第273話 えっ?1,000mを超える深度まで潜るの?

「Allies!(味方よ!)」


 先行していた咲良さくらマルグリットは、大声で叫びつつも、勢いよくUSFAユーエスエフエーの試作艦の広い甲板かんぱんへジャンプした。

 驚く海軍の兵士たちに構わず、俺のほうを見ながら、手招き。


 海面の上の見えない足場を蹴り、格闘ゲームのように、上甲板じょうかんぱんへ。


 小型のタンカーみたいな構造で、中央にヘリのHマークが描かれた、長方形だ。

 箱のふたのように平らで、大型の軍用ヘリも着陸できるだけの広さ。

 前方にはブリッジらしき構造物、後方には上陸用のオープンスペースが、見える。

 全体的に細長く、突起物のない形状。


 俺は、敵意がないことを示すため、第二の式神による武装を解いた。

 マルグリットも、両手を上げている。


 周囲の武装した兵士が緊張する中、すぐに、アイリス・ウェルナー大佐たいさが、姿を現す。


 海軍の、青い作業服。

 デジタルピクセルという、四角を複雑に組み合わせたパターンだ。

 両襟に階級章、胸の部分には名前と “U.S. NAVY” が見える。


 一斉に敬礼するものの、油断なく、小銃を構えたままの兵士もいる。

 さすがに、こちらへ銃口を向けていないが……。



「ようこそ、USFA海軍のクリーブランドへ! 私は、アイリス・ウェルナーだ。大佐と、呼ぶように……。こちらへ、来てくれ」



 その台詞でようやく、全ての兵士が、俺たちへの警戒を解いた。

 アイリスは、くるりと、背中を向ける。


 俺とマルグリットも、周囲の兵士にうながされ、彼女の後を追う。


 この艦の進行方向は、駆逐艦ひびきとは正反対で、大蜘蛛が湧いているポイントへ一直線だ。



 前方のブリッジに入ったら、海軍の士官たちが、計器やモニターを見ていた。


 俺たちが珍しそうに眺めていたら、アイリスが話しかけてくる。


「クリーブランドは、Light Amphibious Warship。LAWとも呼ばれている、軽水陸両用艦だ。いわゆる、強襲揚陸艦の小型バージョンでな……。約40名のクルーで、70名以上の海兵隊員と車両を運べる。水深が浅くても運用できる設計で、艦首や艦尾から陸地にランプを降ろしての上陸も可能だ。コストパフォーマンスに優れているため、こういう消耗を気にしない投入ができる。まさに、異能者や特殊部隊による、機動力を重視した現代戦の主役というわけだ」



 艦長らしき男が、アイリスに話しかける。


「Col.The task force is ready to launch.You can leave at any time.(大佐。機動部隊の発進準備が完了しました。いつでも、出せます)」


「Mobile units, launch.(機動部隊、発進せよ)」


「Aye aye sir!(了解!)」


 アイリスの返事によって、軽水陸両用艦のブリッジは一気に騒がしくなった。

 英語が飛び交い、同時に艦の後部を映しているモニターが、パワードスーツ部隊の姿を捉える。

 艶消しの黒で、要所に赤や黄色が入っている。


 後部にどんどん海水が入ってきて、その黒い人型の群れは、プカプカと浮かび出す。

 よく見たら、足に忍者の水蜘蛛みたいな装置をつけている。


 ガコオッと後部のランプが開き、彼らはホバー走行で後ろへ飛び出していく。

 肩部、脇、脚部にミサイルポッド、キャノンなどをつけ、両手にもヘビーマシンガン、ロケットランチャーを握っている。

 まさに鋼鉄の兵士たちだが、パイロットの顔は見えない。


 ここは、島や陸地のビーチではない。

 だが、そのパワードスーツのおかげで、彼らは大海原を疾駆する。



「アレは、異能者への対策の一環だ。海上から陸地へ上陸する兵器だが、陸戦も行えて、航空戦力に応用できるかもしれないので、陸軍・海軍・海兵隊・空軍による混成部隊だ。異能者の私にテストさせるとは、たいした度胸だと思うがな……」



 自虐的に言ったアイリスの雰囲気から、あのパワードスーツ部隊は未完成、と読み取れた。

 つまり、まだ失敗して当然の欠陥品ゆえに、海軍省のお偉方は彼女に貧乏くじを引かせたわけだ。


 現代戦は、兵士1人の犠牲でも、マスコミが大きく騒ぎ立てる。

 当然、その遺族も。

 しかしながら、この世界には抑止力としての異能者がいるのだ。


 非能力者の命は、俺が元いた世界に比べて、軽い。

 まして、軍属ならば……。



 クリーブランドは、一隻だけで突出した。

 どの方向を見ても、大蜘蛛おおぐもがいる。

 俺たちのいる戦闘ブリッジにまで、外の轟音が伝わってきた。



 モニターには、パワードスーツに備え付けられたボディーカメラ――恐らくはメインカメラの映像――が映っていた。

 分割のため、かなり見にくくなっている。


 通りざまで、爆雷を投射する機体。

 現れた大蜘蛛に、海上を滑りながら銃撃する機体。

 ロケット弾を発射する機体。

 見事な連携を披露しつつ、頑張っている。


 しかし、どの攻撃も、大蜘蛛のピンク色の障壁で防がれていた。

 3機のフォーメーションを組んでいるが、撃破している数は少なく、敵に押されていく戦闘だ。

 このままでは、わずかな時間稼ぎに過ぎない。


 案の定、モニター上のバイタルサインは、どんどん沈黙していく。


 その様子を確認していたアイリスが、叫ぶ。


「Pull them back!(撤退させろ!)」


 伝達が行われ、通信で不服そうな英語の声が返ってくる。


『……Roger.(了解)』


 アイリスが、艦長らしき男に言う。


「I'll get it! After retrieving the task force,leave us behind and fall back! From then on,it is up to the captain to decide.(私が出る! 機動部隊を回収したら、私たちを置いたまま、後退しろ! 以後は、艦長の判断に任せる)」


「Yes,Ma'am!(了解)」


 艦長らしき男の返事を聞いたアイリスは、こちらを向いた。


「諸君、いよいよ害虫退治の時間だ! 上甲板に出たまえ」



 カンカンと狭い通路を歩き、再び潮風と爆音に満ちた世界へ戻ってきた。

 生き残ったパワードスーツ部隊が次々に帰還して、中のパイロットが衛生兵や駆けつけた人間の手で運ばれている。



「あなた達も、来ていたんだ?」


 少女の声で振り向いたら、スティアがいた。

 いつも通りの恰好で、軍艦にいることが不釣り合い。


室矢むろやくんと咲良さんも、乗っていたのですか……」

「2人とも、あまり無理はしないでね?」


 簡易的な宇宙服のような戦闘スーツを装着した2人もいた。

 すっぽりと覆うヘルメットだが、声からグレン・スティラー、ミーリアム・デ・クライブリンクだと分かる。


 アイリスは、その長い銀髪を靡かせつつ、周りを見た。

 次に、片手を振ると、海中で無数の衝撃――押し潰されたような感じ――が発生して、同時に空中から大蜘蛛の残骸が降ってくる。

 空への攻撃は、ウォーターカッターだろうか?


 ともあれ、大蜘蛛を退治した範囲は広く、突出していたクリーブランドは台風の目に。


「海で、私に勝てると思うなよ? ……最初から、こうしていればいいものを。軍部のメンツというのは、全く度し難い。一番の敵は、予算を決める議会か」


 どうやら、USFA軍の実績を作るために、これだけ前に出たらしい。

 単艦で突っ込ませたのも、アイリス――大人になった深堀ふかほりアイ――の力に都合が良いから。


 このようにパワードスーツ部隊を投入せずとも、片付けられた。

 あえて実行したのは、非能力者の部隊も戦った、の一文を付け加えたかったがゆえ。

 政治的には、アイリスの功績を分けてもらう形になる。


 犠牲になった彼らは、その事実に納得するのだろうか?



 クリーブランドは、ソナーやレーダーで状況を把握したようだ。

 いったん減速して、緩やかに反対方向へターンしていく。

 俺たちを降ろしたら、一目散に逃げるのだろう。

 そもそも、軽水陸両用艦は、兵員輸送のための船だし……。



 アイリスが、俺のほうを向いた。


「さて、室矢くん……。君の考えは?」


 てっきり、指示を出されると思っていた俺は、完全に不意を突かれた。

 だが、全員が戦っている最中だ。

 一秒ですら、惜しい。


 俺は、アイリスの顔を見ながら、提案する。


「敵が湧いているポイントは、海中の作業ポッドが襲われた地点だと思います。そこまでの道を切り開いてくれれば、突入します。敵の本体を叩けば、これ以上のパワーゲームを避けられるでしょう」



 俺の提案に、周りが驚いた雰囲気になった。


 フルフェイスの戦闘スーツを着たグレンとミーリアムが、次々に反対する。


「室矢くん。それは、流石に……」

「作業ポッドがいたのは、1,000mを超える深海よ? 私たち異能者でも、そう簡単には――」

「できるぞ?」


 事もなげに、アイリスは言った。

 上官が断言したので、2人は口を閉じる。


 それを見た彼女は、淡々と説明する。


「具体的に、どうするつもりだ? 増援を期待しているのなら、止めておけ……。現在、我がUSFA軍は、異能者を含めて総力戦だ。沖縄に駐留している部隊は、そこまで多くない。それに、敵の規模が不明だ。時間がてば、ハワイやグアムの艦隊と私がいても、早晩に押し切られる可能性が高い。しかし、東アジア連合などを刺激せず、日本の本土を防衛するために、横須賀の戦力すら遠慮している有様だ」


 驚いて、質問する。


「そんなに、大蜘蛛が?」


 うなずいたアイリスが、手短に説明する。


「君が言ったポイントから、どんどん増えている状況だ。おまけに、まるで歴戦の軍隊のように、戦い慣れている。控え目に言っても、これは世界の危機だ! けれども、自由に動ける我々だけで、すぐに解決しなければならない」


 ひどい話だ。

 こっちは、東アジア連合を動かさないように、巡洋艦の主砲や、中長距離ミサイルも控えているのに……。


 そう思っていたら、アイリスは最後の確認をしてくる。


「私が大蜘蛛たちの出現ポイントまでの道を切り開いたら、対応できるのか?」


「はい」


 返答をしながら、一瞬でまた第二の式神を展開。

 和装の帯刀した姿に変わる。


「へえ……」

「服装も変わるとは……」

「すごい」


 初めて見たスティア、グレン、ミーリアムは、それぞれに感想をつぶやいた。


 しかし、アイリスは全く動揺せず、命令を下す。


「よろしい……。では、スティア、スティラー中尉、クライブリンク中尉! 以上の3名に、室矢くんと協力して、敵の中枢を叩くことを命じる! 奴らはこれだけ数がいるにもかかわらず、組織的な行動だ。出現ポイントの奥に、指揮官に相当するブレインがいる可能性は非常に高い! 諸君の活躍に、人類の行く末がかかっていると思え!! 私は、諸君が敵のポイントに突入したのを確認した後で、生存者の救助と、他の部隊の支援に回る」


「ええ、分かったわ」

「「Yes,Ma'am!(了解)」」


 ペッタン娘がお気楽に答える一方で、かかとを揃えて右手で敬礼をした2人はハキハキと返事。


 ハアッ。

 SF映画で、異星の虫と戦う主人公の気持ちがよく分かったよ……。

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