第271話 美少女を搭載した駆逐艦ひびき

「奴らが最初に出現したポイントへ、行きたい? ふむ、言いたいことは分かるが……」


 俺が、大蜘蛛おおぐもが最初に出現した地点へ行く艦船はあるか? と聞いたら、海上防衛軍の下士官は渋い顔になった。


「勇気があるのは大変よろしいが、艦の乗員を必要以上の危険には晒せない。我々は、大蜘蛛と距離を取っての砲雷撃戦をしながら、異能者による敵戦力の削りを行う――」

「では、軍曹ぐんそう。彼らは、私が預かりたい……。構わないか?」


 先ほどのアイリス・ウェルナー大佐たいさが、割り込んできた。

 思わずかしこまった軍曹は、上官に確認します、と告げて、しばし席を外す。



「私よ……」



 いきなり、可愛らしい声。

 驚いて振り向くと、聞き覚えのある感じだ。


 思わず目に留まるロングだが、銀髪。

 紫の瞳も、見覚えがある。


 よくよく見れば、誰かを大人にさせたら、こんな容姿になるだろう。



深堀ふかほりアイ。今は事情があって、この姿だけどね。USFAユーエスエフエー海軍の大佐という立場は本物だから、他の人がいる場面ではそのように振る舞ってちょうだい……。とにかく、カレナお姉さまに頼まれたから、早めに片付ける。私と一緒に乗ってくれれば、ストレートに出現ポイントまで連れて行くから」


 俺の隣にいる咲良さくらマルグリットは、あまりの変わりように驚いている。

 だが、カレナの妹なら、これぐらいはあり得そうだ。


 それに、これだけ大事になったら、まさに一刻を争う。



 大人になったアイが言うには――


 単純に吹き飛ばすだけならスティアをけしかければいいけど、それだと被害が甚大。

 あなた達が目立ちすぎても、日常生活を送れなくなる。

 その場合、待っているのはとしての扱い。

 厳重な軍基地の奥深くに幽閉されて、欲しい物品は与えられるものの、子供を儲けることを含めて人権無視の待遇。

 私たちのように、手段を選ばず報復するなら大丈夫だけど、それは嫌でしょ?

 だから、私が出張ってきたの。

 表向きは、あくまで防衛軍とUSFA軍による撃退。

 そういうシナリオにする必要があるわ。



 国を敵に回しても、と覚悟したが、目立たなければ回避できるのなら、それに越したことはない。

 聞いたところ、アイに頼んだカレナは、別件で忙しいようだ。


 急いで駆けつけた海上防衛軍の佐官と話し合うアイリスの姿を見た俺は、今後の対応を決めた。

 マルグリットも、異存はないようだ。


 戻ってきた海防の下士官に、話しかける。

 マルグリットと一緒に身分証明書を提示して、宣誓書にサイン。

 その下士官は、手短に説明した後で、次の志願者の相手を始めた。



「これで晴れて、海防の伍長ごちょうになったわけだ」


 ブリーフィングルームから出て、外に向かいながら、俺は隣に話しかけた。


「私は、陸防の軍曹からの降格ね……。ま、フレーバーだから、どうでもいいけど」


 肩をすくめたマルグリットは、冷めた様子で言い捨てた。


 正式な階級ではないが、“志願兵” を示すIDタグと、戦闘帽を貸与された。

 違うデザインのため、帽子を見るだけで識別することが可能。

 戦闘服、半長靴などは身に着けず、私服に戦闘帽という格好だ。



 政治的な配慮によって、港から離れた地点でUSFAの軍艦へ乗り移ることに。

 そうしなければ、“異能者の拉致” になってしまうのだ。

 この世界の異能者は戦術兵器だから、いくら同盟国でも、国際問題。


 建前上は、“遭難した兵士の救助” で、戦闘が終わったら日本に戻す。



 忙しく動き回る人たちを避けながら、俺たちは指定された船に近づく。


 船体に “ひびき” と書いてある駆逐艦。

 特型駆逐艦とも呼ばれている、大戦を生き延びた不沈艦の1つだ。

 名誉の傷もあるが、近代化改修によって、古強者の雰囲気を醸し出している。


 かつての高温高圧の蒸気によるタービン機関は、ガスタービンなどに換装。

 近代化改修によって、電子機器も一新され、200名を超える乗員は50名ほどに削減された。

 武装は――


 50口径の連装砲

 20mmの3連装機銃

 同単装機銃

 魚雷発射管(装填装置を含む)

 爆雷投射機



 大戦中の駆逐艦は、その機動力を活かす。

 魚雷で、敵の巡洋艦、戦艦を狙う。

 ハリネズミのような機銃で、対空迎撃、水上戦闘。

 連装砲も、相手によっては十分に有効だ。

 優秀なソナーで潜水艦を捉え、爆雷で沈める。


 彼らがいなければ、この世界の日本も占領されていた。

 海上の目と耳になり、艦長の指揮によって爆風と着弾による衝撃を潜り抜け、最後まで戦ったのだ。

 必要があれば、味方の巡洋艦、戦艦の盾にも……。


 この『ひびき』は、俺が元いた世界と同じように被弾したが、それでも生き延びた。

 普通なら、武勲艦として飾るところだ。


 なぜ、現代の駆逐艦に切り替えず、わざわざ近代化改修をしたのか?


 その理由は、もう少し後で分かる。


 


 タラップから上甲板じょうかんぱんに乗り移り、そこから見晴らしが良いブリッジに到着。


 半袖の白制服を着た士官たちは忙しいようで、こちらに目もくれず。

 その両肩には、黒に金色の線と星が入っている階級章。


「各部、出航準備よし」

「総員配置、完了!」


「出航用意! いかりを上げ―!」


『出航用意』

「各索、放せ」


 パッパラパパー


 ガラガラガラと引き上げられる錨と、甲板員の両手の旗による合図。


 通常の旗が降ろされ、戦闘用の旗に変えられる。


「ひびき出航! 両舷、前進微速。進路――」

「両舷、前進微速。進路――」


「航海長、操艦」

「航海長、操艦」


 ザアアッと波を掻き分けて、“ひびき” が出る。


 ブオオオオ―! と汽笛が鳴らされた。


 桟橋に出てきた整備員たちが整列したまま、敬礼をしている。

 ブリッジにいる士官たちも、返礼。


 目指すは、小笠原諸島の方面。

 周囲を見たら、他の特型駆逐艦の姿もある。


 駆逐艦ひびき。

 数十年ぶりの、実戦だ。



 一通りの指示を出し終えた士官が、立ったまま、俺たちに話しかけてくる。


「君たちが、ウェルナー大佐の言っていたゲストか? 私は、駆逐艦ひびきの艦長を務めている景山かげやま邦和くにかず。階級は少佐しょうさだが、『この艦で一番偉い人』と覚えてくれたまえ……。できれば、戦闘に入る前に、君たちを降ろしたい。陸から十分に離れたところで、USFAの試作艦が『ひびき』に追いつき、そこで移乗してもらう手筈だ。……君は、戦闘配備では?」


 艦長が尋ねた相手は、1人の少女。

 ブルーの作業服に、作業帽。

 将来が楽しみな美少女だ。

 ものすごく、見覚えがある。


 かかとを揃えて、肘を絞った右手による敬礼。

 狭い艦艇に適した角度だ。


 けれども、その愛らしい口から紡がれるのは、艦長の部下とは思えない言葉。


「異能者の新人だろう? 私が面倒を見るよ……。まずは、甲板掃除から教えよう」


 束ねた白銀の長髪に、青い瞳。

 海洋博覧公園で会った、空賀くがエカチェリーナだ。


 しかし、艦長は首を横に振った後に、言い聞かせる。


「彼らは、お客様だ。はなはだ不本意ではあるが、USFAの艦へお届けする予定でね。まあ、いい……。では、空賀曹長そうちょう。貴官に、彼らの監視を命じる! ただし、戦闘に入った場合は、すぐ配備につきたまえ」


Вас понялバスポニュール, капитанキャピタン.(了解しました、艦長)。空賀曹長、彼らの監視を行います!」


 再び海軍式の敬礼をしたエカチェリーナは、ついてきてくれ、とだけ告げて、背中を向けた。




 どこに連れて行かれるのか? と思ったら、いきなり食堂。

 昔の駆逐艦だが、思っていたより広い空間だ。


 いくつかの凹みがあるプレートを手に取り、セルフサービスのご飯や、カレーなどを盛りつける。

 エカチェリーナは近くにいる船員と話しながら、慣れた様子で進めていく。

 俺たちも、それにならう。


 空いている席に座り、食事を始める。



「美味しい……」


 口にしたマルグリットが、思わずつぶやいた。

 俺も、無言でうなずく。


 それを見たエカチェリーナは、微笑んだ。


「いいだろう? これがあるから海上防衛軍を選んだ、と言ってもいい……。給養員は、徹底的に訓練をしているからね。場合によっては、外交の場にふさわしい食事も出すから、和洋中と仕込まれるらしい。退職した後にお店を開く人がいるのも、納得できるよ。特にカレーは、艦によって味が違う」


 彼女は言いながらも、その合間でパクパク食べる。


「もうすぐ戦闘に入るから、食べられる時に食べておくのさ! 下手をすれば、飲まず食わずで戦う。ここは艦だから、手すきが持っていけば済むけど。……数日ぶりだね、室矢むろやさん、咲良さくらさん。私と千波ちなみは海上防衛軍の訓練に参加していたのだけど、まさか実戦になるとは……。ひびきは古い艦だけど、この私がいるのだから、絶対に負けないよ」


 海上防衛軍では、陸上防衛軍の魔法技術特務隊とは異なり、艦の装備の1つだ。

 強いて言うのならば、艦載機に近い。

 もちろん、人権はあるし、防衛官として階級もある。

 女子中学生で “曹長” である理由は、兵卒に好き勝手をさせないためで、さらに異能者として強力であるから。


 男所帯に少女が1人、2人のため、軍艦でありながらも、鍵のかかる個室に住んでいる。

 通信装置、バス・トイレ、シャワー付で、艦長室に匹敵する豪華さだ。

 複数の異能者が搭乗する場合は、相部屋になる。

 今の食事でも、増加食つき。


 航海が終わったら、磯臭くなっているよ! と、エカチェリーナが感想を述べた。

 どうやら、彼女は昆布の出汁による塩味のようだ。

 水を節約する関係で、かなり窮屈な生活らしい。


 特別待遇であるものの、それに見合った働きをするらしく、艦内でも他のクルーと仲が良い様子。


「今回は、日が暮れる前に合流するから、君たちの部屋は必要ないね。じゃあ、次は――」

『総員、戦闘配置! 戦闘配置! これは、演習ではない! 繰り返す――』


 ビーッと警報音も鳴り響き、急に、艦内が騒然とした。

 カンカンと走り回る音、用意よし! の叫びも、各所から聞こえてくる。


 エカチェリーナは、ガタッと立ち上がり、俺たちのほうを見た。


「急ごう! 私の役割を見せてあげるよ!」

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