第267話 立体的な統合防衛力の展開ー②

 宇宙を思わせる、黒で塗り潰された深海。

 かろうじて作動中のソナーは、敵の数が少ない方角を示す。


 ところが、潜水艇を操縦しているドライバーは、へ、船首を向けた。

 急加速によって、心なしか大蜘蛛おおぐもたちが動揺する。


 たまらずに、後席のガンナーが叫ぶ。


『おいっ!? そっちは――』

『いいから、前方に魚雷を撃ち込め! 後ろにも、ロケット弾をありったけ!!』


 爆発に巻き込まれないための安全距離をぶん投げて、ガンナーは言われるままに撃った。

 その間にも、小型の潜水艇はグングンと加速していく。

 搭載されている推進装置はフル稼働で、並の人間には扱えない操縦性に。


 前後の爆発で、深海に大きな衝撃波が発生した。

 大蜘蛛たちにも、破片や飛び散った石がぶつかり、一時的に動きが鈍った。


 鋼鉄のエイにも、衝撃波や破片のダメージがあった。

 だが、こちらは操縦士がフルスロットルで、矢のように突き進む。

 目の前に迫る大蜘蛛の体や足も、ほとんど勘で避けていく。

 射撃手は、ニードルガンを撃つことで、敵の一部を進路から退かす。


 たまが切れた。

 今度は、格納されていた左右の腕を振り回すことで制動しつつ、掴まれた片腕をすぐにパージ。

 海中でくるくると踊る潜水艇だが、ドライバーが上手く立て直し、その勢いでも回避しつつ逃げる。



 ガタガタ、ミシミシと言い続ける潜水艇は、周囲に大蜘蛛がないことを確認した後に減速して、海面へ浮上していく。

 上からの日光が差し込む深度になって、ようやくライトなしでも全てが見えるように。



 ザバーンッと、潜水艇が海面に浮かんだ。

 瞬間的に膨らんだフロートによって、プカプカと浮かぶ。

 満身創痍で、残弾ゼロだが、エンジンはまだ動く。

 見渡す限りの大海原。


『なあ! ここ、どこだ?』

『ナビも、壊れたからなあ。せめて、ビーコンが動いていれば……』


 前方のキャノピーが開き、ドライバーは信号拳銃を空に向けた。

 ドンッとけむりが上がる中、後ろのコックピットにいるガンナーは、律儀に操縦桿そうじゅうかんを握ったまま。



 海上防衛軍のヘリが姿を現した。

 じきに、連絡を受けた艦も来るだろう。


 キャノピーを開けた後部シートで、携帯食をかじりながら射撃手が尋ねる。


「どうして、敵が少ない方向へ逃げなかった?」


 後ろを向いた操縦士は、あっさりと答える。


「方角的に、『敵が出現した』と思われるポイントだったからな……。連中の巣でも、あったんじゃね? 俺たち、誘い込まれていたんだよ!」


 驚く射撃手に、追加で説明する。


「あいつら、戦い慣れている感じだったぞ? 俺たちが予想外の行動をしたから、ギリギリ突破できたけど」



 ボーッ!


 汽笛きてきが鳴ったことで、艦の接近に気づいた。


 ドライバーが、提案する。


「情報を渡したら、帰港するまで寝よう。どうせ、また出撃だ……。嫌なら、お前は兵舎に戻っていても、いいんだぜ?」


 後ろにいるガンナーは、即座に返す。


「俺も行くさ……。お前だけで、どうやって火器管制をするつもりだ? どうせ、狙いもつけずに撃ちまくって、すぐに弾切れさ」


「ハッ! 違いねえ……。頼りにしているぜ、相棒?」



 ◇ ◇ ◇



 沖縄の本島から飛び立った戦闘機は、海上がよく見える高度を保ちつつ、まっすぐ大蜘蛛がいる場所へ向かう。

 航空防衛軍として、その機動力を活かす時だ。


 偵察型ファントムのRFJ-4Eは、前後に操縦席が並ぶ。

 いわゆるタンデム方式で、前にはパイロット。

 後ろのシートは、火器管制、電子戦の専門家、もしくは同じパイロットが予備で乗る。


 ファントムは、良い意味で枯れた戦闘機。

 この世界は異能者がいるため、2人乗りの需要が大きい。

 レーダーなどが無効にされることが多く、最新鋭のステルス機とは別に、安価で多目的に使える機体も必要だ。

 実戦によって得られた教訓でマイナーチェンジを繰り返す間に、低速の空戦でも使いやすい、素直な操縦性を獲得した。


 非能力者による軍需産業は、異能者に対抗できるだけの力を求める。

 そのため、時代遅れになった機種のライセンス生産を奨励。

 どれだけ旧式でも、相手が輸送機や旅客機、地上の人間と建造物、海上の船舶が相手なら、絶対的な戦力だ。

 異能者が逆らうのなら、僕が安く提供した戦闘機で思い切り攻撃してよ! というのが、軍需産業の本音。


 いずれにせよ、有視界による対地攻撃、低空でのドッグファイトは必須の技能。

 このファントムは、最新鋭と低性能を交ぜるハイロ―ミックスの『ロー』だが、決して侮れない。



 ゆっくり飛ぶ、戦闘機。


 胴体の下には、用途に応じた偵察ポット。

 カメラによる撮影、電波の受信、赤外線などで、多角的に分析するのだ。

 左右の主翼の下には、燃料を入れた増槽ぞうそうが1つずつ。


 ドローンの破壊によって、レーザーらしき兵器を搭載している、と分析済み。

 奴らの射程に入ったら、終わりだ。



 海上で漂流する作業船。

 周囲に浮かぶ船舶と併せて、大蜘蛛たちのレストハウスになっている。


 後部シートの偵察員は、カメラなどで手早く分析した。

 事前の説明通りだ、と分かったが、前のパイロットに尋ねる。


『どう見ても、化け物だよな? こちらでは、大きな蜘蛛が船体に張り付いているのを確認した。数は、ざっと10だ』

『ああ……。俺からは見えにくいが、蜘蛛のようだな』


 パイロットの同意を得た偵察員は、改めて自分の前にある画像を見た。

 どちらかといえば、領海侵犯だな。と思いつつ、報告する。


『Sighted.Aliens.Number over 10 on board,unknown underwater.Request instructions.(視認した。エイリアンだ。数は船上に10以上、海中は不明。指示を求む)』


『Return to base,MARCH104.(帰還せよ、マーチ104)』


『MARCH104,RTB.(マーチ104、帰還する)』


 パイロットが旋回して、基地へ戻ろうとした瞬間――

 ヴゥウウウウウ


 HUDハッド(ヘッド・アップ・ディスプレイ)を機銃モードにして、表示された円のレティクルに収め、トリガーを押し込んだ。

 機首の下についている20mm機関砲から、たった2秒ぐらいで100発が発射された。

 砲身の加熱による事故と、弾切れを防ぐために、1回の射撃はそれぐらい。


 前方にいた大蜘蛛の身体は一瞬で引き裂かれ、そのまま落下した。



 即座に左ターンで機体を傾けたが、その進行方向にも一匹いる。


「なっ!?」

「海中から? 速すぎる!!」


 思わずわめく2人だが、やはりプロ。


 パイロットは、操縦桿とフットペダルを操作しつつ、五感がおかしくなりそうなジーを受けながらも、同じくHUDの照準に収める。

 再びトリガーを引いて、機首にある機関砲で撃つ。



 今度は、ピンク色の障壁で受け止められた。



 しかし、この世界には物理法則がある。

 弾丸による衝撃で、空中の大蜘蛛は後ろに吹き飛ばされた。


 水平飛行のファントムは、その隙を逃さず、一直線に突破する。

 前席のパイロットが操縦に専念して、偵察員は後ろを警戒。


『後方より接近中!』


 当たり前だが、さっきの大蜘蛛が追ってくる。

 くるりと360°回転させたら、ちょうど移動する前の位置へ撃たれた感触。

 真後ろからの攻撃を軸にするように、エルロン・ロールで回避しつつ、打開策を考える。



 高度とスピードのどちらもない。

 上昇したら、より速度が落ちて、被弾面積が増えたところを狙われる。


 すぐに加速したいが、回避を続けている状況では無理。

 第一、こいつを人口密集地へ連れて行くわけにはいかない。


 主翼の増槽は、太平洋の側へ逃げる際に必要。

 ここで投棄するわけには……。

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