第290話 陸上防衛軍の新兵への教育隊は2,400ヶ月ー④

 室矢むろやカレナは、少佐しょうさの待遇で、もはや愚連隊と化した連中の教官を務める。

 彼女は、魔法師マギクス用の演習ルームで、いよいよ魔法による戦いに挑む。


 対するトップバッターは、言い出した雑賀さいかてるだ。

 彼は、身体強化からの崩しをするも、カレナの手刀でなぞられた瞬間に、その部分が切り飛ばされた。

 空間の切断をコンパクトにまとめた技術で、マギクスなら上から数えたほうが早い。


 次の対戦相手は、レーザーを駆使する、現代兵器と相性のいい隊員。

 しかし、方向と出力を変えられる攻撃にもかかわらず、カレナに相殺されたうえで近接戦に持ち込まれて終了した。


 爆発、炎、凍結と、現代兵器の代用になる魔法を使う隊員たち。

 彼らも順番に対戦するが、どんどん無力化されていく。


 本格的なバレを装備すれば、もっと善戦できただろう。

 けれど、自らの本分ほんぶんである魔法を使用したのに、手も足も出ないまま、完封されたのだ。

 その事実は、かなり重い。


 お互いに傷つく模擬戦は、カレナの実力をより知らしめる意味で、最大の効果があった。

 今の彼女がいえば、だいたいの命令には従うだろう。

 建前とはいえ、実際に上の階級もあるのだから……。


 けれど、忘れてはいけない。

 今回は彼らとの親善にやってきて、いずれ必要になったら助け合うわけではないのだ。


「さて、そろそろ話を戻すぞ? 私は千陣せんじん流の室矢むろや家の名代みょうだいとして、当主である重遠しげとおを侮辱したお主らの処分を任された。そして、お主らはすでに真牙しんが流から除名され、『千陣流との戦争を避けるための生贄いけにえ』になったのじゃ! この一連のやり取りで、私のことは認めたようだが。やはり、重遠に心から謝罪する気はなく、『マルグリットには同じマギクスの雑賀照が相応しい』と思っているのだろう?」


 カレナが再び問いかけるものの、返事はない。

 無言であることが、何よりの回答だ。


 しかし、彼女は怒らない。


「いきなり言っても、受け入れられないか? けれど、実力を示して私に認めさせることも、不可能だな……」


 改めて現実を突きつけたら、魔法技術特務隊の面々は項垂うなだれた。


 そこに、カレナは蜘蛛の糸を垂らす。


「ここでお主らを殺すのは、簡単だ。けれども、それで済ませては後始末が面倒だし、私は資源を有効に使う性質でな? ……再訓練に耐え抜けば、お主らは許そう。には、真牙流への復帰願いも書くぞ?」


 その言葉を聞いた連中は、顔を上げた。


咲良さくらさんと、話をさせてもらうことも?」

「いいぞ!」


 笑顔のカレナが即答したことで、雑賀照の顔つきが変わった。


 選択の余地はなく、針替はりがえりょうを含めた全員が、その再訓練を受けることに。



 この時点で、彼らは地獄の門を潜った。


 今までは、だった。

 入隊の宣誓書にサインをする前と同じで……。


 そこからは、防衛官として扱われる。

 ニコニコしていた班長は、一気に態度が変わるのだ。


 さて、肝心のカレナの態度だが――


 学校の文化祭、体育祭で檄を飛ばすように、明るく言う。


「さあ! 教育隊に戻ったつもりで、頑張れ! たったの10年、100年! 私が待った時間に比べたら、たいしたことはない!! そして、私の眷属けんぞくであるマルグリットの弱みに付け込んだツケも、一緒に払ってもらうのじゃ! 右も左も分からない幼少期から軍の理屈にどっぷり染められて、本能的に上官や仲間に逆らえなかった気持ちも、心行くまで味わってもらうぞ?」


 眷属とは、自分の一部である。

 だから、重遠の敵、室矢家の敵だけではなく、カレナの敵にもなった。

 妹の深堀ふかほりアイ、スティアですら遠慮する、その無限ともいえる範囲で、ただ殴り続ける。

 あくまで、相手の土俵に立ちながら。


 さらに、カレナの本性は、とてもワガママだ。



 炭酸入りのワインの栓を開けたように噴き出す赤色と、お祝いの席で見かけるような骨付き肉。

 重力の強さと方向が変わって、上や左右に落ちていく罪人たち。

 もはや、ここに従来の物理法則はない。


 肉が潰れて、また戻る。

 骨が砕けて、また戻る。

 一瞬で肉塊になって、また戻る。


 集まっている隊員たちは、全ての体験が残る。

 五感は常に鋭く、気絶できず、眠れず、腹も空かず、休みもなく、どんどん痛みや恐怖が積み重なる。

 完全記憶のように、欠片も忘れられない。

 発狂できずに、どこまでも、どこまでも塗り潰されていく。

 これまでの思い出、記憶、考えを押し流すように……。



「お主、欠礼したな?」

 言われた隊員の右腕が飛ぶ。


「服務が不十分! 洗濯とアイロンをやり直せ!」

 そもそも、カレナのせいで血を浴びていた隊員が、理不尽な理由で吹き飛ばされた。


「どうした? 言えんのか? ……総員、腕立て伏せの用意じゃ!!」

 頭の半分を失った隊員に質問したカレナは、返事がないことから、連帯責任として懲罰を命じた。

 なお、下への重力は20倍に。



「し、少佐殿どの! 自分にも、参加させてください!!」



 ずっと待機していた針替はりがえりょうが意見具申をするも、振りむいたカレナは笑って告げる。


「却下する! お主は、士官だ。こやつらとは違う……。兵士は命令に従えばいい、下士官はその状況で最善を尽くせばいい。だが、士官は目的を達成するために考えて、命令に責任を持たなければならない……。それに、お主は何もせずに過ごすのが好みだろう? そこで立ったまま、眺めていろ! これは、だ。……貴様ら、上官に向かって、その目つきは何じゃ!!」


 針替大尉たいいを睨んだ隊員たちに、小さな穴が無数に開く。

 ドサッと倒れる中で、まだ生きている者へのカレナの命令が続いた。



 指揮官である大尉は命令に従い、どんどん自我を壊されていく部下たちを眺めた。

 何もできず。

 何も言えず。


 1日、1週間、1ヶ月、半年、1年、10年、100年、200年――


 最初は大尉を恨んでいた隊員たちも、次第に心が折れていき、もはや興味すら示さなくなった。

 そういえば、自分が好きな食べ物は何だったろうか? とすら、考えられないように。



 カレナの声と表情を見聞きするだけなら、楽しいパーティー会場だ。

 まだまだ、時間はたっぷりある。


 彼らが1人残らず、立派な防衛官になるまで、彼女の指導と訓練は終わらない。




 ――


 カレナは、全体に訓練の終了を告げた。

 一糸乱れぬ整列で応じた10人ほどは、規則正しく退出する。


 彼女は、そのうちの1人を呼び止め、端末を取り出しながら、確認する。


「約束通り、マルグリットと話せるぞ? お前の想いを伝えなくていいのか?」


 その人物は表情もなく、直立不動のまま、返事をする。


「いえ、何もお話することはありません。自分には、しなくてはいけないことが……。ご面倒をおかけしました」


 言い終わると、教本に載っていそうな敬礼をした後に、回れ右。

 そのまま、先に行った仲間を追いかける。



「さようなら、雑賀照」


 演習ルームに1人だけ残されたカレナは、つぶやいた。


 彼女は、約束を守った。

 けれども、重遠を侮辱して、マルグリットを自殺未遂まで追い込んだ事実は消えず。

 たとえ、彼女の嘆きを知らなくても、それで減刑はしない。


 一瞬たりとも休みのない、教育隊2,400ヶ月。

 立派な防衛官になった彼らは、所属していた真牙しんが流への多大な迷惑や、市民への暴行で中隊の名誉を傷つけた事実に耐えられないだろう。

 しかし、直接の謝罪はできず、司法で裁いてもらうことも不可能だ。


 となれば、彼らが選ぶ行動は決まっている。


 カレナは、精神を弄っていない。

 ただ、再訓練をしただけ。

 別に、死にに行け、とは言っていないし、匂わせもしていないのだ。

 あくまで、彼ら自身が、動いている。


「私は、これで許した。けれど、お主らの模範的な軍人としての良心と使命感は、そうもいかん。異なる派閥とはいえ、軍がマルグリットに仕込み、お主らも利用したことだ。よもや、卑怯だとは言うまいな? これにあらがえたら、その時は本当に助けてやろう。まあ、無理だが……」


 室矢重遠の名誉を回復させつつも、針替亮と雑賀照の2名は確実に始末する。

 決して、重遠たちの迷惑にならないように。


 カレナは、自らが仕えるあるじのオーダーを完遂した。



 散歩を終えたかのように、正門へと歩く少女。

 時計は、ちょうどランチタイムだ。


 まだ同じ警備兵と防衛官がいる中、この駐屯地から本土への帰還を告げる。

 敬礼と答礼を交わし、お昼を食べていかないのか、と不思議がる2人を残して、再び外の世界へ。



「私は、うるさい場所で食べる気はせん。早く自宅に戻って、ゴロゴロするのじゃ」


 それっきり、神秘的な少女の姿は、南国から消えた。

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