第278話 スーパーノヴァの少女は全てを破壊するー②

 後ろを振り返ったスティアは、冥府から地上に続く階段を見た。

 ここからでは、最初の踊り場までしか見えない。


 もし、ここに魔法師マギクスが立て籠もっていて、現代兵器で焼かれたのなら、その直後に入って調査することは難しい。



 髪の毛一本ですら、燃えれば臭いのだ。

 100人の単位であれば、まともな神経の人間が1分もいられない場所となる。

 酸素マスクとゴーグルで安全を確保していても、その光景を忘れられず、発作的に自分の頭を撃ち抜く恐れすら。


「きっと、遺体のチェックもしなかったわね。書類上は、“生存者ゼロ” かしら? 焼き尽くした後に、出入口を埋めておけば、仮に生き残りがいても出られない」


 スティアがつぶやくと、行き止まりの壁を調べていた支鞍しくら千波ちなみが振り向いた。


「何か、言った?」


 首を横に振ったスティアを見た彼女は、再び壁を触り出す。


 薄暗い、地の底。

 元ベル女の分校、地下シェルターの終わり。


 熱心に壁を調べていた千波は、小さな蜘蛛クモに気づいた。


「あ! また、いる!!」


 その蜘蛛は、とある場所の前でたたずむ。


 気になった千波が、その部分を調べてみた。

 すると、こぶしでドンと叩くだけで、パラパラと崩れる。

 経年劣化らしく、後ろにある下地、いや金属の扉が見えた。


「ここね!」


 叫んだ彼女は、急いで後ろのスティアに声をかける。


「もうすぐ、リーナに会えるわ!」


 千波は、暗証番号の入力、指紋認証、虹彩こうさい認証を完了させた。

 ガシャンと開いたので、無警戒に入っていく。 

 耐爆ドアより薄いものの、やはり頑丈そうだ。



 金属のドアが自動的に閉まり始めたから、スティアも続く。


 連絡通路を歩き、千波は我が家のように玄関ドアを開けた。


「……住宅?」


 正面を見た彼女は、遠くに見える光景が信じられなかった。


 分譲マンションのようなフローリングと、色の違う木材、さらに白い壁紙は、これまでとは違う雰囲気。


「ほら、スティアも早く!」


 白色よりも柔らかい、日光のような照明。

 この地下深くでは、何よりの恵みだ。


 換気設備も稼働しているようで、屋内は清浄な空気に満ちている。



 本当に、普通の豪邸だ。


 千波に案内されたスティアは、履き替えたスリッパのまま、考え込む。



 間取りは、4LDK+α。

 しかも、疑似的な2階建て。


 普通に考えれば、このげんノ倉・マウンテン基地における、幹部クラスの住居だろうけど――


「どうして、誰も知らなかったの?」


 電気・水道・ガスもあって、これだけ完成しているのならば、使って当たり前。

 だけど、まるで隠すように封印されていた。


 全て建築後に公開する予定でも、立て籠もったマギクスたちが遠慮する理由はない。



 傍にいる千波は、スティアの独白を聞いて、返事をする。


「元々、私たちは開発エリアにいることが多くて、そこで小さな蜘蛛と仲良くなったのよ!」


 千波が指差した先には、赤い目が並んでいる、灰色の蜘蛛。

 一匹だけで、子供の手ぐらいのサイズだ。


「さっきみたいに、この子が案内してくれて、中に入れたの! おかげで、それからは他人の喘ぎ声を聞かずに、ゆっくりと過ごせる時間を作れたわ」


 自慢のパートナーと言わんばかりに紹介したが、小蜘蛛こぐもはスティアの姿を見て、すぐに走り去った。 

 


 最初はガッカリしたものの、千波は気を取り直した。


「ごめんね。あの子、けっこう気紛れだから……。そういえば、リーナをまだ紹介していなかったわね!」


 彼女は、大蜘蛛を操っているボスでしょ? と聞かずに、スティアも続く。



「ここよ! リーナは、この部屋に住んでいるの! ……リーナ、入るわよ?」


 なぜか、ふところから取り出した鍵で、ガチャッと開ける千波。


 ギイッと軋み、後ろのスティアの目にも室内の様子が映る。



 豪邸のセカンドリビングと一体化している廊下。

 その突き当たり。


 本来ならバルコニーからの光が差し込む、明るい寝室だ。

 複数のドアがあって、他の部屋との行き来が可能。 

 一台のベッドが、目につく。



「ほら! 彼女が、私の親友である、テレッサ海洋女学校の空賀くがエカチェリーナよ!! 愛称は、リーナ」



 元気のいい千波の声で、戸口に立っているスティアは、自己紹介をする。


「…………私は、スティアよ」


 エカチェリーナからの返事はない。


「リーナは人見知りするから、気を悪くしないで! じゃ、リーナ。また来るわ!」


 千波はスティアに話しかけつつも、エカチェリーナへ別れを告げた。

 部屋から出たところで、ドアを閉める。




「そういえば、レーションを分けてくれた御礼をしないとね! えーと、確かこっちに――」

「休んだ後で、いいわ……」


 スティアの発言に、首をかしげた千波は言い返そうとするも、自分の疲れを自覚する。


「そう? まあ、ここまでの道はあるし、別にいいか……」


 千波は、スティアが休むための部屋を探し、シャワーやトイレの場所も教えてから、自分の部屋に戻った。

 歯磨きを済ませて、ベッドに倒れ込み、夢の世界へ。



 ◇ ◇ ◇



 支鞍千波が目覚めたら、空賀エカチェリーナと目が合った。


「リーナ?」


『いい加減に起きてくれ、千波! 朝食が、いつまでも片付かない』


 驚きながら、千波はベッドから起き上がる。


 いつもの、豪邸のようなシェルターの中だ。

 秘密を共有している仲だから、エカチェリーナがやってくるのは当然。


「ほ、本物なの?」


 思わずつぶやいた千波に、本人が突っ込む。


『まだ、寝ぼけているのかい? それよりも、食事だよ、食事!』


 千波は、その返事に、室矢むろや重遠しげとおたちとの遭遇や、スティアと一緒にベル女の分校へ戻ったことは全て夢だったの? と思う。



 夢見心地で、急かされるように部屋の外へ。


 いつも通りに、長期保存ができる食糧と、プラントで栽培した野菜によるメニューだ。

 ドレッシングで味付けしたハムエッグ載せのトーストを食べながら、エカチェリーナが提案する。


『そろそろ、地上に出てみよう!』


「でも……」


 渋る千波だったが、いつもより強引なエカチェリーナに誘われ、地上へと続く階段に足をかける。 

 通路はピカピカで、傷1つない。


 牢屋を思わせる、ナンバー付きの金属の扉が並ぶ、居住区を抜けた。

 コンビニ、食堂、カフェ、それらを横目に、彼女たちは地下要塞を歩いていく。

 誰もいないが、清潔で、機能美にあふれた空間。



 ゴゴゴゴ


 分厚い耐爆ドアが、開いていく。


 同じことを繰り返し、げんノ倉・マウンテン基地の出口へと続くトンネルに足を踏み入れた。

 やがて、遠くに明るい光が見えてくる。



 外へ出ると、そこには笑顔のみんながいた。


『『『お帰りー!』』』


「へ?」


 ポカンとした支鞍千波は、すっかり忘れていた日光に目を細めながら、周囲を見る。

 山のふもとは緑一色で、平和そのもの。


『いや、本当にすまなかった! 実は、この基地への連絡を忘れていてね……。今後の活動で、少しでも償う所存だ』


 陸上防衛軍の高級将校らしき男が、平身低頭で千波に謝った。


「わ、忘れていたって?」


 思わず呟いた千波に、陸防の高級将校が説明する。


『うむ。私は魔法師マギクスについて、考えを改めたのだが……。政治的に色々と動いている間に、一部がこの基地に閉じ籠ってしまった。それで、途方に暮れていたのだよ。大変申し訳ない』


 翡伴鎖ひばんさ中将と自己紹介した男は、公衆の面前であるのに、深々と頭を上げた。


『私も、ちょっと焦りすぎていたわぁー。でも、本格的な武力衝突の前に話し合いで解決して、本当に良かった』


りょう先輩?」


 千波は、オッドアイのりょう有亜ありあの台詞に、目を丸くした。

 あれほど翡伴鎖中将を憎み、本来のベルス女学校に立て籠もって、徹底抗戦を叫んでいたのに。


「私たちは……。人間なの?」


 思わず、本音が漏れた。


 力強くうなずいた翡伴鎖中将は、すぐに答える。


『ああ、もちろんだとも!! ……私は、一連の後始末が終わったら、陸防を辞任するよ』


 千波が有亜を見たら、彼女も同意した。


『例の法案は、こいつが自ら下げたの! だから、もう心配はいらないわぁ……』


 差し出された新聞を見たら、“マギクスの名誉は回復された” という一面が。



 そっか。

 もう大丈夫。

 お家に帰れる。

 また、海にも行けるんだ。


 安心した千波は、その場で気絶した。

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