第276話 厳ノ倉・マウンテン基地

 どちらにせよ、休息を取る必要があったので、周囲の視界を確保できる場所に落ち着いた。


 背嚢はいのうにある物品で、手早く食事を用意。

 みんなの大好物、MREエムアールイー(ミール、レディトゥイート)の時間だよ?


 本当にどうでもいい話だが、『レーション』は間違った読み方で、ration(ラション)が正しいらしい。


 ナンバーなどの印字がある防水加工のパッケージ。

 袋はプラスチック素材で、英語による内容物の説明文、イラスト、USFAユーエスエフエー軍の凛々しいマークが見える。


 頑丈そうに見えるが、上端は手で引っ張れば、すぐに開ける構造だ。

 Peelable Seal ↑(この上の部分は、手で剥がせるよ!)と印字されている。


 10個ぐらいの個別パックがこんにちは。

 外装の下にも、ナイロン袋で密封されている。


 水を入れると化学反応をするヒーターもあったから、それで温める。

 これは使い捨てだから、飲み水ではなく、汚い水を使うべきだ。

 指示通りに温めれば、15分ぐらいで完了。

 スパゲティのたぐいは、冷たいままだと食いにくいからな……。


 給食のようなトレーに、盛り付けた。

 こちらは、MREとは別だ。

 先にラップフィルムを敷けば、いつも衛生的に使える。


 クラッカーやスナックパン、チーズ、チリビーンズの食事を用意できた。

 思っていたよりも美味く、付属の使い捨てスプーンでパクパクと食べる。

 主食のパンなどに、付け合わせのスプレッドをつけるのが基本。


 毎日食え、と言われたら、絶対に嫌だけどね。

 満足感を与えるためか、味付けが濃くて、定番メニューには向いていない。



 汚れたままの手で弄るのを想定しているだけあって、塩・砂糖の調味料や紙マッチ、手拭き、トイレットペーパーが入ったアクセサリーパックまで。


 インスタントコーヒーを飲めば、食後の一時だ。

 コップ代わりの袋もあって、目盛りも印字されている。

 そのままでは飲みにくいので、レトルトパックの紙箱に入れるのが一般的。

 

 グレン・スティラーが言うには、メニューによってはチョコバー、キャンディーもついているとか。


 こんなものを兵士に配給し続けている国と戦うのは、確かに恐ろしい。



「いやー! 死ぬかと思ったわ!! こうして人と話すのは、本当に久しぶり。長く話さないと、喋り方も忘れるのね……」


 すっかり元気になった支鞍しくら千波ちなみは、俺たちに告げた。

 彼女が言うには、人を探して、あそこまで辿り着いたは良いものの、力尽きたようだ。


 今は、俺たちが分けたMREを食べながら、ゴキュゴキュと粉末ジュースを飲んでいる。



 食事の間に自己紹介を済ませて、再び出発。


 今は、崩れかけた廃屋、倒壊したビル、潰れた古民家がある市街地の一角だ。

 高層ビルは大きく傾き、食べかけのケーキのように内部構造を見せている。

 植物に覆われている段階を通りすぎ、金属の腐食が激しい。

 人類が滅んでから、数百年?


 転がっている人骨すら風化しており、文明が崩壊した後の年月を示す。


 俺の視点では、“澪ルートのグッドエンドの未来にいるオウジェリシスを倒せばいい” と分かっている。

 けれども、千波と思しき少女が怪しすぎて、迂闊に話せない状況だ。


 こうなったら、基本に立ち返ろう。



「千波!」


 俺の呼びかけで、先頭にいた彼女は振り返った。


「どうしたの?」


「大きな蜘蛛クモを探している。お前に、心当たりはないか?」


 それを聞いた千波(仮)は、両腕を組んで、考え込む。


 犯人らしき人物に、あえて調査をさせる。

 これなら、誰にも不審に思われず、彼女を尋問できるのだ。



 俺のほうを見た千波(仮)は、あっさりと言う。


「たぶん、リーナだと思うわ! 彼女は、私を守るために……。私1人では止められないから、力を貸してほしいの! その代わりに、ここでまだ入手できる食料などの情報や、私の魔法師マギクスとしての知識も提供するわ!!」


 うなずいた俺は、返事をする。


「分かった。それで、リーナがいる場所は?」


 少しだけ躊躇ためらった千波(仮)だが、答える。



「ベルス女学校。いえ、元ベル女の地下深くにあるシェルターよ。リーナはきっと、そこにいる。今でも……」



 仰天した咲良さくらマルグリットが、千波(仮)に詰め寄る。


「はあっ!? ど、どういうことなの!! ベ、ベル女って? ねえ――」

 ポン


 まくし立てるマルグリットの肩に手を置いたら、彼女は俺のほうを見た。


 その様子を見た千波(仮)は、しみじみと話す。


「ひょっとして、あなたもマギクスの生き残り? ……大変だったわよね、私たち。あれほど国に尽くしてきたのに、こんな形で裏切られるなんて」


 辛そうな表情になった彼女は、顔を伏せた。


 やはり、澪ルートのグッドエンド後だ。

 目の前にいる千波(仮)は、


 不思議そうな顔をするマルグリット。

 とりあえず、彼女の首筋をモミモミして、余計なことを言わないように牽制けんせいする。



 スティアが、千波(仮)に向き合った。


「この様子じゃ、地上に食べ物が残っているとは思えない。水も、口にできないわ! そのベル女のシェルターに行けば、大蜘蛛おおぐもたちのボスと、食糧のどちらも見つかるってことね?」


 その質問に首肯した千波(仮)を見た時に、グレンからテレパシーによる連絡。


室矢むろやくん! 私たちの半径100mの外周に、大蜘蛛が集まっています!!』


 すぐに、襲ってきそうか?


『いえ……。どうも、妙です。こちらを攻撃する様子はありません。むしろ、見張っているような……。支鞍さんの親友が指揮しているから、手荒な真似をしたくないとか?』


 さて、どうだろうねえ……。


 ま、俺たちの世界もピンチで、補給も無理だ。

 そこに敵がいるのなら、とっとと倒すに限る。


 心の中でグレンに返した後で、俺は宣言する。


「千波! ベル女のシェルターに、案内してくれないか? ……意見があれば、聞くぞ?」


 ぐるりと見回したが、反対は出なかった。



 千波(仮)は魔法で身体強化をして、一気に移動する。

 それを追いながら、スティアに並ぶ。


「今回はお前がやるってことで、いいんだよな?」


「ええ、そうよ……。任せなさい」


 赤みがかった黄色の長髪を靡かせながら、彼女は面倒そうに返事をした。




 日本の東北地方の中心にある山脈。

 それに沿って南下。


 俺たちは、ようやく目的地へ。

 今度はそれぞれで移動したから、思っていたよりも早く到着。



 地図データを持っているグレンによれば、日本の中央にある群馬。

 その山中に、まるで要塞のような軍事施設があった。


 ボロボロになった、“ベルス女学校” のプレートが出迎える。

 軍用の有刺鉄線が張り巡らされているも、すでに棘は朽ちていた。

 出入りのためか、広い車道に障害物はなく、俺たちは歩いて侵入。


 んー。

 どうも、妙だな?


 交流会で訪れたベル女とは、あまりに印象が異なる。

 確かに、軍事施設の雰囲気は感じたものの、山をくりぬいた地下要塞とまでは……。


 目の前にある、車道のトンネルのような出入口を眺めつつ、考える。


 もしかして、ここはベルス女学校ではない?

 だったら、なぜプレートが……。



 この世界では、マギクスが国家の敵になった。

 人権を取り戻そうと、一部の連中はベル女に立て籠もり、要塞化。

 そこに陸上防衛軍の大隊が攻め込んで、阿鼻叫喚の地獄に。 

 

 でも、ベル女は立て籠もるのに、あまり向いていない。

 

 俺が指揮官だったら――



「長期間の立て籠もりが可能で、難攻不落の要塞を奪って、そこにマギクスを集めた?」



 ぼそっとつぶやいた言葉は、いかにも真実のようだ。

 

 飾り気のない平らなコンクリートの道路を改めてチェックしたら、削り取られた “――統合司令部” などの文字が……。


 探索したら、“げんノ倉・マウンテン基地” の文字。

 どうやら、司令部の機能を持たせた、耐爆シェルターのようだ。


 その他に、“第一級の危険エリア” “陸上防衛軍の管理下” という警告文の一部も。

 こちらはまだ新しく、マギクスの鎮圧後に設置された、と思われる。


 駐留していた陸防が残したのか、迷彩模様のテントの成れの果て、野外炊具のトレーラーもあった。

 新兵のブートキャンプに出てきそうな、二段ベッドが並べられた兵舎も。

 壁が崩れているため、外から中の様子を見ることが可能だ。



 その整然としたエリアを外れたら、夢で見た光景と同じ。

 いや、それから100年はったような残骸が、ところどころに散らばっている。


 こちらでは人骨の数が多く、アサルトライフル、主力戦車、装甲車、戦闘ヘリ、果ては戦闘機らしき残骸まで転がっている。

 野外の衣類はかなり早くに分解されるはずだが、嫌がらせのように見分けられる状態で残っていた。


 学生証の一部、識別章も、ゴロゴロと。

 まだ平和だった頃であろう、ベル女の制服を着た女子たちの写真の切れ端が、涙を誘う。

 他の学校と思しき制服も、至る所に。


 俺の知らないパワードスーツ、戦車にロボットの上半身をとりつけたような自走高射機関砲の中に、白骨死体がある。

 状況から見て、奪った兵器でも、陸防に応戦したようだ。

 あるいは、親マギクス派の兵士か……。



 改めて見回すと、唯一の出入口らしきトンネルの直前で、マギクスによる防衛ラインが築かれていた。

 そのトンネルから続く道路だけ、残骸や死体をどけていて、雑に積み上げられたまま。


 やっぱり、埋葬すら拒んだわけだな。

 彼らは国家の敵、クーデター集団のため、現場を制圧して、それ以上のことはせず、と。


 原作の鍛治川かじかわ航基こうきが知らない出来事だから、俺の記憶にもないのか……。


 この基地が俺の世界でも存在するのかは、判断のしようがない。


 いずれにせよ、こちらの鎮圧は本物のベル女の戦闘に紛れて、こっそりと行われた可能性がある。


 この要塞は、マギクスを後世に残すための箱舟。

 完全閉鎖から数十年、上手くいけば100年単位で生きられる。

 政府としては、見逃すわけにはいかなかった、と。


 特に、反マギクス派の翡伴鎖ひばんさ中将にしてみれば……。

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