協力してもらえれば、理想的だ。こちらは、資金と政治力に期待する。室矢家の手足になってもらうことも……。それから、弓岐家は従来通りにスポンサー、当主会の票として使う」


 じっと俺の顔を見ている詩央里は、やはり同意する。


「まあ、そんなところでしょう……。他流については?」


「桜技流に対しては、『刀侍とじ』の称号を維持する。こちらは御家ではなく、咲耶さくやに認められている天沢あまさわ咲莉菜さりなという個人が対象で、千陣流の当主会への抑えだ」


 ここまでは、異議なし。


「さて、真牙流だが……。カレナが管理する前提で、悠月家と親しい付き合いをする。高校を卒業した後の出世払いになってしまうものの、これで大部分の問題が解決するはずだ。そういうわけで、明夜音も、俺のハーレム入りをさせたい。さすがに、それもなしでは、無茶苦茶すぎるから……。他の上級幹部(プロヴェータ)については、悠月家に取りまとめを頼む」


 考え込んでいた詩央里は、決断を下す。


「了解しました。普通に会うことは、どうぞお好きに……。初夜については、準備が必要ですよ?」


 俺が頷いたら、詩央里は、まだ真剣な表情。


「若さま……」


 その剣幕に押されて、無言で、詩央里を見つめる。


 彼女は、意を決したように、声を絞り出す。


「夕花梨から、若さまは、私を一番にしてくれますよね?」

「それは、もちろん……。急に、どうした?」


 だが、それに対する返事はない。



 沈黙が訪れて、詩央里の発言を待つ。



「その言葉を信じます。次にウチの本拠地へ出向いたら、夕花梨と話をしましょう……」


 言い切った詩央里は、しばし黙った後で、普段通りに戻った。


 思い詰めた様子が気になったものの、すぐに答えてくれる雰囲気ではない。

 仕方なく、残っている用件を片付ける。


「詩央里! 咲莉菜に、連絡を取ってくれ。『刀侍とじ』の称号を紙切れにしないために、今後の関係を話し合う。お前も立ち会え」

「承知いたしました」


「そういえば、古浜こはま所長と、しばらく会っていないな……」

「奴については、私から報告があるのじゃ! 室矢家として、どう利用するのか? が悩みどころだ。急ぎではないから、また折を見て、話し合おう」


 室矢カレナのほうを向き、首肯した。



 俺は、マルグリットの顔を見た。

 彼女は後ろめたい表情で、目を逸らす。


「お帰り、メグ! 紫苑しおん学園に行くかは別として、しばらく、家でゆっくりするといい」


 それを聞いたマルグリットは、ようやく、俺の顔を見た。

 視線が絡み合う。


 春の到来を喜ぶ花のような笑顔を浮かべた彼女は、心底嬉しそうに、返す。


「うん! これからもよろしくね、重遠!」



 カレナは自分のスマホで、どこかへ連絡している。

 おそらく、悠月五夜だ。

 その証拠に、明夜音から、メッセージが届いた。


「重遠。ゲームしよう、ゲーム!」


 パタパタと動き、リビングの大型テレビで準備をする、メグ。

 後ろを見たら、詩央里はダイニングテーブルに座って、自分の手帳を見ながらのスマホ弄り。


 その様子を見ていたのか、マルグリットは、俺の肩に頭をのせた。


「変に気を回しても、仕方ないわよ? 私が言うなって話だけど、休める時には休んでおかないと」


「ま、それもそうだな……」

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