第292話 室矢家の正妻は裏切った側室へ処断を下す

「では、咲良さくらさんの処遇を伝えます」


 南乃みなみの詩央里しおりの冷たい声が、俺の自宅に響いた。


 リビングのソファには、詩央里と咲良マルグリットが向かい合わせ。

 俺と室矢むろやカレナも同席しているが、第三者の立場だ。


 詩央里は、注意事項を述べる。


「最初に断っておきますが、若さまが同席しているのは、特例です。陸上防衛軍とその上にいる防衛省、さらに真牙しんが流と、複雑に絡み合っていて、室矢家のご当主の判断が必要になる場合もありますので……。咲良さんの扱いをどうするのかは、私が決めます。原則的に、若さまの咲良さんへの擁護は禁止です。分かりましたね?」


 こくりとうなずいたマルグリットは、神妙な顔だ。

 俺も、視線で同意を伝える。


 それを見た詩央里は、淡々と進める。


「沖縄の琉垣りゅうがき駐屯地に1週間もいた経緯と、その理由を教えてください」


「合同演習があると知って――」




 ――1時間後


 南乃詩央里は、深呼吸をしてから、次の話題に移る。


「私の考えを伝える前に、教えておくべきことが1つあります。……カレナ?」


 頷いた彼女は、文字通りに縮こまっている咲良マルグリットの前に歩み寄り、話しかける。



「お主は、本来なら既に死んでいる人間じゃ。あのベル女の召喚儀式が終わり、楽になるための錠剤を飲んだ時点で……」



 その言葉に、マルグリットは思わず顔を上げた。


「え? だって、あなたが作ったエリクサーのおかげで――」


 首を横に振ったカレナは、改めて説明する。


「あのエリクサーでは、お主が死に至る原因は解決しない。考えてもみろ! 4本を飲んで、せいぜい数日の延命だったろう?」


 群青ぐんじょう色の瞳で射抜かれたマルグリットは、明るい青で見つめ返す。


「だけど、現に――」

「お主は生まれつき、異次元と繋がっていた。そこはエネルギーに溢れた世界でな……。より高次元のため、人の身では、使えば使うほど焼き切れる。心当たりはあるか?」


 訊ねられたマルグリットは、弱々しく自分のてのひらを見つめた。


 俺は、残っていた疑問が解消された気分だ。

 しかし、ここで口を挟むわけにはいかない。


 カレナは、マルグリットを見たままで、結論を言う。


「私は、お主を眷属けんぞくにすることで、その負担を肩代わりした。変電所を経由するから、安全な範囲でエネルギーが供給される仕組みと同じだ」


 震え始めたマルグリットは、それでもカレナに質問する。


「私は……。もう、人ではない、の?」


「定義による。人外の眷属を認めなければ、怪異の一種。けれども、私はお主を化け物にした覚えはないし、人としての一生を送らせるつもりだ。お主がそうやって自分を疑うことを避けるために、あえて教えなかったのだが……。裏目に出たのじゃ。こんな事態に陥るのなら、お主にハッキリと伝えておくべきだった」


 溜息を吐いたカレナに対して、マルグリットは両腕で自分を抱きしめた。


 言い足りないのか、カレナはまだしゃべる。


「眷属といっても、私が主人になっただけ……。お主の異次元との接続を除いて、特に弄ってはおらん。普通に傷つくし、普通に老いて死ぬ。子供も産める」


 詩央里の様子をうかがってから、カレナは付け加える。


「先に言っておく。もし室矢家から追い出されても、お主の命は奪わん。ただし、能力に制限をかけさせてもらうため、今までと同じ感覚では魔法を使えない。もしも知っている情報を流すなどの室矢家を裏切る行為をしたら、主人である私が責任をとって、お主を始末するからな?」


 カレナが目配せをしてきたので、それに応える。


「メグ……。俺は、今の話を聞いても、お前への態度を変える気はない」


 不安そうに俺の顔を見たマルグリットは、返事の代わりに頷いた。


 そして、カレナは再び口を開く。


「私の眷属にすることでの延命は、事前に説明しなかった。だから、今聞いておく。マルグリット、お主は生きたいのか?」


 いきなりの質問だが、彼女は真剣な顔で、カレナを見つめた。


「生きたい……。私は、その生まれつきの特性だけが問題なの? どうして、カレナにそれが分かるの?」


「他に問題はない。たまたま、繋がっていたのだろう……。私は因果関係を読み取れるから、本当の原因を突き止められた。眷属化は、魔術師としての知識ゆえ」


 マルグリットは、顔を伏せた。

 詩央里は口を挟まず、2人の会話を聞くのみ。



「私……。何も知らなかった……」


 うめくような、マルグリットの独白。


 カレナは、先手を打つ。


「言っておくが、『もっと早く力を制御できていれば』とは考えるなよ? お主の両親と陸防のまいが死んだことを嘆くのはいいが、神様を気取るのは止めろ」


 その瞬間に、うつむいているマルグリットの肩がビクッと跳ねた。


 立ったまま腕を組んだカレナは、彼女に諭す。


「お主が室矢家に残りたいのなら、ここが正念場だ! 『両親は自分のせいで殺された』という罪悪感を抱えて、陸上防衛軍の施設で訓練され、命令されるままに人を殺した。言わば、子供でいられる時間を失い、拠り所がないのじゃ。無自覚だろうが、自我の形成期に刷り込まれた部分はかなり根深い。どれだけ成長しても、子供が親に逆らいにくいのと同じだ」


 両腕を下ろしたカレナは、さらに切り込む。


「お主の両親は、『大きくなったら防衛軍で働け』と言ったのか? それを望んだのか?」

「やめて」


 顔を伏せたマルグリットが懇願するも、カレナは無視した。


「自宅が襲撃されて、お主が出てきた時、すでに両親は死んでいただろう?」

「やめて!」


 小さく頭を振るマルグリットに構わず、カレナは続ける。


「姉のように慕っていた舞が陸防の兵士だったから、同じことをすれば、少しでも償いになると思ったか?」

「やめてって、言ってるでしょ!!」


 マルグリットの絶叫が、リビングに響いた。



 沈黙が訪れた。

 両手で耳を塞いだマルグリットだが、カレナに引き剥がされて、再び元の体勢へ。


「彼らは自分の人生を過ごし、1つの結果を得ただけ……。お主の自己満足のために、死んだ人間を引っ張り出してくるな!」


 カレナは、幼児のように泣き出したマルグリットに、まだ突きつける。


「中途半端な気持ちでは、迷惑じゃ! また防衛軍の基地や駐屯地が関係しただけでフラフラと寄っていくことが、目に見えている。……どういう結論を出しても構わん。しかし、ただ流されるのなら、大人しく陸防に飼われていれば良かろう。これまで通りに、相手が用意してくれるぞ? 室矢家が真牙流との窓口を求めるのなら、別にお主でなくてもいい。女の魔法師マギクスは、他にいくらでもいるのじゃ! お主でなければ、できないこと。お主にとって本当に大事なものを今一度、しっかりと考えてみろ」


 そこまで言い切ったカレナは、詩央里を見てから、立ち去った。


 詩央里だけを悪者にしないために、必要なことを言ったわけか。

 まっすぐにリビングを出て行く彼女の後姿は、とても寂しそうだった。



 いや、違う。

 詩央里に感情的な発言や、暴力を振るわせないために、厳しく言ったんだ。


 これだけ長期間のバカンス。

 それも、せっかく2人きりにしてあげたのに、恩を仇で返した。


 室矢家の正室という立場では、よっぽどの理由がなければ、マルグリットを許せない。

 女の視点でも、許しがたい裏切りだ。



 正妻の詩央里が糾弾すれば、マルグリットは何も言い返せず、ひたすらに耐えるしかない。

 興奮している時は、必要以上に言い過ぎてしまうものだ。

 思わず手が出ても、やはり耐えるのみ。


 結果的に、大切な部分を踏みにじって、二度と関係の修復ができないことも十分にあり得る。

 女性陣のトップにいる詩央里が恨みを買えば、もっと女が増えた場合、あるいは現状のままでも不協和音になりかねない。



 俺が詩央里を見たら、彼女も応じる。

 その表情は、スタート時よりも穏和だ。


 腕を組んだまま、苛立たしげに指でトントンと叩いているけど……。



 たぶん、詩央里にだけ話させたら、ネチネチと責め立てた。

 心が折れたマルグリットに自ら、二度と俺に会わず、室矢家と関わらない。と宣言させた後で、このマンションから叩き出しただろう。


 巨乳に弱い俺ですら、完全に許せていないのだ。

 まして、我慢に我慢を重ねてきた詩央里なら、それでも優しい罰と言い張るだろう。

 死ぬまで室矢家のために働かせて、有力な男を誘惑して落とす役目や、使い捨てのヒットマンにするぐらいの裏切りなのだから。


 カレナが眷属にしていたことは、俺も驚いた。

 だから、沖縄のスイートルームで、メグに優しかったのか……。


 東京へ戻ったカレナは、詩央里に説明したうえで、頼み込んでいた。

 それによって、あなたはもう不要です、の一言で終わる展開が、大きく変わったのだ。

 可能性は、まだ――



 溜息を吐いた詩央里は、泣き続けるマルグリットに宣告する。


「今のあなたには、室矢家にいる資格がありません。ベルス女学校へ戻って、明日から30日以内に、私を納得させるだけの提案をするように! できなければ、二度と若さまに関わることを許しません。以上です」




 ――ベルス女学校


 女子生徒たちは、思い思いにくつろいでいた。

 その放課後の一角で、深刻な話し合いが行われている。


 高級カフェの個室にいる2人は、聞き耳を立てられる心配をせずに、本音で話す。


「ボクのせいだよね? メグに、『演習ルームの仮想訓練で、全力を出して欲しい』と言ったから」


 話を聞いた時翼ときつばさ月乃つきのは、思わず頭を抱えた。


 咲良マルグリットは、中等部でこそ学年主席の最終候補だったが、高等部では劣等生。

 であるのに、魔特隊の針替はりがえりょうがしつこく勧誘をしたのは、月乃のお願いによる模擬戦の結果を見たから。



 月乃の正面に座っているマルグリットは、弱々しく微笑んだ。


「最終的には、私が決めたことよ……」


「それで、どうするつもりだい? 重遠しげとおの家からは、追い出されたんだろ?」


 ハアッと溜息を吐いたマルグリットは、その質問に答えず、ストローで飲み物を啜った。

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