第297話 古の美しい花は誘引するための香りと蜜を持つー③
12.7mmの対物ライフルで撃たれた
横からの着弾の衝撃で、身体を『く』の字に折り曲げ、放物線を描きながら。
「驚いた。50口径のバレットもあったの!? 魔法が使えない場合や、耐性がある脅威に備えてか……」
装甲すら貫ける弾丸を受けたマルグリットは、事もなげに
胴体に当たれば、上下に別れる威力だが、シールドによって傷1つない。
頭から落下する中で、無造作にアサルトライフルの銃口を向け、そのまま発砲。
「やった! コレデ邪魔は――」
ブシャッ
マルグリットから、遠く離れた場所。
高所で配置についていた観測手の女は、上から大量に降ってきた液体に驚き、顔を上げた。
そこには、頭の半分を吹き飛ばされたスナイパーの姿が……。
「ヒイイイィッ!」
ゴシャッ
叫び声の途中で、観測手も上半身が吹き飛んだ。
空中で体を
ふわりと降り立ったマルグリットは、再び女たちに追われる。
高度を取れば、また狙撃される。
完全に上を押さえられたことから、地上を走り、
だが、数の優位、地の利は、どちらも相手にある。
木々を
「明らかに、誘導している……。やっぱり、本命はあそこね」
走り続けるマルグリットは、アサルトライフルを前方に向けた。
そして、原生林の中で、不自然に開けた空き地に辿り着く。
特定の方向へ追い立てたのに、待ち伏せの銃撃、面制圧としての砲撃を行わず。
隠した落とし穴、ワイヤーにつなげた手榴弾、尖った杭が横から飛んでくるブービートラップもない。
ここは地雷原で、もっと深くまで進ませてから、一斉に攻撃するのか?
「それは、考えにくいわね……」
ポツリと呟いたマルグリットは、目の前に広がる、一面の花畑に思わず見惚れた。
造成したかのように、雑草もなく、動物に踏み荒らされることもなく、
風に吹かれた花弁がゆらゆらと動き、下側の緑の葉は、上からの日光を受け止めている。
ここが、観測基地の女たちを狂わせた場所。
色とりどりの花々には全て、人を従属させる効果があるのだ。
「基地の中で見かけた花もある……。ここで、間違いないわ」
摘み取られて、時間が経過した花ですら、人を惑わしていた。
ならば、まだ咲き誇っている状態ならば――
マルグリットは魔法により、自分自身への防護を強化した。
「油断した
その香りはどんどん重なり、風が吹いていても濃厚だ。
ある意味では、肌や男女の部分より思考を動かせるのだ。
食事の美味しさでも、香りが占めている割合は思っているよりも大きい。
痛みや快感には、抵抗する、受け入れる、の手順があるものの、香りは脳にそのまま結びつく。
前にその香りを嗅いだ時の記憶が、いきなり呼び起こされるケースも。
相手を操作できる匂いなら、花の香りを嗅ぐだけで洗脳される。
この花畑に来たら即墜ち、摘み取った花でも長く吸っていれば終わりだ。
人の身では、抵抗できない。
花の美しい造形と色は、見ていて飽きない。
警戒せず、むしろ積極的に受け入れる。
愛でる時には、自分の顔に近づけもするだろう。
それで、花粉や蜜が体内へ入れば、微量でも精神と肉体を作り変えられる。
飛び回っている虫も、そのブツの運搬役だ。
マルグリットは、後ろの連中が止まっていることに気づく。
どうやら、この花畑へ誘い込めば、後は自動的に洗脳される。と考えたようだ。
「……別のスナイパーがいる? さっきの位置からは、角度的に狙えないはずだけど」
遠方から自分に銃口が向けられていることを察知したマルグリットは、不愉快そうに呟いた。
直撃したら、どこでも致命傷になり得るライフル弾だが、今の彼女は眠っていても防げる。
敵の部隊に襲撃されたマルグリットは、予定を変更した。
遠くから砲撃できなかったけど、ここで叩けば、それでいい。
「やっぱり、この花畑の下に何かがいる。それが本体か……」
マルグリットの魔法は、この花畑の地下に埋まっている、巨大な物体の群れを捉えていた。
地上の花になることを選んだ、
元々が植物のような生態で、今は球根のように花々を咲かせているのだ。
新たな奉仕種族を見つけるために、虫も作った。
彼らは、自身の栄養補給も兼ねている花粉や蜜を蓄えて、辺りを飛び回る。
その結果として、たまたま観測基地から遠出した女を誘い込めた。
パッと見ただけでは、美しい花畑だ。
それを警戒しろ、というのは、無理がある。
娯楽のない観測基地で、限られたスペースの集団生活。
持ち帰った花と、それにくっついた虫による汚染は、瞬く間だった。
個人差はあっても、1人が古の者の
「あとは、この地下にいる奴らを倒せば、完了ね!」
マルグリットは、もう事件を解決した気分になっている。
彼女の力は、確かに強力無比だ。
しかし、忘れてはならない。
古の者は、異次元の彼方にいても、テレパシーや念動力によって干渉できるのだ。
銀河を飛び回り、惑星すら切断しかねないレーザーも使う。
昔の地球を支配していた力は、その気になれば人類を滅ぼせるほど。
「この事件を解決すれば、
意気揚々と、花畑に足を踏み入れるマルグリット。
膝の上まで隠す花々に囲まれても、平然と中心部へ向かう。
普通の女であれば、テレパシーと合わせた六感の全てを
ザクザクと花々を踏みつけながら、マルグリットは花畑の中央に近づいていく。
軍で正式に採用されている半長靴は、とても頑丈だ。
柔らかい植物を気にする必要はない。
鮮やかな花びらが舞い、上の青い空、周りの木々と併せて、絵になる光景だ。
花々に全く干渉されないマルグリットも、わずかに見惚れる。
古の者たちは、咲良マルグリットを屈服させられない。
しかし、仮にも地球の支配者だった、神話的な存在だ。
動けなくなった彼らだが、それは1つの目的に特化したから。
自身に全てを捧げる、奉仕種族を作り出して、ずっと支配するために……。
この花畑は、まさに彼らのフィールド。
周りにいる眷属たちが追撃しないのは、その必要がないから。
惑星すら破壊できる力に対して、マルグリットは普通の人間だ。
そのアンバランスな状態は、古の者にとって、付け込むだけの隙。
直接の干渉ができないのなら――
本人に、自分たちを受け入れさせればいい。
どれだけ完璧なファイアウォールと、アンチウイルスでも、使用者がOFFにすれば、簡単に侵入できる。
マルグリット自身は、デリケートな心と身体。
地球上にあり得ない快楽、全てを忘れるほどの中毒性にどっぷりと浸けられたら、人の姿をした
その体液は、花の蜜と同じ。
その容姿は、花のように美しく、蠱惑的。
蜜蜂に成り果てたマルグリットは、もう人ではない。
花々を繁栄させることが、無上の喜び。
あらゆる場所に花粉や蜜をまき散らし、賛同者を増やしていく。
自分の濡れている花びらでも、男を奉仕種族に変えていくのだ。
文字通りのハニートラップとして……。
咲良マルグリットは、古の者たちを甘く見過ぎたのだ。
花畑を歩いていたマルグリットは、急に光景が変わったことに気づく。
原生林の間にある花畑のはずが、まるで砂漠。
見渡す限りの砂の大地と、日本とは違う青空が広がっている。
刺すような直射日光。
うだるような暑さ。
どう見ても、花が育たない環境。
だけど、甘い香りに満ちている。
ふと視線を感じた彼女は、その方向へ振り向き、自分の目を疑った。
なぜなら、両親を失った直後に面倒を見てもらった、懐かしい顔があったから。
すでに
「
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