第281話 スーパーノヴァの少女は全てを破壊するー⑤

 2つのリボンを絡ませた、1本の紐。

 それで縛った髪を後ろに流しつつ、大人になったスティアは、足幅を両肩ぐらいに開く。


 前に向けた彼女のこぶしが光った瞬間に、周りの白いパワードスーツたちが、吹き飛んだ。

 速すぎて、その軌跡の一部を目にするだけ。


 ゴールドに輝く鎧の音を響かせながら、――が前に進む。


「ここに迷い込んだ千波ちなみとリーナを中枢にした件は、そもそも魔法師マギクスと非能力者の内輪揉めが発端だけど……」


 白い巨体に比べれば、ちっぽけな背丈。

 それでも、成長した姿のスティアは、異形の化け物を怯ませている。


「私がいる世界にやってきた以上、その落とし前はつける。それに……」


 憤怒の表情になった彼女は、続きを叫ぶ。


「ようやく安らかに眠った、千波とリーナを冒涜した罪……。万死に値するわ!!」


 その瞬間に、白い巨体のあらゆる部分が、ボコボコと凹み出す。

 物理攻撃は効きにくいのだが、それに構わず、1秒に億単位で拳圧を叩き込む。

 光の線が夜のパレードのように乱舞して、中心にいる犠牲者は体積を小さくしながら、ひたすらに打たれ続ける。


 白い眷属けんぞくは、足止めにもならない。

 だが、オウジェリシスとて、邪神。

 このように殴るだけでは、千日手が続くのみ。


 人間らしい感情を持たないはずのオウジェリシスだが、その赤い目に焦りが浮かぶ。



 拳を保護する形のガントレットをつけた片腕を下げた――は、らちが明かないと見て、別の行動に移った。


 黄金の光に包まれたまま、オウジェリシスの本体に問いかける。



「そんなに火遊びが好きなら、私と遊びましょ! ……超新星(スーパーノヴァ)を知っている?」



 超新星の一生は、水素、ヘリウム、炭素と、内部の核融合反応で、段階的に形成されていく流れ。

 銀河で、約一千万年の歳月をかけるのだ。

 太陽を遥かに超えていて、その質量で進路が決まる。


 最後には、中心部にある中性子星が高まり続ける密度に耐えきれずに、今度は外側に向かって弾ける。

 重力崩壊による、大爆発。

 ガンマ線により、半径5光年の惑星、その表面にいる生命が滅び、50光年までも影響を及ぼす。


 肝心の、爆発がどう起きるのか? は、未だに謎である。

 宇宙を構成する元素の起源は、分からないまま。


 現代の日本が1日に消費する、10の15乗ジュール

 その大型破壊の兵器の600倍を大きく上回る数字すら、遠く及ばない。

 爆発によるエネルギーは、10の50乗Jぐらいだ。



 三次元で最も強力であるのは、物質をエネルギーに変えた場合。

 その銀河を作り変えているパワーを狭い空間に圧縮できるとしたら――



 それまでの拳の軌跡とは違う光が周囲を満たし、周囲の重力が歪み、どんどん温度が上昇。

 恒星の誕生から終わりまでをその身で経験している白い巨体は、何も反撃できない。


 100億度。

 電子が原子核から離れるプラズマ化どころか、原子核の陽子と中性子も全て溶けた、クォークやグルーオンの単位で考える世界。


 圧倒的な高温で焼かれる、オウジェリシスの本体。

 溶けた部分はその度に復活するも、やがて再生が追いつかなくなる。

 分厚い表皮から、内部のよく分からない部分まで。


 無数の赤い目は弾け飛び、白いパワードスーツ部隊、戦闘機などを出すも、その端から消し飛んでいく。

 時間経過によって、本体もゆっくり溶ける。

 どれだけ身体を動かそうが、呪文を使おうが、決して逃がさない。



 スティアの怒りは、最も強力な物理現象で表現された。

 この宇宙を構成する元素を作り出すプロセスで、分解されていく邪神。



 もはや石の迷宮は跡形もなく、まばゆい光だけが、辺りを満たした。


 オウジェリシスの最大の目的である、子蜘蛛こぐも――ひなとも呼ばれている――の増殖は、すでに挫折した。

 脆弱な彼らは、とっくに滅びたのだ。

  

 子蜘蛛を一匹でも殺せば、オウジェリシスは激怒する。

 自身がいる石の迷宮へと召喚して、繁殖に利用するか、始末するだろう。

 けれども、今は弱い立場だ。

 

 本体の一部とも言える子蜘蛛たちが、悲鳴を上げる間もなく昇華するのを感じながら、何もできず。

 こいつに感情があれば、きっと嘆き、激怒した。

 だが、人と違う存在は理解できないし、それを目指してはならない。


 いっぽう、黄金の鎧を身に纏った女は、恒星と化した空間に、どっしり立つ。



「爆発した超新星は、やがて新たな姿で銀河を照らす。そのうちの1つが――」



 全ては、黄金の女神の拳に収束していく。

 あたかも、超新星の跡に残る、ブラックホールのように。


 それを一点に圧縮した女は、その強力すぎる重力場によるパンチを繰り出す。


 恒星の中でひたすらに輝き、最後にブラックホールになるという、世にも珍しい体験をしたオウジェリシスの残骸は、全てを吸い込む黒い穴へ。


 光すら抗えない、絶対的な重力の流れに、白い物体はスパゲティのように消えた。

 その先に何が待っているのかは、奴だけが知っている。




 室矢むろや重遠しげとおがいれば、見覚えがある、とつぶやいたであろう、黒い渦巻きのパンチ。

 実は、沖縄のキャンプ・ランバートで、スティアが行った行為と、同じだ。


 彼がパンチを受け止めなかった場合は、物質の密度を高めたことにより、ブラックホールが限定的に発生していた。

 沖縄を中心に、どこまで消滅していたのか? は、知りたくもない話。

 きっと、生物を滅ぼすのに、十分すぎる影響を及ぼしただろう。


 小さなブラックホールは、ホーキング放射で、すぐに蒸発する。

 加速器で陽子を疑似的な光速にして、互いにぶつけた時の瞬間圧力は生成する条件を満たすものの、無視できるレベル。

 ところが、大質量をどこまでも小さな物体に圧縮した場合、全てを呑み込む。


 スティアの能力を知っていた周囲は、愕然がくぜんとした。

 しかし、惨劇を止めた重遠に、その自覚はない。


 炸裂するまで空間ごと遮断していたから、奇跡的に周囲への影響はゼロ。


 自分の能力を無効化されたスティアは、わりとショックを受けている。

 重遠をぺチンぺチンと普通に殴り、気を紛らす。

 カレナの不興を買わないように、注意しながら……。


 かなりの執着で、もしも裏返ったら、男女の愛情にもなりかねない。

 その場合には、カレナとの痴話喧嘩。

 逆に、2人でどこかへ連れ去り、永遠に愛し合う展開もあり得る。

 くれぐれも、扱いに気をつけるべきだろう。



 ◇ ◇ ◇



「終わったわよ!」


 げんノ倉・マウンテン基地から離れた場所で休んでいると、いきなりスティアが現れた。

 どこで調達したのか、制服を身に着けている。

 満足げで、もうオウジェリシスの本体を退治したようだ。



 今度から、こいつに任せるとするか……。



「じゃ、重遠! 早く、帰り道を作りなさい!!」


 ビシッと指をさされたので、俺は抜刀して、切っ先を空中に突き刺した。

 通り抜けられるドアの形にガリガリと削りながら、もっと格好良く作業したいなあ、と思う。

 夏祭りの型抜きじゃねえんだぞ?


 前のようにドンッと蹴飛ばしたら、そこに広がるのは見覚えのある沖縄だ。


「早く! この世界は崩れるわ!!」


 今度は切羽詰まったスティアの叫びで、俺たちは急いで南国リゾートの空間へ飛び込む。


 ところが、催促した彼女は、立ち尽くしたまま。


「スティア!」

「すぐに、行くわ!」


 結んでいた髪を解き、シュルッと2色の紐を外した彼女は、それを握りしめた。

 前に突き出し、手を開こうとしたが、すぐに引っ込める。


 そして、外にも白骨死体と瓦礫がれきの山が残る、『厳ノ倉・マウンテン基地』の方角を見てから、呟く。


「千波、リーナ。これは、私のいる世界の海に流すわ。ここでは、あなた達が可哀想だから」


 言い終わった直後に、後ろを向き、一目散に世界の境界線を越えた。


 俺たちのいる側にやってきたスティアは、再び振り向き、今度は滅びた異世界を睨む。


「さよなら……。これは、私からの手向けよ」


 言うや否や、彼女は片手に光る球体を作り、荒廃した世界に投げ込んだ。


「重遠、早く閉めてちょうだい!」


 嫌な予感を覚えた俺は、急いで世界をまたぐドアを消した。



 夜の南国は、観光客による喧騒で賑やかだ。

 しかし、今は静かで、動物や虫の声が小さく聞こえるのみ。


 俺はスティアに向き直り、質問する。


「さっき、何を投げ込んだ?」


「全てを焼き尽くし、惑星ごと吹っ飛ばす炎……。あの世界に、もう生者はいない。大蜘蛛も、私が本体を倒したことで、元の世界へ戻る。こちらに出てきた分も、恐らくは消えている頃よ」


 ボロボロになった2色のリボンを片手で握り、スティアは満天の星空を仰ぐ。


「あのどこかに、彼女たちもいるのかしら……」


 その呟きが気になったものの、声をかけられる雰囲気ではない。



 戦闘スーツで通信をしていたグレン・スティラーが近寄ってきて、大蜘蛛たちが消えた、と告げてきた。


 生存者の救助は専門のチームや、戦闘に参加していなかった部隊が行っているそうだ。

 俺たちの捜索も行われていて、たった今、生存報告をした。

 防衛軍、行政にも、USFAユーエスエフエーから通達されるだろう。


 疲れ切った頭で考えていたら、グレンが話しかけてくる。


「室矢くん! 今回の報告は、私とミリーの2人でやります。疑わしい人物についていったのはスティアだから、彼女に訊ねるだけですし……。また基地に行って、ご自分の口で説明することも、できますが?」


「いや、俺たちはホテルに帰る。……それでいいよな、メグ?」


 傍にいる咲良さくらマルグリットを見ながら言うと、彼女は一も二もなく同意した。



 今回、俺の戦果は、大蜘蛛一匹だった。

 異世界まで行った意味は、あるのだろうか……。

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