第303話 それは自然界の力の1つにして無限の彼方まで届くー②

しげやん、射撃を許可する! 前方の敵をぎ払ってくれ!』

「了解。ただちに、制圧する」


 軍の無線とは思えない、手短なやり取り。


 俺はうつ伏せのまま、右肩につけている狙撃銃のグリップを握り直した。


 全長145cmで、二脚のバイポッドで支えることが大前提。

 有名な対物ライフルをした、魔法の発動体だ。


 観測手を務める隊員から指示を受け、狙いを定めた。

 なぜなら、俺のスナイパーライフルには、高倍率のスコープがついていないからだ。


 物理学、数学がダメダメな俺の代わりに、レーザー距離計、風速計によって、ターゲットまでの距離・角度、風などを観測できるフィールドスコープを持った観測手がいるのだ。


「んー。座標、高度チェック! 気圧、風速、湿度は、まあいいか……。方位角と距離が合っていれば、大丈夫。射角は、だいたいでー。ヨシッ!」


 不安になる声と共に、OKサインが出た。


「撃て」


 観測手の指示で、トリガーを引く。


 その瞬間に、銃口にあたる部分で光が収束していき、やがて小さな口径とは真逆の太い光が一直線に伸びていく。


 途中で破裂したように分散して、狙撃なのか榴弾りゅうだんなのか、よく分からない攻撃へ。


 ドドドンと地面や空中で破裂する音を聞きながら、大きな羽虫のような物体が千切れ飛ぶのを目撃した。

 航空機の爆撃みたいだ。


 数発撃って、着弾の様子から自分で修正していく。



「おー、上手い上手い! ちゃんと初弾で、目標エリアの手前と奥に着弾している!」


 狙撃をしている間の護衛として、もう1人の隊員が陽気に叫んだ。



 広範囲を吹き飛ばす、だ。

 だから、味方を巻き添えにしない方角に向けて、思い切り撃つ。


 仲間からは、アライメントをしていない自走榴弾砲だな! とよく褒められる。


 俺には、仰角ぎょうかくも分からなければ、散布角も分からない。

 スコープに表示されるミルも、よく分からない。


 フフ、怖いか?



 俺の弾道や着弾に何らかの規則性があるのなら、まだ対応できるけど――


 上空から、散弾のように降り注ぐ。

 一部だけ、ホーミングし始める。

 微妙にタイミングをずらした軌道を描く。

 太いレーザーのままで地面にぶつかって、大爆発。

 空中で一時停止して、上下左右を確認してから、再び動き出す。

 全く別の場所から発射され、狙った地点に精密射撃となる。


 前は、いきなり上空に高く舞い上がってから、急に下へ切り返しつつ、光のように加速していたなあ……。


 このように、バリエーション豊かだ。


 背中から撃たれそうな惨状であるものの、ただ1つ。

 俺の正面に向かって飛ぶことだけは、保証できる。


 この防衛拠点は、敵の部隊に押し込まれているため、俺がそちらに撃ちまくってから攻めるスタイルへ。



「重やん、移動するぞ!」


 相方の叫びを聞いて、すぐに長い対物ライフルを両手で抱えて、立ち上がり、高台から駆け下りる。

 今の発砲で、発射地点がバレたからだ。



「狙撃用のコンピュータに諸元を入力しても、意味不明な弾道になる。このバレ、壊れているんじゃないか? きっと開発者は、痛い目を見るまで調子に乗るタイプだ」


 俺がぼやいたら、今回のパートナーは真顔で言ってくる。


「いや。お前の性格を考えると、忠実に再現していると思うぞ?」




 日暮れだ。


 防衛拠点は、野戦基地。

 工事現場の仮設のような建物が並ぶが、どれも無骨だ。

 ユニットを投下してもらい、自力で建て直すことが多く、それを前提とした造りが目立つ。

 要するに、敵に破壊されることが多いわけだ。


 異能のおかげで、組み立て式なら、意外にやれるとか……。


 敵からの視認性を下げる意味もあって、2階建てはない。

 高さがあるのは、機銃、ライトがついている見張り台ぐらいだ。


 敷地内では、ラフに着た戦闘服の男たちが行き来する。


 味方の分隊と合流した俺は、対物ライフルを担ぎつつ、金網の間にある出入り口を通りすぎた。

 武装した警備兵たちと軽く話しつつも、出入りのチェックはない。


 肩にずっしりと重い感覚に戸惑いつつ、隣に話しかける。


「なあ?」


「ん? どうした?」


 少し年上のようだが、思い切って訊ねる。


「いつも、俺だけ楽をしているようで、悪いのだが?」


 笑いながら、相手が答える。


「重やんは、役に立っているぜ? ここは、航空支援や砲撃を要請できないからなあ……」


 会話を聞いていた他の隊員たちも、口々に喋る。


「そうそう。むしろ、大火力で前に出られても、俺たちが困るし」

「お前のコントロールが良ければ、それもアリなんだけど……」

「味方に殺されるのは、ちょっとな……」


 チマチマと銃撃していた頃よりは、格段に有利になったようだ。

 一進一退だった戦況も、押し気味に。


 ただ、拠点から離れすぎると奇襲されるため、新たな前線基地を築くのかどうかで意見が分かれている状態だ。


「しかしまあ、さすが千陣せんじん流の御曹司だな。魔力量は!」

「次も、頼むぜ!」




 装具の手入れ、各種点検を終えて、風呂からの食事。

 最前線の野戦基地のため、アイロンがけは最低限だ。


 兵舎は、新兵の訓練のように二段ベッドで、広い空間に並んでいる。

 自分のベッドの下にある、狭いスペースの鍵を開け、僅かな私物を取り出した。



 資料室に移動して、ここの敵に関するデータを閲覧する。


 多数の触角が飛び出て、渦巻いたような、楕円形の頭部を持つ化け物が、モニターに表示された。

 ミーゴ、というらしい。


 一対の大きな羽があって、空を飛ぶ。

 150cmほどで、ピンク色。

 甲殻類に近い姿だ。


 アリの下半身に、人間の上半身をつけた。と言えば、分かるだろうか?


 両手と思われる部位は、カニのハサミによく似ている。

 


 彼らは、人間よりも高度な科学技術を持つ。

 両手はハサミだが、人類には到達できない領域の外科手術を行うのだとか……。


 レーザーガン、あるいは電撃を撃ち出す銃で、攻撃してくる。


 物理攻撃が有効であるものの、個体によってはゲル状の液体をまとっていて、いきなり固くなるようだ。

 ここでは、『バイオ装甲』と呼んでいる。



 厄介なのが、超音波・超低周波による催眠、または無力化をしてくる点だ。

 エロ同人よりも、情報の入手や、協力者に仕立てることが目的。


 どうやら、テレパシーも得意のようで。


 おまけに、物質としての構成が違うせいか、ダメージを与えにくい。

 ミーゴを相手に白兵戦は、ただの自殺行為。


 その他にも、呪文らしきものを唱えて、超能力だかの異能を使う。


「社会性を持つが、繁殖方法は不明……。目的も不明……。宇宙または別の次元から来訪した可能性が高い。そして、彼らは人類にテレパシーを用いるも――」

「奴らは、人間を道具としか思っていないよ。でなきゃ……」


 その声に振り返ったら、副隊長の藤林ふじばやし広武ひろむだ。


「初めて見た時には、吐いたよ。あの脳缶ってのは、どうしたら発想できるんだか……」


 ミーゴは、捕らえた人間の脳を摘出して、円筒状の金属の缶に収納する。

 それに専用の端子を取り付けることで、意志の疎通ができるようだ。


 脳だけで、延々と生かされる。

 奴らは、その脳缶を抱えて、宇宙を旅しているとか……。



 俺は、広武の顔を見ながら、問いかける。


「しかし、ずいぶんと手間をかけるのですね? いくら技術と道具があっても、面倒極まりないだろうに……」


 げっそりした顔の広武は、俺の質問に答える。


「奴らが言うには、『気に入った人間、逆に大嫌いな人間をコレクションにする』、だそうだ。いやはや、言葉が通じても、コレさ……。ま、同じ人間でも、異能や国籍、人種でいがみ合っているのだから、当たり前か。それにしても、勉強熱心だね。今日は、出撃したのだろう?」


「ええ。敵の拠点は、もう見当がついているので?」


 頭を掻いた広武は、近くにあった地図の一ヶ所を指差した。


「過去の出現ポイントと傾向から、この山岳の内部と考えられているけどさ……。そこまで辿り着けず、基地の防衛で手一杯さ」


 首をかしげた俺は、つぶやく。


「そこに、自分たちの帝国でも築くつもりかな?」


「知性と感情があることから、推察すると……。人間を狩って、脳缶にすることを楽しんでいるのかもね? 順当に考えれば、人を含めた資源の採掘だろう」


 その返事を聞いて、俺は提案する。


「山ごと吹っ飛ばすのは、無理なんですか?」


「無理だよ。爆撃や砲撃をしても、意外に内部までは届かないし……。地中を破壊する爆弾もあるにはあるけど、防衛軍がそれだけの兵器を使ったら、大問題どころじゃない。僕たちの武器では、山の表面すら削れないから、地道にミーゴの数を減らすのみ」


 ふと思いついて、広武に聞く。


「出力を上げれば、俺の――」

「頼むから、止めてくれ! 室矢むろやくんの砲撃は心強いけど、今もコントロールできていないじゃないか!? それに、君の対物ライフルは、試作品に近いんだ。うっかりすると、発射する前に爆発して、自分が吹き飛ぶよ!?」


 広武は、かなり詳しいようだ。


 そう思って、率直に訊ねてみる。


「俺が使っている対物ライフルより上って、あるんですか?」


「防衛兵器庁のマギテック研究所で、荷電粒子砲やレールガンを開発している。反マギクス派が『魔法を一般兵士でも使えるように』を掲げていることの逆で、『戦術、戦略兵器の魔法化』を研究している機関だよ。でも、常に可能性を追求するから、ロマン武器も多いとか。……そろそろ、行ってもいいかな?」

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