第279話 スーパーノヴァの少女は全てを破壊するー③

 それからは、まるで夢のようだった。


 本物のベルス女学校にしばらく滞在した後で、母校のテレッサ海洋女学校へと戻る。

 どこに行っても後ろ指をさされず、堂々と街を歩けた。



 テレ女の学生寮。

 支鞍しくら千波ちなみは御揃いのリボンを贈った後で、空賀くがエカチェリーナに提案する。


「私、自分の船を持ちたい!」


『やれやれ……。泊まれるタイプは、安くても個人で買える金額じゃないのだが』


 そう返されたが、魔法師マギクスへの支援の一環で、クルーザーを使えることに。

 利用している間は、自分たちの城。



 沖に出たクルーザーで、エカチェリーナと千波は、忙しく動き回った。


『オートパイロットにしたから、これで落ち着ける』

「あー、疲れたわ!」


 自動で回る舵輪だりんを見ながら、エカチェリーナに膝枕をしてもらう千波。

 最初は、女同士でやっても……。と渋られたが、押し切った。



「リーナ。私ね、とても嫌な夢を見たの……」


 ゆらゆらと揺れるコックピットのベンチで、千波はつぶやいた。


「私たちマギクスは人権を奪われ、みんなでベル女の分校に立て籠もった。そこに陸防が攻めてきて、どんどん撃たれるか、黒焦げに……。その時の絶叫は、今でも覚えているわ」


 エカチェリーナは返事をせず、ただ彼女を見守る。


「たまたま、あの秘密基地にいたから、私たちは助かった。でも、唯一の出口はコンクリートで塞がれていたの……」


 膝枕の上で身じろぎをした千波は、目を閉じたままで、続きを口にする。


「閉鎖されたベル女の分校で、小さな蜘蛛クモが……。蜘蛛を見かけるようになって……。そこで、私たち……。わた、わた、わた――」

『もう話さなくていいよ、千波』


 彼女が目を開けたら、エカチェリーナの青い瞳。


『千波は、よく頑張った。1人で、大変だったろう?』


「そうね。でも、良かった。悪い夢で……」


 起き上がろうとした千波は、エカチェリーナに押しとどめられた。

 再び、仰向けで膝枕をしてもらう体勢に。


『少し、眠るといい……。夕飯は、どうしようか? 船のギャレーじゃ、ろくに調理できないけど。まあ、目玉焼きにドレッシングをかければ、食事になるだろう』


「いいわ、食べられれば何でも……。リーナ、一緒に準備をしよう? ここは、私たちが自由にできる場所よ」


 うなずいたエカチェリーナは、目を閉じた千波の顔を見下ろしながら、言う。


『おやすみ、千波。良い夢を……』


 パッチリと目を開けた彼女は、哀しそうな笑顔を浮かべた。

 そのまま、膝枕をしているエカチェリーナを見ながら、言う。


「……私のデスクの上にあるリボン。が持っていって」


 驚いたエカチェリーナに、再び目を閉じた千波は掠れた声で独白する。


「いっぱい……。いっぱい、殺したわ。でも、その先には何も残らなかった。リーナの仇を討てたはずなのに……。大好きな海も、なくなっちゃった。私だって、もう人間じゃ……」


 膝枕をしたままのエカチェリーナは、千波の手を握った。



「あなたは、人間よ。私が保証してあげる……」



 まるで別人のような言い回しの少女に対して、千波は笑った。


「ありがとう……。それとね――」


 千波の閉じた両目から、一筋の涙が零れ落ちるも、やがて規則正しい寝息だけに。


 彼女が深い眠りを落ちたのを確認した後で、エカチェリーナも瞑目めいもくした。



 サラサラと、千波の姿が溶けていく。

 端から砂になっているように、人の姿を失う。


 やがて、エカチェリーナの膝の上や、コックピットのベンチに、砂の山ができあがった。




 砂の山になった千波。

 目を開けたエカチェリーナは、やがてスティアの姿になった。


 周囲の景色も、変わる。


 洋上のクルーザーの操縦席ではなく、閉鎖されている要塞の中。

 スティアは、豪邸のようなシェルターのくつろげる空間で、ラグが敷かれた部分に座っていた。

 膝に載っている砂の山をそっとけて、フローリングに降ろす。



 全ては、スティアが見せていた光景。

 時間すらも、その流れが違う。


 千波も、途中で気づいた。

 だが、それは彼女が求めていた世界。



 目の前にいるエカチェリーナは、偽者だ。


 そう思いながら、千波は偽りの生活を楽しみ、やがて失ったはずの自分の願いを取り戻した。


 彼女は、ようやく解放されたのだ。

 おぞましい、人が理解してはいけない理屈で動いている化け物の支配下から……。



 元の声になったスティアは、独白する。


「そう……。リーナは、目玉焼きに塩コショウなの……」


 彼女は、自分の正体がバレた理由に、溜息を吐いた。

 静かに立ち上がり、パーティールームの出口へ向かう。


「ゆっくり眠りなさい……」


 振り返ったスティアは、千波だった砂の山に別れを告げた。




 ガチャッ


 ノックもせずにドアを開けたスティアは、室内へ入る。


 天井から、下が輪になったロープがぶら下がっていた。

 その下には――


 1人の女子生徒と思しき遺体があった。


「本当は弔ってあげたいけど、ここは誰もいない世界だから……」


 白骨死体に説明したスティアは、部屋のデスクの上にある紙片を見た。


 “すまない、千波”


 ただ、それだけの文字が、真実を示していた。



 今度は、千波の部屋に入る。

 まだ生活感が残っており、すみに本棚、デスクの上にも本立てがあった。


 日記らしき本を手に取り、捲ってみる。


“秘密基地に籠っていたら、陸防が攻めてきた。ここは安全のようだから、リーナと励まし合って、2人で頑張る”


 この豪邸のシェルターには、モニター室もあった。

 今は機能していないが、襲撃による警報が鳴って、外の様子も見られたのだろう。


“どうしよう……。陸防は引き上げたけど、トンネルの出口をコンクリートで固められた。外に出られない”


“水と食料を探してみたけど、黒焦げ、穴だらけの死体か、パワードスーツみたいな兵器の残骸だけ……”


“ものすごく痛かったけど、大丈夫みたい”


“今は、何日だろう? こんなに、圧迫感を感じるなんて……”


“太陽の光を浴びたい。外の空気を吸いたい”


“朝、起こしに行ったら、リーナが首を吊っていた。今日はリーナの誕生日で、渡しそびれていたリボンをお揃いで贈ろうと思っていたのに。どうして……。どうしてよォ……”


“このシェルターにある洞窟。いよいよ、そこを本格的に探索するわ! 前はすぐ引き返したけど、もう私には何もないから……”


 その後には、理解しにくい言葉が並んでいる。

 まだエカチェリーナが生きているかのような表現もあった。



 パタン


 千波の日記を閉じたスティアは、デスクの上にある箱からリボンを手に取った。

 少し考えた末に、2つとも。



 彼女には、まだ気になる場所がある。



 幼い顔つきだが、スティアはこれまでになく、険しい表情だ。

 玄関で靴に履き替え、構わずに土足でフローリングを歩く。


 この秘密基地の一角にぽっかりと開いた入口の手前で、立ち止まった。

 ファンタジーでよく見る、石の迷宮だ。

 内部にはエメラルドグリーンの光があって、見ているだけで引き込まれる。


 人工的に作った、と分かる精密な構造だが、不思議な威圧感を覚える。

 その入口は開いたままで、来るもの拒まず。

 中を覗いてみるも、奥のほうは真っ暗だ。


 さっきまで千波を先導していた、小さな蜘蛛。

 そいつは、スティアをちらりと眺めてから、目の前にある石の迷宮へ入っていく。



 コツコツコツ



 スティアも、底知れぬ迷宮の中に呑み込まれた。

 不思議の国へ迷い込む少女と同じく。


 その両手に武器はなく、これから戦いにおもむく格好ではない。


 彼女は2本のリボンを握りしめつつも、街を歩くように進む。

 何者かの体内にいる、と思えるだけの不気味な空間を。


 全てのことに、終わりがある。

 ならば、滅びのラッパの音を止めるのは、きっと彼女だ。

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