第266話 立体的な統合防衛力の展開ー①

 沖縄の防衛軍に設けられた、臨時の司令所。

 そこに詰めている高級将校たちは、静かに、報告を待つ。


 彼らの服装には、陸海空が交じっている。

 いわゆる、有事の際の、統合任務部隊。


 かつては、それぞれの幕僚長の指揮権の範囲と、誰がトップになるのか? で揉めていたが、統合幕僚本部の創設によって、単一の司令部を編成できる環境に。



「ドローンが、破壊されました! 最後の映像を、正面のモニターへ出します!!」



 軍用のドローンを遠隔操縦していたオペレーターの一言と、作業船に群がる大蜘蛛おおぐもたちの姿。


「現時刻をもって、第二種戦闘配備! 防衛省、首相官邸、その他の関係各所に連絡を! 民間の航空機、船舶は、全て止めろ!! ここからは、総力戦だ」


 司令官の指示で、幕僚たちは、所定の行動に。


 半信半疑だった副官は、司令官に告げる。


「それにしても、本当に、化け物の群れが来るとは……。“ブリテン諸島の黒真珠” が日本にいる理由も、気になります。ユニオンの秘密兵器が、どうして、我が国に……」


 なまじ高度な教育を受けているだけに、1人の男子高校生と添い遂げに来た、とは夢にも考えない。

 カレナの偽者では? ユニオンが、裏から日本を支配する気では? ただのマッチポンプでは? と疑って、当たり前だ。


 ちなみに、真実を知って胃薬と親友になりそうな柳本やなもとつもるは、防衛省との連絡で、忙しい。



 緊張した顔の司令官は、にべもなく、返す。


「さあな……。彼女の真偽と思惑がどうであれ、我々は沖縄と本土を防衛できればいい。これは、防衛大臣からの命令だ。それに、今回はキャンプ・ランバートにいる機動海兵軍の司令官、ジェーガー中将ちゅうじょうからの強い要請でもある。合同の演習と銘打てば、陸海空の戦力を集めた言い訳も立つ」


 ただの少女にしか見えない室矢むろやカレナ、あるいは防衛省の積が言っても、それだけでは、陸海空の全てを動かせない。


 琉垣りゅうがき駐屯地の司令に話したが、防衛省とUSFAユーエスエフエーの責任者からも、アプローチさせたのだ。

 その裏には、ジェーガー中将に顔が利く深堀ふかほりアイも、いる。


 カレナの情報によって、海上防衛軍は、それなりの戦力を用意した。

 航空防衛軍も、必要なら、本土から飛ばす。

 ただし、陸上防衛軍は、あまり大規模に動かすと他国への侵略を疑われるうえに、展開する土地がないため、現有の戦力のみ。


 ともあれ、彼女の予言は、見事に当たった。

 民間人が何も知らないまま、戦端は開かれたのだ。


「潜水艦の『げきりゅう』が持ち帰った情報だけでは、足りません。海中の索敵をするべきかと……」

あおを出せ! 空からも有人の偵察を行い、敵の戦力と位置を調べろ! 陸上戦力の展開は?」



『現在、沖縄発の旅客機は、諸事情により運航を見合わせております。ご迷惑をおかけして――』

『沖縄から出航する船舶は、出発を延期しております』

『近く、全体による避難訓練を開始いたします。防衛軍とUSFA軍の演習も行われるため、どうかご協力をお願い申し上げます。この件に関してのお問い合わせは――』



 ◇ ◇ ◇



 ジリリリリリ


 海上防衛軍の待機所に、けたたましい音が鳴り響く。

 同時に、【Stand-by(待機)】のライトが、赤の【Scramble(緊急出動)】へと変わった。


 連絡係が、指令所からの通信を受けて、すぐに伝達。


あおサンゴーは、ただちに出撃せよ! 指定ポイントは、海域――」


「はい、来た来たー!」

「今回は、俺の言うことを聞けよ?」


 一斉に出口に駆け出した2人は、軍靴ぐんか、グローブ。

 しかし、全体的に、ダイビングのようなパイロットスーツだ。



 待機所の赤ランプがある扉の先に待機しているのは、戦闘機にあらず。

 ドックに固定されている、巨大なエイの姿をした、鋼鉄の潜水艇。


 大戦中に使われていた、三八式蒼険さんはちしきそうけん

 その子孫だ。


 “S-10” で、愛称はソード。

 蒼の部隊だから、ブルーとも。

 

 異能者によるゲリラ戦、潜入がよくあるため、抜錨ばつびょうに時間を要する船舶に負担をかけないよう、索敵をこなす。

 小型の潜水艇で、静粛性はないものの、水中スクーターによる上陸や、敵の潜水艦に対する牽制けんせいとして効果的。

 潜水艦と比べたら安く、乗り捨てしやすいのがメリットだ。

 魚雷、ロケット弾、ニードルガンで、軽い戦闘も行える。


 凝ったネームはなく、車両のように35サンゴーとそのまま番号で呼ぶ。

 それだけ多く配備して、乗り換えをすることが前提。



「最近は、1日1回ちょっかいを出してくる感じだな」

東連とうれんも、寂しがっているんだろ……」


 掛け合いをしながら、前後にあるコックピットに潜り込み、ヘッドセットや酸素吸入器をつけて、シートベルトを締める。

 前方はドライバーで、後方はガンナー。


 それぞれに耐圧のキャノピーが閉じて、次に装甲が下りてくる。

 同時に、管制からの通信が入ってくる。


『ドック注水、30秒前!!』



 搭乗した2人は、それぞれに準備する。


『チェックリスト、開始』

『各武装のチェック』


『オールグリーン、水密確認』

『オールグリーン』


 ここで、管制の声が割り込む。


『注水を開始……。ハッチ開放! ロック解除! グッドラック!』


『あいよ』

『サンゴー、出るぞ!』


 前方のドライバーが差し込んだ両手の指を動かし、両足のフットペダルを踏む。

 軍用にふさわしい出力だが、沖に出るまでは周囲の確認をしながらの微速前進だ。


 出る瞬間は、一番狙われやすい。

 そのため、ガンナーは操縦桿そうじゅうかんを握りながら、周囲のチェックを行う。



 沖に出たところで、ザバアッと鋼鉄のエイが姿を現した。

 海面に浮かんだ潜水艇は、一気に加速する。

 今回は一刻を争う偵察任務のため、最も速く移動できる海上走行を選んだ。

 高出力のエンジンと、それによるスクリュー音が響き渡る。


『最近は、東連の嫌がらせか、不審船ばっかりで、飽きちゃうな! たまには、ドーンと戦闘をしたいぜ!!』

『お前さあ……。もっと、真面目にやってくれないか?』


 前と後ろは独立しているが、直通のラインで話せる。

 ドライバーは能天気で、逆にガンナーは慎重派のようだ。


 バカな会話をしているうちに、指定された海域に到着。


『潜るぞ!』

『おう』


 スムーズに泳ぐ潜水艇は、一匹の海洋生物のようだ。

 今度はウォータージェット推進に切り替え、忍び寄る。



 手前でエンジンを絞って、いったん海底に張り付いた。

 ドライバーも静かになり、パッシブ・ソナーの形や、コックピットの内側に表示される映像に注目する。



 その瞬間、パッシブ・ソナーを含めた、全ての計器の表示がグチャグチャになった。

 デタラメな表示をするか、一部は何も映さなくなる。

 特に、外部を見られなくなったのが、マズい。



『おい! 急に、電子機器がイカれたんだが?』

『こっちもだ……。かなり強力なジャミングとはいえ、頭悪すぎるだろ! 高出力で、手当たり次第に全部を対象にするのは……』


 小声で話し合う2人は、海底を歩くゴンゴンッという音に気づいた。

 時間がつほど、その数は増えていく一方。


『あ、これ、ヤバい!』

『とりあえず、死んだふりだ』



 目と耳を奪われたまま、打開策を話し合う。


『非常用のモードに、切り替えよう!』

『お前にしては、まともな意見だな……。分かった! すぐ逃げるんだぞ? いいな? 間違っても、交戦するなよ? 振りじゃないぞ?』



 ドライバーは、誤作動を防ぐカバーを外して、【非常用】の手順を行った。

 ボンボンと炸薬さくやくが作動して、潜水艇のコックピットを覆っている装甲が外された。

 事前に注水をしていたので、いきなり水圧が押し寄せることはない。


 視界が確保され、真っ暗な深海と、そこにうごめく足高の蜘蛛たちの姿が見えた。


 エンジン音が高まり、鋼鉄のエイは一気に飛び出す。

 これまでの装甲がなく、衝突防止のフレームはあるものの、コックピットの頭部にはキャノピーのみ。


 ゾッとする状態で、さらに艦船とのデータリンクや支援、照準の補正もない。

 自分で狙いをつけて、撃ちながら修正していく、昔ながらの戦い方をするのだ。



『無理に当てなくていい! 進路を切り開いてくれ!!』

『了解! ……くそっ! こいつら、異能持ちか!?』


 ニードルガンを撃ち込んだら、ピンク色の障壁で防がれた。

 おまけに、大蜘蛛たちが動き回ったせいで、海中の視界が一気に失われる。

 深海に光はなく、目の前のライトだけが頼り。

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