第314話 俺の知らない原作ヒロインが据え膳になった

 久々の自宅。

 安全で快適な空間だ。


 俺は、リクライニングチェアに身を沈めながら、ボーっとした。


「そうしていると、室矢むろやくんも、普通の男子高校生みたいですね?」


「すみません。わざわざ、来ていただいたのに……」


 話の途中で、うたた寝。


 急いで身を起こして、向かいのソファに座っているりょう愛澄あすみを見た。


真牙しんが流の全賢者集会(サピエン・キュリア)で、室矢家への称号の授与が認められました。担当者は私だから、改めて話し合いましょう。次に、咲良さくらさんの処遇ですが、高校卒業まで室矢くんに預けることで落ち着きました。こちらは暫定的な処置で、室矢くん、咲良さんには、それぞれ責任者がつきます。これが、そのリストです。ウチの機密なので、見るだけに留めてください。基本的に、私が窓口になります。真牙流で正式に認められたから、こうやって自宅にもお邪魔できたわけです」


「愛澄、よくやったのじゃ。お主は、抵抗できない状態で袋叩きのポジションだったからな。室矢家は、その覚悟を決して軽くは扱わん」


 室矢カレナのねぎらいの言葉を聞きながら、手渡された書類を見る。


 そこには、北海道エリアの守護官、佐々木ささき大史たいしなどの名前。

 咲良マルグリットの重要度が高く、他流の上位家の愛人となれば、保証人をつける必要があったようだ。


 隣で覗きこんでいる南乃みなみの詩央里しおりに、書類を渡した。

 反対側にいたマルグリットは、文句を言いながら、彼女のほうへ回り込んでいく。


「梁さんのご尽力に、心より感謝申し上げます。ポイントZにいた河村かわむらさん達は、どうなりました?」


「彼らは、全賢者集会サピエン・キュリアに乗り込んで、室矢くんのために直訴しました。発言したことの処罰も私に任されたから、魔特隊に中隊ごと編入したうえで、適当な駐屯地に配備中です。ほとぼりが冷めた時点で、個別に希望を聞いて、予備役にするなり、教官にするなり、対応します」


 愛澄の返事に、俺はうなずいた。


 読み終わった詩央里は、マルグリットに書類を渡しつつ、愛澄と向き合った。


「本当に、ありがとうございました。ところで、他の方々は?」


 それを聞いた愛澄は、自分の横に座っている女性を紹介する。


梨心りこさんは、私の側近です。魔特隊の次期司令官のようなもので、ベル女ではスター・ライン――」

大塚おおつか梨心です。不肖ながら、陸上防衛軍の少佐で、現在は統合幕僚本部にいます。梁准将じゅんしょうの後釜という、ポジションです。将来的に引き継ぐ可能性がある点では、政治家の秘書と同じですね。段階的に、防衛軍の幹部教育も受けています」


 上官の発言をさえぎって、梨心が自己紹介をしてきた。

 一見すると姉妹のようだが、年齢差はけっこうありそうだ。


 女子大生かな?


「私は、20歳です。ベル女を卒業後に魔特隊へ入り、幹部候補として梁准将に引き抜かれました。士官学校でしごかれている年齢ですが、魔法師マギクスは別枠なので……。一般入隊でも、特殊技能兵として伍長ごちょうからスタートですし、『本来の階級とは別物』と考えてください」


「あ……。丁寧に、ありがとうございます」


 お礼を言ったら、梨心は微笑む。

 愛澄とは違い、まともな性格のようだ。


 そう思っていたら、梨心の隣に座っている2人のうち、年上のほうが喋り出す。


「愛澄さん。もう話しても、よろしいので?」


 夜を思わせる、長い黒髪。

 パープルの瞳。

 いかにも大人の女という、色気がある女だ。


 それに対して、愛澄はすぐに返す。


「あっ、はい。どうぞ……」


 自由気ままな愛澄さんが、気を遣っていらっしゃる。

 もう、この時点で関わりたくない。


 だが、目の前の美女はニッコリと微笑み、自己紹介をする。


「陸上防衛軍の技術大佐たいさ悠月ゆづき五夜いつよです。防衛省、防衛兵器庁の下にある、マギテック研究所の所長を務めており、真牙流の上級幹部(プロヴェータ)の1人でもあります。室矢さんには、対物ライフルと、新型の対戦艦ライフルのバレで良いデータをいただき、厚く御礼申し上げますわ。全賢者集会サピエン・キュリアでは、愛澄さんと共に、あなたがたの擁護をしました。むろん、『真牙流とマギクスに益がある』という話ですが……。先ほど御覧になったリストの通り、私は室矢さんの行動に責任を負っています。咲良さんを含めなかったのは、『他流の上位家である室矢さんを重点的にフォローするべきだ』と判断したからです。また、室矢さんには、定期的なテストをお願いします。都合がつけば、という話ですが、私にも立場がございますので、ご配慮いただきたく存じます」


 そこで、ティーカップでくちびるを湿らせた五夜は、話を続ける。


「自画自賛ではありますが、私の悠月家は真牙流の中核の1つです。咲良さんの待遇は、一時的なもの。高校を卒業するタイミングで、再び全賢者集会サピエン・キュリアの議題に上がります。それまでに実績を積み重ねたい場合で、お役に立てるかと……」


 うちと仲良くしておいたほうが、マルグリットを奪われずに済むぞ。と言いたいわけか。

 この女に取り込まれるリスクをおかしても、味方は必要だな。


「ご丁寧に、ありがとうございます。そちらの研究所のテストに関しては、前向きに検討させていただきます。ところで、悠月さんのお隣にいる方は?」


 俺が問いかけたら、待っていたと言わんばかりに、女子高生ぐらいの少女が微笑んだ。


 赤みがかった、紫の瞳。

 よく手入れをされた、ロングの黒髪。

 上品な雰囲気で、女としての曲線を描き出した美少女。

 その造形は、五夜を若返らせたようだ。


 どう見ても、彼女の娘か、親戚です。

 本当に、ありがとうございました。


 その少女は、外見通りの淑やかな口調で、自己紹介をする。


「悠月五夜の長女、明夜音あやねです。同い年なので、『明夜音』とお呼びください。母は忙しいので、私が対応させていただきます。室矢さまの御力を考えましたら、監視も必要という話でございます。室矢家の正室であられる詩央里さまにはご不快と思いますが、何卒ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます」


 この言い方では、詩央里も断りにくい。


 俺がちらりと横を見たら、顔を引きらせつつも、しぶしぶ認めた。


 それを受けて、明夜音は、紫苑しおん学園の制服で座ったまま、会釈。


「室矢さま。私、これまで全寮制の女子校でしたから、共学に通ってみたいです。ワガママかと存じますが、1週間ぐらい、お時間をいただけないでしょうか? その後には、室矢さまと同じ通信制で、単位を取得しますから……」


 ちょうど文化祭があるし、顔を出してもいいかなあ?


「明夜音が良かったら、うちの文化祭を見てみよう。紫苑学園の生徒会とも接触する必要があるし、短期間だけ通学に切り替える。……詩央里、どうだ?」


「そうですね。いったん、状況を整理しましょう。カレナや私の占いも、『今までのペースでやるのか?』を考える必要がありますし」



 その一方で、五夜は、少し離れている相手に話しかける。


「愛澄さん。今回の全賢者集会サピエン・キュリアについて、説明いたします。ほぼ不可能な条件をあの方々に呑ませる必要があったから、下地を作ったのです。室矢さんの重力砲のデータ分析がギリギリだったことも事実ですが、何よりも彼らに全て言わせた後で、満を持して突きつけることが、肝要でした。順番を間違えれば、あの重力砲の発射を見せてもなお、グダグダと反論をしてきて、まさに泥沼となったでしょう」


 真剣な顔の愛澄は、座ったまま、離れている五夜の顔を見た。


「ハッタリを利かせるには、相手が疲れ切っている状態にしたうえで、死角から思い切り殴ることが必要だったのですね? それに、室矢くんと咲良さくらさんの防衛任務への参加も、成果を出した直後でなければ、どんどん影響力が小さくなる。特に、他流の室矢くんを認めさせるためには……」


 首肯した五夜は、穏やかに続ける。


「はい。時間を与えれば、よからぬ手段で室矢さんと咲良さんに接触します。咲良さんの力を知れば知るほど、欲しがるでしょうから……。彼らは、なまじ国家権力に食い込んでいるから、じわじわと圧力をかけていく可能性が高く、強引に決定する恐れがありました。全賢者集会サピエン・キュリアを教えた時の通信も、です。また、愛澄さんと私が協力していると知られた場合には、他の上級幹部プロヴェータが第二、第三の手を用意した可能性も……。したがって、分かりやすい筋道を作り、彼らをそこに誘導したうえで、退路を断つ必要があったのです。今回はご負担をおかけして、申し訳ございません。いずれ、お返しします」


「いえ。そういう理由ならば、仕方ないですね。重力砲の解析に手間取れば、今度はあなたの発言力にも影響したでしょうし……」


 愛澄は、ふうっと溜息を吐いた。


 気になった俺は、訊ねてみる。


「御二人には、感謝の言葉もありません。ちなみに、もし全賢者集会サピエン・キュリアで『マルグリットを男のマギクスの妻にする』または『陸防の駐屯地に幽閉』と決定して、俺たちが逆らった場合には、どうなりましたか?」


 あごに指を当てた五夜は、すぐに回答する。


「そうですね……。千陣せんじん流と戦争はしたくないので、徹底的に咲良さんを追い詰めたでしょう。まずバレを返却させて、以後の入手、情報についても制限します。ベルス女学校の生徒は連帯責任で、全員の進路を防衛任務だけにします。そのうえで、『咲良さんを説得しろ』と厳命して、と思います」


 マルグリットとの繋がりを利用して、揺さぶったわけか。


 そう思っていたら、五夜は俺の顔を見ながら、説明を続ける。


「足りなければ、今度はベル女の卒業生も冷遇して、彼女たちにも加勢させます。その配偶者、親族も対象にして『咲良マルグリットのせいで、自分たちの人生が潰された』とするのです。もちろん、これから進学・就職する子供たちも、例外ではありませんよ? 私たちは国家権力、地方権力、政財界に顔が利くので、全賢者集会サピエン・キュリアの決定に逆らえば、とことんまで追い詰めます。咲良さんがよく分かるように、その悲惨な様子もテレビで特番も組み、雑誌やネットでもプロパガンダを大々的に行うでしょう。彼女が、首を縦に振るまで……」


 黙っていられず、口を挟む。


「俺に力がある、と示しても?」


 呆れた表情になった五夜は、それでも淡々と説明する。


「重力砲は驚異的ですが、それを街や罪のない市民に向けられますか? どの上級幹部プロヴェータにしても、各省庁や地方で責任ある立場。……直接的な暴力に訴えたが最後、あなたはもう人のいない場所でしか暮らせません。軍という暴力装置と同じ話で、いくら強力な武器を持っていようが、その銃口を個人的な考えで市民に向けた時点で、誰にも支持されなくなります。あなたも、私たち異能者と非能力者の確執はご存じでしょう?」


 この言い方から察するに、五夜は、俺たちが対戦艦ライフルなしでも重力砲を撃てる、と知っているようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る