第315話 迫りくる原作の主人公と新たな死亡フラグ(前編)

 悠月ゆづき五夜いつよは、俺の顔を見据えたままで、口を動かす。


室矢むろやさんの覚悟は受け止めましたし、カレナの力も理解しているほうです。けれど、私共わたくしどもは、他流の若造に言われて、二つ返事をできません。真牙しんが流が日本で勢力を広げてきたのは、伊達や酔狂ではなく、権力と財力を重視したからこそ……。カレナが動けば、私共は壊滅するでしょうけど、その代わりに日本も共倒れになると思いますよ? 大穴が空いたら、他の大国がこぞって押し寄せますから。まあ、それらも薙ぎ倒して、カレナ女王による統一王国を作るのなら、話は別ですけど」


 俺が室矢カレナを見たら、無言で、首を縦に振った。


 千陣せんじん流の内部でも、俺はかろうじて自分を認めさせた程度。

 真牙流の魔法師マギクス、その関係者、果ては上級幹部(プロヴェータ)と殺し合いを始めたら、ウチの十家は敵に回るだろう。

 他流との戦端を開いたこと、何よりも、国家の敵として……。


 そうなったら、南乃みなみの詩央里しおりが覚悟を決めても、両親や、その配下との殺し合いだ。


 咲良さくらマルグリットも、ベルス女学校の面々に責められ続けた挙句に、同じく殺し合い。

 負けることはないが、大きな心の傷を負う。

 原作の月乃つきのルートの再現だ。


 千陣流、真牙流のみならず、天沢あまさわ咲莉菜さりな桜技おうぎ流とも、当然ながら敵対する。

 非能力者たちを敵に回せば、農作物、インフラの構築といった、社会形成に必要なものを全て失うだろう。


 ユニオンやUSFAユーエスエフエー、東アジア連合に亡命しても、同じことだ。

 そこで、カレナの信奉者たちと自治区を作り、周辺諸国と渡り合うしかない。

 要するに、今以上の面倒臭い状態に置かれるわけだ。


 俺の内心を見抜いたのか、五夜が諭す。


「高校生になったばかりの室矢さんは、大人げない大人のやり口が分からないでしょう。いざとなれば、なりふり構わずの妨害、潰し合いもあるのです。国がどうなろうと、自分たちの権益を優先することもありがちです。そのことを頭に入れておいてくださいませ……。その点、私の悠月家であれば、普段から御力になれます。財閥の1つゆえ、高校の卒業後に経営をするなど、色々な選択肢を用意させていただきます。室矢家の秩序を乱すつもりはございませんので、明夜音あやねをお使いいただければ、幸いですわ。娘の肌は、まだ他の男が触れておりません。ぜひとも、ご一考を」



 ◇ ◇ ◇



 真牙流の幹部たちが帰った後で、俺たちは、長く息を吐いた。


「これで、真牙流ともコンタクトを持ったわけだ。いよいよ、後戻りできなくなったが……。ぶっちゃけ、よくメグを取り戻せたよなー」


 俺のつぶやきに、南乃詩央里が応じる。


「ええ……。メグの力を見せて、高校卒業までの保留……。室矢家が真牙流の全賢者集会(サピエン・キュリア)を動かしたので、大勝利と言えます」



 咲良マルグリットは、室矢家へ自分の価値を示せば、それで良かった。


 だが、俺は違う。

 他流の全賢者集会サピエン・キュリアで、自分の力を証明する必要があった。


 バカ正直に防衛任務へ参加しても、まず握り潰される。

 真牙流は、戦略級のマギクスであるメグを欲しがるからだ。


 ポイントZの中隊長と副隊長は良い人だったが、圧力や交換条件で転ばない保証はない。

 正しく報告してくれても、途中で真牙流の幹部に修正されたら、それまでだ。

 他流の俺には、自分の戦果がどう記されているのか? も分からない。


 全賢者集会サピエン・キュリアに俺の活躍が届いても、我々のマギクスが優秀だったから、と言われた場合、それで終わるのだ。

 間違いなく、そちらの方向で、反論された。


 少しは貢献したから、お情けで敢闘賞はくれてやろう。が、せいぜいだ。

 特賞の咲良マルグリットには、かすりもしない。



 ここで、問題となる点は、2つ。


 俺が、他流の人間であること。

 マルグリットと同じ以上の価値があるとは、思えないこと。


 前者については、バレで魔法を使うマギクスに徹することで、クリア。

 けれど、後者が問題だ。


 第二の式神を使わず、どうやって……。


 それは、カレナが解決した。

 悠月五夜から、試作品である『対戦艦ライフル』を貸してもらったのだ。


 大容量のマギクスの火力をそのまま活かせるデバイス。

 平たく言えば、戦艦の主砲を外して、歩兵が撃つようなもの。


 そこに、マルグリットと、室矢カレナの力を合わせたのだ。


 マルグリットが接続している、異次元のエネルギー。

 そして、彼女の魔法技術。


 室矢カレナの精密な制御。

 さらに、枠を作ったうえでの、重力子の照射。


 その結果として、ミーゴの拠点である山を消した。

 陸上防衛軍のヘリ、そして航空防衛軍の早期警戒機も飛んでいたから、俺がやったことは明白だ。

 何よりも、他のマギクスには、絶対にできない芸当。


 全賢者集会サピエン・キュリアで、何を言われても、俺がやったと証明できる寸法だ。


 防衛任務における、帰還命令の無視?

 これは真牙流の話であって、厳密な意味で、陸防は関わっていない。

 所詮は、連中がどう判断するか? というだけ。


 自分たちの土俵で、前人未到の魔法を行使したんだ。

 命令違反を理由にどうこうするよりも、自分たちに協力させたほうが賢明。


 バレのないマギクスは魔法を使えないから、安全。

 自分たちが発動体を管理していれば、俺が脅しにかかる危険はゼロ。


 籠絡するために、同年代の女を寄越してくる。とは思っていたが、予想していたよりも、大物の娘が出てきたな……。


 ま、存在しないエネルギーで、超常的な制御をやったわけで。

 いくら考えても、“不可能ということが分かった” が、精一杯。


 重力砲なんて、もう1つの宇宙を作ります、と同じ話だろ?


 りょう愛澄あすみと五夜の言いぶりを見たら、それでも全賢者集会サピエン・キュリア上級幹部プロヴェータは、渋っていたようだ。


 マルグリットを真牙流から引き離すことは、彼らとの全面対決を意味する。


 それは、望ましくない。

 味方になってくれた面々との関係をしっかりと繋ぎ、室矢家にいることを認めさせるべきだ。


 今後は、室矢家が自分の支援者をどう扱うのか? も問われるな……。



「あ、若さま! 梁さんから、『天ヶ瀬あまがせさんの件で、首相が話をしたい』とありましたけど?」

「……相手の都合で、調整してくれ。こちらが希望を出したら、たぶんキリがない」


 詩央里は、分かりました、と返事。


 いや、どんだけ案件が溜まっているんだよ?


 ああ、詩央里に負担がかかりすぎている。

 彼女を裏方に回しても、手が足りない。


 もう1人ぐらい、事務方がいたらなあ……。


夕花梨ゆかりに、信頼できる人間を回してもらうか? 次に、千陣流の本拠地へ行くタイミングで……。絶対に裏切らないことは難しいけど、せめて雑用ぐらいは――」

「え? え、ええ……。そ、そそ、そうですね、若さま……」


 話しかけたら、詩央里は、かなり動揺した。


 声が震えっぱなしで、目も泳いでいる。

 かなり疲れているようだ。


 うむ。

 夕花梨に頼んで、誰かをもらおう。



 その時、マルグリットが、申し訳なさそうに話す。


「本当に、ごめん! 私のせいで……」


 詩央里は疲れた表情で、マルグリットを見た。


「それは、もういいですから……。今後のことを考えましょう! メグ、前に『通信制への移行で話したいことがある』と言っていませんでしたか?」


 ソファに身を委ねたマルグリットは、自分の記憶を辿たどる。


「あー、うん……。そうそう! 私、紫苑しおん学園の部室にいる時に、航基こうきから詰められたの! 部室でソシャゲをしていたら――」



 どうやら、原作の主人公である鍛治川かじかわ航基こうきが、暴走しているようだ。


 俺の婚約者であるメグは、浮気を知らされ、突っぱねた。

 その関係で、もう紫苑学園には通いたくない、という話。


 俺の婚約者は、詩央里だ。

 ところが、紫苑学園では、ベル女との交流会で、マルグリットを連れ帰った扱い。

 グループ交際で、りょう有亜ありあに手を出したとも、見なされている。


 室矢家は、もう通信制に移った。

 だから、クラスメイトや、航基からの評価を気にする必要はないのだが――


「詩央里。今の紫苑学園で、気になることは?」


「私の親友である小森田こもりだ衿香えりかが、千陣流の退魔師になりました。沙雪さゆきという千陣流の女子中学生、フリーの航基さんと一緒に、単発の任務を行っています。……カレナは、衿香が死亡する未来を予知しています。意図したわけではありませんが、航基さんも知っている状況です。若さまも、この機会に覚えておいてください。私とカレナ、沙雪の3人で対処します」


 こちらでも、死亡フラグか。


 もう原作が完全崩壊しているうえに、本来は死んでいるキャラクターだ。

 何が起きても、おかしくない。


「分かった。衿香については、必要があれば、俺に知らせろ」


 俺の返事に、詩央里はうなずいた。


 マルグリットは初耳らしく、かなり驚いたものの、口を挟まない。

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