第313話 愛澄ちゃん(30代前半)はサピエン・キュリアに挑むー④

 陽電子砲にしては、ビームの軌跡がおかしい。

 けれども――


「現に、こうやって発射され、大きな戦果を挙げているではないか? それと、室矢むろやくんが、どう関係しているのだね?」


 その質問に、悠月ゆづき五夜いつよが答える。


「貸与したバレは、器になりますが、。お疑いなら、すぐにでもマギテック研究所から持ち出して、好きなだけ撃ってみてください。……重力波の観測ならともかく、どうやって重力子を撃ち出すのか、知りませんけど」


「作動させた履歴を見れば、いいだろう!? 君の務めを果たしたまえ!」


 そのツッコミに対して、五夜はうんざりしながら、返す。


「見ました。方程式の答えだけの状態でしたよ……。もう解析に入っていますが、いつ終わるのかは、未定です」


「君は、これまで何を――」

「重力制御は、基礎理論すら完成していません。重力子についても、理論上の存在です。それらを証明できるのなら、普通に科学者でやっていけますし、歴史に名を残せるでしょう」


 五夜の返答で、全賢者集会(サピエン・キュリア)の会場は静かになった。



 空幕くうばくの准将が、淡々と報告する。


「このバレの空中投下は、悠月所長に頼まれて、ウチで行った。念のために飛ばしていた早期警戒機に、その時のデータが残ったものの、よく分からん」


「あとで、コピーをいただけますか?」


 五夜のお願いに、空幕の准将が応じたことで、ひとまず終了。



 統幕とうばくにいて、陸上防衛軍の准将であるりょう愛澄あすみも、発言する。


「えー。その件は、私に情報が届いていません。全賢者集会サピエン・キュリアの後で、すぐに確認いたします」


 室矢重遠しげとおは、魔法師マギクスの男子校に在籍していた。

 さらに、同じ陸防に配属されていたとはいえ、指揮系統が違う愛澄には、知る手段がないのだ。


 他の上級幹部(プロヴェータ)が追求する前に、五夜と佐々木ささき大史たいしが、フォローする。


「この件は、すでに防衛省の機密事項になっています。陸防の准将とはいえ、愛澄さんが知らないことは、過失ではありません」


「私は担当エリアで知っているが、悠月所長の言う通りだ! この重力砲の発射は、梁准将の管轄ではない」



 ここで、まともに話している海幕かいばくの准将が、質問する。


「悠月所長は、『室矢くんが、あのバレを使いつつも、自分で重力制御と、照射をした』と、言いたいのですか?」


「はい」


 五夜は、あっさりと、肯定した。


 荒唐無稽すぎる話だが、たった今、その映像を見たばかりだ。

 防衛任務の拠点の1つで、その照射が行われ、多大な戦果を挙げている。

 少なくとも、嘘ではない。


 その場にいたマギクスの訴えもあり、緊張した空気に変わった。


 ここで、1人の発言が、再び混乱を招く。


「対戦艦ライフルの下だが……。少女らしき人物がいる。誰だ?」


「彼女が、『ブリテン諸島の黒真珠』です。今は、室矢カレナですけど……」


 五夜が答えたら、外務省のキャリアが騒ぐ。


「バカバカしい。なら、そのカレナがやったのだろう? 室矢くんの魔力量が大きくても、現代科学で扱えない重力子を照射できるとは思えない! そもそも、ユニオンの勢力に我々の試作兵器を使わせたことは、問題だ! 悠月くん、説明したまえ!」


「私の家系はREUアールイーユー、ドイツの魔法使いの流れでして、元々カレナと親交がありました。むろん、私自身は、伝え聞くだけでしたけど……。1ヶ月ぐらい前に、『試作品の対戦艦ライフルを貸してくれ』と言われたので、室矢さんが面白いものを見せる、という条件で、貸し出しました」


 答えた五夜に対して、そのキャリアは、いきり立つ。


「君は、真牙しんが流と日本を裏切って、他国の勢力についたのかね!?」


「あの対戦艦ライフルは、私の管轄です。それに、この時の室矢さんはマギクスになっていて、陸防の伍長ごちょうでもありました」

「私が聞いているのは、君が『ブリテン諸島の黒真珠』に魂を売ったのではないか? ということだ!」


 外務省のキャリアの発言を聞いた五夜は、雰囲気を変えた。

 神秘的な瞳で見つめられ、彼は思わず黙る。


 五夜は、ゆっくりと話す。


全賢者集会サピエン・キュリアであることを、自覚なさってください。……カレナとは取引をしただけで、御覧の通り、現代科学を飛躍させるだけのデータを得ました。加えて、今のカレナは室矢重遠の式神で、彼に従っています。私はマギテック研究所の所長として、室矢さんを我々の魔法研究に引き入れることを提案します」


「すでに親しい君が、カレナと交渉すればいいだろう? その重力砲とやらを撃ったのは、彼女なのだから!」

「室矢さんが重力砲を撃っていない、という証明をお願いします。それから、私は対等な立場で、カレナと取引をしただけです。発言には、くれぐれも、お気をつけくださいませ」


 五夜の返しに、外務省のキャリアは、黙り込んだ。


 映像で見た通り、室矢重遠が構えたライフルから、重力砲が発射された。

 陸防、空防も遠くから目撃して、データを収集したのだ。

 千陣せんじん流として、カレナが彼の式神になっている情報もある。


 いっぽう、重力砲のプロセスに重遠が関与していない証明は、不可能。


 愛澄が言っても、一笑に付された。

 だが、技術の専門家で、悠月家の当主を務める五夜が言えば、ゴリ押しは無理だ。



 その時、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやいた者がいる。


「サバトの魔女が……」



 作戦司令室の空気が、凍りついた。



 議長は、結論を言う。


「そこまでだ! この全賢者集会サピエン・キュリアで、不当に貶める発言は、やめたまえ……。話を戻そう。2つ目の議題として、咲良さくらマルグリットの処遇をどうするか? だが、室矢くんの利用価値が上がったことで、すぐに結論を出すのは難しい。彼が海外の勢力と親しいことは事実だが、それがスパイ行動を意味するとは限らない。悠月くんの発言を信用すれば、『ブリテン諸島の黒真珠』も、理性的な行動をしているようだ。亡命や敵対のリスクはあるが、重力制御の手掛かりを掴めると考えれば、咲良くんを一時的に預けることも、やぶさかではない。自主的な防衛任務への参加と、我々に協力する姿勢があるからな……。室矢くんと咲良くんの高校卒業を目途にして、彼らの扱いを再び議論する! ただし、それぞれに、責任者を決めなければならない。立候補があれば、この場で聞こう」


「先ほど申し上げた通り、私が、室矢くんの責任を負います」

「……私は、咲良さんの責任を負います」

「2人を担当します」

「私も、室矢さんを担当したく存じます」


 重遠を全面的に擁護した守護官、佐々木ささき大史たいしが、第一声。

 次に、渋々ながらも、中部エリアの守護官、伊藤いとう花耶かや

 言うまでもなく、そもそもの責任者である、梁愛澄。

 最後に、悠月五夜も、名乗り出た。


 彼らを順番に見た議長は、小さくうなずいた。


「では、君たちに管理を任せる。基本的に梁くんが動き、他の上級幹部プロヴェータと連携したまえ! 室矢家への称号についても、君の裁量に任せよう。……他に議題がなければ、本日の全賢者集会サピエン・キュリアは終了する。皆、ご苦労だった」


 議長の宣言で、作戦司令室が明るくなった。


 それぞれに帰り支度を始めており、足早に出て行く者、この機会に他の幹部と話し合う者と、様々だ。


 口から魂が抜けた愛澄は、一気に脱力するも、協力してくれた守護官の大史、花耶に、話しかけられた。

 食事をしながらの打ち合わせで、場所を移動することに。


 愛澄が、チラッと五夜を見たら、会話中だ。

 苦手だったこともあり、そのまま、レストランへ向かう。




 その上級幹部プロヴェータは、早く退室しようと、考えていた。

 けれど、最も話したくない相手に、行く手を塞がれる。


「ごきげんよう。お久しぶりですね? ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。しかし、私は真牙流の上級幹部プロヴェータの自覚を持っており、また自分の役職にも何ら恥じるところはないと、自負しておりますので……。カレナとは親交があるものの、誤解なきよう、お願い申し上げます」


 微笑む五夜は、優雅に挨拶をした。


「ああ、いや……。そうだな……」


 生返事をした相手は、急ぐので失礼と、話をせずに立ち去った。


 その背中に、五夜は、を投げかける。


「お帰りの際は、どうぞ、お気をつけください……」



 ――1週間後


 悠月五夜に心配された上級幹部プロヴェータは、交通事故に遭った。

 狭い道で逃げ場はなく、通常よりも加速した過積載のトラックが、反対車線から飛び出してきたのだ。


 その上級幹部プロヴェータは、ちょうど、出張からの帰り道だった。


 現場に到着した警察は、ペシャンコの車に顔をしかめたが、すぐに処理。

 悲惨な事故だが、よくある話だ。


 通常よりも摩擦が少ないことや、不自然に加速していること、本来の衝突よりも威力が大きいことに気づかず、トラックの運転手を逮捕して、終わった。


 彼らの視点で、さらなる捜査の必要性は、全くない。



 付け加えれば、全賢者集会サピエン・キュリアには、議事録がある。

 真牙流の最高意思決定機関だけに、呟いただけの一言でも、記録に残るのだ。

 上級幹部プロヴェータであれば、自由に閲覧できる。


 そこで侮辱されて報復しなければ、その家は末代まで、軽視されるだろう。


 サバトは、魔女の会合。

 宗教的な話もあって、冒涜的な乱痴気騒ぎの代名詞になっている。


 誰であるのかも気にせず、乱交をする。という、意味合いもあるのだ。

 狂乱的な宴で、キメまくっての話。


 ラリったうえに、どんな相手にも喜んで股を開き、腰を振る女、または一族と、揶揄やゆされれば、さもありなん。



 元々は、薬草による調合、占星術といった、シャーマン、薬師の役割だった魔女だが、宗教的なイメージ戦略で、悪魔の手先にされた。


 その結果が、魔女狩りだ。


 魔術があるため、室矢重遠が前世でいた世界ほど、一方的に金持ちや地元の魔女が焼かれたわけではない。

 けれど、非能力者と異能者の大きな争いであったことも、否めない。


 由緒正しい魔法使いだった悠月家の先祖は、色々な事情で、ドイツから日本へと渡った。

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