第280話 スーパーノヴァの少女は全てを破壊するー④

 ぼんやりと緑色に光る、石の迷宮。

 剣と鎧、魔法がよく似合う通路を進む、1人の少女。


 自身も翠眼すいがんを持つスティアは、天井や左右の壁、前と後ろに蜘蛛クモがひしめいているの感じつつ、その足を止めない。

 それに伴い、潮が引くように蟲たちも、移動する。


 やがて、RPGのボスがいる部屋のごとく、広い空間に出る。


 だが、そこで待っていたのは、1人の少女。

 白銀の長い髪、青い瞳。

 どこで調達したのか、真新しいセーラー服を着ている。


 じっと見る彼女に対して、スティアは口を開く。



「今更だけど、リーナと呼んでいいかしら?」



 グリーンの瞳で見据えられて、空賀くがエカチェリーナは、溜息を吐いた。


「好きにしてくれ……。最初から気づいていた、と考えるべきかな?」


 首を縦に振ったスティアは、エカチェリーナに説明する。


「ええ、そうよ……。私たちが千波ちなみに会った時に、彼女は『私を助けるために、リーナが犠牲に』と言った。そして、彼女の部屋で見つけた日記には、“ものすごく痛かったけど、大丈夫” とあったわ。つまり、あなたは基地の内部に残っていた、稼働中のオートマトンに撃たれて瀕死の千波を救うために、後ろのそいつの中枢になったんでしょ?」


 顔を伏せたエカチェリーナは、ぽつぽつと、語り出す。


「他に手段はなかった……。元々、君もいた豪邸のシェルターから、ここを探検した。ところが、ご覧のように化物の住処で、『中枢にならないか?』という誘いを保留にしたまま、慌てて帰った次第さ。あと数分で息絶える千波を見ていられず、付き添っていた小蜘蛛こぐもに応じることで、契約した。彼女を回復させて、外へ出す代わりに、私が残ったんだ」


 自分の髪の先を弄ったスティアは、感想を言う。


「だいたい、想像の通りね。あなたはもう、後ろのオウジェリシスと一体化していて、千波と一緒にはいられなかった。だから……」



 ――自分の部屋で自殺した、と偽装した



 首肯したエカチェリーナは、その手順を述べていく。


「契約した時点で、私は首を吊った程度では死ねない身体……。最初にその場面を見せて、千波が出て行った隙に、よく似た死体とすり替わった。小蜘蛛に懐いていたから、それを端末にすることで、千波を見ていたよ」


 一息おいたエカチェリーナは、頭を下げた。


「ありがとう。千波を楽にしてくれて……。私のせいで、千波は本当に苦しんだ……」


 正面に向き直ったスティアは、諭すように言う。


「その様子だと、千波も中枢だったことに気づいていたのね?」


 エカチェリーナは、こくりとうなずいた後で、懺悔する。


「私が中枢になれば、それで済むと思って……。けれど、違った。こいつは私を予備にして、千波まで中枢に……」


 このオウジェリシスは、室矢むろや重遠しげとおたちがいる世界の本体よりも、狡猾だ。

 複数の中枢と契約したうえで、ストックしておく発想を得た。



 最初にエカチェリーナが中枢になって、次に支鞍しくら千波ちなみを助ける名目で、同じく中枢に。


 メインの千波に、エカチェリーナの意志は届かない。

 その結果、親友を失った千波は暴走して、この世界の人類を滅ぼしたのだ。


「豪邸のシェルターが封鎖され、データから抹消されていたのは、石の迷宮を見つけたから……」


 スティアの指摘に、エカチェリーナは肯定する。


「その通りだよ。原因不明で、防衛軍は全てを闇に葬った。でも、多大なコストを費やした『げんノ倉・マウンテン基地』を否定できない。戦後の軍縮に乗っかって、丸ごと閉鎖することで、お茶を濁したのだろう。でも――」


魔法師マギクスが籠城したことで、石の迷宮は復活した」


 続けて説明したスティアに、同意するエカチェリーナ。



 暗がりに立つスティアは、2つのリボンを前に差し出した。


「千波からのプレゼントよ。好きなほうを選びなさい」


 おずおずと片手を伸ばしたエカチェリーナは、やがて引っ込めた。


「それは、私と千波だ。どこか、外の場所へ頼む。最後まで面倒をかけるけど」


「いいわ。このリボンは、私が運んであげる」


 スティアの返事を聞いたエカチェリーナは、笑顔になった。

 そして、目を閉じる。


 次の瞬間、見えない衝撃波を浴びたかのように、彼女の体は吹き飛んだ。

 Спасибоスパシーバ.(ありがとう)という、つぶやきを残して。



 片手を向けていたスティアは、ゆっくりと戻しながら、エカチェリーナがいた空間の奥を見る。


 ゾウのように大きな、白い巨体。


 奥の台座に座り込んでいるオウジェリシスの本体は、複数の赤い目を開いた。

 全身にある赤色が、迷い込んできた少女を視界に収めた。



 ――我と契約して、中枢になれ



 スティアの頭の中に、声が響いた。


「……千波たちよりも、私のほうが有用ってわけね」


 彼女は、ぽつりと呟いた。



 他人事のように周りを見たら、無数の白い女子生徒。

 異形の兵士ではなく、様々な制服を着た、少女たちの姿だ。


『私たちと一緒に、人のいる世界へ行こう?』

『きっと、楽しい』

『マギクスの王国を築こう』


 いくら似た姿でも、その本質は、全く異なる。


 彼女たちのさえずりを聞いていたスティアは、大切に見送ったばかりの2人を見つけて、その翠眼を大きく見開いた。


『私は、君たちがいる世界を見てみたい』

『海に行きましょう!』


 エカチェリーナと千波の声で、次々に誘ってくる。



 スティアの顔から、表情が消えた。



 返事をしない彼女に、次の芝居が上演される。


 白い粘土をこねたような動きで、武装したパワードスーツや、オートマトンが出現した。


 火炎放射器らしき武器を持ったパワードスーツが、ニゲロと呟きながら、その砲口を向けた。

 増粘剤を入れた燃料による炎が噴射され、白い女子生徒たちが焼かれる。


 たまげる悲鳴で、どんどん力尽きていく。


 機関砲を食らった女子生徒は、文字通りに、胴体が千切れ飛んだ。

 あるいは、オートマトンの掃射で、穴だらけに。


『助けて!』

『熱い……』

『痛い、痛いよぉ……』

『仇を討って』



 うつむいたままのスティアは、やはり答えない。



『君なら、分かってくれると思ったのだけど……』

『残念ね。ガッカリだわ』


 見えてはいけない部分が剥き出しのエカチェリーナと千波は、瀕死であるのに、普段通りの声音で責めた。

 それに追随して、他の女子生徒たちも、はやし立てる。


『いらない』

『お前も、私たちを見捨てたんだ』

『こんなに、痛かったのに……』


 それに合わせるように、白いパワードスーツたちが、近づく。

 手に持っている細長い筒の先からは、小さな炎が見える。


『燃えちゃえ』

『お前も』

『私たちと同じように……』


 半円を描くように並んだパワードスーツ部隊により、この世の業火が作り出された。

 スティアの姿は、あっという間に、見えなくなる。



 だが、その中から、黄金の光が漏れ出てきた。



 その光はどんどん強くなり、気圧されたパワードスーツ部隊は、後ずさる。

 骨まで消し炭にする炎を消し飛ばした人物は、ゆっくりと、前に進む。



 大人の女だ。

 一糸まとわぬ、生まれたままの姿。


 腰まで届く、宝物のような山吹やまぶき色の長髪が、僅かに隠そうとするも、むしろ色気を増す。


 ちょうど、スティアが成長すれば、この姿になるだろう。

 悪戯っぽさを残しつつも、その体の曲線を見て、子供とは呼べない。



 彼女は、恥ずかしがる様子もなく、ただ堂々と立つ。


 青とピンクの2つ。

 そのリボンをより合わせて、紐にした後で、彼女は自分の長髪を1つに縛った。


 オウジェリシスの本体を睨みながら、呟く。


「暇だからと、カレナにギアを作ってもらったけど……。まさか、実際に使う日がくるとはね……」



 ガキンッという、鈍い音が響き、違う黄金色の光が、――に降り注ぐ。

 それに怯え、白い兵士たちは、少し後ずさり。


 ある光は足を覆い、ある光は腰を覆う。

 手が、胸が、肩にパーツが張り付いていき、頭にも優美なヘッドギア。

 まさに、全身を覆う鎧。


 黄金のアーマーを身に着けた女は、神々しい姿だ。

 先ほどの何も隠すことのないシルエットとは別種の、侵しがたい雰囲気。

 例えるのなら、戦女神。


 自身からも、黄金色の光が放たれたまま、ガシャンと、一歩前へ。

 周りを囲んでいた白いパワードスーツたちは、後ろに下がる。



「……もう、言わないの? 私に中枢になれって」



 大人の声だが、口調はいつものスティア。

 完全武装の彼女に、オウジェリシスの本体は、何も返さない。

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