第288話 陸上防衛軍の新兵への教育隊は2,400ヶ月ー②

 傍で立っている針替はりがえりょうは、思い詰めた表情で室矢むろやカレナに言う。


「少佐殿どの! 私の命だけで、収めていただけないでしょうか? せめて、彼らは……」


 首を横に振ったカレナは、針替大尉たいいを見上げながら、言い捨てる。


「許さん。もはや、お主1人の首だけで済む問題ではないのじゃ! せめて、重遠しげとおたちと対峙した時に、お主が見せしめに数人の手足を切り飛ばすか、叩きのめしていれば……。これは、統制をしなかったお主の責任だ!! 何のための士官だ? 判断して行動するための権限を持っていただろう!? その階級章と部隊章は、ただの飾りか? ……中隊の連帯責任にしなかっただけ、有情うじょうだと思え!」


 軍は、中隊で動くのが基本。

 同じ駐屯地の同じ兵科ですら、異なる中隊では細かいルールや、扱っている装具が違うのだ。

 カレナの発言は、もっとも。



 答えない大尉に、であるカレナは言葉を続ける。


「民兵と正規軍の違いを知っているだろう? それは規律を守ることであり、服務の徹底だ! ゆえに、国民から支持されるし、戦争でも捕虜としての権利を持つ。それを『女誑おんなたらしで気に食わないから』『同朋の魔法師マギクスを奪った』と逆恨みして、立場上は一般市民である重遠に暴力を振るった。さらに、その罪を認めず、開き直ったのじゃ……。貴様らは異能者の特殊部隊として、強力なバレを使うことを許されている。重遠への暴力は、武装した戦闘機や主力戦車が無断で出撃したうえに、市街地を攻撃したのと同じだ! もはや、貴様らに栄えある陸上防衛軍の印を身に着ける資格はない!! その部隊章も! だが、それだけではないぞ?」


 大尉は説明を続けられない、と判断したカレナが、一歩だけ前に出た。

 ゆっくりと見回しながら、不満を口にする連中に引導を渡す。


「お主ら、まだ理解できないか? 真牙しんが流から除名された理由は、千陣せんじん流の十家よりも上にいる室矢むろや家の当主、室矢重遠にあのような態度を取ったからだ。『真牙流が千陣流に戦争を仕掛けた』と見なす場面だが、室矢家に下手人を全て引き渡すことで手打ち。つまり、お主らをどうしようが、私たちの自由だ」


 それまで整然としていた魔法技術特務隊の面々に、敵意が生まれた。


 全く気にせず、カレナは淡々と述べる。


りょう准将の嘆願もあったからの……。お主らが自発的に自分の罪を認め、誠心誠意の謝罪をおおやけでするのなら、楽に死なせることも考えよう。ここの司令の許可を得ているから、駐屯地の中で存分にできるぞ?」


「私は、嫌よ! だいたい、自分で面と向かって言えない腰抜けのために――」

 ブシュウウウウゥッ


 大声で文句を言った女は、頭を失った。

 勢いよく噴水になった赤い液体が、周囲の人々をデコレーションした。


「は?」

「嘘……」

「え? え?」

「な、何だよ……」


 せ返るような鉄の匂いが、辺りを満たした。

 集まった男女は、いきなりの洗礼に戸惑う。


 そこに、訓練教官であるカレナの大声が響く。



「千陣流は、式神を使う流派! そして、私は重遠の式神だ!! お主ら、また千陣流に戦争をふっかけたな? よろしい。なら、正しく理解できるまで、私が教育しよう! いちいち階級章を剥がして、縫い直す手間も不要だ。莫大な費用と時間をかけた防衛官を無意味に潰すような、非合理的なこともせん。隊旗にふさわしくないと、原隊に突っ返すこともせん。使えないなら、使えるようにするまでだ……。喜べ! 貴様らが一人前の防衛官になるまで、面倒を見てやる!! ついでに、上官への口の利き方もな? 本来なら、軍刑務所で残りの人生を過ごすか、銃殺のところを再訓練で勘弁するのだ。せいぜい、感謝しろ」



 とち狂った男が魔法の空気弾で攻撃して、今度はカレナの頭部が吹き飛んだ。


 前半分がえぐられた状態で、ドシャッとその場に崩れ落ちる。

 さっきまでの絶世の美貌は、まさに見る影もない。


 ハンドガン型のバレを前に向けたままの男は、カタカタと銃口を揺らす。


「お、俺……」


 言葉を失った男に、周囲がとっさに慰める。


「いや、よくやった!」

「そうよ! ゆうの仇を討ったのだから!」

「死んで、当然だ!」


 いきなり所属先から放り出されたことの宣言で、誰もが自暴自棄になっていた。

 その後にどうする? という指摘すらなく、異常な思考のままで自分を肯定する。


 だが、ハンドガンを持っていた男の頭部は、ライフル弾が直撃したようにパァンと破裂した。

 頭蓋骨の破片と中身が、周りに降りかかる。



「度胸があるのじゃ……。さて、いつまで持つやら」



 顔が潰れて死んだはずのカレナは、元の状態で立ち、コツコツと歩いてくる。

 思わず周囲の人間が後ずさりする中、しゃがんで、倒れた男の手からハンドガンを奪った。


 血だらけのハンドガンを弄ったものの、やがて興味を失くし、床に放り投げる。

 ガシャンと、鈍い音が響いた。


 くるりと回れ右をしたカレナは、元の位置へ戻る途中で、数人からの組み付きを受ける。

 その際には、踏み込みながらの打撃も。

 身体強化による、ハイスピード。

 常人では、打たれた後に気づくしかない。


 未来予知ができるカレナは、最も近い相手の正拳突きに合わせて、自身の外側にかわしつつも、それを両腕で挟み込む。

 同時に、その伸ばされた右腕へ飛びつき、全身でひねり、その肩関節を外した。

 柔道よりも、関節技を素早く決める、シベリア共同体の軍隊格闘術とよく似ている動きだ。


 カレナは、他が反応するよりも早く、激痛でうめく男から離れる。

 関節が外れていると、下手な骨折よりも痛い。

 興奮している時は、ダメージを自覚せずに動く事例もあるが、関節では無理。


 自分の肩を押さえて座り込んだ男を壁にするように、カレナは着地。

 足の裏を滑らせつつ、次の相手の横を通り抜けながら、自分の足と隣り合った外足をスパッと払う。

 それによってバランスを崩した女が、後ろを巻き込んで、仰向けに倒れた。


 別の相手に、スライディングのような姿勢で回り込みつつ、片足にまとわりつき、転ばせる。

 同時に、両手両足で相手の足を挟み込み、全身の動きで一気に捻った。

 骨が折れたかどうか? を気にせず、その流れのままに転がり、跳ねながらも、突っかかってきた奴の勢いを利用して投げる。


 小柄なカレナは、タックルからの寝技に向いていない。

 しかし、一瞬で相手を転ばせ、ひたすらに急所を狙うのであれば、まだ戦える。



 カレナは、まっすぐ立つ。

 常に呼吸し続け、リラックスした状態へ。


 完璧に周囲の動きを予測しての立ち回りは、その長い黒髪をつかむことも許さない。


 今度は、全身を柔らかくして、腕を横へ投げ捨てるような打撃。

 一見すると、子供が駄々をこねているようだが、ヒットした男はパアァンッと派手な音で吹っ飛ぶ。

 ストレートではなく、遠心力を活かした、独特な動きだ。


 その場でジャンプしながらの、両手の振り回し。

 前後にいる2人に、そのこぶしが当たった。


 ハンドガンに対しては、背中を見せながら床に倒れ込みつつ、両足で突き上げての無力化も。


 蹴りは、ローの高さ。

 相手の蹴り、踏み込みを止めつつ、体勢を崩す。


 さらに、最も近い手首をつかみ、相手の呼吸に合わせての投げで、一回転させる。

 全く考慮しない捻りのため、その手首はし折れた。



 日本を代表する特殊部隊、それも異能者の精鋭たちを手玉に取ったカレナは、再び連中の前に立った。



 多数を相手にする格闘技は、軍と一部の流派で見られる。

 もっとも、それは状況判断を鍛えるため、攻撃が終わった後の隙を小さくするために過ぎない。


 理想は、一対一をキープしつつも、瞬間的に相手を崩し、すぐ次の相手と向かい合えばいい。

 だが、それで済めば、苦労はないのだ。

 少しでも相手に後れを取るか、予想外か、相手が速ければ、連鎖的に攻撃されて終わる。


 いったん逃げて、態勢を整えるべきだ。

 距離があれば、そのまま一直線に遠くへ走れ。


 銃を持っている相手には、遮蔽しゃへいを取るか、ジグザグに走るしかない。

 近距離の相手が銃を持っていたら、格闘技も有効。

 上手くいけば、そいつを盾にしつつ、奪った銃で他の奴らを撃てる。


 ともあれ、人数の差は、それだけ驚異なのだ。


 たった今、魔特隊が遊ばれたのは、常識を超える出来事の連続でパニックになっていたから。

 彼らが本調子であれば、未来予知を駆使するカレナでも、せいぜい1人をやれるかどうか。

 さっきでも、自分のことを考えず、一斉に彼女へ飛びかかっていたら、取り囲んでいた配置と人数を活かせた。


 カレナが、いつまでも彼らと同じ土俵に付き合えば、の話だが……。

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