第302話 それは自然界の力の1つにして無限の彼方まで届くー①

 ――南乃みなみの詩央里しおりに30日の猶予をもらった咲良さくらマルグリットが、ベルス女学校へ戻った後


 詩央里に頼み、ベル女の校長、りょう愛澄あすみに連絡した。

 室矢むろや家の当主として、真牙しんが流に認めさせるためだ。


 愛澄は、防衛任務への協力を提案してきた。

 理由は分からないが、この展開を読んでいたらしい。




 東京にある、真牙流の拠点。

 魔法師マギクスを志望する受験者の試験会場でもある。


 俺は、防衛任務に参加するため、そこに出向いている。

 今回は千陣せんじん流の室矢家の当主で、失礼な対応をされない。


 全体的にオシャレだが、軍の施設のような雰囲気の中、高校編入に相当する試験を受けさせられた。

 要するに、書類上でマギクスになってから、防衛任務の現場へ行くのだ。


 真牙流の連中が認める基準で、すぐに成果を出すためには、これが最適解だったわけで……。



 物質を変化させる魔法は、理系のジャンル。


 俺は中高一貫の学校で、さらに怪異退治が第一。

 ろくに勉強をしていなかったから――


 国語、英語、歴史はともかく、数学、物理、化学はお察しだ。


 ほぼ白紙で提出した答案用紙は、すぐ採点できるに違いない。

 原作知識があっても、こればかりは無力だ。



「次は、魔法の実践をしてもらいます。こちらへ、どうぞ」


 試験担当官の態度からも、その失望ぶりが分かる。

 まあ、素でこの性格なのかもしれないが。


 言い訳をすれば、マギクスの学校は、一般よりもレベルが高い。

 ゆえに、文理選択の前では、解くことが難しいのだ。


 物理と数学は、方程式、計算式を知らないと、考えるだけ時間のムダ。

 加えて、紫苑しおん学園は進学校どころか、最低限の授業だけのお手盛り。



 バシュッと扉が横にスライドしたら、測定機器が並ぶ、広い空間に出た。

 おそらく、ここで魔力の量や質、潜在的なコントロールを調べるのだろう。


 数人で準備を進めている光景を眺めつつ、俺は居心地の悪さを感じていた。


「頑張ってください、お兄様!」


 聞き慣れた声に、俺は横を向いた。


 琥珀こはく色の瞳を向けつつ、実妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりが上品に微笑んでいる。

 傍には、護衛の式神として、三日月、水無月みなづきの2人も。


 思わず、質問する。


「なんで、お前がいるの?」


「他流への入門ではないと、証明するためです。私が立ち会えば、ウチでそのような発言を防げますので……」


 夕花梨の返答を聞きながら、それもそうか、と考える。


 今の俺は、紫苑学園からマギクスの男子校への編入を考えている男子生徒だ。

 千陣流の幹部として、他流に関わるわけにはいかない。


 それにしても、なぜ夕花梨まで、紫苑学園の制服を着ているのだろうか?



「室矢くん。こちらへ来てください」

「はい」


 試験担当官に呼ばれたので、夕花梨との会話を打ち切り、よく分からない測定機の前に立つ。


「では、こちらに魔力……。えー、そちらで霊力と呼ばれているものを流し込んでください。こちらが声をかけた時点で、ストップです」

「はい」


 筆記試験は、不合格だろう。

 ここで、挽回しないと!



 ボンッ



 お約束のように、測定機が内部から破裂した。


 そりゃ、真牙流が『千陣流の幹部クラス』を招いたのは初めてだろうし、うちの霊力はこれぐらいだ、とも言わないよな。

 そもそも、他流の基準が分からないし。


 10億の測定機が……。と声が漏れたので、パンパンと手を叩いた。

 試験担当官の視線を感じたが、そういう意味ではない。


 俺は、特に振り向かず、必要なことだけ言う。


「直しておいて」

「分かったのじゃ!」


 いきなり現れたカレナが言うや否や、俺の前にある測定機が直った。

 たぶん、時間を巻き戻したのだと思う。知らんけど。


 口を開けたままの試験担当官に、俺は告げる。


「もう1回、やりますか?」

「いえ、結構です」


 また壊れるだけで、無限ループだからな。


 あと、夕花梨は、心底嬉しい顔をやめるように。




「ここに手を触れたまま、あの物体を移動させてください」

「はい」


 ボスッ


 その物体は、進行方向にある壁を撃ち抜き、どこかへ飛んで行った。

 計測不能。


 というか、電磁投射砲レールガンで撃ち出したみたいだ。

 誰かに当たっていないか、心配。



「火を出してください」

「はい」


 マッチ売りの少年みたいに、小さな火が出た。



「凍らせてみてください」

「はい」


 家庭用の冷凍庫の1ブロックよりも小さな、氷の欠片ができた。



「身体強化をしたまま、あの壁を殴ってください」

「はい」


 その方向の壁が全て消失して、さらに地形が変わった。

 カレナ案件で、また復旧させた。



「このライフルで、ターゲットを撃ってください」

「はい」


 銃口の先から戦略兵器みたいなビームが出て、1フロアーの壁がまとめて吹き飛んだ。

 カレナが、一瞬で復旧してくれた。



 この後は、訓練教官との組手もあったようだが、さっきの吹き飛ばしを見て、予定変更。

 自己アピールとなった。

 どうやら、自分の特技を示すことで、加点を狙う時間のようだ。


 試験担当官は、簡単に説明する。


「一芸入試に近い感じで、『うちに必要な人材だ』と思わせられるかどうかです。たとえば、手品が得意なら、コントロールや切り替えが得意なマギクス。空間認識力が高ければ、空中戦や長距離の狙撃が得意なマギクスと考えられます」


「将来性、あるいはリーダーシップを測るのですね」


 俺は返答した後で、せっかくだから刀を振ってみるか、と思いつく。


 一瞬で第二の式神を展開して、ゆっくりと抜刀。

 両手で握りを確かめつつ、背負うように振りかぶる。


 柔らかい手の内のまま、半円を描きつつ、正面に切っ先を飛ばした。

 中段ぐらいの位置で両手が締まり、グンと勢いを感じつつ、刀身が止まる。


 その結果、刀を振った俺を中心に、建物が左右に割れた。




 ――数日後


 試験は全て終わり、“合格” の通知が届いた。

 これは形式的な話で、最初から決まっている。


 防衛任務の出発地点は――


「陸上防衛軍、太刀川たちかわ駐屯地か……。飛行隊があるところだっけ?」


 どうやら、俺のためにヘリを出してくれるようだ。

 むろん、現地の視察も兼ねてだが。



 正門では、同封されていた書類と身分証明書を出して、無事に通過。

 指示された建物の中で受付と被服の受領を行い、手早く着替える。


 階級は、伍長ごちょうだ。


 正規の手順では、分隊長としての曹候補生か、所属する部隊で試験に合格する必要があるのだけど……。


 防衛任務は、防衛官でなければ入れない。

 ゆえに、マギクス候補生から、そのまま陸防の下士官にスライドした。



 着替え終わった俺が出てきたら、担当の下士官――ダイヤモンド付きの曹長そうちょう――による点検。


 指摘された部分を自分で直しつつ、訊ねる。


「こういう時は、腕立て伏せとか、やったほうがいいですか?」


 曹長は笑いながら、返してくる。


「やりたければ構わんが、別にいいさ! 言ったら悪いが、お前はお客さんだから、本職と同じには扱わんよ……。この背嚢はいのうだが、基本的なものが入っている。本来は自分で決められた通りに入れるが、今回は特別だ」


「ありがとうございます」



 その後、用意された背嚢を持ち、ヘリの発着場へ行く。

 

 学校のグラウンドよりも広い場所に、規則正しく停まっているヘリの群れ。

 そのうちの一機が、俺たちが見えた時点で、忙しく動き出す。


 色々と世話を焼いてくれた曹長が、俺に向き直る。


「室矢。その伍長という階級は、今のお前には過ぎたものだ」

「はい」


 俺の返事に、曹長は厳つい顔でうなずいた。


「だからな……。お前は、伍長のままで帰ってこい! 気をつけの姿勢もヘロヘロの奴に、俺と同じ階級になって欲しくないんだよ」


 戦死による二階級特進をするな、ということだ。


「……分かりました」


 神妙な顔で返した俺は、曹長に見送られて、ヘリによる空の旅へ。




 ――ポイントZ


 大きな背嚢を背負ったまま、着陸したヘリから降りた。


 緑に囲まれた、山間部の一角。

 周辺の安全は確保されているようで、発着のために開けた地形だ。


 言われた通りに、少し離れた位置でしゃがんだら、すぐに飛び立っていく。

 バタバタと五月蠅い音が遠ざかり、それに伴って強風が止んだ。


 俺が立ちあがったら、のんびりした声が聞こえてきた。


「おー、あんたが新人か! よう来たな。とりあえず、うちらの拠点へ行こか?」

「よろしく!」


 2人の男は、大学生ぐらい。

 戦闘服がよく似合っていて、腰には護身用のハンドガン。


 その雰囲気から、ここで上位の立場のようだ。


「初めまして。室矢です」




 野戦基地として、有刺鉄線や深い溝で囲われた空間。

 そこには、いくつかの建物がある。


 色付きのゴーグルをかけている男、河村かわむら湊士そうしは、中隊長。

 陸防の中尉で、士官教育はもう終えている、と本人の口から聞いた。


 大学生の年齢なのに、もう部隊長。

 

 戦死が日常のここで戦っているうちに、昇進したようだ。

 より正確に言えば、上官が次々に死んだ結果としての繰り上げ。



 湊士は、かなりフランクな性格だ。

 初対面の俺にも、気軽に話しかけてくる。


「しかし、何だな……。ウチに送られてくるとは、自分、やらかしたんか?」


「いえ。『功績が欲しい』と言ったぐらいで……」


 首筋を手で触った湊士は、ゆっくりと首を回した。


「まあ、根掘り葉掘りするつもりはない……。あんたの経歴書は回ってきたし、ベル女でのうわさ、沖縄の魔特隊の件も知ってるけどな! でも、ここは訳ありが多くて、そんなもん、可愛いぐらいや」


 副隊長の藤林ふじばやし広武ひろむ――彼は少尉しょういだ――が、説明を続ける。


「防衛任務に志願するのは、金に困っているか、娑婆しゃばで暮らせないマギクスが多いからね。愛国心に燃えているタイプも来るけど、そういうのに限って、早死にする」


 俺に対する説明の合間に、別のヘリから投下された物資を運んでいく隊員たちが視界に入る。


 それを見たのか、湊士が再び話しかけてきた。


「あんたが使えるかは別として、差し入れは嬉しい。ここじゃ、定期便の補給だけで、どうしても物資が不足する。……女遊びをしていようと、それだけで歓迎されるやろ」


 言葉を切った湊士に、副隊長の勇希が補足する。


「ここはキツすぎて、イジメをやる余裕もないよ。ただでさえ、人手不足だし! とにかく、今夜は歓迎会さ」




 この野戦基地は、一個中隊として、合計50人。

 一個小隊12人で、だいたい4つ分だ。


 歩兵の一個小隊は20人であるものの、マギクスは戦闘車両、ヘリに準ずる扱い。

 ゆえに、少なめの人数で編成されるらしい。



 配属された小隊に、改めて自己紹介。


 中隊長の湊士の説明通り、あからさまに嫌な顔をする奴はいなかった。


「まあ、とりあえずは、お試しちゅうことで。4小隊をローテで回すわ! しげやんは魔力の塊みたいだから、グレネードランチャーか、対物ライフル型のバレによる支援を考えてる。味方への誤射にさえ注意すれば、生き残りやすいポジションや! これなら、敵に向けて撃つだけでええから、コントロールが下手でもやっていけるで」


 湊士はジェスチャーを交えながら、俺に説明した。


「分隊支援火器で制圧射撃をする、機銃手みたいな立場ですか……」


 そう返したら、頷いた湊士は、続けて言う。


「最終的には単独で動くって、ホンマに大丈夫か? ここ、ポンポンと人が死んでいるエリアやで?」


「はい。そもそも、俺は式神使いですし……」


 俺の返事に、副隊長の広武も乗ってきた。


「そうだったね。で、どんな感じなの?」


 いつものように一瞬で和装に切り替えたら、途端に周囲が騒ぎ出した。


「すげー」

「コスプレ?」

「その刀、本物か?」


 感心した湊士と広武も、それぞれに感想を言う。


「おー! これは、凄いな」

「千陣流には、妖刀ようとう使いがいるんだっけ? 僕も、初めて見た」


 なんか、宴会芸を披露した気分になったぞ……。

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