第256話 私が魔法師の本能に従って流された結果ー①

 時間は、琉垣りゅうがき駐屯地の合同演習が終わって、室矢むろや重遠しげとお咲良さくらマルグリットを見送った後。


 重遠の許可を得たマルグリットは、魔法技術特務隊の打ち上げの場所に行く。

 立食パーティーの形式で、親睦を深めるのが目的だ。

 先ほどまで戦っていた、USFAユーエスエフエーIGUイグーもいる。


 魔特隊の雑賀さいかてるが目敏く見つけて、彼女を誘う。


「咲良さん! こっちだ!」


 案内されたほうへ行くと、口々に歓迎されて、部隊の一員のように扱われた。


 立食パーティーのため、USFAのIGU隊員とも会話。

 その中に、グレン・スティラーもいた。


「室矢くんは、どうしました?」


 聞かれたマルグリットは、後ろめたそうに答える。


「重遠は、先に帰ったわ! 私は行っていい、と言われたから……」


 それを聞いたグレンは、何か言いたげにしていた。

 しかし、ただ首を振る。


 マルグリットが問いただそうとするも。

 彼は、そうですか、とだけ返して、別の場所へ移動した。


「メグ。あなた、ちょっと甘えているんじゃない?」


 マルグリットが女の声に振り向くと、ミーリアム・デ・クライブリンクもいた。


「別に、甘えてなんか――」

「知らないわよ? 彼に、愛想を尽かされても……」


 冷たい目で忠告したミーリアムは、ちらりと照のほうを見た後で、溜息を吐いた。

 すぐに、別の人物と話し出す。


「私、そんなつもりじゃ……」


 ガヤガヤとうるさいパーティー会場で、ぼそりとつぶやいたマルグリット。

 しかし、それに返事をする人物はいない。


「咲良さん! 針替はりがえ大尉たいいが呼んでいるよ?」


 照が近寄ってきて、今度は彼女の腕をつかみ、連れて行く。

 普段なら振り払うのに、心細くなっていたことで、なされるがまま。


「咲良さん。あなたはやっぱり、我々と一緒にいるべき人材だ! 今からでも、入隊手続きをしませんか? ベル女の生徒は現場研修という形で加われますし、高校を卒業した時点で下士官になれますよ? せめて、今日はお時間をいただき、魔特隊の説明をさせていただきたい!」


 ここぞとばかりに勧誘をしてくる針替はりがえりょうに、マルグリットは明確に拒絶できない。

 一緒に戦った直後で、少なからず連帯感が高まっているから。


 さっきは、久しぶりに魔法を使えた。

 自分を活かせる場所は、やっぱりココなのだろうか……。


 その考えが頭をよぎり、今日ぐらいはいいかな? と思う。


 ベルス女学校と違う魔法師マギクスに、懐かしい感覚。

 思えば、海外で特殊作戦に明け暮れ、その後ははかない命だと世を嘆いていたっけ……。


 駐屯地とは思えないご馳走が並べられた、パーティー会場。

 マルグリットは周囲と会話をしながら、楽しい時間を過ごした。



 重遠に、連絡しておかないと。

 でも、今はスマホを持っていないのよね。


 駐屯地で魔特隊の装備を借り受けた時に、マルグリットは自分のスマホを預けていた。


 あとで、連絡をすればいいわ!


 とりあえず先送りにしたマルグリットは、魔特隊のメンバーの自己紹介や、装備のテスト、基本的な活動のレクチャーを受けているうちに、頭から抜けた。

 消灯時間が迫っており、好意で兵舎の一部屋に泊めてもらうことに……。


 翌朝にも、食堂で朝食をいただき、魔特隊の説明と訓練が続く。

 ほだされていたマルグリットは、重遠に連絡するのが億劫おっくうになっていたこともあって、また流される。


 気づいたら、思っていたよりも駐屯地に滞在していた。


 軍は規則正しい生活をしているうえ、外の刺激がない。

 それゆえ、命令に従っていれば、あっという間に過ぎていくのだ。

 元々、幼少期に陸上防衛軍で訓練を受けていたマルグリットに、馴染み深い生活。


 昼食の時、ふとカレンダーの日付を見たマルグリットは、ゾッとする。

 まだ引き留めてくる連中を強引に押し切り、帰る旨を告げ、大慌てで正門へ向かう。


「お、怒っているわよね……」


 考えてみたら、連絡なしで数日間のお泊りだ。


 帰りがけに、ようやくスマホを返却してもらった。


 マルグリットは、重遠に連絡をしようと試みる。

 だが、充電せずに放置していたことから、アプリに溜まっているメッセージを確認した直後に、バッテリーが底を突いた。


 はやる気持ちを抑えて、外で流しのタクシーを捕まえる。



 ――ファン・グランデ・リゾートホテル


 咲良マルグリットは、最上階のスイートルームに辿り着いた。

 インターホンを鳴らし、ノックするも、反応なし。

 スマホを取り出すも、その画面は真っ暗で、うんともすんとも言わない。


 駐屯地でお昼を食べていたので、お腹は空いていない。

 いったん、ホテルの外へ出て、数時間ほど散歩をしてから戻る。



 部屋に戻っても反応なしで、もうスマホは使えない。

 夕方の日差しが、周囲を赤く染めている。


 やむなく、フロントへ行き、ホテルの内線で連絡してもらう。


「……はい、室矢さまと同室の咲良さまが来ておりまして。……かしこまりました。では、失礼いたします」


 室矢さまが、お部屋でお待ちです。と言われて、恐る恐るスイートルームに戻る。

 今度は、部屋に入れてもらえた。


 マルグリットは、他人のような目つきで見られたことで、すぐに頭を下げる。


「ごめん! 魔特隊の人たちが、なかなか離してくれなくて!! 私も、すぐに連絡しようと思ったんだけど! 駐屯地の中で、スマホを取り上げられていたのよ! 営内の電話ボックスも限られていて、かなりの順番待ちで!」


 室矢重遠からの返事はない。


 顔を上げたマルグリットは、急いで続ける。


「これからは、重遠に付き合うわ! もう夕方になるけど、今日のディナーはどうする――」

「勝手にすれば、いいだろ……」


 聞いたことがない声音で、吐き捨てられた。


 マルグリットは、言葉を失った。

 しかし、重遠が激怒するのも当然だ、と謝り続ける。


「本当に、ごめんなさい! うっかり、時間を忘れていて――」

「雑賀照と一緒にいて、楽しかったか? 同じマギクスだものな? 他流の俺と違って……」


 ねている、と考えたマルグリットは、だんだん腹が立ってきた。


「そんな言い方、やめて! 私だって、さんざん我慢をさせられたのよ!? たまには思い切り楽しんでも、いいじゃない!」


 しかし、怒鳴ったマルグリットは、重遠の言葉で凍り付く。


「それで、あいつに抱いてもらったのか? それはそれは……。存分に楽しめて、良かったな?」


 思わぬ返事に、マルグリットは釈明する。


「は!? わ、私、ずっと駐屯地にいたのよ? そんなこと――」

「俺が知っているのは、お前が合同演習の直後から今に至るまで、『何をしていたのか不明』ということだけ……。駐屯地から出ていない? やましいことはない? ……ふざけるな!」


 怒りの表情になった重遠は、信じられないことを叫ぶ。


「あの野郎がホテルに押しかけて、『咲良さんは僕と添い遂げるから、二度と彼女に関わるな』と言ってきたんだぞ!! 連絡をしたくても、お前は全く返信をしない! 電話にも出ない! 俺がどんな気持ちで待っていたと思っているんだ?」


 予想外の言葉をかけられ、マルグリットの思考は完全に停止。


 だったら、公開されている駐屯地の番号に電話して、私を呼び出せば良かったじゃない!

 

 そう返すつもりだったが、憤怒ふんどの表情をした重遠に気圧されたまま、彼の言葉を聞く。


「くそったれな大尉が証言してくれるとは、言うなよ? あいつらはマギクスで、お前を何としてでも勧誘したがっていたから、口裏を合わさない保証はない。俺たちを送ってくれた軍曹ぐんそうも、あの駐屯地の連中も、みんな同じ穴のむじなだ! 個人の考えは別として、隊や駐屯地に迷惑をかけないために、それぐらい空気を読むだろうさ……」


 そこで言葉を切った重遠は、マルグリットの目を見たまま、続ける。


「要するに、だ……。あの営内は、連中のさじ加減で真実が歪められるってことよ。塀の中は、娑婆しゃばとは違う」


 マルグリットは、決定的な認識のズレに気づいた。


 彼女の視点では、琉垣駐屯地と、そこに滞在している魔特隊は信用できる。

 だが、彼にとってはの1つに過ぎない。

 

 あの照が、そんなことを言っていたの……。


 彼が自分のあずかり知らないところで動き、自分と婚約したと豪語したうえに、代理人として別れまで告げていた。


 マルグリットは内心で、焦りに焦った。


 ただでさえ、で数日間も過ごしたうえ、別の男に心身を捧げたというトドメまで。


 自分自身で、重遠と別れてから今に至るまでの不貞行為の否定や、室矢家を裏切っていないことを示す必要がある。

 でも、営内にいたからこそ、余計に信用されない。

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