第304話 それは自然界の力の1つにして無限の彼方まで届くー③

 今度は、中隊長の河村かわむら湊士そうしと話す機会があった。


しげやんは、なんで女を集めてるんや? 千陣せんじん流の上位家の当主だったら、それぐらい簡単やろうけど……」


 俺は、湊士にもらったコーヒーの香りを嗅ぎながら、返事をする。


「うちの……。千陣流の中で、立場が弱くて……。なら、他流の力を借りようと思ったんですよ」


 そーか、と相槌を打った湊士は、自分のコーヒーを飲み、率直に言う。


「しかし、自分もよーやるな? 沖縄の琉垣りゅうがき駐屯地で、うちの魔特隊に喧嘩を売るとは……。まあ、夏休みで遊びに来たホテルへ押しかけた、針替はりがえも針替やけど。いくら絶好のチャンス言うても、限度ちゅうものがあるやろ」


「自分の女を奪われたままで泣き寝入りは、したくなかったので」


 笑った湊士は、それに同意する。


「そら、そうやな……」


 しかし、そこでうつむき、少し考えてから告げる。


「こっちに入ってきた情報では、その取り合いになった女……。咲良さくらマルグリットで、合ってるか? その咲良がな、別の場所の防衛任務で、一個中隊に匹敵する戦果を挙げたんやて……。詳細までは分からへんけど、上のほうは大騒ぎでな?」


 珍しく歯切れの悪い湊士を見たら、彼は続きを口にする。


「あー。要するにだな……。重やんの難易度が、激増したってことや! 諦めろと言うわけじゃないが、正直、その咲良ちゅう女を重やんの独り占めにするには、よっぽどの理由がいる。どうも、新しい魔法を使ったようでなー? 特に、魔法師マギクスの発動体であるバレや、魔法の開発をしている部門は、上から下まで蜂の巣をつついたような騒ぎよ! 戦略級ということで、防衛省も張り切っているようや。そっちの意味でも、うちらの意思決定機関である全賢者集会(サピエン・キュリア)は渋ると思うねん」


「そうですか……」


 俺は答えながら、教えてくれた理由を考える。


 その様子を見たのか、湊士が口を開く。


「別に、上から『説得しろ』と言われたわけちゃう。ただ、知っておいて欲しかっただけ……。あんた、ここで実績を作って、咲良を取り戻したいんやろ? それを否定はせえへんし、うちらも助かっているけど。でも、無理と分かっている希望に縋って、命をすり減らす必要はないと思うで……。千陣流の婚約者が待ってるんやろ? 業腹だろうけど、命あっての物種。それに、俺の見立てでは、次の全賢者集会サピエン・キュリアで咲良をあんたから引き剥がす前か、早ければ明日にでも撤収の命令が届くと思う。あんたはベル女の校長に顔が利くようだけど、うちの幹部会はたった1人の発言では動かん。おまけに、あの校長は中隊を失ったばかりや。むしろ、自分の首が危ないやろう」


 要するに、出来レース。


 千陣流と戦争をしたくないから、俺に重傷を負わせたり、殺したりはできない。

 最重要の咲良マルグリットも、渡せない。

 だから、早めに俺を引き揚げさせて、希望している称号を適当に与えて、終わり。


 この防衛任務だって、書類上は陸防だが、仕切っているのは真牙しんが流。

 一から十まで、奴らの手の内ってわけだ。


 マルグリットを取り上げる代わりに、他の女のマギクス――いてもいなくても変わらないレベル――を数人ぐらい選ぶか、定期的に遊んでいい。という話もありそう。


 そう思いつつも、この中隊長は善意で言っているようだな、と感じた。


「わざわざ教えていただき、ありがとうございます。でも、俺はその撤収命令が届くまで、頑張りますよ」


 俺の返事に、湊士は心配そうな顔のままで言う。


「そうか。まあ、覚悟の上なら、別にええんやけどな……。よろしく頼むわ」




 ――1ヶ月後


 各小隊の支援を行いつつ、ローテーションに従い、訓練・休息・出動を繰り返した。

 当番としての警備、雑用も。


 結局、どの小隊も火力を必要としたので、特定の部隊ではなく、助っ人という形で落ち着いた。


 ようやく、緑の地獄にも慣れてきた。

 男だけの空間は、気楽でいいものだ。

 俺の支援が関係しているのか知らんが、最近ではミーゴの攻勢も少なくなっている。


 数少ない娯楽の1つであるコーヒーを飲んでいたら、中隊長と副隊長がやってきた。

 ここでは上下関係が薄いものの、立ち上がってお辞儀。


「重やん、もう帰れるぞ! 良かったな!」

「寂しくなるけど、君はここより街のほうが似合うからね」


 話を聞けば、次の全賢者集会サピエン・キュリアが臨時で行われるそうだ。


 中隊長の河村湊士の表情から、その意味はすぐに分かった。

 だが、彼に文句を言っても、始まらない。


 その後、親しくなった隊員による送別会があった。




 ――翌日


 迎えのヘリに乗り込んだ。


 南乃みなみの詩央里しおりが気を遣ったのか、行きと同じように差し入れの物資が地上に残っている。



 都合のついた面々が手を振る中、俺の視界でどんどん小さくなっていく。



室矢むろや伍長ごちょう、もう閉じますので」


 キャビンにいる搭乗員にうながされ、俺は開きっぱなしの側面から離れる。


 ガララと閉められた側面ドアによって、外の光景、空気や音が遮断された。

 ヘリのエンジン音と、バタバタと五月蠅いローター音による振動が響く中、まだ現実味のない身体を椅子に預ける。


 戦場から帰る兵士も、こんな気分なのだろうか……。


 でも、俺は室矢家の当主だ。

 彼らのために生きているわけではない。


 自分にとって、大事な人間を間違えてはいけない。

 沖縄でメグを失いかけて、詩央里に追放されてしまった教訓を活かさないと……。


 俺にとって大事なのは、室矢家の人間だ。

 彼らではない。



 ◇ ◇ ◇



 再びお土産をもらい、中隊の誰もがくつろいでいる。


 中隊長の河村湊士は、明るく宣言する。


「重やんは帰ったけど、俺らはまだ頑張らんとな!」


「だね。ミーゴも最近は大人しくなったけど、僕らが攻勢に出られない以上、やっぱり不利だし」


 副隊長の藤林ふじばやし広武ひろむが冗談めかして返すも、嫌な予感があった。


 室矢くんが来てから、一気に火力が上がった。

 でも、ミーゴには、知性がある。

 急に被害が増えたら、いったん退しりぞき、戦力の分析をして、対策を済ませた後に攻撃してくるのでは?


 もし、この数週間が、その準備だったら――


「どないした、広やん? 何か、気になることでもあったか?」


「いや、ミーゴの動向が気になっただけさ! 正直、どう思う?」


 広武の返事に、湊士は腕を組んだ。


「まあな……。重やんの火力支援は、かなりのもの。それだけに、ここからはキツくなるやろう。連中も、バカやない。でも、他の連中には言うなよ? 俺らが雁首がんくびたれていたら、それこそあかんわ」


「指揮官が不安になったら、先に内部崩壊するからね。分かっているよ」




 ――数日後


「こういう予感は、よく当たるんだよねえ……」


 副隊長の藤林広武は、溜息を吐いた。


「全員、集まれ! 円陣を組んで、怪我人は中へ! 交代で戦闘や!」


 中隊長の河村湊士が檄を飛ばして、武装した隊員たちは固まり、お互いの背中や側面を突かれないように配置へ。


 だが、彼は理解している。

 このままでは、長くは持たない、と。



 湊士の視界には、瓦礫がれきしかない。

 野戦基地は、ミーゴの襲撃で壊滅したのだ。

 まるで空を埋め尽くすように、耳障りな羽音を立てる連中が大量にいる。



「いずれはこうなるって、分かっとったけどなあ……」


 小声でつぶやいた湊士は、腰にある拳銃のグリップを触った。


 素早く目を走らせると、円陣を組めたのは一個小隊ほど。

 残りはもう死んだか、別の場所で同じように戦っている。



 戦力の逐次投入は、最も避けるべき事態だ。

 定時連絡が途絶えたら、敵の勢力を確認した後に、改めて本隊が攻撃する流れ。


 まして、ミーゴは人類を超えた科学力を持っている。

 少しでも彼らの情報を得て、次に活かすという方針だ。


 武装したマギクスが集まりすぎれば、やれクーデターだの、反対派も騒ぐ。

 臨戦態勢の兵士の維持には、コストもかかる。

 様々なしがらみによって、相応の被害が出なければ動けないのだ。


 血を流してこそ、初めて爆撃や砲撃の許可も出る。

 内閣総理大臣の命令による防衛出動までのハードルは、かなり高い。


 このポイントZの、一個中隊の全滅。

 血文字によるリストをもって、反対派を黙らせ、ようやく防衛軍の攻撃機や榴弾砲を出せる。


 つまり、この防衛任務は、戦って死ね、という命令に他ならない。



 湊士は、いよいよ覚悟を決めた。


「……自分に撃ち込む分は、残しておかんとな」


 こいつらは、人を生きたまま解剖して、脳缶にする化物だ。

 楽に死ねる手段は、絶対に手放したくない。

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