第255話 琉垣駐屯地の合同演習とすれ違い(後編)

 渋い顔になった俺に、咲良さくらマルグリットが粘る。


「お願い! こんな機会は、滅多にないから!!」


 彼女によれば、魔法を堂々と使えるチャンスは貴重。

 魔法技術特務隊に入りたいわけではないから、今回だけ許して欲しい。


 …………


 断ったら、しこりが残るか。


「お前を信じて、特別に許す」

「うん、分かった! ありがとう!!」


 笑顔でお礼を言ったマルグリットは、バタバタと走り去った。



『本日は、琉垣りゅうがき駐屯地の合同演習にお越しくださいまして、心よりお礼申し上げます! 日本の陸上防衛軍に所属している魔法技術特務隊、ならびにUSFAユーエスエフエー陸軍のIGUイグーによる組手、魔法などの披露を行います。午前中に終わる予定ですから、どうか楽な姿勢でくつろぎながら、ご覧になってください!』


 司会の説明が終わったら、簡易的な宇宙服のような戦闘スーツを身に着けた魔特隊が出てきた。

 6人だが、バイク用のヘルメットらしきものを被っていて、その顔は見えない。


 フィールドの反対側に、USFAの国旗をつけたIGU。

 同じく、6人。

 形状は違うものの、やっぱり素顔を隠している。


 仮面舞踏会かな?


 炎や氷、空気を圧縮した弾丸による射撃や、野外ならではの爆破まで行われた。

 シールドで防護しながらの撃ち合い、身体強化をしての白兵戦はかなり見応えがあった。

 しかし、USFAの異能者は、どういう理屈だろうか?

 やっぱり、超能力?


 貴賓席にいる面々は興奮していて、司会役の軍人も得意げに語っている。


 USFAの正式名称は、United States of Freedom Alliance。

 アメリカ自由同盟で、異能者と非能力者で協力して自由を守る、という意味を込めている。

 南北戦争を超える内戦により、改めて国の意義が問われた結果だ。


 IGUは、Infinite Gladius Unit。

 “無限の剣の部隊” で、特殊作戦ベースに所属しているはず。

 公式の部隊だが、詳しい情報は非公開。


 魔法師マギクスと似ており、大戦で殺し合いをしたものの、同じ異能者として今の関係はそれなりだ。


 戦術兵器の彼らは、この合同演習でパフォーマンスをしただけ。

 派手な組手によって、自分たちは有能だ、と関係者にアピール。



「あー、楽しかった! 魔特隊から、打ち上げを兼ねた懇親会に誘われているのだけど……。重遠しげとおも、どう?」


 戻ってきたマルグリットは、晴れやかな笑顔だった。

 大きく伸びをしながら、満足げな様子。


 言いようのない寂寥感せきりょうかんを覚えて、彼女から視線を外す。


「俺は、いいよ。お前が行きたければ、行けばいい……」


「そう? だったら、行かせてもらうけど……。重遠は、先に帰っていて! あとで、私もホテルに戻るから!!」


 陽気なマルグリットは、貴賓席から出ていった。


 近くにいた柳本やなもとつもるが、話しかけてくる。


「良いのですか? ……いえ、失礼しました。今の言葉は、忘れてください」


 世話役の古市ふるいち軍曹ぐんそうがやってきて、ホテルまで送迎してもらった。



 ――ファン・グランデ・リゾートホテル


 孤独を感じながら、仮のねぐらに辿り着いた。

 送ってくれた古市さんにお礼を言った後で、車を降り、ホテルのロビーに入る。


 だが、その待ち合わせもできるロビーラウンジで、思わぬ人物が待っていた。


「お帰りなさい、室矢むろやさま! ……大丈夫ですか!?」


 一角に座っていた新垣あらがき琥珀こはくが椅子から立ち上がり、出迎えてくれた。

 思わず心配するほど、俺の様子は酷かったらしい。



「1つ、言っていいですか? どうして、そこで『お前は俺のものだ!』とか、『お前を魔特隊に渡したくない!』と言ってあげないので? そういう気持ちは、言葉にしないと伝わりませんよ?」


 呆れたようにダメ出しの琥珀は、清楚な雰囲気をかなぐり捨てて、本音を吐き出した。

 それでも可愛いのは、美少女の特権だろう。


「メグを我慢させているんじゃないかと……。あいつはマギクスだから、本来いるべき場所にいたほうがいいのかなって……」


 俺の愚痴に、琥珀はストローで飲み物を啜った後で、答える。


「詳しい事情を知りませんけど……。私は、そのメグという女が勝手すぎると思いますね。せっかく、こんなリゾートホテルで、スイートに泊まっているのに……。それとも、お金や手配は、メグさんがやったのですか?」


 俺は、首を横に振った。


「最近まで、あいつに構ってやれなくて……。だから、このリゾートでは、好きにさせてやろうと思ったんだよ」


 溜息を吐いた琥珀は、俺の顔を見た。


「魔特隊がそこまで執着するってことは、よっぽど優秀なマギクスですね? とにかく、駐屯地の中は、私の情報網に引っかからないので! 街のほうは、見かけたら連絡するように、通達を出しておきますけど……。あー、もう! 仕事ばっかり、増えていく!!」


 言いながら、取り出したスマホに打ち込んでいく琥珀。



 彼女はすぐ帰ったので、スイートルームに戻ってきた。

 1人でソファに座り、大型モニターで適当に有料チャンネルの映画を流す。


 ぜんぜん、内容が頭に入ってこない。


 スマホで、咲良マルグリットにメッセージを送ってみた。

 返信がないから、テーブルへ放り出す。


「これは、失敗したかなあ……」


 あの大尉たいいたちがマルグリットにこだわっているのは、分かっていた。

 せめて、打ち上げに参加するな、と断言するべきだったか。



 夕方になっても、マルグリットから連絡はこなかった。

 1人でレストランに行く気にはならず、テイクアウト用に置かれている弁当などを買って、部屋で食べる。




 翌日の早朝に目覚めると、まだマルグリットの姿はなく、スマホに着信もない。


「…………あいつが戻ってきたら、『今後どうするのか?』で話し合うか」


 ショックを受けた俺は、もう見たくないスマホを放り出して、シャワーを浴びた後で半日のアクティビティを朝一で予約する。


 離島へのクルーズで、帰ってくる予定は昼前だ。



 アクティビティの集合場所である埠頭ふとうに出た俺は、部屋にスマホを置き忘れていたことに気づく。

 だが、いちいち取りに戻るのが面倒になって、そのままクルーザーに乗った。


 違った風景で心が和んだものの、他の参加客とは馴染めず、1人で砂浜に座り、支給された食事を掻き込む。

 微妙な雰囲気で、昼過ぎに帰ってきた。


 スマホを見る気にも、ならない。

 疲れていたので、シャワーを浴びて、ばったりと寝る。



 さらに、

 マルグリットから連絡はなく、俺は1人で部屋にいた。


「はい……。分かりました。今から、そちらに伺います」


 スイートルームで、フロントからの内線を受け取った。

 鉛のように重い身体を引きずり、下へ向かう。



 ロビーラウンジには、雑賀さいかてるがいた。


 俺を見た瞬間に、勝ち誇った顔で言う。


「咲良さんは、僕たちの仲間になった。マギクスは同じマギクスと一緒にいることが当たり前だ! もう、お前の玩具おもちゃにはさせない!!」


 何も言い返せない。


 照は、満足したらしく、続けて宣言する。


「僕と咲良さんは、将来を一緒にする仲だ。次に邪魔をしたら、タダでは済まさないからな? よく覚えておけ」


 呆然としたままの俺を見た奴は、すっくと立ちあがり、ホテルを出て行った。



 スイートルームに戻って、スマホを見る。

 画面いっぱいを覆っている、自分のメッセージのみ。


 思い切り床に叩きつけたら、画面が見られないほどに割れてしまった。


 俺とマルグリットの関係を象徴するかのような、二度と戻らない惨状。

 息を荒げながら、それを見下ろす。


 カレナに…………。


 いや、それでどうすると?


 グチャグチャになった思考のまま、ストンと床に腰を下ろした。


「今まで、俺は何をやっていたんだろう……」


 ベルス女学校の交流会で、初めて会ったこと。

 一緒に、旧校舎へ突入したこと。

 東京のマンションで、思わぬ再会をしたこと。


 今までのマルグリットとの記憶が、ぐるぐると回る。


 ドサッと仰向けになった俺は、広い窓から差し込む日光でよく見える天井と、下のビーチからの声を聞きながら、ポツリと呟く。


「…………東京に、帰ろうかな?」

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