第260話 室矢家の当主として命じる「我らの敵を処分しろ!」

 針替はりがえりょうの前で、立ち止まる。


「……何かね?」


 訊ねてくる大尉たいいは直立不動のままだが、とても小さく見えた。


 ああ、俺は怖かったんだな……。


 今までは、同年代か、身内が相手。

 ベルス女学校の交流会のように、大義名分があった。

 話し合いで片をつけるか、落としどころを見つけられたのだ。


 でも、こいつは違う。

 何の関係もない。


 真牙しんが流は、ひとまず置いておく。


 この稼業でメシを食ってきた30代の職業軍人で、バックには陸上防衛軍、防衛省もいる。

 本人が持つ気迫だけでも、向かい合ったら、何も言えなくなるほどだ。


 当たり前だよな?

 だって、親子ぐらいの年の差があるのだから……。


 高校に入ったばかりの高校生。

 保護者に養われ、年長者の言うことに従うのが当然。


 おまけに、こいつは士官だ。


 軍の部隊を預かる、最小単位。

 実際に動かすのは下士官でも、やはり違う。

 命令をするための士官教育を受け、それに見合った衣食住、権限を与えられている。

 向き合っている相手は、陸防そのもの。


 ひるがえって、俺はどうだ?


 千陣せんじん流の十家がいるから、式神の室矢むろやカレナがいるから、正妻の南乃みなみの詩央里しおりがいるから……。


 常に誰かを盾にして、後ろの安全なところで守られていた。

 自分から対立することを選べなかった。


 ベル女の召喚儀式では、3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなを殺す直前に、咲良さくらマルグリットが代わった。

 また、交流会の参加者で、ベル女の校長から依頼されていたのだ。


 実家でも、やって結果を出さなければ、自分と詩央里が終わった。

 大百足オオムカデとの立ち合いでも、命を懸けていただけ。

 おまけに、相手は化け物。


 桜技おうぎ流の御前演舞でも、天沢あまさわ咲莉菜さりなに助けられた。

 この時も、“刀剣類保管局 局長” による招待で、男性の刀使い『刀侍とじ』の認定もかかっていたのだ。

 女子に脅されたことでの正当防衛。


 俺の手は、まだ汚れていない。

 いつも、そこに理由があった。

 守ってくれる人がいた。


 さらに、相手が俺に対し、直接的な危害を加えていたのだ。

 自分の身を守るのは、当然のこと。


 でも、今回は非能力者、それも正規軍が大きく関わっている。

 そこにおびえ、しりみした。


 だから、こうなった。

 人を殺す覚悟、自分が殺される覚悟を持たなかったから。

 頭で知っていても、実際にできるとは限らない。


 自分で武器を握るも、命令してやらせるのも、同じこと。

 社会的に潰すことだって、実質的な殺害。


 俺の尊厳と、大事な人を守るために動くべき時は、今だ。

 この駐屯地、陸防、防衛省、真牙流が敵に回っても、室矢むろや家として戦えばいい。

 全力で戦って、死ねばいい。


 それだけの話。


 俺は、小さな声でつぶやく。


「……幼年期。子供でいられる時間の終わり、か」


「何か、言ったかね?」


 聞き取れなかったようで、針替亮が聞き返してきた。


 顔を上げて、奴を見ながら、宣言する。


「申し遅れましたが、私は千陣流の室矢家、そのである室矢むろや重遠しげとおです。最近では、桜技流の局長とも親交があります。……今までの発言と皆さんの態度は、陸防と真牙流のとして受け取ります! 訂正はありますか?」


 亮は、士官を務めるだけあって、すぐに反応する。


「むろん、総意ではない!! ……雑賀さいか君への一発は、約束通りに見逃した。すぐに帰ってくれ! でなければ、警備を呼ぶ!!」


 威圧すれば、怖気づいて退くと? 

 まあ、男子高校生だからな。


 首を横に振った俺は、笑顔で、自分の考えを伝える。


「まだ終わっていませんよ、大尉? 千陣流で宗家の次にある室矢家の当主に侮辱と暴行をされた以上、その報復もしなければなりません! ……それが完了したら、すぐに帰ります」


 ぐるりと周囲を見回したら、どいつも目をらした。


 さっきまで、俺に殺気を放っていたうえ、どさくさに紛れてのリンチ、罵倒や嘲笑ちょうしょうをしていたからな。

 目が合ったら、自分がこれまでの責任を負わされる。とビビりやがったか。


 喧嘩を売る相手を間違えたな?

 自分がやったと言わなければ、やり過ごせると思ったのか?


 そういう段階じゃないんだよ……。


 俺はもう、遠慮しない。

 しかし、最後に1回だけ、チャンスをやろう。


「先ほど、あなた方に囲まれていた時、私は何回も暴言を吐かれて、どつかれ、肘打ちや蹴りを食らいました。今なら、官姓名、自分の行為を正直に打ち明け、謝罪と十分な誠意を見せれば、それで許してあげますよ?」


 言いながら群衆のほうを見たが、どいつも黙っている。


「もう一度だけ――」

「うるせえっ! 高校生が生意気なことを言うな! だいたい、お前のような女誑おんなたらし、恨まれて当たり前だ! 小突かれたぐらい、我慢しろ!! とっとと、駐屯地から出て行け!」


 緊張に耐えかねた男が、いきなり叫んだ。


 それを皮切りに、他の面々も騒ぎ出す。


「お前のような奴は、顔も見たくない! 全力で殴られなかっただけ、感謝しろ!」

「そうよ! ベル女の生徒をとっかえひっかえで、しかも大破壊!! ここで去勢されないだけ、感謝してよ!」

「囲っている愛人を取られたくないから、雑賀くんに当たり散らすなんて、最低! あんたは別で、婚約者がいるんでしょ? その女の子も可哀想だわ!!」


 分かった。

 では、お別れだ。

 俺の罪悪感をなくしてくれて、どうもありがとう。


「カレナ、を処分しろ! ただし、俺たちに迷惑をかけるな!!」

「Yes,my Lord!(了解した、我が主!)」


 集まった連中が騒ぐ中で俺が宣言すると、周囲を沈黙させるほどに重く、不思議な魅力を持つ女の声が、響いた。

 その場から少し離れた位置に、長い黒髪、暗い青色の瞳の少女が、ふわりと現れる。


 例えるのなら、ラスボス。

 教会にあるパイプオルガンによって奏でられる旋律と、多くのしもべかしずかれているのが、お似合いだ。


 いきなり出現した人物に、俺に罵詈雑言ばりぞうごんを投げかけていた連中が、押し黙った。


 黒の少女である室矢むろやカレナは、決定的な一言を口にする。


「The order was accepted.(命令を受諾した)」


 言い終えた彼女は、滅ぼすべき敵のほうを見ながら、宣言する。


「ついに、最後の一線を越えたか……。せっかく、のに。身の程を知らず、よく吠えたものじゃ! やはり、痛い目を見なければ分からぬか? いいだろう。私もこれからは、重遠の命令を待たずに動く! Black Pearl of the British Isles(ブリテン諸島の黒真珠)として、持てるだけの力! 要請できるだけの権力者! その全てを使うことで!!」


 何らかの異能者と、思われる。

 おまけに、このタイミングでだ。


 心当たりを思い返したが、さっぱり分からない。

 仲間が動くまでは、ひとまず、様子を見よう。


 ……そんなところかな?


 怒り狂っている俺の義妹は、叫ぶ。


「貴様らが、そうさせた! 私に、占いが得意な、ただの女子中学生でいることを止めさせたのじゃ!! オーダーをもらった以上、もはや歯止めはない!」


 カレナが立っている周囲の空間は、ところどころ、歪んでいる。


 ピンぼけした映像のような、よく分からない穴や亀裂も開いては閉じて、部分的に世界の終わりが訪れたような光景だ。


 俺の傍に立っている針替亮が、狼狽ろうばいしながら言う。


「室矢くん。彼らは、ただ興奮して――」

「俺たちは、どうすればいい?」


 亮を無視して、カレナに問いかける。


 両手を組んで柔軟運動の彼女は、静かな怒りをたたえた瞳だ。


「お主らは帰れ! あとは、室矢家の名代みょうだいとして、私がやるのじゃ。今度は、誰であろうと邪魔をさせぬ!!」


 うなずいた俺は、マルグリットに合図を出した。

 その時――


「室矢さん! 申し訳ありませんが、先に帰っていただけますか? これで、外のタクシーを捕まえてください。残りは、お食事にでも!」


 ふところから財布を出した柳本やなもとつもるは、俺の手に1万円札を握らせながら、早口でまくし立てた。


 防衛省の役人の豹変ひょうへんぶりに、魔法技術特務隊の連中は、俺たちが立ち去るのを見送った。



 ◇ ◇ ◇



 魔特隊のエリアで、グラウンドに集まった魔法師マギクスたちは、不審者である少女を囲もうとするも――


「この度は、誠に……。誠に、申し訳ございません!」


 いきなり土下座した柳本積に、また毒気を抜かれた。


 室矢カレナは、面白そうな表情に。

 ベージュ色で大人っぽいラインを描くワンピース、それに合うパンプスを履いた格好で、返事をする。


「確かに、お主が誘った合同演習のせいではある……。だが、許容範囲と考えよう! 謝罪は、もうよい。立て」


 カレナは、立ち上がった積を見ながら、告げる。


「官僚だろうに、いいのか? 駐屯地とはいえ、これだけの面々がいる場所で……」


 苦笑いをした積は、すぐに答える。


「私の頭で良ければ、いくらでも下げます! ところで、何とお呼びすれば?」


「カレナでいい」


 了解した積は、すぐ用件に入る。


「では、カレナさん。……今回の始末は?」


 指でほおを掻きながら、視線を彷徨わせたカレナは、やがて自分の考えを述べる。


「こやつらは、千陣流と室矢家の敵だ! 絶対に許さぬ!! 味方をするのなら、そやつも同罪じゃ!」

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