第268話 立体的な統合防衛力の展開ー③

 空中を飛ぶ大蜘蛛おおぐもは、戦闘機にはあり得ない動きで翻弄ほんろうする。

 対するファントムは、エアブレーキによる急減速、スロットルレバーの調整による機動。


 前後の2人で分担して、忙しく頭を動かす。

 敵の位置を確認しながら、必死に有利なポジションへ。

 だが、背後から20mm機関砲を命中させても、敵のエネルギーシールドで防がれてしまう。


 ロックオン後にレーダー誘導のミサイルを撃ったが、フレアらしき物体を散布しながら、急加速による横スライドで振り切られる。

 一瞬で、視界から消え去った。


『No Escape Zoneだぞ!?』


 必中射程で、あっさりと回避。

 その事実に絶望するも、パイロットは自分の勘に従い、とっさに機体を傾ける。


 次の瞬間、海中から何かが飛び出す。

 動きを変えなければ、直撃していた。


 空中で飛び回る大蜘蛛に加えて、海中からの対空攻撃。

 早く高度を取りたいが、その余裕が……。



『整備の連中が丹精込めて、俺たちが乗っているんだ。これぐらいで、落とされるかよ!』


 低空で繰り広げられる、戦闘機と巨大虫の追いかけっこ。

 じゃれ合っているように、前後、左右が入れ替わる。

 はたから見れば、B級のパニックホラー映画であるものの、本人たちは大真面目だ。


 見えない海中からの攻撃と、小回りの利く大蜘蛛という、悪夢のような組み合わせ。



 座席ごと上に射出するベイルアウトをしても、パラシュートで着水した時に海中から襲われる。

 いつ、下から大蜘蛛が増えても、おかしくない。


 パイロットは、どれだけ時間を稼げるのか? を計算しつつも、必死に敵の攻撃を躱す。



『こちら、ダンドリオン! トゥーナを援護します!!』



 無線に、可愛らしい声が飛び込んできた。

 と同時に、上空から雷のように落ちてくる機体が1つ。


 その先からビームのような光が伸びて、シールドのない直上から大蜘蛛をぶち抜いた。


 急降下をしてきた機体は、大型のエアバイクとも言うべきシルエット。

 どのような状況でも見やすいオレンジ色が、まぶしい。

 機首は、そのまま銃口になっている。


 そのエアバイクにまたがっている人物は、両手でカバーの中にあるグリップを握り、両足を後ろへ畳むように前傾。

 タンデムの後ろにいる人影は、前と密着するように座りながらも、懸架式で吊り下げられた銃座を動かしている。


 2人とも、耐Gスーツを兼ねた装甲服で、バイザーを下ろしたヘルメットによって顔は不明。

 しかし、その俊敏な動きとは裏腹に、叫んだ時にも柔らかさのある声から、年頃の女だ。


 彼女たちは、海から飛び出してくる大蜘蛛を次々と撃ち落とし、そのまま空中戦へ。


『ドッグファイトは、私がやる!!』

『うん、海中は任せて!』


 大蜘蛛のシールドを貫通させて、容赦なく叩きのめしつつ、航空優勢を目指す。

 敵からの攻撃は、魔法のシールドで防ぐ。

 海中からの射撃に対しても、同じくシールド防御。



 一気に加速したファントムは、戦闘空域から離脱した。

 後部シートの偵察員は、まだ後ろを見ている。


 “ブリッツ” と呼ばれているエアバイクよりも上空から光が落ちてきて、大蜘蛛を撃ち抜いた。

 一定間隔で、的確に支援する。


 偵察員は、足場になるエアベースに乗っている連中の狙撃だな、と理解した。



 彼女たちは、マギクス航空女子高等学校から現場研修に来ている生徒たち。

 航空防衛軍との関係が深い、空の魔法師マギクスだ。

 ほうきに乗って空を飛ぶ魔女とのダブル・ミーニングで、マ女と略している。



 無事に着陸したRFJ-4Eは、地上車に牽引され、他の邪魔にならない位置まで移動した。

 息苦しかった、と言わんばかりに、前席と後席のキャノピーが上に開く。


 駆け寄った整備員が専用のラダーを引っかけると、酸素マスク、シートベルトを外した2人が地上に降り立つ。

 操縦しやすいフライトスーツと、ズボン状の耐Gスーツの恰好。

 コックピットに置いてあった書類やらを手に持っている。


 これから、自分たちが乗っていたファントムの偵察ポット、機首の付近にあるカメラのフィルムなどを回収して、現像と分析まで行う。

 そこまで終えて、ようやく一段落だ。


 ヘルメットを外し、前髪をかきあげて、蒸し暑くなっていた頭部への風を受け止める。

 地面の堅さによって、生還できたことを実感。


「お疲れ様です!」


 任務を終えた2人は、そのねぎらいに応えつつ、差し出されたボトルの中身を口にする。

 そして、報告のために急ぐ。



「よくやった、トゥーナ! ここからは、俺たちが制空権を維持する……。大蜘蛛への対処は、長期間に及ぶ可能性がある。今のうちに、休んでおけ」


 飛行隊長の言葉で、2人のデブリーフィングは終了した。

 命懸けのフライトの疲労が、一気にのしかかってくる。

 他のパイロットたちには命令が下され、それぞれが出て行く。



 パイロットは、普段のメニューに増加食がつき、出撃では護身用のハンドガンも携帯する。

 いったん抜弾して、それぞれの装具と併せて、所定の位置へ戻す。

 更衣室のロッカーには、どれだけ急いで戦闘準備をしたのか? の痕跡が見て取れる。


 重く感じる身体を引きずり、シャワーを浴びた。

 現状では休むことが仕事のため、食事も済ませて、割り当てられた兵舎へと戻る。

 ふと視線を向けたら、滑走路が目に入った。


 武装と増槽ぞうそうを取り付けた戦闘機、攻撃機。

 すぐに発進できる状態の機体も、上から見えにくい掩体壕えんたいごうで息を潜めている。

 ジェットエンジンの轟音で、基地は五月蠅くなった。


 そして、海上で援護した彼女たちとは違うマギクスも、待機中。


「まるで、アニメの一場面だな……」


 戦闘ヘリの上位互換のような性能を持つ、エアバイクなどの乗り物を見ながら、偵察員がつぶやいた。

 それらは、魔法を使うためのバレの役割も果たしている。


 釣られて、同じ光景を見たパイロットは、がっくりと項垂うなだれた。


「こういう時代か。低空の戦闘では、ドローンに突っ込ませるのが有利だと思っていたけどさあ……。異能者とはいえ、女子高生に負けるのは、わりと凹む」


 生死を共にした偵察員は、すぐにフォローする。


「それでも、直線スピードと火力。戦闘可能な時間では、やっぱり戦闘機が上さ……。数だって違う。マギクスは確かに小回りが利くけれど、アウトレンジからのミサイル攻撃や、一撃離脱をされたら不利だ。バレがなければ、魔法を使えないことも大きい。今回は、あの大蜘蛛との相性が悪かっただけさ。戦闘データと経験まで、無事に回収したんだ。もっと、自信を持て」


 実際、このパイロットは腕がいい。

 彼でなければ、恐らく撃墜されていた。


 偵察型は生還することが任務のため、独特の機動で飛ぶ。

 今回はやむを得ず交戦したが、敵の攻撃を回避しつつ、逃げることを優先する。


「いや、格好いいところを見せれば、惚れてくれるかなって……」

「本音は、そっちかい! 俺が心配した時間を返せよ!!」


 束の間の休息に向かう2人を他所に、基地の滑走路から鋼鉄の鳥たちが飛び立つ。



 マギクスは、美少女ばかり。

 そのため、任務だと割り切っていても、彼女たちを戦わせることに罪悪感を抱きやすいのだ。


 航空防衛軍は、連携が命。

 そのため、魔法技術特務隊として単独で動く陸上防衛軍に比べて、マギクスと基地の隊員の距離は近い。


 特に、パイロット同士は、他とは違う親密さがある。

 建前が全て剥がれ落ちた、生死の境目で、お互いを信頼することが必要不可欠。


 マギクス航空女子高等学校から訪れている飛行チームも、できるだけ仲良くなろう! と努めている。

 したがって、選ばれた男子のみ参加できる交流会とは別で、マギクスの女と接することが可能。


 このルートで相思相愛になり、美少女の幼妻を手に入れた男もいて、その年の差に周囲が荒れた。



 厳選された、という意味では、戦闘機のパイロットも同じ以上に凄い。


 たとえば、被弾やバードストライクによる、空中でのエンジン停止。

 その時にも、冷静にエンジンカット、再点火の手順を踏まなければいけない。

 同時に、周囲を確認して、被害を最小にする方向へ機首を向ける。


 最悪、クルクルと回転しながらの落下で、ビービーと警告音が鳴り、赤ランプが眩しい状況でも、ピアノを弾くように複数のボタンやツマミを正しく動かすのだ。


 航空科であれば、部隊運用、整備、補給、技術開発、管制と、色々な分野がある。

 陸海空の中で、最もマギクスに触れられる職場、と言えよう。




 統合任務部隊の司令所にある戦況ボードでは、敵を示すマークがどんどん増えていく。


 問題は、敵の数だ。

 見つけにくい海中に潜んでいる以上、このままでは上陸されてしまう。

 物量で押し潰されたら、補給ができず、航空と海上戦力のどちらも動けなくなる。


 本土も、狙われる可能性がある。

 隙を見せたら、東アジア連合がここぞとばかりに侵攻してくるだろう。

 余剰戦力を残して、本土の防衛をさせつつ、同時に周辺諸国を納得させる戦いぶりを見せつけることが必要だ。


 防衛軍は、まだ今回の敵がであることを知らない。

 そして、従来の戦力では、いずれ押し潰されることも……。


 似たような世界の日本が戦って、もう全滅したのだ。

 その状況と同じままで推移すれば、それを再現する。

 マギクスの部隊がいても、滅びまでの時間が延びるだけ。


 かといって、周囲の国々に、助けを求めるわけにもいかない。

 なぜなら、大きな借りを作ってしまい、その後の外交や貿易がいちじるしく不利になるから……。


 それを覆すためのキーパーソンは、たった今、明日に参加するアクティビティを決めたところ。

 ダイビングで、青色が綺麗な洞窟へ行く予定だ。

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