第287話 陸上防衛軍の新兵への教育隊は2,400ヶ月ー①
「そう、ですか……。誠にお詫びの申しようもございませんが、
ベルス女学校の
彼女は、自身のホームである校長室のソファに座ったままで、嘆息した。
いっぽう、対面に座っている室矢カレナは、あくまで居丈高に振る舞う。
「第一に、
三番と四番は、
だが、このままでは、自分たちが抹殺されるだろう。
沖縄でやらかした、
その魔特隊の
今、その提案をしたら、前にベル女を半壊させた召喚儀式の再現だ。
おそらく、この世からマギクスという単語が消える。
防衛省の
その対象は、陸上防衛軍、
しかし、積がいち早く動いたことで、防衛省と陸防は許された。
この返答によって、自分たちの未来が決まる。
なぜなら、目の前にいる少女は、その全権を任されているからだ。
愛澄は急いで、手打ちのための犠牲を考える。
カレナが目の前のテーブルに置いたリストを手に取り、眺めた。
沖縄の
彼らは武装した戦闘機、主力戦車に準ずる扱いで、一個小隊は4人ほど。
歩兵の小隊は21人ぐらいだが、多すぎると逆に戦いにくくなるから。
ともあれ、その時に休日だった一個中隊、10人ぐらいが、報復の対象になっている。
即応態勢のために、営内でアラート待機に近い休日を余儀なくされる。
訓練、休息、待機の3つを順番に繰り返し、かなり厳しい生活。
軍艦のクルーを思わせる生活だが、それだけ重要性が高いのだ。
魔特隊は、大隊の規模。
ただし、諜報で丸裸にされないよう、わざと複雑に。
予備役が多く、定期的に入れ替えている。
厳しい生活を強いられるため、半年ぐらいのリフレッシュ期間で、ガス抜き。
魔特隊は出動する機会に乏しく、別の場所で実戦経験を積ませる意味合いも。
中隊をいきなり失うのは、痛手だ。
けれども、千陣流と全面戦争になった挙句に、真牙流を潰されるよりはマシ。
予備役の一部を復帰させて、安全なエリアは二軍による
愛澄は、カレナにもらった資料を改めて読む。
ご丁寧に、室矢重遠への暴言、集団になっている時の分かりにくい小突き、肘打ち、ローキックを撮影した動画などが、その人物のプロフィール入りで提出されている。
これだけの証拠を示せば、千陣流の上位家の当主への暴行として、真牙流の会議でも通るに違いない。
それに、防衛省のキャリアが、この件の証人になっている。
ふうっと溜息を吐いた愛澄は、覚悟を決めた。
「彼らを差し出します……。それで、手打ちをお願いできませんか?」
カレナは、首を横に振った。
「足りぬ! 室矢家と重遠の名誉を回復させつつ、二度とやらないように周知させろ!! そもそも、私たちを知っているお主の管理が不十分だから、夏休みでバカンス中のホテルまで押しかけてきたのじゃ!」
悩む愛澄を見て、カレナは言う。
「どうせ、こやつらの命を奪うのであれば、その前に何をしても構わぬか?」
嫌な予感がした愛澄は、顔を上げた。
「何を……するつもりで?」
「こやつらに琉垣駐屯地の中で重遠に謝罪させて、代わりとする! お主はやりにくいようだから、私が叩きのめす。そのうえで、自分たちがやったことを声高に宣言させるのじゃ。……先日の沖縄の防衛戦で、あの駐屯地の司令に貸しを作った。それを返してもらう。外に漏らさぬよう配慮するから、心配するな!」
カレナの狙いが分かった愛澄は、思わず反論しようとするも、思いとどまる。
テーブルの上のコーヒーを飲み、カップを持ったまま、しばし水面を見つめた。
数分後に、カチャリと置く。
「……最後の名誉だけは、残してやってください」
愛澄の懇願に対して、カレナは一蹴する。
「それは、奴らの態度と働きによる。……お主は、『マルグリットがどういう気持ちだったのか?』を知っておけ! 私が止めなければ、あやつは自殺していたのだぞ?」
目を大きく見開いた愛澄に、カレナは淡々と言葉を続ける。
「最初から説明してやると――」
◇ ◇ ◇
沖縄の防衛戦が終わって、琉垣駐屯地は温和な雰囲気だ。
この機会に外出許可を取った者も多く、のんびりしている。
正門にいる警備兵は、徒歩で近づく少女に気づいた。
長い黒髪を靡かせ、外国人のような青い瞳。
彼女は、暗く、深海を思わせる色で、立ち塞がっている人物を見た。
立っている警備兵は、スリングで肩にかけている小銃のグリップを握りながら、
「どなたで、何の御用ですか?」
「室矢カレナだ。魔特隊の関係者で、彼らの教導のためにやってきた。確認は?」
警備兵は、あちらでお願いします、と返した。
“受付” の白いプレートが置かれた、カウンター付きの窓口。
ビルなどの入口にある守衛室と、よく似ている。
中には迷彩服を着た防衛官がいて、カレナのほうを見ながら、待機中。
よく見れば、彼の腰には拳銃を入れたホルスターもある。
彼女がショルダーポーチから取り出したIDと書類、本人を見比べた防衛官は、念のために予定表と照らし合わせた。
「室矢教官、お疲れ様です!」
受付の防衛官は右手で、脇90°の敬礼。
同時に、先ほどの警備兵も、左手で小銃の中央部、右手で小銃の下部を支えながら、体の正面で垂直に持ち、捧げ
「ご苦労」
カレナが軽く会釈した後に、2人は元の姿勢へ戻った。
「魔特隊の室矢教官、徒歩により営門を通過!」
当直への報告を聞きながら、彼女は塀の中に足を踏み入れた。
そのまま、歩道を進む。
駐屯地の正面ゲートから目的地までは、それなりの距離がある。
車道と歩道は区別され、大小の建物が点在する。
道路標識の他に、軍ならではのマーク、指示も。
世間では夏休みが終了したとはいえ、まだ蒸し暑い。
迷彩の作業服、フォーマルな制服のどちらかである、敷地の中。
国旗、隊旗、部隊章、階級章が日常的にある世界に交じった私服の少女は、ひたすらに歩き続ける。
すれ違った防衛官は思わず見つめたが、特に何もせず、自分の用事へ戻っていく。
カレナは堂々としていたから、誰かの娘が面会に来たか、届け物でやってきたのだろう。と考えた。
見学の可能性もある。
いずれにせよ、営門を通れた時点で、許可は出ているのだ。
どこに行くべきか? と迷っている素振りなら、声をかけただろうが……。
魔法技術特務隊のエリアに辿り着いたカレナは、まっすぐ士官の事務室へ向かう。
異能者の特殊部隊とあって、建物から別だ。
衝撃的な登場をしたことで、彼女を覚えている隊員もいた。
その時には、楽に死ねると思うな、とすら言い残した少女だ。
近くにいる数人で集まって、ひそひそ話をする。
普通なら、自分たちの縄張りにやってきた時点で取り囲むのが普通。
けれど、休日に入っていた中隊が、民間人を巻き込んだトラブルを起こした直後。
遅まきながら、室矢重遠の正しい素性を調べた。
その式神になっている『ブリテン諸島の黒真珠』の危険性も、ようやく学び始めた。
あとで確認したら、
室矢重遠がその自己紹介と最後のチャンスを与えたうえでの、暴言。
少なくとも、千陣流、桜技流に喧嘩を売った。
言い訳のしようがないし、そもそも自分の敵を滅ぼす業界だ。
この美しい少女は、処罰の執行人。
状況がどうなっているのか? を知りたいが、とても声をかけられない。
話題になっている当人は気にせず、とある部屋の前で立ち止まった。
ガチャッ
ノックもせず扉を開け、同じく無言でカツカツと入る。
「貴様、誰だァ!! 隊、氏名を……」
即座に、隊付きの下士官から怒号が飛ぶも、途中で声が止まった。
他の下士官も、入室要領を無視したバカを怒鳴りつけようとしたが、見慣れぬ美少女に目を丸くしている。
「梁准将の命令を受けた、室矢カレナだ。通達は、すでに届いているな? 本日は訓練教官として、少佐の待遇である。『ブリテン諸島の黒真珠』と言ったほうが、お主らの理解も早いか?」
即座に、全員が起立した。
室内だから、無帽の敬礼だ。
「失礼しました!」
答礼したカレナは、その下士官を見た。
「田村
一番広い演習ルームに集められたのは、10人ほど。
特殊部隊のカテゴリのため、一個小隊の人数が少なく、重遠を取り囲んでいたメンバーとなれば、言うほど多くはない。
本来は少人数で戦うため、心なしか窮屈そうにしている。
整列している隊員に対して、前に私服のカレナと、針替大尉がいる。
「大尉、説明しろ」
「ハッ! 針替大尉、説明します!」
何かに耐える表情のまま、亮は口を開く。
「……結論から言う。俺たちは、真牙流を除名処分となった。雑賀伍長、この書類を全員に配れ!」
ザワザワと騒がしくなったものの、すぐに叱りつけるべき亮は黙ったまま。
他の面々は、それぞれに自分の名前が記された書類を持ち、信じられない、という面持ちで話し合っている。
目の前にいるのが、重遠と一緒にいた私服の少女であることも、騒ぎの原因の1つだ。
スティアなら、後先考えずに吹っ飛ばす。
そして、室矢カレナは、相手の土俵に立った上で、殴り合う。
今回は軍のルールに従い、殴って殴られ――
階級で殴る。
正論で殴る。
訓練で殴る。
だが、その内容は、常人に耐えられるものではない。
この招集で、彼らも思い知るだろう。
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