第299話 私は舞お姉ちゃんと再会した(後編)【メグside】

 異能者は、非能力者と、扱いが異なる。

 その力ゆえに、一部の人権が制限され、不便を強いられているのだ。


 本来は、所属している流派や、保護者が、守ってくれるものの――


「あの時の私には、両親がおらず、しかも海外だった」


 日本国内だったら、すぐに警察が駆けつけて、父親の親族も呼ばれただろう。

 駐屯地や研究所に隠したところで、親マギクス派や、魔法師マギクスの母体である真牙しんが流が、黙っていない。



 話せば話すほど、咲良さくらマルグリットの考えは、変わる。


 美化された記憶が、大人と呼んでもいい年齢の彼女自身によって、更新されていく。


 今までの自分では、とても考えられないことだ。


 その理由は――


「今の私には、家族がいるから……。そうよ。私は、自分の家族を求めていたの……。でも、沖縄であんな事態に陥り、全てが終わってから、ようやく自分の愚かさに気づけた」


『私も、マルグリットちゃんの家族よ? あなたが一番辛い時に、寄り添っていたと思うけど……』


 顔を上げた金髪少女は、まっすぐに、小竹森こたけもりまいを見据えた。



「いいえ。舞お姉ちゃんは、あくまで、近所のお姉ちゃん……。重遠しげとおのように、ベル女の学生寮の部屋まで、来てくれない。私と一緒に陸防の駐屯地へ乗り込み、魔特隊を敵に回す宣言は、してくれない……。カレナのように、私の早逝する定めを打ち砕かないし、沖縄で自殺寸前だった私を助けてくれないし、室矢むろや家の正妻である詩央里しおりに取り成してくれない」



 溜息をついたマルグリットは、1つの可能性を述べる。


「もしも、舞お姉ちゃんが突発的な戦闘で殉職しなかったら、


 十分に、あり得る話だ。


 小竹森舞は、昔のマルグリットが懐いていた、唯一の人間。

 言うことを聞かせるため、一緒に連れて行っただろう。


 その場合は、綺麗な別れどころか、彼女を憎悪する未来になった可能性が高い。



「舞お姉ちゃんは、私を可愛がっていた。それは、真実だと思う。でも、今にして考えれば、そういうだったから。いつ爆発するか不明な危険物、つまり私を制御するために……。命や自分の立場を賭けてまでは、私を助けてくれない」


 これまでの支えだった、舞お姉ちゃんの否定。

 身を切られるように、辛い。


 しかし、高校生になった今は、あの幼児だった頃とは違う。


 目を閉じていたマルグリットは、決心をしたように、その青い瞳を見せた。


「私が、重遠と人生を共にすると決めたのは、たった1週間の出来事。でも、ベル女の交流会は、まさに私の人生だった……。私はあの時に、一度死んだの! 重遠に見送られて……」


 ふざけた希望書から始まった、彼との縁。

 でも、あれほど生の感情でぶつかり合ったことは、初めて。


 ただ身体を求められ、上辺だけの恋人ごっこ、新婚ごっこであれば、ここまで真剣に考えなかった。


 一緒に過ごし、死線を潜り、最後には突き放したはずの彼がやってきたのだ。

 辛い別れになると、承知の上で……。


 それが、もし私が生きられたら彼と添い遂げたい、と決心した、最大の理由。



 そして、生き返った咲良マルグリットは、室矢重遠の家へ行き、傍にいることを許されたのだ。



「彼は、こんな私を受け入れてくれた! 命令とはいえ、人を殺してきた私を……」


 それなのに、マルグリットは、その信頼を裏切った。

 彼が用意してくれた、沖縄のバカンスの途中で――


「だから、私はもう二度と、間違えない! 私が自分で求めて、相手に受け入れてもらい、それを心底喜んだのは、重遠との結婚式なのだから! 間違っても、陸防のプロジェクトへの参加じゃない!!」


 息を吸い込んだマルグリットは、過去と決別する。



「私は! 舞お姉ちゃんに嫌われても、重遠と一緒にいたいの!!」



 マルグリットは、自分の気持ちに辿り着いた。

 他人から与えられた大義でもなく、刷り込まれた習慣でもない、自分の願いへ。



 改めて、目の前に立っている、小竹森舞を見た。


 不自然だ。


 昔と同じ姿であることは、もちろん異常だ。

 しかし、マルグリットの記憶に照らし合わせても、違和感がある。

 適当に作ったアニメで、細かい仕草が欠けているような――


 どんどん不気味に思えてきた。

 まるで、見ている者の意志によって変化する物体のようだ。


 にもかかわらず、舞らしき人影は、しつこく誘ってくる。



『マ゛ルグリットぢゃん。ほ゛ら、抱っこじてアゲルよぉー?』



 マルグリットは、スリングで肩から下げているアサルトライフルに、手をかけた。


 やや前傾で、腰を少しだけ落とした姿勢。

 両足は肩幅よりも広めで、爪先は八の字に。

 

 小銃のストックを肩の付け根に固定したまま、最短距離でアサルトライフルの銃口を跳ね上げた。

 瞬間的に、小銃のストック部分がほおにつき、肘は下で、脇が締まった射撃姿勢へ。



 まだ誘い続けている人型に、両手で構えた状態のマルグリットは、決定的な一言を突きつける。


「舞お姉ちゃんはね……。不機嫌な私が拒否しても、、頬ずりや抱っこをしていたのよ。可愛い、可愛いって……」


 パァンッと、銃声が響いた。


 圧縮された空気による弾丸が、目の前にいる何者かを撃ち抜くのと同時に、マルグリットの絶叫が辺りを支配する。



「あなたは、舞お姉ちゃんじゃない!」



 その言葉を待っていたかのように、一瞬で、視界が変わる。

 砂漠の中にある基地ではなく、原生林を切り開いた花畑の真ん中へ。


 マルグリットのすぐ目の前には、人のような形をした植物がいた。

 表面には満遍なく、ねっとりした液体が滴っていて、そこに大量の虫が張り付き、飛び回る。

 まるで、花の蜜を求めているかのように……。


 その人型は、ちょうど、大きなつぼみのようだ。

 地面の下から、タケノコのごとく、突き出ていた。


 人間でいえば頭頂部にあたる部分は、ロングの髪型のように、整っている。

 芸術的な造形で、擬人化すれば、さぞや美少女だろう。


 地面にも見えている、グロテスクな地下けい

 さらに、地面から出ている蕾の上で大量にウネウネと動いている、触手のような雄しべがなければ……。


 人型の蕾は、着弾した部分から弾け飛び、後ろに倒れた。

 しかし、ゆっくりと、起き上がりつつある。



 正面にいる花の少女を警戒しつつ、周囲をチェックする。


 先ほど戦っていた女たちの痴態が、目に入ってきた。


 地面から出てきた地下茎に体をこすりつけ、あるいは咲いている花に顔をうずめ、その真ん中にある柱頭で下の粘膜にも塗りたくっている。


 彼女たちの虚ろな目には、何も映っていない。

 恍惚とした表情で、ひたすらにむさぼるだけ。


 まさに、人の形をした蜜蜂ミツバチによる受粉……。



 マルグリットが偽者の舞と話している間に、周囲で始めたようだ。

 まだ無力化されていない彼女を見る者は、1人もいない。


 正面の花の少女にも何人かが取りつき、全身で花粉や蜜を摂取している。

 色々と混ざった香り、嬌声に満たされ、異様な雰囲気を醸し出す。


 これが物理的な現象、魔術、魔法のどれにせよ、彼女たちが手遅れであることは間違いない。



 蜜蜂たちを従えた、女王蜂ならぬ女王花を見たマルグリットは、冷静な声でつぶやく。


「さながら、自我を持った花畑……。地下茎でつながっている点は、竹によく似ている。それとも、密集することで、群体化したのか……。いずれにせよ、花が咲き続けて増えるためには、養分と花粉を媒介する動物が必要不可欠」


 立ち尽くすマルグリットに、虫や触手が集まってきた。

 だが、近づいたものから、凍りつく。


「外の戦いで、最初にぶちまけられた花々による香りと蜜。それに、地下の本体と、この蕾の影響で、幻覚を見せられていた? 対象の記憶を読み取るか、トリップさせることで、自ら従属するように……」


 相手のフィールドに、入り込みすぎた。

 ギリギリで気づけたから、良かったものの――


「さっきの舞お姉ちゃんは、私に、自分から接触させるため? ……私が一瞬でも無防備になる瞬間を狙って、花粉や蜜、香りで、影響を与えるつもりだったのね。防護によって接触できなかったから、私の許可を狙ったと」


 人型の蕾は、表面でどんどん蜜が溢れている。

 ゲル状と呼べるほどの厚さで、ねっとりした表皮のようだ。

 服を着ていようが、これだけ付着したら……。


 マルグリットは思わず、ゾクッとした。


 最初の握手に応じていたら、グローブから染み込んできた可能性が高い。

 てのひらは革製で、通気用の細かい穴が、規則的に開けられている。



 それに、あの時は無意識に、グローブを外しかけていた。


 一時的に防護を無効化した手に、ゼリーの蜜をたっぷりと塗られたら――


「そこから一気に、体内へ侵入された……」


 相手を自分の眷属に、作り変える。

 そういう敵だと知っていながら、ノコノコと、花畑に入ってしまった。


 いくら私が強くても、自分の意志を捻じ曲げられたら、相手を拒絶しよう、と思えなくなってしまう。

 気になり続けて、思わず防護をなくした瞬間に、全てを蕩けさせる香りで、正気を失ったに違いない。

 その結果、この花々が重遠よりも愛しくなって、彼女たちのように五感で味わい、奉仕する人生に……。



 マルグリットは、自分に近づく全てを拒絶しつつ、相手を過小評価していたことを悔やんだ。


 改めて見たら、小さな蕾に下半身を包み込まれている女や、蕾に変態しつつある女もいる。


 もし、先ほどの幻覚に溺れ、偽りの舞――花々の中心だと思われる――に抱き着いていたら、マルグリットですら同化させられていた恐れがあっただろう。


 無防備な状態で、正体不明の液が大量に分泌されている蕾にべったりと密着し続けたら、肌、口、目、鼻、あるいは他の穴からも、どんどん侵入する。


 やがて、脳を支配され、その思考まで操られたに、違いない。


「寄生虫の中には、宿主を特定の行動へ誘導するタイプも多い。その完成形ね! もし、私がその幻覚に甘えて、ただ溺れるようなら……。カレナは、私に夢を見させたまま、楽にした気がする。それも、1つの優しさか……」


 呟いたマルグリットは、制限の解除を自覚する。


 彼女の内部にある封印術式【カレナちゃん】が、その脅威に応じて、彼女の能力を解放していく。

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