第294話 真牙流の「全賢者集会」へ向けて(後編)【メグside】

 咲良さくらマルグリットの発言を聞いたりょう愛澄あすみは、うなずいた。


「咲良さんの準備が整い次第、すぐに出動してください。航空防衛軍の基地から、空挺降下の輸送機に同乗させる予定です。もう、話はついていますから。……関係者だけの機密のため、時翼ときつばささんには退席を命じます」


 ソファから立ち上がった時翼月乃つきのは、お辞儀をした後で、キビキビと校長室を出て行った。


 その扉がきちんと閉められたことを確認した愛澄は、改めて説明する。


「目標地点は、R-53。山岳地帯のふもとで、規模は人員20名ぐらいの一個小隊。言うなれば、女性向けの観測基地ですが、半月ほど前から定時連絡が途絶えました。補給物資の投下は継続したものの、狼煙のろし、地上にいる人間からの救援要請は一切なし。ただ、『花畑のような場所に大勢の女がいて、手を振っていた』という航空機のクルーの報告があって、数人の偵察兵を送りました」


 輸送機は、航空防衛軍の所属のため、目撃者としての証言。

 どれだけ低速でも、上空をパスしながら視認できるのは、せいぜい数十秒。


 ここで愛澄は、厳しい顔になった。


「偵察分隊からは無線で『至急、部隊と救援を送られたし』の報告があったものの、欺瞞ぎまんでした。あるいは、所定の暗号と手順すら分からない状態だったのか……。いずれにせよ、通信は向こうのバッテリーが尽きるまで続き、その一方でこちらからの質問にも『異常なし』のように、微妙なニュアンスばかり……。真牙しんが流の上層部は、“危険度S” に変更したうえで、周辺を封鎖中です。生物、または化学兵器に類する汚染と判断して、いずれ爆撃か、特科大隊による砲撃で吹き飛ばすつもりでしたが――」

「それでは、世間体が悪すぎる。ということですね?」


 マルグリットの指摘に、愛澄は首肯した。


 日本は狭い。

 人里離れた場所とはいえ、派手に防衛軍を動かせば、必ず気づかれる。

 そうなれば、一連の作戦による犠牲者、動員した兵器と人員のコストを調べられ、防衛軍や魔法師マギクスに反対する勢力が政治的な圧力をかけてくるのだ。


 かといって、マギクスによる物量作戦も、多くの被害者を出す。


 愛澄は、必要な情報を並べていく。


「うちの参謀本部は、『十分な兵力と武装をまとめて投入した場合に、最低でも一個小隊、平均で一個中隊の損耗』と出しています。これは、歩兵による作戦の場合ですが……。以上を踏まえて、咲良さんは単独での降下作戦を希望しますか? ここで拒否しても、ペナルティを与えません。ただし、今すぐに参加できて、なおかつ、咲良さんが希望する期間で全賢者集会(サピエン・キュリア)を納得させるだけの戦果を得られる防衛任務はありません。一般の拠点では、あなたは新人として、先任や上官の指示に従う立場となりますし……」


 決意を込めた表情になったマルグリットは、力強く頷いた。


「はい、希望します。ところで、校長先生?」


「何でしょう?」


 愛澄が応じたので、マルグリットは大事なことを聞く。


「交戦規定は?」


「この作戦に限り、私の直轄の分隊として、あなた1人を臨時編成とします。ゆえに、あなた自身が可能な範囲で、を許可します。むろん、部外者への連絡、他の協力を得ることは、論外ですけど」




 ベル女の校長室に残った梁愛澄は、入れ直したコーヒーを飲みながら、窓の外を眺める。


全賢者集会サピエン・キュリアで、認めさせる。言うだけなら、簡単ですけど……」


 長く息を吐いた愛澄は、不安げな表情に変わった。


 真牙しんが流の幹部が集まる全賢者集会サピエン・キュリアで自分の意見を通すのは、かなり難しい。

 四大流派の中で、最も公的な機関に食い込んでいるため、陸海空の防衛軍の幕僚、防衛省や警察のキャリアもいるのだ。


 厄介なのは、魔法師マギクスという武闘派のため、魔力が高いほど尊重されること。


 愛澄は、平均的な能力。

 軍政家としての手腕で上り詰めたに過ぎず、魔法の探究、新しい理論の構築でも、実績はない。


「海上、航空の幕僚は、……良くて中立でしょう。警察とは仲が悪いし、他の中央省庁は我関せず。財閥のほうも、今回は様子見か……」


 秘密結社の真牙流で、愛澄は誰に対しても優しい。

 そのため、反マギクス派にも受けが良いが――


「私は、袋叩きでしょうね……」


 他の幹部からすれば、愛澄はどっちつかずの蝙蝠コウモリに見える。


 自分の指揮下にある魔特隊の一部を失った。

 それも、ライバル関係にある千陣せんじん流の上位家、まだ男子高校生ごときに……。


 間違いなく、どうして報復をしないのか? と詰められる。


 そのうえ、自分の学校にいる、戦略級と判明した女子生徒をその少年の愛人にさせろ。と主張するのだ。


「……遺書は、残しておきますか」


 マルグリットには快諾したものの、次の全賢者集会サピエン・キュリアが人生の最後になるかもしれない。

 針替はりがえ大尉と同じく、危険な防衛任務に宛がわれ、死ぬまで戦わされるか、それとも帰り道に不慮の事故か。


 他の上級幹部(プロヴェータ)に迎合しても、責任を取らされる。

 魔特隊の中隊を失った以上、まず閑職に回されて、次に何か不祥事が起きた時のスケープゴートにされるだけ。

 どっちみち、助からない。


「日本の各地区を担当している幹部たち。彼らをどれだけ引き込めるか……」


 防衛任務は、エリア毎に担当が決まっている。

 定期的に犠牲者を出している防衛任務は、必要不可欠であるものの、上流とは程遠い、血と泥に塗れた戦場だ。

 そこで結果を出せば、あるいは――



 全賢者集会サピエン・キュリアは、ベル女の召喚儀式による査問とは違う、食うか食われるかの舞台だ。


「各エリアの担当が、こちら側になっても……」


 それでも、足りない。


 愛澄が期待しているのは、全体の流れを変えることだ。

 当事者である彼女だけではなく、出席している中立の上級幹部プロヴェータも賛成すれば、重遠しげとおたちが高校卒業まで様子を見るぐらいの妥協を引き出せるかも。


「次の全賢者集会サピエン・キュリアが、いつ頃なのか……」


 失脚させたいライバルは、一刻も早く開催して、愛澄を潰したいだろう。


「でも、次に全員が集まるのは、早くても1年後――」

 プルルルル


 ガチャッ


「はい、どちら様ですか?」


『お久しぶりですね、愛澄さん?』


 その艶めかしい声を聞いた彼女は、思わず電話を切りたくなった。


 ご丁寧に、お互いの顔が分かる、テレビ電話だ。

 愛澄の視界には、優雅にティータイムを楽しむ美女が映っている。


 端整な目鼻立ちだが、彼女と同じく、年齢不詳。

 流行りではなく、落ち着きのある、長い黒髪。

 紫の瞳だが、時翼月乃とは正反対の雰囲気を持つ。


「お、お久しぶりですね、五夜いつよさん。わざわざ電話とは、何の御用で?」


 ニッコリと微笑んだ悠月ゆづき五夜は、すぐに用件を切り出す。


『単刀直入に、申し上げますわ。次の全賢者集会サピエン・キュリアは、1ヶ月半ぐらい後に開催しますので』

「は? この前に、やったばかりでは!? あれから、半月もっていませんけど?」


 受話器の向こうから、溜息が聞こえた。

 そして、すぐに返事がくる。


『愛澄さん。魔特隊の中隊を丸ごと失っておいて、寝ぼけたことをおっしゃらないでくださいな……。上級幹部プロヴェータのあなたは、皆に説明する義務があります。今のうちに、身辺整理でもなさってはいかが? 詳細は、いつもの方法で送りました。あとで、ご確認くださいませ。では、ごきげんよう』

 ツーツーツー


 ミステリアスな美女は、お前のその顔が見たかったんだよ! と言わんばかりの、それでいて上品な笑顔のままで、消えた。



 愛澄は、かろうじて受話器を置く。

 急いで端末を確認したら、確かに “臨時の全賢者集会サピエン・キュリア” のお知らせがあった。


 彼女が恐れていた、真牙流の上級幹部プロヴェータの勢ぞろいだ。

 その発起人は――



 “悠月五夜”



「あの女ァアアアア!!」


 愛澄の絶叫が、ベル女の校長室を震わせた。


「家の権力に物を言わせて、全賢者集会サピエン・キュリアを終えたばかりの全員を強引に集めた……。そこまで、そこまでやりますか!?」


 上級幹部プロヴェータは多忙を極めており、1年に1回ですら、都合をつけられるとは限らない。

 前日入りして、翌日の午前中からの開催で、丸2日の拘束。

 急なスケジュールの調整をすれば、1ヶ月の予定がパーだ。

 であるのに、この異例の開催。


 悠月家は、真牙流の中心にいて、その決定は大きな意味を持つ。

 しかも――


「五夜は、歴代でも優秀なマギクス。しかも、欧州から日本の財閥に仲間入りをした、由緒正しい魔法使いの系譜です。彼女の信奉者は多く、独自に秘密結社を持っている……」


 まさに、真牙流のエリート。

 高い魔力と古い歴史、財力が合わさり、最強に見える。

 大口の出資者である彼女が言えば、集まるしかないだろう。

 独自に、魔法の開発にも取り組んでいる。

 先ほどの映像でも、同性ですら魅了しそうな美貌とカリスマ。


 いっぽう、愛澄は庶民の出。

 間違っても、先ほどのぜいを凝らした別荘のテラスで、老練な執事、メイドを控えさせ、これまた高価なティーカップを優雅に傾けられる財力とは無縁。


 彼女がマギクスの代表として命を狙われ、陳情で方々ほうぼうに頭を下げている時にも、五夜はゆったり過ごしている。

 何という、格差社会!


 平均的な魔力の愛澄は、政治活動で地道に成り上がった。

 陸防や防衛省ともしっかり話すので、穏便に済ませたい反マギクス派にとって好ましい人物。

 ゆえに、彼らの密かな支援や黙認もあって、陸防の准将じゅんしょうになれた。

 国内で別の正規軍や警察を作りかねない真牙流で、数少ない良心だ。



 悠月家とぶつかるなんて、想定外です。

 どうして――


 校長用の机に突っ伏した愛澄は、小さな声でつぶやく。


「咲良さん、本当に頼みましたよ。室矢むろやさんも、『次にマルグリットを同じ目に遭わせたら、1人で火星に移住してもらう』と言っているし……。あー、もうヤダァ!」



 真牙流で発言力のある女に目をつけられた挙句、帰りの会でいきなり吊し上げ、と同じ仕打ち。

 おまけに、室矢カレナは激怒していて、これ以上の室矢重遠しげとおやマルグリットへの迷惑は決して許されない。


 完全に、無理ゲーである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る