第296話 古の美しい花は誘引するための香りと蜜を持つー②

 山のふもとにある、女だけの観測基地。

 その一個小隊が生活できる施設を制圧していく、咲良さくらマルグリット。


 安い家具ばかりだが、全員が揃って食べられるほど広い食堂。

 専門の調理員がいるであろう、厨房。

 ビリヤード台、テレビ、ソファが置かれたリビング。

 映画などを見られる、娯楽室。

 小隊用としては狭い風呂場。

 狭いものの、小さな窓があって、最低限の設備が整っている個室。

 事務デスクが並ぶ、仕事用の部屋。

 長距離の無線機がある、通信室。


 生活感にあふれた空間は、金髪少女によって蹂躙される。


 単身で制圧していることから、視線と同時に左右へ銃口を向け、天井も忘れない。

 巧妙に潜む相手には通用しないが、今はスピードが命だ。


 着任したら1年は帰れないためか、四季のイベントの名残もある。

 誰かの誕生日パーティーの跡も。



 ――居住区


 室内の廊下は狭く、2人が横に並べない。

 左右に、個室の扉がある。


 いきなり銃口を掴んできた相手に対して、反対側の銃床じゅうしょうを当てて崩しつつ、小銃を動かすことで床へ引き倒し、そのまま撃ち抜いた。

 あるいは、銃床で突き、後ろへよろめいた隙に撃つ。



 マルグリットは、一通りの部屋を調べたことに気づいた。

 まだ敵が隠れている恐れはあるが、ひとまず小銃をスリングで肩に下げる。


「……ここに派遣した偵察兵とは、連絡し合っていたのよね?」


 次に向かうのは、記録が残っていそうな場所だ。



 ――通信室


 外に大きなアンテナタワー、非常用のバッテリーなどが設置されている建物。

 仮眠室と給湯室、トイレ、シャワーまで備わった、別荘のような場所へ、咲良マルグリットは足を踏み入れた。


 事務机を横一列にしたような台の上には、ダイヤル、ボタンがある機器が壁のように占める。

 片手で持てるスピーカーマイクが引っかけてあり、置いたまま使う卓上マイクも。


 ホワイトボードには、色付きのマグネットが張られていて、次の点検や部品交換の予定を示す。

 手書きの付箋や、プリントアウトした一覧も、その仕事を助けている。


 上の棚には、操作用のマニュアルなどを収めたリングファイル、専門書が並ぶ。

 天井から吊るされた空調ホースが、大きな口を開けている。

 事務用チェアも用意されていて、普段はそこに座り、仕事をするようだ。


 修理も行っているようで、棚には工具箱、落下防止の安全帯、ヘルメットも置かれている。

 分類された電子部品は、マルグリットが見ても区別できない。

 資材の一覧で、外の倉庫には交換用の通信ケーブル、アンテナ、その他のかさばる電気系のパーツが保管されている。と分かった。



 現状で遠距離の通信をするのは、不可能だろう。

 なぜなら、武器と思われる攻撃によって、通信機の内部構造まで見えているからだ。


 ブーンと飛んできた小さな虫がいきなり凍って落下したのを気にせず、マルグリットは壊れた無線機の前で倒れている女の死体を見る。


 どうやら、彼女が破壊したようだ。



 ――居住区


 残っている名札で死体の素性を調べた咲良マルグリットは、彼女の個室を訪ねた。


 鍵はかかっておらず、ビジネスホテルの狭いシングル並みの空間。

 両手を広げたら、どちらも壁につきそうだ。

 トコトコと入った金髪少女は、迷うことなく、隠された日記を見つける。


 スリングで肩に小銃を下げたまま、パラパラとめくった。



ゆずさんが、綺麗な花畑を見つけた。端末の画像だが、こんな場所とは思えないほどの光景だ。とても気に入ったのか、暇を見つけては通っているようだ”


“花畑から摘んできた花は、とても甘い香りがする。心なしか、拠点の中で飛んでいる虫を見かける機会が増えた”


“最近、みんなの様子がおかしい。訓練もせず、揃って花畑に行く。それどころか、花を持ち帰っては、施設中に飾りつけている。そのせいで、ブンブンと虫が飛び回っていて、閉口する”


“他の隊員たちは、観測、偵察も放り出して、例の花畑に行くだけ。それに、帰ってきたら、その……。お、女同士で絡み合っていて……。確かに、1人で発散させることはあるけど、人目も気にせず擦り合わせ続けるのは、流石にあり得ない”


“食事をしている様子もないので、そっと観察したら、飛び回っている虫が彼女たちの口の中へ入っていくのを目撃した。楽しそうに談笑する合間で、ピタッと顔に止まった虫がゴソゴソと入り込んでいくのだ。それを見た時に思わず声を出さなかったのは、我ながら偉い”


“無事なのは、通信担当の私と麗々れれの2人だ。今から通信室に籠って、現状の報告を試みる。もし、捜索隊が読んでいるのなら、ここにいる人間を決して信用せず、即座に処分して欲しい”



 読み終わったマルグリットは、その日記を押収した。

 次に、床で山となった虫の氷塊に目もくれず、先ほどの通信室へと戻りがてら、邪魔な虫を観察する。


 その虫は、大雀蜂オオスズメバチぐらいの大きさで、機敏に動く、大きな蚊のような姿だ。

 しかし、奇妙なことに、水分をたっぷりと含んだスポンジのような膨らみを持っている。



 ――通信室


 改めて探索したら、彼女のレポートがあった。 

 咲良マルグリットの予想通り、日記の続きだ。


“奴らの本体が、花と虫のどちらなのか? は不明。しかし、その目的は種の繁栄で、間違いない。花の蜜に十分な栄養と水分があるらしく、それを吸った虫が獲物の体内に自ら入り、延命させている。花の香りや蜜で誘い、虫に花粉をつけることで増える生態の上位互換だ。厄介なことに、知性は残るようで、外見での判別は不可能”


“残念ながら、通信はできなかった。外の施設の一部が壊れていて、この非常事態を知っているのは。でも、ようやく、虫たちが協力者を作るプロセスを突き止めた。花の香りは獲物の理性を麻痺させつつも、自分たちのところへ誘う役割。それに虫がくっついてきて、隙を見て獲物の内部へ入り込むのだ。花が先なのか、あるいは虫がその花を利用しているのか? ……被害者の1人は正気を失うまで、あいつらに気持ち良くさせられていた。ごめん、麗々。私は、この記録を外部に届けないといけないから”


 どうやら、通信設備を復旧しよう、と1人が外へ出て、餌食になったようだ。

 ここは、監視カメラによる映像もあって、内部に食糧や水が積み上がっている。


“被害者は、男を求めるように作り変えられた気がする。花粉を遠くまで運んでくれる、虫や鳥と同じように……。だとすれば、あいつらを街へ戻したらいけない。取り返しのつかない事態になってしまう”


“どれだけ弄っても、スッキリしない。手が止まらない。頭にもやがかかっている感じ。花畑に行きたい衝動を抑えられない……。あの香りを吸いたい、蜜を飲みたい、ずっと眺めていたい……。たぶん、私もダメだ。バリケードは壊されていないけど、部屋の隙間から入り込んだのかな? 完全に理性を失う前に、無線機を壊したうえで、自決する。このレポートが、少しでも役に立つことを願う”


 自分も汚染されたことで、その女隊員――高校生ぐらい――は、より詳細な報告をしていた。


 短時間で、女の部分が煽情的に変化したようだ。

 その感度も、驚くべきほどに。


“恐らく、寄生されたカタツムリ、カマキリと同じ。宿主の認識、それに身体を作り変え、特定の行動をさせたがっている。こいつらは、私たちを抱いた男の体内に乗り移ることで、繁殖するつもりだ……。自分で言うのも何だけど、魔法師マギクスは美少女が多い。もし基地や女子校が汚染されて、その衝動に突き動かされたことで、どんどん関係を持ったら、間違いなくパンデミックになる。明るい場所に出たカタツムリが目立つ触角を動かすよりも、遥かに効果的だ。お金を払ってでもヤリたがる美少女たちが、笑顔で誘ってくるうえに、全力でご奉仕するのだから……”

 

 その花畑の座標と、映像などのデータがあった。


 レポートと併せて回収したマルグリットは、視線すら向けずにアサルトライフルの銃口をドアのほうへ向け、こっそり忍び寄ってきた女を撃ち抜き、通信室の外へ出た。



 ――観測基地の前にある広場


 十分な情報を得た咲良マルグリットは、開けた場所でたたずむ。


「花畑に行っても、余計に虫がいて、犠牲者の一部が待ち構えているだけね……」


 その場でアサルトライフルを構えたマルグリットは、静かに花畑のポイントを探る。


「方位3-6-0、距離1,200……。熱源あり。これは、群生地? 試射はいらないか。もう効力射で――」


 言葉を切ったマルグリットは、構えを解きながら、ノーモーションで高速移動した。

 ほぼタッチの差で、大量の花が地面を彩る。


 その範囲から逃れたものの、せ返るような甘い香りが立ち込める。


 マルグリットは銃口を下げたまま、自分を囲んだ人影を見回した。


「たいした歓迎ぶりね? とても、任務中の兵士に見えないわ。基礎訓練から再履修しなさいよ」


 冗談のように言ったものの、彼女は油断なく周囲をうかがう。

 なぜなら、取り囲んでいる女たちは服を着ておらず、目つきも正気ではないからだ。


 キマっている場合、銃弾を直撃させても、平気で動くケースが多い。

 痛覚がないうえに興奮状態では、6発ぐらい当てても倒せないのだ。



 観測基地に残っていたのは、まだ体裁を整えていた部類か。

 おそらく、私のような新兵や、補給が届いた際に、気づかせないため……。


 そう思ったマルグリットは、事前に目を通していた隊員の顔と照合する。

 だいたい、同じだ。



 ぶちまけられた花の香りも相まって、昼の野外だというのに、淫蕩な雰囲気。


 同じ女の私でも、多少の動揺が出るほど。

 重遠しげとおがいたら、彼女たちを3周ぐらい制覇しそうだ。


 内心で溜息を吐いたマルグリットは、剣呑な雰囲気に変わる。


「……悪く思わないでね?」


 スケートのような動きで、後ろからの銃弾をかわしつつ、片手でアサルトライフルを斉射する。

 それに対して、女たちは素早く対応。


 今度は、同士討ちを避けつつ、十字砲火で追い立ててきた。

 ろくに服を着ていない癖に、ブーツ、グローブはつけているのが、マニアックすぎる。


「そういうところは、理性があるの!? 面倒な!」


 レーザーらしき光を見たマルグリットは、空中にシールドを出現させて防ぎつつ、同じく光る足場で空中を舞う。


 一部の外れたレーザーは、違う相手を貫いた。

 だが、全く怯まず、マルグリットへの攻撃を止めない。


 その様子は、個を捨てて動くハチのようだ。

 群体になった女どもは、地上から一斉射撃を続ける。


 光る足場を並べて、その間を飛び回るマルグリットも、アサルトライフルによる空気弾で応戦。


 敵の集団は、痴女としか思えない格好のわりに、よく訓練された動きだ。

 ボスボスッと直撃した女が倒れるも、即座に立ち上がって、攻撃に加わる。


 舌打ちをしたマルグリットは、愚痴を言う。


「息の根を止めないと――」

 ヒュバッ


 空中で横合いから勢いよく、12.7mmの弾丸で殴られ、マルグリットの身体は『く』の字に曲がり、そのまま吹き飛んだ。

 誤って投げたボールを思わせる動きで、遠ざかっていく。


 数秒の遅れで、ドンッと銃声らしき音が響いた。




「やった?」

「対物ライフルなら、無傷じゃ済まなイよ」

「分隊長ォ……。あの娘、モラッテいい?」


「生きてイタラ、好きになさい……。そろそろ、効いてくる頃だから、どっちみちオワリ」


 大口径でセミオート式の対物ライフルを囲んでいた女たちは、冷静に話し合う。

 片手が忙しそうな1人だけ、マルグリットをいたく気に入ったようだが……。

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