第261話 黒真珠の遅いデビュタント【カレナside】
少し考え込んだ
「防衛省と
役人の発言ではない。
言質を取られないために即答を避けるし、聞かれていないことには答えず。
しかし、ここで上に相談する、担当の部署まで連絡してください、と言えば、
この駐屯地から、上の責任者がいる場所まで。
もちろん、目の前にいる魔法技術特務隊を消してから……。
次に、駆けつけた警備兵を倒すだろう。
駐屯地がなくなって、陸海空の防衛軍、警察が動き、それらが順番に消えていく。
自治体、政府も声明を発表することで、カレナの視点は敵を示す赤色で塗り潰される。
普段と変わらない彼女は、笑顔で優しく言う。
あやつに教えてもらったので、上の人間に会いに来たのじゃ! それで、担当の部署はどこだ? と。
その後ろに、無数の
だが、そのレッドラインは、まだ越えていない。
積は冷や汗をかきながら、彼女と
カレナは、こやつは話が分かるな、という顔で、返事をする。
「真牙流には、
手招きするカレナに、積は一緒に人混みから離れる。
一部始終を見られたことで、
「柳本さん! これは誤解――」
言いかけた亮は、目の前の光景を信じられずに、言葉を失った。
なぜなら、振り返った積が、さっきの財布とは別の意味で
その姿勢と動きは、デスクワークの人間とは思えない。
さっきまでの平凡な顔つきではなく、異能を持った特殊部隊の指揮官が思わず
表情が、消えている。
食パンを焼いて食べる感覚で、平然と人を殺せるような……。
完全に意表を突かれたことで、誰もが反応できなかった。
先読みしたカレナにそっと右腕を押さえられたことで、積の動きが止まる。
何もしなければ、クイックドロウで、亮の胴体に数発が当たっていた。
防護のシールドや身体強化がなければ、致命傷だ。
「よせ! あとで、私がやるのじゃ!!」
小声で止めたカレナに、積はかろうじて自制。
拳銃のグリップから指を離して、ゆっくりと手を外に出し、表情を戻しながら、魔特隊の指揮官に告げる。
「何かありましたら、防衛省の担当者までご連絡ください」
テンプレの台詞を残した積は、彼らに背を向ける。
カレナは、心臓を握られたと錯覚しそうな冷たい様子で、立ち尽くしている魔特隊の10人ぐらいに宣言する。
「貴様らは、今のうちに自分の人生を振り返っておけ! 残された時間は、そう長くないぞ? ……楽に死ねると思うな」
ただの脅し。
まさか、本当にやらないだろう。
この時の彼らには、そう思えた。
それは、とても幸せなことだ。
なぜなら、近い未来に待っている自分の扱いを考えず、ゆったりと過ごせるのだから……。
親子にも見える男女は、魔特隊のエリアから離れた。
カレナは歩きながら、積に教える。
「もうすぐ、沖縄の海域で大規模な戦闘がある。その時に、奴らの力が必要だ。全てが終わったら、即座にあやつらを処分する」
ごくりと唾を呑み込んだ積は、質問する。
「東アジア連合ですか?」
首を横に振ったカレナは、訂正する。
「オカルトのほうだ。しかし、
立ち止まった積は、思い切って発言する。
「あの……。できれば、この駐屯地の司令にお会いしていただけませんか? 沖縄の防衛に関することは、今のうちに備えておきたいので」
同じく止まったカレナは、対価を口にする。
「さっきの連中を利用して、
職業軍人のようにビシッと立った積は、テキパキと答える。
「室矢家の評判については、全面的に協力させていただきます! 防衛省の私がいますし、上級将校なら “ブリテン諸島の黒真珠” を学んでいるはず……。だいたいの時期と規模が分かるだけでも、大助かりです! あくまでアドバイザーとして、お願いいたします」
「
その問いかけに、積は頭を上げた。
一瞬だけ、歴戦の兵士のような目つきに。
しかし、すぐ営業スマイルに戻った彼は、さらっと言う。
「はい。我々は、日本に害をなす存在を認める気はありません! 先ほどの連中の発言と行動も、私が全て確認しました。真牙流とお話をしていただけるのであれば、大丈夫です。……くどいようですが、『陸上防衛軍、防衛省にまで範囲を広げない』と考えますよ?」
首肯したカレナは、周りを見ながら、返事をする。
「ああ、それでいい! 幸いにも、まだアウト判定は出ておらんかった。私も、規律正しい人間を巻き込まず、ホッとしたのじゃ。お主がすぐに詫びを入れなければ、もっと被害が広がったかもな? あとで、勲章をもらっておけ」
少し迷ったが、最後はジョークらしい。と判断した積は、笑った。
私の狭い部屋では、置き場所に困りますから。と返した後で、司令官室へ向かって歩き出す。
「あの時にお主を生かしておいて、良かったと思うのじゃ! 男前だから、別に顔を隠す必要はないだろうに……」
不思議な問いかけに、積は心当たりがある雰囲気で、否定する。
「……何のことを
特に追求せず、カレナは話題を変える。
「ところで、私はユニオンのほうにも働きかけるぞ? “ブリテン諸島の黒真珠” の名前で、各所に連絡するのじゃ!」
疲れたような表情で、積がツッコミを入れる。
「どうせ、止めてもムダなのでしょう?」
カレナは、笑顔で言う。
「当然だ! ……これから、騒がしくなるぞ? 恨むなら、重遠に決断をさせた連中を恨め!!」
そこまで述べたカレナは、手をかざして、南国の青空を見上げた。
今から多くの人がいる社交界にデビューする少女のように、何かを楽しみにする表情で、穏やかに告げる。
「初めてだ。ここまで『表舞台に出よう』と思えたのは……。私が軽く見られたら、重遠たちの嘆きにつながる。ゆえに、手を出せぬよう、裏付けのある権威だ!」
遠い目になった積は、独り言のように
「やはり、あの
至近距離であれば、殺気すら出さず、2人を始末できた。
笑顔のまま、握手を求めるようにハンドガンを抜き、奴らの頭に弾丸を当てられたのだ。
むろん、その後に罪を問われるか、他の
非能力者でありながら、異能者を倒せるほどの技量を持ち、常に顔を隠して動く。
公式の行事ですら、両目が出ているだけの状態で、制服を着ている。
海外で訓練することが多く、あるいは
陸上防衛軍の中にある特殊作戦コマンドに所属していれば、それぐらい可能だ。
彼らは体力があって、精神的なストレスに強い。
また、空挺部隊のパラシュート降下、市街地における数時間の人探し、現地での協力者の確保としての
現地に潜入して訓練することで、自分の命令に従う部隊を作る。
あるいは、捕らえられても、逆に内部で協力者を作って反乱させるぐらいの
合格率は数%で、選抜は訓練を含めて1年以上。
隊員の情報についても、国家機密となる。
普段の訓練ですら、生身の人間を立たせて、その両脇にある的に10m以上の距離で、移動しながらの実弾射撃。
私費で装具を整え、海外で訓練する。
現代の武士道ともいえる、まさに別次元の兵士たち。
だが、素顔を晒している時点で、柳本積は違うだろう。
彼は、自分がこの事態を収拾するべきでは? と考えていた。
しかし、もう遅い。
後悔、先に立たず。
カレナは、政治に興味がない。
だが、積み重ねによる人脈、恐れは確かにあるのだ。
滅多に出てこないゆえ、データがない。
公開されている資料によるオシントを行えず、引き籠もりだから、通信の傍受によるシギントも意味をなさず。
来日してからは、ただの女子中学生。
彼女自身が言ったように、ついさっきまで、占いが得意な少女に過ぎなかったのだ。
けれども、その状態はなくなった。
彼らが、これまで俗世間と距離を置いていたカレナを本気で怒らせたから……。
先ほどの現象と併せて、早急に分析する必要がある。
数少ない伝承のようなエピソードでは、冗談としか思えない力だった。
そして、先ほどの出来事。
分析官でもある積は、最悪の予測をしていた。
それが当たっていた場合、どうにもならない。
この女らしい感情で動く存在に、全てを
話し合える立場を築けたのが、せめてもの救いだ。
「どうした、元気がないぞ?」
「……誰のせいだと、思っているのですか?」
積は、力のない声で反論した。
いっぽう、カレナは、宮殿に着ていく服はあったか? ウィットブレッド家の紋章はどこだったか? と色々なことを考える。
引き籠もっていたカレナは、いよいよデビュタント。
なぜなら、ようやく自分のパートナーが見つかったから。
時間を見つけて、彼女はいったんユニオンへ帰るだろう。
来日した時は、社会のルールに従う形での入国。
警官の職質にも、素直に従った。
でも、今は『ブリテン諸島の黒真珠』だ。
彼女は行きたい時に、行きたい場所へ行く。
気に入らなければ、その権能を使うのみ。
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