第285話 詩央里がいなくなった後の学園生活(前編)【航基side】

 沖縄の国際空港は、防衛軍とUSFAユーエスエフエー軍の合同演習の影響で、まだ混雑している。

 欠航のせいで帰りが遅れた観光客の姿も、目立つ。


 ガイドを務めた新垣あらがき琥珀こはくが改めて、お礼と謝罪を述べる。


「お疲れ様でした。この度の沖縄防衛へのご協力について、厚く御礼申し上げます。また、室矢むろや家のお役に立てなかったこと、大変申し訳ございません」


 彼女は、島内に入り込んだ大蜘蛛おおぐもの駆除で、遊撃隊をしたそうだ。

 硝煙の香りと、鋭さが残っている。


 とりあえず、無難な返事をする。


「陸防の魔特隊の件は、確かにそうだったが……。あの決戦で、俺たちは駆逐艦から落ちて、USFA海軍に救助されたんだよ」


 そういう筋書きだ。

 大蜘蛛が湧いていたポイントから、異世界へ行っていた。とは言えない。


 琥珀は、少しだけ目をらした後で、返事をする。


「私たちの専門をお忘れで? ……深く追及する気はございません。今後とも、良き関係でいたく存じます」


「そうだな」


 端的に答えた俺に対して、琥珀はその瞳を向けながら、問いかける。


「あなたは、どうするつもりですか?」


「とりあえず、真牙しんが流に話をするさ。魔特隊の連中とは別に、そちらのケジメもつける必要があるからな……。桜技おうぎ流、うちの流派とも、関係を見直す」


 その返事を聞いた彼女は、御用がありましたら、ここの協会で私の名前を出してください。と告げて、搭乗口へ入った俺たちを見送った。


 “私も、東京へ遊びに行ってみようと思います。その時は、よろしくお願いしますね? (≧∇≦*) ”


 メッセージでは、相変わらずの調子だ。

 琥珀は、何を考えているのやら……。



 沖縄での夏休みは、終わった。

 東京に戻ったら、すぐに、南乃みなみの詩央里しおりとの対談だ。


 それぞれの思惑が錯綜する中、いよいよ、高等部1年の二学期がスタートする。


 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 だとすれば、もはや受け身でいることが、最大のリスク。


 親父も、これだけナメられた室矢家を庇えないだろう。

 真牙流に、俺自身を認めさせないと。

 事はもう、咲良さくらマルグリットを家から追い出すかどうか? の次元ではなくなった。


 本当に、悪かった。

 きちんと名乗らなくて。

 千陣せんじん流の副隊長の格なのに、その力を見せなくて。


 東京の話し合いが終わったら、室矢むろやカレナとキューブを連れて、魔法師マギクスたちと会おう。

 その後は、桜技おうぎ流の天沢あまさわ咲莉菜さりななぎみおのコンビにも。

 実妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりとも、話そう。


 これから、忙しくなるぞ。



 ◇ ◇ ◇



 鍛治川かじかわ航基こうきは、久々に登校した教室で、戸惑った。

 なぜなら、南乃詩央里がいないからだ。


 朝の空気は、長い休みの後だけあって、まだ緩い。



「航基くん。どうかした?」


 心配した小森田こもりだ衿香えりかが声をかけてきたので、訊ねる。


「衿香……。詩央里がいない理由を知っているか?」


 スッと目を逸らした彼女は、何とか返事をする。


「ん、んー。私は、知らないよ? もし分かったら、教える」


「そうか……」


 生返事で考え込む航基を見て、内心で溜息をつく衿香。


「なあ……。お前から詩央里に――」

「衿香! ちょっと、いいかしら?」


 少し離れた位置から、女子の声が届いた。


 2人でそちらを見たら、衿香と仲のいい多羅尾たらお早姫さきが呼んでいる。


「航基くん。また、後でいい?」

「あ、ああ……」


 衿香に断られて、航基はしぶしぶ引っ込んだ。




 昼休み。

 クラスの陽キャ達は、情報交換を行う。


「シーちゃん。今日も、いないよな?」

「旅行先で、足止めを食らっているんじゃね? ミーコは、何か知っているか?」

「ううん、知らない」

「私も」

「そのうち、登校してくるだろ。ずっと “既読なし” だから、またお役目に入ったのかもな?」


 航基は、彼らの顔色をうかがっているので、自由に動けない。

 ただ、振られた話題に応じつつ、ガヤの役割をこなすのみ。




 待望の放課後。


 すぐに、部室へ向かう者。

 友人たちと話し合うか、一緒に教室を出て行くグループ。

 自分の席で授業の復習や、読書を始める者。

 落ち着いた環境を求めて、図書室へ向かう者。


 その中で、航基は1人の男子生徒へと近づく。


「な、なあ……。ちょっといいか?」


「……なんだ?」


 寺峰てらみね勝悟しょうごは、自分の席に座ったまま、話しかけてきた男のほうを向く。


 冷たい声に怯むも、航基は自分の用件を言う。


「お前、重遠しげとおと仲がいいよな? ここ最近、ずっと休んでいる理由だけど、何か知っているか?」


 怪訝けげんな顔になった勝悟は、まじまじと航基の顔を見た。


「俺は、何も知らない……。どういう風の吹き回しだ? お前、重遠のことが嫌いだろ?」


「い、いや……。お前は、重遠のことが心配じゃないのか? このままじゃ授業にも――」

「あいつのことを知って、どうするつもりだ? と聞いているんだが?」


 質問に質問で返してきた航基に、勝悟が怒った。



「その辺にしておきなさい……。勝悟には、もっと考えるべき話があると思うけど? そろそろハッキリさせたほうが、お互いのためでしょう。は、一体どうするの?」



 後ろから近づいてきた女子が、勝悟の肩をポンと叩きつつも、たしなめた。


「早姫か。ハイハイ、分かっているよ……」


 勝悟は座った状態で振り返り、息を吐く。


 早姫は、同じクラスの詩央里と比べて、男子からの人気が低い。

 けれど、それは美人だが、男子に愛嬌を振りまかず、近づきにくい雰囲気のため。


 群青ぐんじょうにも見える黒髪はロングで、意志の強そうな瞳。

 年齢的には、グラビアアイドル。

 しかし、パッと見た印象は、モデルだ。

 正装をすれば、女子大生にも見える。


「信じて送り出したら、ドまりして……。他人のことを言えないじゃないの」

「悪かった」


 息の合った会話に、航基は目を丸くした。


「お前ら……。付き合っているのか?」


「違うぞ」

「ええ、付き合っていないわね」


 あっさりと返されて、航基は理解に苦しむ。


 詩央里と比べれば、というだけで、早姫を狙っている男子は多い。

 だが、あまりに隙がなく、可愛げもない。

 典型的な優等生だ。


 今の雰囲気も、恋人同士、お互いに気になっている男女とは違う。



「サーちゃん、お待たせ……。って、どうかしたの?」


「何でもないわ……。せっかくだから、全員で帰りましょう」


 衿香がやってきたことで、早姫は微笑みながら、提案した。




 全国チェーンだが、学生に人気のあるコーヒー専門店。

 海外のカフェを意識した、大人向けのカラーリングと内装。

 メニュー表もあるが、自由にカスタマイズすることが可能だ。


 そこで、呪文のような注文を行い、それぞれにトレイを持って、ボックス席へ。


 男子と女子で向き合う形になって、珍しく早姫が、話題を振る。


「突然だけど、が、浮気で悩んでいるの」

 ブホッ


 その瞬間に、勝悟がせた。

 ゲホゲホと咳き込む中で、早姫は構わずに、続ける。


「そいつ、将来を約束した女がいるのに、わざわざ、他の女との合コンに行ったのよ。しかも、まだ続いているみたいで」

「最低だな! ……その友人は、大丈夫なのか?」


 ニッコリと微笑んだ早姫は、自分のために怒ってくれた航基を見た。


「そうね。業腹だけど、我慢しているわ……。航基くんは、優しいのね。誰かさんと違って!」

 ゴスッ


 テーブルの下で、鈍い音が響いた。

 早姫の向かいに座っている勝悟は、痛みに耐える表情へ。


 真面目そうな美少女の笑顔にドギマギした航基は、隣に座っている勝悟の異変に、気づいた。


「大丈夫か?」

「あ、ああ……。大丈夫だ」



 ストローで飲んだ早姫は、“本日のコーヒー” の濃い味を楽しむ。

  

 苦いと低評価が多いブラックだが、彼女は、この刺激の強さを好んでいる。

 砂糖、ミルクなし。

 バイヤー厳選のコーヒー豆で、基本的に日替わりだ。


 いつもの彼女は、放課後に、すっきりした味のエスプレッソを選ぶ。

 けれども、今日は、大事な話し合い。

 気合いを入れるために、ドリップコーヒーを選んだ。



 体内を巡るカフェインだけではない興奮を抑えつつ、早姫は切々と、語る。


「それで、友人の話なんだけど……。『浮気している女に会って、話をつけたい』と言っているのに、ずーっと先延ばしでね。私のお友だちは、『その女を想像しながら、自分を抱いているかも?』と考えたら、腹が立って、腹が立って……。そのせいで、しばらく関係がないのよ……。航基くんは、どう思う?」


「絶対に、許せない! ……良かったら、俺も協力するぜ?」


 そうよねー、と相槌を打つ早姫に対して、向かい合う勝悟は、ガタガタと震える。


 彼女は、サイドメニューのチキンサンド――サラダラップで、野菜たっぷり――に、フォークを貫通させた。

 ダンッと音が響き、罪のないチキンサンドは、串刺しに。


 フォークを逆手で握りしめたまま、目の前の男に、質問する。



「ねえ、勝悟……。あなたは、どう思う?」

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