第269話 沖縄でVolunteer活動を行う(前編)

 沖縄の海域で、航空防衛軍、海上防衛軍が、戦闘に入った前後。

 余計な混乱を避けるために、民間への情報は、制限されていた。


 大蜘蛛おおぐもの位置から、まだ侵攻先が不明。

 下手に真実を告げれば、我先にと船や航空機に群がって、略奪や暴行が発生する恐れも……。


 室矢むろや重遠しげとおたちは、まだバカンスを楽しんでいる。




 朝日と共に目覚めて、スイートルームから移動。

 ホテルの前で待機していたタクシーに乗り込み、埠頭ふとうへ。



「予約をしていた、室矢です」


 ダイビング用のクルーザーの前で、俺と咲良さくらマルグリットは、受付と支払いを済ませた。


 リゾートホテルの専用プールで、初心者用のプログラムを受講済み。

 今回は、実際に潜ってみる。


 ワイワイと賑やかなクルーザーには、水中で呼吸をするためのタンクが並び、多くの若者がデッキ上を行き来している。

 操縦席を含むキャビンがあって、中にシャワー室、更衣室もある。

 その上に屋根付きのフライデッキと、前後に上り下りできる階段も。


 俺は、インストラクターに手伝ってもらい、完全装備に。

 いっぽう、近くにいるマルグリットは自分で進めて、分からない所だけ質問。

 彼女は上着のラッシュパーカーで隠すも、周囲の男からの視線を釘付けにした。


 比較的大きなクルーザーのため、後ろにあるプラットホームから海に入っていく。

 慣れているダイバーは、片足を前へ踏み出すように、ジャイアントストライドエントリーで飛び込む。


 俺は、階段を下りて、ゆっくりと海中に身を沈めた。


 ガイド役のインストラクターに先導され、潜った。

 視界が一気に変わる。


 ブクブク、コーホーと、自分の呼吸の音が妙に響く。


 目的地は、青い空間の洞窟。

 長い階段で下りていく方法もあるが、ボートは歩かずに済む、と言われた。

 実際、エントリーが少し怖かっただけ。


 沖に出るわけでも、深く潜るわけでもなく、気楽に海中を楽しめた。

 シュノーケルのプランもあったが、ダイビングを選択。


 宝石のような青い海に舞う、様々な熱帯魚たち。

 洞窟と、そこに差し込む日光による陰影は、言葉にできない美しさ。


 アドベンチャークルージングとはまた違う、幻想的な光景だ。

 本来、ケーブダイビングはかなり危険であるものの、ここは初心者でも入りやすい。




 着替えたマルグリットが同じアクティビティに参加した男にナンパされそうだったので、早めに移動する。


 ガイド役の新垣あらがき琥珀こはくが対応できるのは、地元民だけ。

 行きずりの観光客が相手では、注意しにくいだろう。


「あー、楽しかった! 自分の目で見ると、やっぱり達成感があるわね!!」


 ニコニコしているマルグリットは、ご機嫌だ。


「たまには、外で食べるか?」

「ええ、そうしましょ!」


 俺の提案に、彼女は一も二もなく飛びついた。




 飲食店が並んでいるエリアでタクシーを降りて、ブラブラと歩く。

 グレン・スティラーたちと出会い、ランチを共にすることに。


『近日、沖縄の避難訓練としまして――』


 適当に入った店でソーキそばを啜りながら、対面に座っているスティアを眺めた。


 女子中学生とは思えない、幼さだ。

 特に、お胸が。



「なに?」


 キョトンとした翠眼すいがんが、俺を見つめた。


「いや、何でも……」


 最初はツンツンしていたが、俺にも懐いたなあ。


 ピーピーピーピー


 そう思っていたら、俺の横に座っているグレンが端末を見た後で、言ってくる。


「申し訳ありません。緊急の呼び出しです。……スティア、戻りますよ?」

「ええー!? 重遠しげとおたちと別れたくない!」


 抗議の声を上げたスティアを見たグレンは、溜息を吐いた。

 そこで、彼女の横に座っているミーリアム・デ・クライブリンクが、提案する。


「彼らにも、一緒に来てもらったら?」

「いや、それは……」


 渋るグレンを見ていたら、俺のスマホが鳴った。


 ピッ


『あ、室矢さんですかー? これから、防衛軍とUSFAユーエスエフエーの作戦会議があるんですよ! 沖縄の異能者も集められているので、参加しませんか? あながち、無関係とは言えない話ですし。カレナさんの許可を得ましたから! 詳しくは、メッセージで送ります』


 言いたいことだけ言って、防衛省の柳本やなもとつもるは、電話を切った。

 メッセージで、場所と日時だけ、告げてくる。


 グレンが、俺に質問する。


「……どこからで?」


「防衛省の柳本さん。防衛軍とUSFAの作戦会議があるとか……」


 俺の返事にうなずいたグレンは、なら後で合流できますね、とつぶやいた。



 ◇ ◇ ◇



 今度は、海上防衛軍の沖縄基地。

 防衛省の積と合流したから、すぐに入れた。


 海の方向を見たら、駆逐艦らしき軍艦が係留されていて、忙しく人が動いている。

 魚雷などの武器弾薬も、どんどん運び込まれていた。


「室矢さん、こっちですよー!」


 積に声をかけられ、咲良マルグリットと一緒に作戦会議室へと案内された。


 ブリーフィングルームは満員で、壁際にもギッシリと人が立っている。

 その格好から、陸海空の防衛軍と、USFA軍だと分かった。


 高級将校が前に出て、説明を始める。


「諸君、これはゆゆしき事態だ! 昨日の昼ごろに、沖縄の本島と小笠原諸島の間で、海底ケーブルを修繕していた作業船が大破した。救援に駆け付けた周辺の船舶も、同じく犠牲になっている……。我々の飛行ドローンは、現場に到着後、すぐに撃破された。改めて状況を確認した海防の潜水艇、並びに空防の偵察機も、それぞれ交戦になった! これは、彼らが命懸けで集めてきた情報だ」


 ヴンッ


 正面の大型モニターに映し出されたのは、上物を全て破壊された作業船で日光浴をする大きな蜘蛛クモたちの姿だった。

 光った瞬間に、画面が途切れる。


「このように、あの大蜘蛛おおぐもはレーザーを放つようだ! 海から空までの機敏な動きと、複数の個体による連携。決して、侮れる相手ではない!! すでに日本の防衛軍は臨戦態勢になっており、本土からは攻撃型の潜水艦と、駆逐艦などの海上艦が抜錨ばつびょうに動いているも、本隊の到着まで、何としてでも我々が食い止めなければならない! 当基地のあおの部隊は、水際防御の後詰めを残して、最前線で索敵と時間稼ぎの戦闘中である!!」


 バンッと講演台を叩いた高級将校が、続きを話す。


「そこで、沖縄に駐留している防衛軍とUSFA軍を集め、民間の異能者の方々にもご協力を願っている次第だ! この度は志願していただき、感謝の念に堪えない!!」


 え、ちょっと待って?

 これ、本来の意味のVolunteer(志願兵)?


「この大蜘蛛たちが、どこを狙っているのか? それは、まだ不明だ! したがって、沖縄の有人島に水際対処の防衛ラインを築きつつも、ギリギリまで民間人の島外への退避は行わない!! あくまで、陸海空の防衛軍とUSFA軍の演習というていだ。世界各国から訪れている観光客まで入れるシェルターはなく、下手にニュースを流せば、パニックによる被害のみならず、人を乗せすぎて動きが鈍くなった船舶、航空機を狙われかねない! 漁船まで接収しても、全員を本土に移すことは難しいのが現状だ。沿岸警備隊を総動員しても、やはり船が足りない。避難訓練の名目で、屋内に避難してもらう手筈だ。民間の航空機、船舶も、適当な理由で止めている」


 この世界だと、日本も沿岸警備隊なんだよなあ。

 船舶としては、そこまで大きく変わらないけど。


 ざっと見ても、民間人は数万人。

 島外への避難は、今から始めても完了しないだろう。

 敵の注意を引いて、大惨事になる可能性も高い。


 普通の戦争ではないから、無防備地帯の宣言による、国際条約に基づいた退避先も作れない。

 それは、分かるが……。



 基地隊の主力は、機雷を処理する掃海艇ではなく、ミサイル駆逐艦だ。

 特型駆逐艦も、近代化改修をしながら、まだ現役。

 この世界の大戦は、俺の前世とは全く違う流れだったからな。


 日本は無条件降伏をしておらず、残った艦を運用中。

 沖縄でも、USFA軍より防衛軍の基地が存在感を示している。



 現代の駆逐艦は、多目的に使える軍艦というわけで。

 日本の海上防衛軍は、空中、海上、海中のどれでも対応できる兵装だ。


 レーダー連動の連射砲、機関砲

 各種ミサイルと、ミサイル迎撃のシステム

 電子戦

 対潜の情報処理システム

 魚雷


 まさに優等生で、幅広くカバーしている。


 そして、最大の違いが――


「防衛軍とUSFA軍からも、異能者の部隊を出す。しかし、絶対数が足りない! 民間の方々には、沖縄のビーチ防衛と、艦船への搭乗のどちらかを選択してもらいたい!!」


 通常の人間よりも圧倒的な力を持つ、異能者だ。

 他国を侵略するのはNGだが、こういった化け物を相手にする場合は、積極的に用いられる。

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