第286話 詩央里がいなくなった後の学園生活(後編)【航基side】

 焦った寺峰てらみね勝悟しょうごは、正面に座っている『嫉妬の権化』に、説明する。


「いや、早姫さき。相手が相手だし、もうちょっと時間を――」

「私ね? できるだけ、理解のある女でいようと、思ったの。詩央里しおりだって、あれだけ努力しているし。男の甲斐性だから……。でも、ダメ。これ以上はダメ! 私、もう耐えられない!!」


 多羅尾たらお早姫は、思い詰めた声音でつぶやきながら、最後には絶叫した。


 彼女は、逆手で握っていたフォークから、手を離した。


 テーブルの上に出した両手を動かす。

 あたかも、右手でグリップを握り、同時に左手で “八の字” と同じく、前に折れる構造のリボルバーを弄っているかのように……。


 大戦中の日本帝国で使われていた、旧式のリボルバーを思わせる。


 この中折なかおれ式は、もう映画の中でしか見られない。

 なぜなら、構造的にフレームとバレルの繋ぎ目が弱く、高圧の弾薬を使用できないからだ。

 ラッチという金具が、発砲の衝撃でどんどん消耗して緩み、事故につながってしまう。



 早姫は何もないはずなのに、下にあるリボルバーの弾倉に一発ずつ、弾を込めていく。

 弾と金属フレームが擦れる、カチャカチャという音。

 折れた部分を元に戻す、シャキッという音も。


 その動作によどみはなく、呼吸をするように、装填した。


 彼女は右手のワンハンドで、見えないリボルバーの銃口を勝悟に向ける。

 コーヒー専門店のボックス席で向かい合っているため、ほとんどひたいに突きつけている状態だ。


 人差し指に力が込められ、徐々に、トリガーが引かれていく。

 キリリと機械的な音が響き、発砲まで秒読みに。



「ねえ、勝悟? もう一度だけ、聞くけど――」

「分かった! 今度、お前の友達を助けるから!! な?」



 早姫は、満面の笑みに。


 トリガーから人差し指を離した後で、スッと、銃口を外した。


 左手でまたリボルバーを前へ折って、今度は、弾丸を下へばらまくように、捨てる。


 ゴンゴンゴンと、テーブルに硬いものが、ぶつかる音。

 だが、やはり何も見えない。


「うん。よろしくね? ……さっそくだけど、これから相談に乗ってちょうだい。あなたが話しやすい状態にしてあげるから」



 自分のスマホを取り出した早姫は、タタタと、指を走らせる。

 翌日まで安心して過ごせる、防音ばっちりの場所がズラズラと並び、適当に見繕う。


 奮発したのか、高ランクの部屋だ。

 カラオケ、食事のサービスもあって、オシャレで薄暗く、ムード満点。


 いっそのこと、彼女に見せてあげようかしら?

 それで、諦めがつくだろうし……。


 ぼそりと呟かれた発言を耳にした小森田こもりだ衿香えりかは、マナーモードのように、震えている。


 早姫の鬼気迫った大声は、コーヒー専門店にいる全員の注目を集めた。

 けれど、普通の会話に戻ったことで、すぐ興味を失う。


「俺で良かったら――」

「じゃあ、ここで解散しましょうか。お疲れ様」


 鍛治川かじかわ航基こうきも協力を申し出たが、相談していたはずの早姫はそれをさえぎって、席から立ち上がった。

 勝悟を引きずり、先に店から出て行く。


 制服だとすぐにバレるから、いったん帰宅して、着替えましょう。と手慣れた様子で話しながら、去っていく早姫。


 一部始終を見ていた衿香は、親友に全く声をかけられなかった。




 航基と衿香の2人が帰路についたら、紫苑しおん学園の中等部の制服を着た沙雪さゆきと、出くわした。


「お前も、帰りか?」

「あ、ユキちゃん!」


 軽く手を振った沙雪は、そのまま合流した。


「いやはや、肝が冷えたよ。あんなところで撃ったら、どこに跳弾するか、分かったものじゃないのに……」


 まるで、さっきの現場に立ち会っていたような、沙雪の独り言。


 ともあれ、彼女を交えて、3人で下校する。


「なあ……。俺、やっぱり心配だ。早姫の友達との話し合いには――」

「航基は、自分の心配をしなよ?」


 沙雪に切って捨てられ、彼は黙り込んだ。



 ――翌日


 どこかへ連れて行かれた勝悟は、早姫と一緒に、欠席した。




 それはそれとして、室矢むろや重遠しげとお南乃みなみの詩央里しおりは、ずっと出席しない。


 陽キャの1人が、朝のホームルームで、質問する。


「せんせーい! 南乃さん、咲良さくらさんは、どうして登校しないんですかァー?」


「ん? ああ、お前らには、まだ伝えていなかったか……。南乃と咲良は、もう通信制へ移ったぞ? 室矢もな」


 とたんに、教室中が動く。


「げえっ!? マジかよ?」

「マーちゃんも? 勘弁してくれよォ……」

「言われてみれば、咲良さんもいないね」

「どうりで、『何か足りない』と思った」


 教壇にいる担任の一喝で、教室は静かに。


「プライバシーだから、その理由は言えない。知りたければ、本人に聞け! それより、今日の連絡事項――」


 陽キャの本命である、詩央里と咲良マルグリットの喪失は、大きな悲しみへ。

 誰も重遠を気にしないのは、笑うところだ。


 彼の人気は、婚約者のマルグリットを放置しての女遊びで、堂々のランキング落ち。

 いっぽう、カレナの信者は無条件で肯定しているし、やっぱり好き、という女もいる。

 積極的に近づくかどうかは、また別の話になるが……。



 自分の席に座っている鍛治川航基は、愕然がくぜんとした。


「詩央里……。まさか……」


 航基は、原作の主人公らしい直感を働かせて、怒りに打ち震える。


 前から、怪しいと思っていた。

 洋館で会った時にも、なぜか詩央里と重遠がいたし。

 同じ千陣せんじん流だ。


 マルグリットが転校した時にも、2人で同時期に、長く休んでいた。

 そして、この通信制への移行だ。


「あいつが、自分の立場を利用して……」


 思わず漏れた、航基の本音。

 周囲の生徒は不審に思うも、すぐに授業が始まることから、無視した。


 彼は、千陣家の元嫡男である重遠が、その威光を笠に着て、あるいは、詩央里の優しさに付け込んで手籠めにした。という結論へ辿り着く。



 俺が動かなければ、詩央里はずっと、重遠に囚われたまま。

 早く、彼女と接触しなければ……。


 そう考えた航基は、もう1人の救うべきヒロイン――咲良マルグリット――のことを思い出す。


「そうだ。あいつも、助けてやらなきゃ……。きっと重遠に弱みを握られて、逆らえないんだろう。第二オカルト同好会の部室で2人きりになった時、ちゃんと話を聞いておけば……」


 義憤に燃える航基は、机の上でこぶしを握りしめ、決意を固めた。



 多羅尾早姫は、1時限目までの僅かな時間で、寺峰勝悟の席へ。

 提出しなければいけない宿題を見せつつも、彼の耳元でささやく。


「アレ、絶対にやらかすわ。私は、御姫様おひいさまにご注進しておくけど……。足りない? 今度は、私の自宅でゆっくり――」

「いや、大丈夫だ! ……俺も、重遠に警告しておく」


 何となく疲労感を残している勝悟は、慌てて同意した。

 早姫はなぜか、妙に艶々している。


 いきなり大声を上げた彼に、周囲の視線が集まった。



 ◇ ◇ ◇



 航基が詩央里を心配して、彼女の自宅の周辺をウロウロしていたら、中から1人の少女が現れた。


 鮮やかな茶髪、ウェーブがかったロングで、上品な印象。

 紫色の瞳で、外国人だ、と分かる。


 トップスは白で、貴族の令嬢のようにフワリとした両肩が特徴的な、半袖。

 裾を入れ、コンパクトにまとめている。


 対するボトムスは、カーキ色、アシンメトリーの形状をした、マーメイドスカート。

 足元は、黒のパンプス。


 清楚で、有名私立に通っている感じの所作だ。


 そう思いつつ、やり過ごそうとしたら、意外にも彼の前で、立ち止まった。



「このマンションに、何か御用ですか?」



「な、何でもない! ……そうだ。君、南乃詩央里を知らないか? 俺、彼女のクラスメイトなんだよ。ずっと欠席しているのを心配して、様子を見にきたんだけど」


 笑顔の少女は、すぐに言い返す。


「いえ、存じ上げません。それよりも、最近はの目撃情報が多いので、あなた様もどうぞ、お気をつけくださいませ」


「あ、ああ……。そうだな」


 バツが悪くなった航基は、生返事をした後で、そそくさと帰る。

 いっぽう、少女は立ち止まったまま、彼が立ち去るまで、見届けた。


文月ふみづき。まだ、手を出してはなりませんよ?」


 ぽつりと呟いた声は、周囲に誰もいないことから、虚しく消えた。




「どうかしました?」


 詩央里は、ただならぬ雰囲気の如月きさらぎに、声をかけた。


 笑顔になった彼女は、すぐに応じる。


「何でも、ございません。取るに足らないを遠ざけただけです……。早く買い物に参りましょう、詩央里さま」



 姉妹のように並び、最寄りの駅まで歩きつつ、如月は提案する。


「マンションの防犯を見直すか、要塞化できるビルへ移られては? あまりに、知られすぎています……。できれば、警備の部隊と、近侍きんじも欲しいところです」


 悩ましい顔になった詩央里は、力なく返す。


「それは、若様にも言われています。なかなか、予算と人手を確保できなくて……」


をご承諾いただけましたら、夕花梨ゆかりさまの支援者である杜ノ瀬もりのせ家、氷雅莉ひがり家も、相談に乗れますよ? ひとまずは、私共わたくしどもで対応いたします」


 言いながら、にっこりと微笑んだ如月に対して、引きった顔の詩央里。


「ちょっと、衝撃的な話すぎて……。少し、時間をくれませんか? 咲良さんの処遇を決めることが、先決ですし……」


「はい。ごゆるりと、お考えくださいませ! 本日は、重遠さまの好みについて、ご助言をいただきたく存じます。もう、予定日が迫っておりますので」


 スキップしそうな如月は、家具家電のお店へ急ぐ。

 その後にも、衣服、下着と、色々な店を回る予定だ。


 遅れ気味の詩央里は、どうしてこうなった、と言いたげな表情で、その後を追う。




 自宅へと急ぐ鍛治川航基は、ふと思いつく。


「そうだ! プロに調べてもらえば……」


 南乃詩央里からの返事を待っていたアプリの画面を閉じて、ネット検索の画面へ。


 “興信所” の結果が、ずらずらと表示された。


「これなら、さっきのように怪しまれないだろう」


 詩央里の自宅と、現状を知りたい。

 できれば、咲良マルグリットについても。


 そう思った航基は、料金の一覧を見た後で、いったん歩き出す。



 彼の後ろに、女子中学生の少女が現れた。


 長い茶髪をポニーテールにした、茶色の瞳。

 愛くるしい顔。


 千陣家の夕花梨。

 彼女の式神である文月は、舌足らずの喋り方で、久々に会えた重遠に甘えていた1人だ。

 けれども、今の目つきは鋭く、日本人形の怪異だ、と実感させてくれる。


 彼女は両手をあやとりのように動かしつつ、航基の背中を見たまま。



「ん?」


 視線を感じた航基が振り返ると、そこには、誰もいない。


「気のせいか……。よし、ここに相談してみるかな」


 再びスマホの画面を見た航基は、目をつけた興信所に、足を向けた。


 霊体化した文月も、その後を追う。

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