第262話 ようやく訪れた平穏な時間とそれぞれの事情

 リゾートホテルのスイートルームに、戻ってきた。


 室矢むろやカレナが、心配だ。

 でも、俺たちが駐屯地にいたら、足を引っ張ってしまう。


 魔法技術特務隊の連中は、いつ攻撃するか? とピリピリしていたからな……。



 リビングでくつろいでいたら、咲良さくらマルグリットの声が響く。


「えっと……。これで良かったの? 私のこと、許してくれる?」


 ソファのかげから頭だけ見えている彼女が、話しかけてきた。


 ベル女の召喚儀式から自宅へ戻った時を思い出す。


 ゆっくりと息を吸い込んだ後で、冷静に説明する。


「最初に言っておく……。まだ、気持ちの整理がついていない。正直、お前のことが分からなくなった。本当に、どうして?」


 うながしたことで、マルグリットはソファに座った。

 その距離が、今の俺たちの関係を示している。


「大丈夫だと思っていたの。ちゃんと自分で言って、すぐに帰ってこられるって……。でも、ダメだった」


 絞り出すように、彼女がつぶやいた。

 両手で自分の顔を覆ったまま、ポツポツと話し出す。


「ベル女の交流会の最後で、『私は物心がついたぐらいで、反マギクス派に連れて行かれた』と話したよね?」


「ああ……。確か、『詳しくは軍事機密』って……」


 俺の返事に、マルグリットが見つめてきた。


「うん……。ここまできたら話すけど、私は陸上防衛軍の軍曹として、海外の非正規戦に従事していたの。たとえば――」


 そこからの話は、まるで映画のようだった。

 ワンマンアーミーとして敵を倒し、本隊の支援を行っていたのだ。


「命令に従うことが当然だった。他の魔法師マギクスの目を気にしてか、非人道的な行為はされなかったけど……。やっぱり、駐屯地のような軍事施設で上官や仲間がいると、条件反射になっちゃう。その流れに逆らいたくても、全く動けないの……。私、両親と一緒にいた時間よりも長く、軍の規則に従ってきたから。課業を与えられて、空き時間で食事、風呂、買い物を急いで済ませて、服務としての裁縫や洗濯、プレス、靴磨きもやったら、それで1日が終わって消灯時間。朝は朝で起床ラッパから始まり、飛び起きて着替えた後に点呼、掃除……。どこまでいっても、営内では同じ部隊の誰かと一緒よ? 外出には上官の許可がいるし、営内からの電話も制限されている」


 普段は知らない、陸防の内情。


 何も言わずに、マルグリットの説明を聞く。


 彼女は、俺の顔を見ながら、続ける。


「夕方の業務後も魔特隊のメンバーから色々な説明や会話をされて、どんどん時間が過ぎたわ! 今になって思えば、『重遠しげとおに連絡させないためだ』と分かるけど。あの時は、それだけの余裕もなかった。気づけば、数日もっていて……」


 思わず、口を挟む。


「すまない……。俺は――」

「ううん! 私の判断で、言わなかったことよ……。話を戻すと、私はその後にベルス女学校に移された。魔特隊は、うちの進路の1つ。卒業生も交じっていて、あなたの行動は筒抜け……。ヨットの中で千波ちなみたちが言っていたように、マギクスは交流会、お見合いだけが男女の繋がりで、それも嫉妬される原因になったと思う」


 うなずいた俺は、改めて言う。


「男は、自分たちや後輩のお嫁さん候補を漁られたことへの嫉妬。そして、女は、婚約者がいながら浮気を止めないことへの忌避きひか……」


 首肯したマルグリットは、付け加える。


「うん。それから、重遠にはベル女を半壊させた疑いがある……。でも、ヨットの中でリーナが言ったように、真実は不明。だからこそ、印象が悪いあなたを犯人にしたがる」


 疑問を感じた俺は、思わず質問する。


「ちょっと待て! 千波とリーナは、そういう態度ではなかったぞ?」


 向き直ったマルグリットは、真剣な表情で告げる。


「重遠……。別に、全てのマギクスがあなたを嫌っているわけじゃないの! 千波たちは学校が違うこともあるけど。ベル女でも、全ての生徒が憎しみの目を向けていた?」


 言われた俺は、3年の風紀委員長、木幡こはた希々ののの発言を思い出した。


 一部の教職員、生徒は、あなたが召喚儀式の犯人だと思っている。と言っていたな……。


 結果だけを見れば、婚約者を待たせながら、マルグリットを連れ帰った男。

 グループ交際のテーマパークでは、りょう有亜ありあと肉体関係を持ったといううわさも、流れたようだし。


 ともあれ、返事をする。


「ベル女の皆は、優しかったな? 少なくとも、俺が接した人間は……。自分の新しいホームと友人の将来に関わるため、『もう帰る』と言いにくかったのか?」


 こくりと頷いたマルグリットだが、すぐに否定する。


「そうだけど……。でも、私が階級の上下関係と、隊の一員として足並みをそろえる原則に縛られていたことが、一番大きかったわ。もう謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい」


 紛争地帯でよくある、まだ幼い子供を兵士にする問題か。


 人格すら不安定な時期にり込めば、簡単に洗脳できる。

 先に両親を消すのは、まさに典型的な手段。


 その状況を利用したのは反マギクス派で、首謀者はもう潰したが、こんな形で悩ましてくるとは……。


 大尉たいいたちのマルグリットへの勧誘は、表向きには普通だった。

 仮に、ベル女の校長で魔特隊の総指揮官を務めるりょう愛澄あすみに連絡しても、注意できるレベルに達していなかったのだ。

 私からも話しますが、嫌なら自分で断わってください。と返される程度。


 あの連中は、室矢家の敵になったわけだが……。


 ふと窓の外に目をやったら、日が暮れていた。


 食事をしよう、と言いかけたが、その前に、マルグリットが呟く。


「私には、何もないんだよね……。ベル女に戻っても、あの魔特隊からの連絡で私の居場所はない。他流の味方をした裏切り者と見なされるわ……。重遠にも、最低限の証明をしただけ。東京にいる詩央里しおりが私を許すとは、思えない! 私、自分で彼女に話すけど、それが終わったら――」

「マルグリット……」


 カレナの声が響いた。


 リビングの片隅にいきなり現れた彼女は、すたすたと近寄ってくる。


 ソファに座っているマルグリットの前に立ち、正面から抱き着いた。


「すまなかった……」


 その理由が分からないマルグリットは、ひたすらに戸惑う。


 カレナはやがて、彼女から離れた。


「今回の件は、私から詩央里に説明しておく。ベル女についても、校長の愛澄に釘を刺しておこう……。お主に過失がないとは言わん。だが、そもそも私が大事なことを伝えておらず、このバカンスでお主らを放置していた責任もあるのじゃ……」


 それに、と前置きしたカレナは、マルグリットのほうを見た。


「何もない、などと、かなしいことを言わないでくれ……」


「え?」


 思わず呟いたマルグリットは、カレナを見つめる。


「心配するな。少し時間を置くが、あの連中は私が処理する。そもそも、重遠に命令されたことじゃ……」


 そう返したカレナは、ぶつぶつと言い出す。


「階級、命令、許可、陸上防衛軍の矜持きょうじ、服務、その全てを用意しよう。真牙しんが流に所属していることが心の支えなら、それも外してやる。魔法で攻撃することがいかに無力か、それも私の身で証明してやろう……。許さない、絶対に許さない。の意志をじ曲げ、後から自殺を考えるほど操作したことが軍の理屈というのなら。よかろう、それでひたすらに殴り続けてやる! 貴様らも、マルグリットと同じ精神的な防壁が全くない幼児と同じ状態まで追い込み、逃げ場を与えず、どこを見ても立派な軍人にしてやる。じっくり、じっくりとな……。上官に逆らえず、仲間と違う行動ができない。同じ気持ちを味わえ――」


 よく聞こえないが、剣呑けんのんな様子だ。


 しかし、カレナは元の雰囲気に戻り、笑顔で告げてくる。


「重遠は、まだ時間がかかることで良いのか?」


「あ、ああ……。駐屯地に行かなければ、大丈夫だよな? それから、俺が1人で苦しんでいる時にバカを派遣してくれたのは、外出許可を出した大尉だ。その2人については、必ず仕留めろ。必ずだ!」


 うなずいた彼女は、間違いなく消し去ると、太鼓判を押した。


 マルグリットの肩にポンと手を置いたカレナは、最後に言い残す。


「ゆっくり、バカンスを楽しんでくれ……。戻ってからの詩央里との話し合いには、私も立ち会うのじゃ。室矢家への貢献は問われるだろうが、悪いようにはせん!」


 言い返せる雰囲気ではなく、俺たちは黙って、カレナの帰還を見守った。


 最後に、彼女から視線を受けたので、マルグリットのほうを向く。


「食事にしよう。今日は、静かな店に行きたい気分だ」


「うん……」



 最初はギクシャクしていたが、俺たちは仲直りした。


 カレナの思わせぶりな発言も、気になったが。

 東京にいる南乃みなみの詩央里の判断によっては、二度と会えない。


 このまま、メグと喧嘩別れは、絶対に嫌だったから……。

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