第298話 私は舞お姉ちゃんと再会した(前編)【メグside】

 咲良さくらマルグリットは、目の前の光景が信じられず、無意識に戦闘帽とシューティンググラスを外した。

 驚きのあまり、全く力が入らず、そのまま地面へ落とす。


 フィーラーズ活動拠点にいた時のまま、小竹森こたけもりまいは微笑んだ。


『ダメじゃない、マルグリットちゃん。勝手に、外出したら!』



 背丈は、マルグリットのほうが大きい。

 でも、その関係は真逆だ。


 彼女は、混乱している。

 今までのことは、夢だったのか? とすら疑う。



 そのマルグリットに対して、目の前にいる舞は笑顔を絶やさず、提案する。


『食堂に行こう! 早くしないと、人気がないほうのメニューだよ?』


 よく聞いた台詞だ。


 考えてみれば、両親の記憶はもうほとんどない。

 でも、陸上防衛軍の光景を見れば、舞お姉ちゃんを思い出す。


 自分のせいで両親が死んだ、と思い込んでいた時、周囲が腫れ物に触るように遠巻きにする中で、ただ1人、優しくしてくれた姉のことを……。


 カレナが指摘したように、私は舞お姉ちゃんの面影を追っているのね。

 甘えられなかった両親の分まで。


 そう思ったマルグリットだが、二度と会えないはずの姉に告げる。



「私は……。舞お姉ちゃんを助けたかった……。力を封じられていなかったら、お姉ちゃんは殺されずに済んだ……。そう思って……」



 両親を助けられなかった。

 力を持っていたのに……。


 私が苦しい時に、唯一の理解者だった舞お姉ちゃん。

 彼女も、いきなり失った。



 あの時に、魔法師マギクスの力を封じる腕輪がなければ――



 マルグリットは無意識に、その時に腕輪がつけられていた部位をさする。


「だから、反マギクス派に攫われても、従った。同じ陸防にいれば……。もしかしたら、舞お姉ちゃんが生きていて。いつか……。いつか、『頑張っているね』って、ひょっこり顔を出してくれると……。思って……。その時に、失望されたくなかったから……」


 途中からは、泣きながらの告白。


 黒焦げの死体は、見せてもらえなかった。

 ゆえに、舞お姉ちゃんが死んだ、という実感がないまま。


 みんなで、私をだましているだけ。

 そう、思いたかった。



 ジッと様子を見ていた舞は、マルグリットに共感しながら、返す。


『そっか……。待たせて、ごめんね? でも、マルグリットちゃんが立派な防衛官になったのは、とても嬉しいよ。これで、私と肩を並べて、戦えるね』


 差し出された、舞の右手。


 マルグリットは思わず応じそうになるも、途中で右手を引っ込める。


 砂漠の乾いた風が、2人の間を通りすぎていく。


 細かい砂が混じっていて、肌に当たった部分が痛い。

 強い日差しで、頭頂部が焼けていく。



 ――マルグリットちゃんは、大きくなったら何になりたい?



 誰から、聞いた台詞だろう。


 ようやく自分で判断するぐらいの幼児に戻った気分のマルグリットは、ふと考える。



『その力をのために使って! 一緒に、新しい世界を築き上げよう? マルグリットちゃんはもう、お姉ちゃんの言うことだけ聞いていればいいんだよ』


 ――それだけ綺麗なら、アイドルでも何でもなれるね!



 かつて、マギクスの力を封じる腕輪をめられていた腕。

 無意識にそこを摩っていたマルグリットは、その手に力を込めた。


「舞お姉ちゃんは、一度も言わなかった。陸防に入って国に貢献しろとも、万が一の時には自分の仇を討ってくれとも……。私が勝手に思い込んで、依存していただけ……」


 小声でつぶやくも、目の前にいる舞は気にせず、両手を広げた。


『マルグリットちゃん、辛いの? ほら、いつもみたいにギューって抱きしめてあげるよ!』


「舞お姉ちゃんがどう考えていたのか? は、もう分からない。本気で下士官を目指し、職業軍人として生きたかったのか。それとも、任期を満了したら、貯金による資格取得、あるいは、お店でも開きたかったのか……。でも、これ以上は、私が寄りかかっちゃいけない」


 独白するマルグリットに対して、舞はゆっくりと近づいてくる。


 ずっと迷子になっていた幼児は、それまでの消え入りそうな雰囲気から、急に大人びた。

 女子高生らしい様子で、目の前にいる相手を見る。


 涙に濡れた瞳のまま、自分自身の過去と向き合う。



 私は、ずっと流されてきた。


 武装集団に家を襲撃され、両親を殺されたのは、不幸だった。

 その後にも、親しくなった舞お姉ちゃんを殺され、反マギクス派に誘拐されたのだ。


 軍事訓練とマギクスの魔法を並行しながら、通信による義務教育をおざなりに受ける。

 無味無臭の、決められたスケジュールに従うだけの日々。


 ベルス女学校へ放り出された後にも、わずかな余命と気づき、毎日を噛みしめるように生きてきた。


 でも、反マギクス派の研究所や、陸防の訓練施設よりは、幸せだった。

 学生寮にある自分の部屋のカレンダーで、自分が死ぬまでの残り日数を数えながら――


「……そんな時に、重遠しげとおと出会ったの」


 最初は、都合のいい男子だと思っていた。


 交流会は、生徒同士のマッチングだけど、限りなく家同士のお見合い。

 そこに、“従順で中出しできる、可愛い巨乳” と、最高にふざけた希望書を出してきたのが、室矢むろや重遠だ。


 ついでに、“結婚したくない” とも書いてあった。

 訳が分からない。


 でも、だからこそ、私が新婚ごっこをするのに、またとないチャンスだった。


「校長先生から直々に、『会ってみませんか?』と言われたわ……」


 その時には、もう長くて半年だった。


 許可が出たことから、いつでも錠剤による自決を行える状態。

 今にして思えば、校長先生は最後の思い出作りと、私が自棄にならないように提案してくれたのだろう。


 幸いにも、高等部1年の競争倍率は低く、私が同意しただけでトントン拍子に決まった。

 友人たちは驚いたものの、冷やかしぐらい。

 私の寿命について何も知らないから、気楽なものだ。


「せめて、私を楽しませてくれる男なら、と思っていた。交流会の1週間が、私の最後なのだから……。そのおかげと言ったら何だけど、重遠のことを想像していたら、死の恐怖も忘れられたの」


 近づいてきた舞は立ち止まり、笑顔で何かを言っている。

 しかし、マルグリットの耳には届かない。


「会ってみたら、真逆だった。顔写真と同じだけど、むしろ奥手で……。信じられる? 言う必要もないのに、わざわざ『自分には婚約者がいるから、君を抱けない』と言ってきたのよ!? 黙っていれば、それで済む話なのに!」


 重遠は、校長先生が依頼をしたことで、やってきた。

 それを達成するまでは手を出さない、という話?


 それとも、待っている婚約者が怖いから、ベル女に来てまで貞操を守るのか?


「あの時のショックは、筆舌に尽くしがたいものだったわ。女であることを全否定された感じ……」


 言い出せば、止まらない。


 それだけ――


「私は、重遠のことが大好き。まだ、『愛している』と言うには、早すぎるけど……」


 うつむいたマルグリットは、さっきとは違う意味でこぶしを握りしめた。



 せっかく2人きりになれた沖縄で、私は取り返しのつかない行動をした。


 それまで、考えたこともなかった。

 同じマギクスがいる陸防の駐屯地にいて、それが裏切りなんて……。


 自分に、できるのか?


 再び魔特隊が敵対したら、今度はその命を奪い。

 陸防が立ち塞がるのなら、それを薙ぎ払い。

 必要ならば、他のマギクス、ベル女の皆とも戦う。


 これまでの自分を否定する行為だ。


 けれども――


「今の私が生きているのは、重遠とカレナのおかげ。そして、詩央里しおりも、私を家族と言ってくれた。私は、彼らの家族でいたいの……。ベル女の皆は友人だけど、家族ではない。魔特隊も、マギクスの就職先の1つでしかないわ。その証拠に、重遠に捨てられたことで自殺未遂になったけど、魔特隊に行けなくなっても御覧の通り」


 強い意志を示した瞳で、マルグリットは断言した。


 それに対して、舞は反論する。


『でも、マルグリットちゃんは、陸防に育てられたんでしょ? それは、虫が良すぎる話だと思うけど? ……自分で、宣誓書にサインをしたのだから――』

「悪意のある大人に騙されて、“プロジェクトZE-7010” に同意したことを言っているのなら、無効よ! 選択の余地なく強制されて、感謝するわけがない。まして、幼児への人体実験。……もし、それを義務と主張するのなら、陸防を潰す必要があるわ!」


 マルグリットは、ばっさりと切り捨てた。

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