第272話 空中・海上・海中と隙がない特型駆逐艦の実力を見よ!

 俺たちは、空賀くがエカチェリーナの後を追い、急いでブリッジへ。


 駆逐艦ひびきの指揮所だけあって、各兵科の報告が届き、緊迫した空気だ。

 外洋に出たことから、前方の窓を通して広がる景色も、揺れている。


 艦長は、少し離れた場所で立つエカチェリーナを見た後で、宣言する。


「敵は大蜘蛛おおぐもで、海中から空まで増え続けている。相手は、化け物だ。艦長として、魔法の行使を許可する。空賀曹長そうちょう、ただちに始めたまえ! ……副長!!」

「承認します!」


 それを聞いた彼女は、目を閉じて、語り出す。


「至誠にもとらず、言動に恥づることなく、気力努力に欠けず、不精せず……」


 語りが進むに従って、彼女を中心に魔法陣のようなサークルが、広がっていく。


「ひびきは、大戦において沈まず、その任務を全うした。だが、私たちの戦いは、終わっていない」


 駆逐艦ひびきの至るところで青色に光る線が伸びていき、まるで包み込むように、ライトアップしていく。



「私は、あなた……。あなたは、私……。もう一度……。不沈艦の証を見せよう!」


 独白したエカチェリーナは、目を開けた。

 その雰囲気は、さっきまでの彼女とは、別人のようだ。


 周りをぐるりと見回した後に、床を見つめる。

 一点で、視線を固定した。



『感あり! 海中に、敵個体を補足! 数……10以上!!』


 ソナー担当の水測員らしき人物から、報告が入った。


「爆雷投下、用意!」

「爆雷投下、用意!」


 次の号令と共に、ひびきの甲板にある投射装置から、爆雷が投下された。

 ドンッという鈍い音の後に、空中を舞う、赤色の物体。


 水柱を立てながらエントリーしたと思ったら、エカチェリーナが床を見たまま、指揮者のように両手を動かす。


 やがて、海中から違う衝撃が、伝わってくる。



「爆発音10を確認! 一部の敵は、浮上中!! 右舷に出てきます!」


「砲雷撃戦、用意! 魚雷発射管、連装砲、右舷に照準!!」


 報告を受けた艦長が、水上戦を指示した。

 水雷長、砲術長が動く。


 甲板かんぱんの各武装が、右側を向いた。

 ブリッジにいるエカチェリーナも、同様に。



「連装砲で牽制をしつつ、誘導魚雷1を発射! 以後は、機銃と併せて、空賀曹長が操作せよ。撃ち方、始め!」

「うちーかた、始め!」


 艦長の指示の後に、副長の復唱が続いた。



 ドンッ ドンッと、砲撃音が続き、それに紛れて魚雷が入水する音も。

 そこで砲撃は止まり、一撃必殺の攻撃の戦果を待つ。


 俺と咲良さくらマルグリットが思わずブリッジから右舷を見たら、ピンク色の障壁を張った大蜘蛛にちょうど命中するところ。


『甘いね』


 エカチェリーナの声が響くと同時に、魚雷のほうにもブルーの障壁が展開された。

 思わぬ事態に慌てふためく大蜘蛛が避けようとするも、そのまま直撃。

 相手のシールドを侵食する形で突き抜け、爆発した。


 エカチェリーナは、両手を指揮者のように動かしながら、床を見ている。


 さらに、海中でも無数の爆発音と、その衝撃が伝わってきた。


「海面の近くにいた敵は、消滅! 残り……15なるも、魚雷からの誘導弾が全て命中! 敵は、まだ増えています!!」


 どうやら、さっきの魚雷の中に小型の弾頭があって、それらを『ひびき』になったエカチェリーナが操ったようだ。

 特型駆逐艦は、魔法師マギクスによる強化とコントロールが、前提なのか……。



「敵は、海中への攻撃範囲から退避!」

「遠方に飛翔する物体が多数、海中から飛び出している模様!」


 ブリッジに響く報告を受けて、艦長が指示を出す。


「対空戦闘、用意! 各個に迎撃せよ!」


『全機銃、任意に迎撃を開始』


 エカチェリーナの声と共に、駆逐艦ひびきに配置されている機銃が動き出した。

 機銃手なしで銃口を空に向け、レーダー連動のCIWSシウス(クロース・インウェポン・システム)のように獲物を探す。


 目を閉じた彼女は、じっとタイミングを計る。


「敵が、全方位から接近中! 距離――」


 その報告でも、まだ動かない。


 空中に青いシールドが現れて、敵からの攻撃を防いでいる。


「距離――」


 次の瞬間、艦上でヴヴヴヴッと鳴り響き、硬いものを叩き割るような音も続く。


「至近には、敵影なし! 海底や射程外には、まだ反応あり!」


 角度的に当たるはずがない大蜘蛛も、一瞬で飛散した。

 どうやら、機銃も誘導弾になったようだ。



 艦長が、『ひびき』と一体化しているエカチェリーナに尋ねる。


「戦闘可能な時間は?」


『今のペースで、1時間。ただし、この負荷が続けば、すぐに復帰するのは難しいよ。思っていたよりもシールドが厚くて、消耗しやすい』


 彼女の返事に、艦長は別の士官に訊ねる。


USFAユーエスエフエーの艦は?」


「後方から接近中ですが、合流まで10分以上はかかります」


 それを聞いた艦長は、思案する雰囲気に。



 ブリッジから見渡せば、大蜘蛛が空を飛んでいて、地獄絵図だ。

 他の特型駆逐艦は、もっと後方にいるらしい。


 突出しすぎている。

 限界だ。

 それに、また戦闘に入ったら、船外へ飛び出すタイミングも失われる。


「艦長! 俺たちは、ここで降ります。海上を移動して、自力でUSFAの艦に移りますので!」


 唖然とした艦長が反論する前に、エカチェリーナは提案する。


『彼らが言うのなら、そうしよう。今なら敵も離れているし、ちょうどいい』


 それを聞いた艦長は、不承不承だが、首肯した。


「了解した。……ひびきは戦闘を続けるから、もう君たちを救助できないぞ? それで、いいのだね?」


「はい」

「ええ」


 俺たちの返事によって、艦長の許可が出た。


「お世話になりました!」

「ありがとうございました!」


 言うが早いか、俺たちは、ブリッジの後部から甲板に出た。

 速度は下がっているものの、波しぶきが身体にかかる。


 揺れ続ける艦の上に立ちながら、第二の式神を展開。

 一振りの日本刀を左腰に差した和装で、すっくと立つ。


 横を見たら、マルグリットが感想を言ってくる。


「それが、重遠しげとおの新しい武装……。なかなか、格好いいじゃない!」


 ブリッジにいる人間も、チラチラとこちらを見てくる。



 俺は、マルグリットに確認する。


「ここから大きくジャンプすると、大蜘蛛や味方に迎撃されるか、着地をミスる可能性がある! いったん海上に降りて、迎えの艦が近づいてきたら、甲板へ飛び移ろう」


 うなずいた彼女は、そうしましょう、と答えて、勢いよく海面へ飛び降りた。


 急いで続いたら、俺のほうは海面の上に足場ができた感触を覚える。

 両足でバランスを取りつつも、乗っていた艦と同じ速度で滑っていく。


 駆逐艦ひびきは、レーシングカーを思わせる急旋回。

 俺たちに艦尾を見せながら、後方にいる同じ特型との合流を急ぐ。



 ようやく立ち止まったことで、2人で海上を見渡す。

 今は、駆逐艦ひびきの頑張りによって、一時的な安全地帯だ。


 波が届かない程度の高さに立っているマルグリットが、話しかけてくる。


「それで、今回の敵は、何なの? ここなら、気兼ねなく話せるでしょ?」


「あー、それだが……。たぶん、別のオウジェリシスが攻めてきた」


 その返事に、マルグリットは小首をかしげた。

 だが、すぐにポンと手を叩く。


「重遠の自宅で話し合った時に、カレナが言っていたわね! 戦ってみて、どうだった? やっぱり、強いの?」


「強かった。けれど、『じゃあ何が?』と言われても、説明に困るんだよ。正気を失う恐怖というか……」


 こればかりは、実際に見なければ理解できない。

 いや、理解できたら、もっと取り返しがつかないだろうけど。


 俺は頭の中で整理してから、必要な情報だけ教える。


「今回は、マギクス絡みだ。誰かが中枢になったから、こうやって魔法を使う大蜘蛛が出てきた。海防のブリーフィングルームで言われた、奴らが出現したポイントへ行き、そこから本拠地に乗り込み、オウジェリシスの本体を倒す」


 笑顔のマルグリットは、きっぱりと言う。


「なら、私が援護するわ! 重遠がオウジェリシスの本体と戦えるようにすれば、後は勝てるんでしょ?」


 俺と北垣きたがきなぎの2人で戦って、最終的には俺が倒した。

 そこまでは、情報共有をしていたっけ。


「ああ……。ところで、メグの魔法は大蜘蛛に――」

 ドドドンッ


 その瞬間に、海中から多数の水柱が上がった。

 かなりの広範囲だ。


 さらに、周りで飛び出してきた20匹を超える大蜘蛛が、一瞬で飛び散った。

 抜刀しかけていた姿勢のままで、ちらっとマルグリットを見る。


「他を巻き込まないと、気楽でいいわ! 人がいないから、これだけ派手にやっても、私のせいだとはバレにくいし♪」


 両手を後ろで組んだまま、彼女は微笑んだ。


 その後の説明で、海中の大蜘蛛にはピンポイントの水蒸気爆発。

 海面や空中の奴らには、ベルス女学校の3年主席である脇宮わきみや杏奈あんなの魔法、ターゲットの内部を一気に過熱することで爆発させた。と分かった。


 どうしよう。

 この金髪巨乳、普通に戦略兵器だ……。


 俺が内心で驚いていたら、マルグリットが1つの方向を指差した。

 振り向くと、波の合間に別の軍艦が見える。


「たぶん、アレよね? 早く行きましょ!」


 マルグリットはその方向を向き、自分の足元に光る足場をいくつも作って、踏むたびに加速していく。

 その後を追い、俺も海面の少し上を走り出す。

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