第277話 スーパーノヴァの少女は全てを破壊するー①

「どうして……」


 一番ショックを受けているのは、ベルス女学校の生徒である咲良さくらマルグリットだ。

 同じベル女の魔法師マギクスが犠牲になっているだけに、その悲しみは筆舌に尽くしがたい。


 寄り添い、軽く抱きしめながら、彼女の耳元でささやく。


「メグ。気をしっかり持て! ここは、違う世界だ。今の千波ちなみ、それからリーナについても、恐らくは敵の本体だろう。どちらか、または両方が」


 グスグスと泣きながらも、マルグリットは涙声で囁き返す。


「千波とリーナがいるのは、どういうこと?」


「ここは、並行世界だと思え……。俺たちの世界にいる2人とは、別人だ」


 いきなりの説明だが、マルグリットは思っていたよりも早く立ち直った。

 海底にあるポイントから、いきなりの転移だ。

 彼女も薄々は、別の世界だ、と自覚していたのだろう。


「……うん、分かった。とりあえず、頭を切り替える」


 その返事を聞いた後で、彼女の背中をポンポンと叩き、いったん離れた。



「千波! それで、シェルターに入っていいのか? 中の危険は?」


 俺が声をかけたら、物思いに耽っていた支鞍しくら千波ちなみはビクッとした。


「っ!! ああ、そうね……。えっと、リーナがいる場所は……」


 辺りを見回す千波は、地面に小さな物体を見つけた。

 多脚でカサカサと動く生き物を追いかけるように、げんノ倉・マウンテン基地の入口――コンクリート製のトンネル――へと吸い込まれていく。


「ほら、ついてきて!!」


 彼女の後姿うしろすがたは、あっという間に、小さくなる。



 ◇ ◇ ◇



「あれ? 他の人たちは?」


 立ち止まった支鞍千波が振り返ったら、そこにはスティアだけ。


 彼女の艶やかな山吹やまぶき色の髪と、グリーンの瞳は、薄暗いトンネルの中でも美しい。

 そのサクランボのような唇から、返事がやってくる。


「他に、用事ができたのよ。あとで、合流するわ」


「別行動は、あまりオススメしないけど……。じゃ、案内するわよ?」


 呆れたようにつぶやいた千波は、トンネルの奥へと進む。

 2人は同じぐらいの年齢のため、仲の良い友人に見える。



 天井に配管されていて、換気用のパイプ、電気などのケーブルが規則正しく並んでいる。

 いっぽう、床は平らなコンクリートで、大型車両も通れるほどの広さだ。


 スティアは歩きながら、天井からの灯りと暗闇を交互に通りすぎていく。

 明るい空間で床や壁を見渡して、感想を述べる。


「ガス爆発のような痕跡……。サーモバリック爆薬を使ったのね。規模からして、歩兵用のロケット弾、40mmグレネードかしら? 相手を後退させるのが目的にしても、めちゃくちゃ……」


 サーモバリック爆薬は、固体の化合物を気化させての爆発。

 広範囲に熱と圧力を発生させ、酸欠にもつながる。


 だが、内部のコンクリートが溶けているうえに、ほぼ全てが黒焦げであるのに、千波は全く気にしない。

 所々で、バラバラと破片が落下する音も響くのに……。


 スティアの視界では、陸上防衛軍の兵士、マギクスのどちらも倒れている。


 高熱と酸素不足の場所に、味方を送るべきではない。

 ここで倒れている兵士の何割かは、司令部のせいで殉職した。


「でも、陸防の上層部は、強引に突っ込ませた。よほど急ぎの事情があって、損耗を度外視」


 真実は、本物のベルス女学校を制圧するまで、というタイムリミットがあったから。

 しかし、独り言を並べているスティアに、知るよしもない。


 その呟きを聞いているはずの千波は、普通だ。

 ようやく学校が終わって、友人と一緒に帰っているかのように。



「ありゃ! 困ったわ……」


 火葬場と墓地を兼ねているトンネルの中に、明るい声が響いた。

 スティアがそちらを見ると、前を歩いていた千波がペタペタと壁を触っている。


 トンネルとは違う色で、新しく作られたコンクリートの壁。

 出入口はなく、ただ奥への侵入を塞ぐのみ。


「行き止まりね……。どうするの、千波?」


 尋ねられた彼女は、魔法を発動させた。

 CGのワイヤーフレームのように、人が通れるぐらいの大きさが切り取られていく。


 千波の後ろから、ひょいと覗き込むスティア。

 すると、3分は歩くだろうか? という通路があった。



 これだけの分厚いコンクリート。

 中との出入りは、全く考えていなかったに違いない。


 完成したばかりの通路を歩きながら、スティアは考えた。



 コンクリートをえぐったのみで、当然ながら灯りはない。

 出口にある、ぼんやりした光。

 冥府へ下りていく亡者のように、少女たちが歩く。


「死者に会って、生きたまま戻るのは、大変そうね……」

「急に、どうしたの?」


 スティアの言葉に、千波は笑った。


「ところで、1つ聞きたいのだけど……」

「なに?」


「ここ、出入口のトンネル?」

「そうね」


「千波は、どうやって外に出たの?」

「…………」


「他にも、出口があるの?」

「そうだと思うわ」



 やがて、通路から抜け、再びトンネルの中へ。

 駐車場を兼ねたスペースの先に、居住区のような通路が続いている。


 その横に、大人が両手を広げても足りない厚さの耐爆ドア。

 しかし、もう閉じられないほどの損壊だ。

 壁に差し込まれるデッドボルトは、その役割を果たせない。

 自然劣化とは違う、こじ開けの跡。


「ここが、ベルス女学校よ! ……正確には、分校だけど」


 千波の明るい声で、スティアは先を見た。

 コンクリート打ちっぱなしとは違い、ホッとする暖色だ。

 耐爆ドアの残骸が、進行方向にも見える。


 独立した電気らしく、こちらは明るい。

 銃撃、爆発の跡が目立ち、陸防とマギクスの死体も山のように……。



 奥に進むと、地下とは思えない、快適な空間。

 病院、美容室、トレーニングジム、食堂、カフェの案内図がある。


「慣れれば、地下とは思えない生活だから! ……リーナに会うんだっけ? ほら、急ぎましょ」


「ええ。お願い……」


 返事をしたスティアは、床に残る大きな足跡を見た。

 そこらじゅうに残っていて、20mm機関砲の空薬莢からやっきょうも大量に転がっている。 

 重すぎるため、軍艦や航空機に載せる武装だ。


 足跡は深く、かなりの重量だ。

 室内を移動できるパワードスーツか。


 顔を上げた彼女は、炭化した備品や、崩れ落ちた内装、逃げようとした姿勢のままで倒れている死体を眺める。

 コンクリートが融解していることから、1,200℃ぐらいの火炎放射器を使ったのだろう。

 

 床には、武装したオートマトンの残骸も。

 おそらく、対人用だ。

 自動的に攻撃する無人兵器は、躊躇ためらわない。


 不思議なことに、1体のパワードスーツは操縦者がいない状態で朽ちていた。

 内側から開いたままで、その先に戦闘服とは違う人間が倒れている。


「耐え切れずに、その場から逃げようとして、処分されたのね。あるいは、生存者を始末するオートマトンに対して、思わず攻撃したのか……」


 “敵前逃亡” もしくは “利敵行為” なら、その場で銃殺だ。

 IFFアイエフエフ(アイデンティフィケーション・フレンド・オア・フォウ)を切り替えるだけで、周囲のオートマトンが一斉にそいつを攻撃する。



「スティア?」

「今、行くわ……」


 青ざめた顔のまま、千波に返事をした。

 かつてはウェルダンの肉が食べ放題だった食堂にも、別れを告げる。




「ここを『ベルス女学校』と呼んでいるのは、どうして?」


 スティアが尋ねたら、前を歩いている千波は振り向いた。


「象徴だから。私たち、マギクスのね……。ここは大戦中に造っていたけど、終戦でモスボールされた。そこに目をつけて、親マギクス派の協力と、機密を知っている人間を抱き込んで、もう1つのベル女にしたの。物資さえあれば、数世代にわたって籠城できるから」


 彼女は、ただの虐殺の現場を進みながら、低い声で応じた。

 地獄の底へと歩を進めつつ、話を続ける。


「そのために、何でもしたって……。マギクスは美少女が多いし、引退者の中にも協力してくれた人がいた……。でも、やっぱり捕捉したうえで、わざと見逃していたようね。ここのリーダーは、『地上のベルス女学校が反マギクス派と戦っていることをムダにするな』とげきを飛ばしていたけど……」


 立ち止まった千波は、くるりと後ろを向き、スティアに話しかける。


「知ってる? 適性検査から訓練まで徹底している原子力潜水艦ですら、連続潜航は2ヶ月が限界……。理由は、強いストレスを感じる閉鎖空間だから。一部の艦では、男女の性行為やクスリの問題も出ているらしいし……」


 前を向いた千波は、階段を下りていく。

 どんどん奥へ進みつつ、嫌そうなニュアンスで話す。


「ここは潜水艦ではないけど、環境としては似たようなものよ。マギクスの繁栄という大義名分があって、若い男女もいる……。物資が限られていることも相まって、まさにフリーよ、フリー。むしろ、奨励されたぐらい」


 スティアは、黙ったまま。

 いっぽう、千波のお喋りがまだ響く。


「やることがないから、ヤる……。誰とヤッた、彼を誘いたい、って感じでね。暗黙の了解みたいに、そういうスペースがあって、合意の下で始めるの。一部はキメていたらしく、そちらは取り締まりの対象になったとか」


 居住区のドアが並ぶ区域を抜けて、より人間味のある雰囲気に。


「マギクスの訓練と座学は、高いレベルだった。陸海空の現役が揃って、国家を相手に戦う前提で教えていたから……。私も、こちらに来てからのほうが成長したわ」


 どの隔壁も爆破されていて、戦闘の跡。

 迷わずに歩く千波は、懐かしそうに説明する。


「私とリーナは、ある空間を見つけたの! 他人に発見されにくい場所で、独立したエネルギーと物資もあった。すぐ報告するつもりだったけど、リーナと相談して、2人の秘密基地に……」


 彼女がいるとしたら、そこよ。


 付け加えた千波は、口を閉じた。




 奥は、非戦闘員のエリアのようだ。


 明らかに幼児がいたと思われる、絵本や玩具が置かれている施設では、陸上防衛軍のパワードスーツ4機が守るように布陣していた。

 部隊章などから、突入した陸防の一部だと思われる。

 どの機体も蜂の巣で、入口の付近には、オートマトンの残骸が折り重なっている。


 どうやら、オートマトンに与えられた命令は、“” だったようだ。


 以後は、パワードスーツの足跡を見かけなくなった。

 オートマトンらしきタイヤの跡、小さな足跡だけが、無数に刻まれている。



「あれ? ここのはずだけど……」


 いつもの調子になった千波は、不安そうに言った。


 スティアが見たら、新たな区画を作っている開発エリアの行き止まりだ。

 剥き出しの岩盤が目立ち、物資のコンテナ、すぐには使わない器具が置きっぱなし。

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