第291話 マギクスから見た室矢重遠という男子生徒【愛澄side】
『自分は、婚約している女性に言い寄った挙句に、無断で相手の男性に絶縁を迫りました! 大変申し訳ございません!!』
ご丁寧に拡声器のような魔法を使っているらしく、街宣車よりも五月蠅い。
新しく入ってきた防衛官がギョッとするも、すぐに手洗いを済ませ、お盆を手に取って、セルフの配膳を始める。
席についている防衛官たちは、見て見ぬ振り。
黙々と、食事に励んでいる。
『私は、一般市民を大勢で囲み、分からないように彼の足を蹴りました! 大変申し訳ございません!!』
とある防衛官が、隣のやつに小声で話しかけた。
「なんだよ、アレ?
山盛りのご飯を食べている防衛官は、それに答える。
「あー。どうも、魔特隊が一般市民に手を出したらしいぞ?」
「は? これだから、異能者ってやつは……」
「いや、相手も異能者らしいんだけど……」
「じゃあ、ただの内輪揉めじゃねーか。勝手にやってろ!」
その時、事情通っぽい防衛官が口を挟んできた。
「いやいや……。それがどうも、妖怪を使役する
「ふーん。ていうか、余所でやれよ」
「で、その御曹司って誰?」
「なんか、前にウチへやってきた。む、む……」
「
「あー、それ! 室矢
「そんなことより、駐屯地にいた金髪巨乳は?」
「合同演習の時にいたな、デカパイちゃん!」
「あのデカパイに挟まれたいだけの人生でした」
「金髪巨乳も、異能者らしいぞ?」
「なに? オッパイを大きくする異能なの?」
「デカパイちゃんは魔特隊に加わって、
「あんな大きな弱点を抱えて、兵士が務まるのか?」
「でかいエンジンが剥き出しの兵器なんて、絶対に乗りたくないぞ」
「異能者といえば、黒髪の美少女も見かけたぞ?」
「あれでも、
「ええっ!? よくて、女子中学生にしか見えないのに……。いいねえ、異能があると出世できて」
「俺、ああいう上官が欲しいなあ……」
「少佐なんて、辞令をもらうか、訓示を聞く時しか、接点ないだろ」
好き勝手に騒ぐことで、どんどん
無責任に言うから、妙な話も。
けれど、まだ若い重遠による室矢家をバカにしてはならない、という認識は共通だ。
いっぽう、室矢カレナの預かりになった全員は、当日中に防衛任務へ志願した。
懲罰部隊の側面が強く、人手不足のため、すぐに受理される。
まるで事前に準備していたかのように、後任が到着して、彼らと入れ替わった。
この琉垣駐屯地の事例を踏まえて、防衛省は室矢家の扱いを検討する。
◇ ◇ ◇
ベルス女学校。
その校長室にいる
罪の意識に苦しむ彼らが許されるのは、二階級特進をした時だけ。
関係者によれば、人が変わったように、防衛任務へ志願したそうだ。
愛澄は、忙しい。
彼女が全てを知った時には、仲裁できるラインをとっくに超えていた。
たまたま、室矢カレナと親交があったので、報復される対象を限定できたものの――
「ごめんなさい。私のせいですね……。許してくれ、とは言いません」
室矢家が特大の爆弾であることは、ベル女の召喚儀式の時に分かっていた。
それなのに、十分な周知をせず、いよいよ部下の命まで奪ったのだ。
けれど、交流会に参加した男子高校生、それも他流に、格別の配慮をしてください、と言うのは、難しかった。
ベル女の召喚儀式に伴う大破壊も、防衛大臣から真実を言うことを禁止されていた。
そもそも、何が起こったのか? すら不明だ。
いっぽう、
学年主席を全く寄せ付けない、驚くべき結果だ。
リクルートも行っている士官が注目して、当たり前。
ベル女の生徒は曹候補生と変わらず、その予定を調べやすい。
口説ける機会があれば、ダメ元で押しかけるだろう。
魔特隊は優秀な生徒しか入れない就職先で、憧れの的なのだから。
咲良マルグリットは、交流会で室矢重遠の婚約者になった。
だが、彼には結婚する予定の女がいるから、スペアに過ぎない。
愛人として囲わせるよりも、真面目な交際やお見合いで結婚させるべきだ。
その考えは、正論。
相手は、ただの男子高校生。
おまけに、千陣流という他流。
それに対して、こちらは国防の一翼を担っている特殊部隊。
弱い
この考えも、正論だ。
「同じマギクスだから、話せば分かる……。確かに、その部分もあったでしょう」
付き合う異性の選別は、軍と警察でよくある話だ。
その男に別の女がいるのなら、威圧して型に嵌めれば、それで片付く――
はずだった。
「咲良さんは、特殊作戦コマンドに近い立場だった。おまけに、両親を失い、幼児から訓練を受けた存在……。そのせいで、上官や規則に従うことが、もはや本能レベルになっていた」
普通であれば、きっぱりと断るぐらいで済んだ。
でも、マルグリットは、普通の育ちではない。
運悪く、USFAとの合同演習があって、一緒に戦うことにも――
「自分だけ蚊帳の外に置かれたことで
軍籍は凍結されているものの、国家機密のため、抹消できない。
指揮官の
「それは、上手くいきすぎた」
自我がしっかり形成される前に刷り込まれた条件反射と、あくまで本人の意志というギリギリの線を守った勧誘の組み合わせ。
重遠に反感を持っていた隊員も、それに協力した。
愛澄は、校長用の椅子に座ったまま、窓の外を見た。
「咲良さんは、追い詰められた。でも、傍から見れば、全て自分で選んだこと……。だから、自殺を選んだ」
その直前に、室矢さんが止めなければ、すでに咲良さんは死んでいた。
理由は分からないが、室矢さんは激怒していた。
大好きな室矢くんのお気に入りを害されたから、では説明がつかない。
…………
いや、つかないも何も。
迎え入れた女をこのような形で、それも2人きりのバカンス中に自殺まで追い込まれたら、誰でも怒り狂う。
私だって、家族をそうされたら、手段を選ばずに報復する。
しかも、針替
溜息を吐いた愛澄は、思考を続ける。
「室矢くんの知名度は低かったので、あの大尉は『高校生だから、たいしたことはできない』と高を括っていた。私ですら、
交流会の時点では、その情報はなかった。
わずか数ヶ月で、日本を代表する四大流派の1つと、またコンタクトを取ったのだ。
しかも、桜技流といえば、正式な警察で、信仰に基づく流派。
世間慣れした自分ですら、その手順を全く想像できず。
あの女たちは、街で見かけて口説けるレベルではないのだ。
一歩間違えたら、現代の忍者たちが暗殺にやってくる。
良くて、桜技流の刑事部による逮捕だ。
室矢重遠は、千陣流の上位家の当主にして、桜技流の局長とも懇意。
どちらかの情報を入手していれば、大尉の考えは全く違っただろう。
けれど、仮に知っていても、本気にしたか?
あまりに、普通の高校生。
よく言えば、親しみやすい。
悪く言えば、覇気がない。
一般的な男子高校生としては、頼りになるほうだ。
けれども、退魔師、それも四大流派の幹部としては、若すぎるし、無名すぎる。
「室矢くんは、自慢や威圧をしないタイプでしたからね……」
その気弱な印象もあって、大尉は押し切れると踏んだ。
室矢重遠の怖さは、そこにない。
ベル女の召喚儀式を吹き飛ばした張本人なら、人間に括っていいのかも不明。
現代科学では説明しにくい力を持っている疑いがある。
二次元の漫画にいるキャラが、三次元の漫画家や編集者の存在を知らないように……。
「ブリテン諸島の黒真珠も、伝承のような存在。もし大尉が知っていても、気に留めなかったでしょう。そもそも、ビッグネームが海外から日本にやってきて、一高校生に仕えるのは、不自然すぎます。偽者か、嘘だと考えるのが、普通」
だが、『ブリテン諸島の黒真珠』と呼ばれるカレナは、重遠の式神。
最後の最後、まさに処刑を命じた場面で、現れた。
しかも、ただ吹き飛ばすのではなく、用意周到にする始末だ。
彼女が大尉との話し合いに最初から参加していても、たぶん結果は同じ。
私が初期に相談されても、ここまでの事態になるとは夢にも思わないから、自分で断わってください、で済ましただろう。
正論で進めた大尉は、結果的にとんでもない相手にぶつかった。
言い訳のしようがない状態で。
だから、同じく正論で殴り返された。
マルグリットへ仕掛けたように、本人の意志で防衛任務に志願させられたのだ。
カレナは魔法技術特務隊だけではなく、中隊の名誉、個人の名誉も守ってくれた。
お互いにとって、最良の結果だ。
それでも、感情としては、割り切れない。
梁愛澄は、机の上に彼らの履歴書を並べ、その顔写真をそっとなぞる。
最後に届けられた書面は、全て直筆。
どれも室矢家の当主への粗相について明らかで、最後に “国家のために命を捧げることで償う” で終わっていた。
その時、あまり聞きたくなかった声が響く。
「そう、何でもかんでも背負う必要はない……。重遠たちも、かなり我慢した。最後のトリガーを引いたのは、他ならぬ
いきなり出現したカレナを見た愛澄は、彼らが生きた証をまとめつつ、静かに
「あなたに大きな借りがあることも、今回が失礼の極みであったことも、承知しています。けれど、踏み込んで欲しくない領域もあるのですよ?」
肩を
「それは、すまなかった……。失礼ついでだが、1つ相談がある」
溜息を吐いた愛澄は、気持ちを切り替えた。
彼らが自業自得だったことも、事実だ。
魔特隊の総指揮官として、真牙流の幹部として、いつまでも引きずってはいられない。
愛澄は、校長用の椅子に座ったまま、机の上で肘をついた。
「伺いましょう」
「今回は、室矢重遠を知らなかったことが、そもそもの原因だった。……そうだな?」
首肯した愛澄は、先を
カレナは、ソファに座り直した後で、説明する。
「端的に言うぞ? 真牙流のほうで、重遠を認める称号をくれ」
ゆっくりと
「……それは、義理許しの
「その通りじゃ」
愛澄は、その提案に考え込む。
義理許しは、本人の実力と無関係に、スポンサーなどの多大な貢献をした人物に印可を与えることだ。
「興味深い提案だと思いますが……。ちなみに、室矢さんはどういうイメージですか?」
「名誉マギクスか、準マギクスにでもすれば、いいだろう? 昔から、その手の事例は枚挙に
うーん、と唸ったままの愛澄は、やがてカレナのほうを向いた。
「そういえば、室矢くんはマギクスの測定を受けていないですよね?」
「やめておけ! どういう結果が出ても、間違いなく荒れる!」
低ければ、千陣流の宗家の元長男の癖に。
高ければ、ぜひウチに来てくれ。
そこそこでも、やっぱり低い数字と同じ扱いだ。
分かっているが、愛澄は気になる顔でじっと見つめる。
知りたいな? と無言でアピールする様子に、カレナは根負けした。
「その件は、持ち帰って検討するのじゃ。具体的な話として、1つ案が――」
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