第289話 陸上防衛軍の新兵への教育隊は2,400ヶ月ー③

 これだけの人数を相手に、互角以上の格闘技を披露した室矢むろやカレナ。


 死屍累々の演習ルームに、わずかな平穏が訪れた。

 彼女と魔法技術特務隊の約10人は、元の位置で向き合う。



 場は膠着状態に陥り、次のリアクションを待つ。



 その時、1人が動いた。

 平然と立つカレナに対して、こぶしのままの片手が突き上げられたのだ。

 けれども、これは攻撃の意志ではない。

 発言を求める、ただの挙手。


 彼女はその方向を見て、無表情になった。

 針替はりがえりょうが手を挙げた部下を止めようとするも、手の平を向けて制止。


「発言を許可する」


 カレナの言葉を聞いた雑賀さいかてるは、片手を下げて、話し出す。


「室矢少佐しょうさは、誤解されています!」


「何をだ?」


 意外にも、カレナは話を聞く姿勢になった。


 まだ生きているものの、床にうずくまった隊員や、整列を乱したままの連中のざわめきが、一時的に止まる。


 舞台の役者のような凛々しさを持った照は、順番に説明する。


「少佐殿どのの力は、よく分かりました。ですが、その上で言わせていただきます! これは教導ではなく、階級を悪用しての虐殺です! ご存じではあるかと思いますが、駐屯地の警衛隊または警務官による逮捕と、処罰の対象になります」


 それを聞いた周囲は、ようやく元気を取り戻したが、最初の勢いは失われたまま。


 彼らの正面に立っているカレナは、面倒そうに返す。


「そうか。なら、勝手にしろ……。10分やるから、誰か外に出て、戦隊ヒーローでも、歩哨ほしょうでも警務官でも、連れてこい」


 上官の許可が出たことから、まだ動ける連中は一斉に外へ出て行く。

 すでに死んでいるか、動けない者は、残った。




 しばらくって、物々しい雰囲気の兵士が数人、演習ルームに入ってきた。


 袖に “警務” の腕章をつけた戦闘服で、腰に無線機、拳銃のホルスターをつけた、白いヘルメットの警務官。

 軍用ヘルメットと、同じく戦闘服に、スリング付きの小銃を構えた、警衛隊の歩哨たちだ。


 先頭にいる警務官が歩み出て、右手による敬礼をした。

 上官のカレナによる答礼を確認してから、元の姿勢へ戻る。


「失礼ですが、室矢少佐でしょうか?」


「そうだ」


 カレナの返事で、警務官は話を続ける。


「自分は、警務隊の谷口軍曹ぐんそうであります! 『魔特隊の隊員が殺傷された』との通報を受けて、確認に参りました!」


「ご苦労……。お主から見て、どうだ? 私が、そちらの取調室へ出向く必要はあるのか?」


 その言葉で、谷口はゆっくりと演習ルームを見回した。

 次に、困惑しながら、口を開く。



「いえ……。その、現状では、特に問題ないかと……」



 非能力者である谷口は、悩みながらも、結論を出した。

 なぜなら――


「そうだな。のだから……。私たちがこの演習ルームに入って、こやつらが出るまで、ぐらいだぞ? 疑うのなら、入退室の記録を調べてみろ」


 カレナの説明で、半信半疑だった警務官と、その後ろの警衛隊の面々も納得した。


「お手間を取らせてしまい、申し訳ありません!」


 そう述べた谷口は、用件終わり、退出します! と締めくくって、完全武装の警衛隊を引き連れていった。



 演習ルームには汚れ1つなく、カレナと針替大尉たいい、それに身動きが取れなくなった数人がいる。

 だが、全員がピンピンとしており、死んでいたか、重傷だった連中は呆然としたまま。


 外へ助けを呼びに行った連中も、自分の服装などが新品のように綺麗であることに気づいた。


 カレナがその権能で、のだ。

 そして、時間の経過がおかしい理由は――


「外に出た者は、時計を見たか? あれだけの出来事で、数分しか経っていない。おまけに、死んだはずの人間、重傷者も元通りだ。……異常だよなあ? これが幻覚と疑っている者もいるだろう。しかし、これは現実じゃ! そうだな、ぐらいにしておこうかの……。今日の昼まで続けて、もう一度さっきの質問、重遠しげとおへの謝罪の件を聞くからな?」


 再び演習ルームに集合した、真牙しんが流から除名された魔特隊の面々は、カレナの口から絶望的な宣言を聞いた。


 頭では理解しているものの、認めたくない。



 雑賀照が、挙手をした。

 呆れつつも、律儀に発言を許可するカレナ。


「室矢少佐は、魔法師マギクスではありません!」

「そうだな」


「あいつへの態度が悪かったと、認めます。しかし、それはひとえにマギクスのためで、むしろ他流であるのに咲良さくらさんを愛人にしている奴のほうが重罪です」

「なぜだ?」


「マギクスが使っているバレは、本人と併せて機密の塊です。真牙流から除名された身ではありますが、他流への漏洩には大きなリスクがあると愚考いたします」

「ふむ……」


 すぐに難癖をつけてくると思ったら、理がある部分にはうなずいている。


 その様子を見ていた残りも、カレナを説得すれば助かるのでは? と考えた。


「魔特隊は、希望しても入れない部隊です。咲良さんも、同じマギクスとして、スカウトされたことを名誉に思わなければなりません」

「ユニオンで一目置かれているほどの御方が、男子高校生にあごで使われるのは、おかしいです」

「少佐から真牙流に、私たちを復帰させるよう、言ってください。それだけの力があるのなら、少佐も真牙流のほうが相応しいと存じます」

「教官は存じ上げないでしょうが、雑賀くんは本気で咲良さんを好きです。せめて、チャンスぐらいは与えてください」

「我々も、室矢くんをけなす気はありませんでした。今からでも、謝罪を行いたく思います」


 挙手もせずに、次から次へと、よくしゃべる。

 到着した時の様子から、おそらく私の情報を入手していたな……。


 いきなり空中から現れて、空間の断裂を見せたうえでの自己紹介。

 トドメに、防衛省の役人がいきなり土下座しての謝罪だ。

 普通に自己紹介した重遠ではなく、私に価値がある。と判断するのも、無理はない。


 さらに、今は書類上の待遇とはいえ、こやつらの上官である少佐だ。

 力の見せつけで、改めて私を認めた。

 いや、私を取り込み、自分たちの評価を下げないことを選んだ、というだけ……。


 そう考えたカレナは、呆れ果てた。


 彼女は未来予知をできるが、全ての情報を同時に処理していたら、頭がパンクする。

 大事な人間である重遠――南乃みなみの詩央里しおりも親友だ――を常にカバーしつつ、できるだけフリーに。

 今の因果の流れが、すでに確定した未来とは限らないことも、忘れてはいけない。


 ともあれ、カレナのやることは同じだ。



「室矢少佐! 1つ、お願いがあります!」



 また、雑賀照の発言だ。


 そろそろ、鬱陶しくなってきたカレナだが、また顔を向ける。


「やはり、同じマギクスである自分のほうが、咲良さんに相応しいと思えます。どうか、2人で話す機会を与えていただけないでしょうか?」


 照の独善ぶりに、こやつは同じ発言を繰り返すBotか? と思いつつ、返事をする。


「ならば、一対一で対戦しよう。無制限の魔法の使用を含めてだ……。お主らも、希望者がいれば立候補して構わんぞ? そうだな。私が認めた者は、真牙流に復帰させよう。私はりょう准将に顔が利くから、可能だ」


 カレナの発言によって、針替亮を除き、その場にいる全員が手を挙げた。


 魔法技術特務隊のマギクスは、本人も戦術兵器の扱いだ。

 ゆえに、護身用のバレを携帯している。

 本格的なものは、さすがに武器庫で厳重に保管されているが……。



 武術の組手のように、カレナと対戦相手が向き合う。

 ただし、ノーダメージにするための仮想訓練は、作動させず。


 カレナの権能で巻き戻すことが前提の、まさしくだ。


 精鋭とはいえ、実際に命のやり取りをするのは生まれて初めて。

 裏を返せば、大戦中に戦場へ行っていた兵士なら、重遠にあのような嫌がらせをしなかっただろう。

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