第295話 古の美しい花は誘引するための香りと蜜を持つー①
それは、とても古い生物だった。
いつの頃か、宇宙から飛来して、地球に辿り着いたのだ。
放射状に伸びた羽のような腕が集まった
海百合を思わせる、見ただけで正気を失う形状。
体長は約2.5mで、
その上は球根のような形で、眼がついている。
反対側には、鋭い歯が並ぶ口も。
彼らは、胴体に等間隔でついている、5枚ほどの膜状の翼で空を飛ぶ。
ところが、地球に居ついた連中は、不精な性格のせいで、銀河を横断する術を失った。
古き者たちは、テレパシー、念動力といった超能力を持つ。
現代の人類を遥かに上回る技術力も使う。
その効果は非常に高く、異次元の彼方からでも人間を錯乱させ、あるいは、重機を発射された弾丸のように動かせるほど。
いざ戦闘になれば、レーザーカッターらしき、強力な武器も見られるのだ。
現代の科学者が、何を代償にしても欲しがるほどの技術力。
戦略兵器と言えるほどの、比類なき超能力。
星と同じぐらいの、長い寿命。
単独で外宇宙への航行すらできる、その完成された体。
彼らは作った、異次元に行くことも可能な装置を。
宇宙戦艦を破壊できるほどの兵器を。
巨大な建造物の数々を。
けれども、
物質に縛られた生物の理想形でありながら、自宅に引き籠もったパソコンの大先生よりも動きたがらない。
あー、めんどくせー。
誰かが、ずっと食事を持ってきてくれないかなあ?
彼らは、自分で作った機械や道具に頼らない。
必要になったら、もちろん使うのだが……。
古の者たちは、山岳地帯の
その時、一匹の虫がブーンと飛んでくる。
眼を開けて、それを追う。
やがて、その虫は咲いている花の間に潜り込み、ゴソゴソと動いた後で飛び去った。
彼らは、胞子によって繁殖する、植物に近い生物。
それゆえ、自分が動かないままで奉仕種族を得られる手段に、感動した。
その美しさと香り、甘い蜜を出すことで、虫を誘引していると判明。
おびき寄せた虫の身体に花粉をつけ、遠くへ運ばせるのだ。
別の紫外線の領域で見たら、花の中心へ向かう集中線としての模様があった。
その他に、狙った虫を誘引するために進化した花や、メスに擬態した花弁を持つ花も……。
素晴らしい。
参考にしてみよう。
◇ ◇ ◇
下に緑が広がる、山岳地帯。
その高台にいる女は、狙撃用のスコープがついたライフルを構えた。
うつ伏せだが、展開した2本のバイポッドによる支えで、負担を軽減している。
足元には、運搬に使ったと思われるハードケースとバッグ。
このスナイパーライフルは、
最新モデルで、全長109cm、重量4.8kg。
有効射程800mだが、状況によっては1,500mでも当てられる。
狙撃に特化していて、付属の装備品とのセット販売。
通称、
内蔵された弾倉に、5発を入れられる構造。
一発ごとに自分でボルトを操作して、弾薬の装填と、撃ち終わった分の排出を行う。
このボルトアクション方式は、命中精度の確保のために必須だ。
彼女が右手でボルトハンドルを後ろへ引き、元の位置へ戻すと、その動作に合わせて、カシャキンと金属音が響く。
スコープの照準を修正した後で、いったん前にあるカバーを閉めた。
太陽光を反射したら、位置を知られるからだ。
スナイパーは、そのままの姿勢で待機する。
けれども、不思議なことに、狙撃の前にやっておくべき、周辺の把握とメモを行っていない。
最初に、レーザーによるレンジファインダーを使っての距離の計測と、高低差による誤差の修正。
風による、弾道への影響を考える。
大気条件とライフルの諸元、初弾なのか2発目か?
使用する弾薬、想定されている射程距離。
初速、銃口初速、地球の回転によるコリオリ、スピン・ドリフト効果、温度、湿度、大気圧などを考慮して、スコープを修正。
ターゲットが動いていれば、先読みしての偏差射撃も加わる。
とはいえ、実際には、風が問題だ。
超長距離の狙撃でなければ、コリオリ、スピン・ドリフト効果は無視できることが多い。
女は、そういった狙撃の基本をマスターしているとは思えない。
狙撃ポジションについたまま、リラックスしている。
まるで、自分が撃てば、どのような状況でも当たる。
今の状況で襲われる心配はない。と言わんばかりだ。
いざ、その時になれば、彼女はその本領を発揮するだろう。
◇ ◇ ◇
ジェットエンジンの轟音は、機内でもよく聞こえる。
大型の輸送機は、ひたすらに空を飛ぶ。
『降下、3分前でーす!』
その言葉に、機内にいる1人が立ち上がった。
揺れる足場だが、側面のドアの傍で待機する。
『現在、R-53までのコース良し。コース良し。そのまま、進入』
命綱をつけた兵士が、ドアを上に開け放つ。
勢いよく入ってくる、風と光。
『用意、用意、用意。……降下、降下、降下!』
ジリリリリ
「準備よし! お世話になりました!」
1つの影が飛び出す。
大型の輸送機は、彼女を置き去りにしたまま、飛び去った。
通常の手順では、機内に張られたワイヤーへ、自分が背負ったパラシュートにつながっているフックを引っかけておく。
すると、外へ飛び出したら、自動的に開くのだ。
ところが、空中に飛び出した人影は、そのまま落下していく。
全身でバランスを取りつつも、両手を前へ。
胸にある、予備のパラシュートを開くのか?
けれど、よく見れば、それは自前のものだ。
多少の空気抵抗が増えるのみ。
スリングで吊り下げた小銃を構えた人物は、自分が地面へ加速しているのに、全く慌てる様子はない。
日光で金髪を輝かせている
スキージャンプを思わせる軌道で、どことも知れぬ場所へ降りていく。
五点着地はなく、ふわりと両足で立つ。
富士の樹海を思わせる、
今の日本では極めて珍しい、原生林だ。
「連絡が途絶えた、防衛任務の拠点を調べて、その原因を排除せよ、か……。どうせ、全てを消し飛ばすのだろうけど」
森林迷彩の戦闘服に、半長靴。
戦闘グローブと、目を保護するための降下用ゴーグル、軽そうなヘルメットを身に着けたマルグリットは、
ゴーグルとヘルメットを外して、戦闘帽、シューティンググラスに付け替えた。
両手で構えているアサルトライフルは、魔法の発動体である
室内戦にも適している、銃身が短めのカービン。
魔法のソナーで周囲の様子を探るも、女性隊員だけの観測基地が近いことから、そのまま徒歩で向かう。
「あら、新人? ちょうど良かった。長距離の無線か魔法を――」
タァーンッ
話している途中で、20歳ぐらいの女の頭が弾け飛んだ。
圧縮された空気弾が飛んできた方向を除いて、頭蓋骨と中身で汚される。
あっさりと撃ち抜いたマルグリットは、特に感情を見せず、肩付けをしたアサルトライフルの銃口を前に向けたままで、拠点をクリアリング。
その様子は、味方の基地を訪れたとは思えない。
声や物音を聞きつけた女も次々に始末して、南極基地を思わせる、急造ながら半年ぐらいは暮らせる施設を進んでいく。
ここは、限られた空間を最大限に活かしている。
その代わりに、外観は四角い箱をつなげた、不格好なシルエットだ。
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