第254話 琉垣駐屯地の合同演習とすれ違い(前編)

 ――琉垣りゅうがき駐屯地 正門  


「IDを確認しました! どうぞ、お通りください!!」


 正面の警備兵は、運転席のドライバーに敬礼した。

 車の下を長いのついたミラーで確認していた兵士、後部のトランクを見ていた兵士も、離れている。


 平和な日本とはいえ、陸上防衛軍の駐屯地の正門とあって、防弾ベスト、腰のホルスター、スリングで下げている銃剣付きのアサルトライフルが見えた。

 防護マスクも、すぐ取り出せる位置だ。


 車両を停止させるバーが上を向き、前方への道が開けた。


 ブロロと敷地内に入った車は、案内に従って走り、じきに駐車場の白線の中へ収まる。

 サイドブレーキが引かれて、エンジンも停止。

 運転していたドライバーが振り向き、俺たちに話しかけてくる。


「お疲れ様でした。すぐに、会場へご案内しますので!」


 キビキビした壮年の男性に、お礼を言う。


「送っていただき、ありがとうございました」

「ありがとう」


 助手席に乗っている柳本やなもとつもるも、ドライバーをねぎらう。


「いや、助かりました」


 運転席で返礼の代わりに軽く頭を下げたドライバーは、ドアを開けて、降りる。

 続けて、俺たちも大地に立った。


 蒸し暑い空気に包まれ、駐屯地の中には南国の植物が立ち並ぶ。

 景観だけではなく、外からの視線をさえぎる、実用的なエクステリアか……。


 軍事基地であるものの、普通に “陸防祭” などで一般人も入れるとか。

 今回はゲスト扱いだから、俺と咲良さくらマルグリットは胸にIDをつけているけど。


「思っていたより、広いわね?」


 マルグリットが、心底驚いたようにつぶやいた。


 それに釣られて、周囲を見回す。


 コンクリートで平らに舗装された道路や、校舎を思わせる建物がいくつもあって、広いグラウンド。

 軍用のものを映さなければ、どこかの学校と思える。


 ホテルまで迎えに来てくれたドライバーは、そのまま俺たちを先導している。


 プレスされた制服と制帽を身に着けている彼は、沖縄の地方連絡本部に所属している、古市ふるいち軍曹ぐんそう

 今日は、防衛省の柳本さんの世話役のついでに、面倒を見てくれるそうだ。 


「本土から来られると、驚く人が多いですね。ここは、軍事的に重要ですから……。普通科連隊はもちろん、偵察隊、ヘリコプター隊、特殊兵器防護隊と、実戦的な部隊が多くあります。本土との連絡や、周辺の情報収集としての通信隊。その他にも、施設中隊や後方支援隊、不発弾処理隊と、色々な部隊が活躍しています」


 下士官にしては柔らかな雰囲気で、古市さんが説明してくれた。


 ウウ――!


 サイレンが鳴ったので、周囲を見回すと、古市さんが説明する。


「ああ……。たぶん、不発弾処理の部隊が緊急出動をしたのでしょう。ここでは、ほぼ毎日、どこかに出ていますから」


 この世界の沖縄も、地上戦をしている。

 大陸の異能者との戦闘もあったが、こちらは早い段階で収束した。

 なぜなら、異能者による戦闘でお互いの被害が大きく、どちらも手を出さないことが暗黙の了解になったからだ。

 日本は植民地がないことから守りに徹して、大陸のほうも内戦で忙しかった。


 ただし、USFAユーエスエフエー橋頭堡きょうとうほを築くために、しつこく攻めてきた。

 足が早い駆逐艦や、低空侵入の航空機による攻撃。

 選抜した異能者を送り込み、日本が対応する前に逃走するゲリラ戦術も。


 主力艦隊や航空機の編隊もジリジリと押し込まれて、戦線は後退する一方。

 俺が元いた世界とは異なり、本土に上陸されたことで、散発的な戦闘が発生したようだ。

 さすがに、そこでは撃退していたけど……。


 そこで “消滅の夜” となって、USFAが全軍を退いた後に、そのまま終戦。


 戦後処理では、冷戦のような構造へ進み、消去法でUSFAと同盟を結んだ。

 その結果、日本の防衛軍が中心で、そこに間借りするUS基地。

 無条件降伏をしていないうえに、異能者がいるから、元いた世界のアメリカと比べて温和だ。


 指パッチンで軍艦や爆撃機を吹き飛ばす奴もいる世界だと、戦闘を仕掛けるのは命懸け。

 だから、少数の特殊部隊で、相手に知られる前に重要な拠点まで辿り着き、最大火力を叩き込んで逃げる戦法がスタンダードに。

 俺が元いた世界の現代戦を先取りした形だ。


 なお、異能者が十分にいないか、組織化されていない国は、代理戦争の舞台に……。



「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます! 当駐屯地にいる魔法技術特務隊の実力をしっかりとお見せできるよう、全力を尽くす所存です!!」


 軍帽をかぶっているので、右手の敬礼。

 俺たちが泊まっているファン・グランデ・リゾートホテルに押しかけてきた、魔特隊の針替はりがえりょうだ。

 その横には、マルグリットの知り合いだからか、雑賀さいかてるもいる。


 ハアッ……。


 こいつら、マルグリットを口説くことが優先だから、俺はガン無視なんだよなあ……。


 同じ部隊にいる仲間のような雰囲気で、マルグリットだけが色々と話しかけられた後に、ようやく演習の場所へ移る。


 晴天の下で、仮設の観客席が備わったグラウンド。

 並んでいる席は屋根の下だから、この日差しで干物にならずに済む。


「ここでやるのか……」


 思わずつぶやいたら、一緒にいる積が説明する。


「ええ……。あえて見せることで、仮想敵国を牽制けんせいするんですよ。富士の総合火力演習と同じ理屈でして」


 うちらに喧嘩売ってきたら、こいつらが出張るじゃけえ! というわけですね。

 分かります。


 まあ、練度は大事だ。


 ん? そうなると……。


「柳本さん。この演習に、駐在武官を招いています?」


「はい。しかし、主要国の武官や大使館の職員は、東京にいますね……。そちらでも定期的に合同演習をやっているので、わざわざ来ません。主要な大使館に、連絡はしていますけど」


 その説明を聞いた俺は、貴賓席を見回した。

 今回は、俺とマルグリットも、そこに加わる形だ。


 彼女は、奴らと魔法の話題で盛り上がっているが――


「またお会いましたね、室矢むろやさま」


 涼やかな声がした方向を見たら、見覚えのある、青い瞳の美少女。


「傅 明芳(フゥー・ミンファン)です。その節は、どうも……」


「あ、こんにちは……」


 思わず、普通に挨拶を返す。


 東アジア連合のお姫さまが、どうして沖縄に? と思っていたら、本人が説明する。


「たまたま、沖縄に行きたくなりまして。その際に、合同演習の情報が入ったのです! 偶然、他に予定がなかったので、お招きに応じました。そのおかげで、室矢さまと親交を深められるのは、まさに運命ですね!」


 明芳ミンファンの横にいる谷 巧玲(グゥー・チャオリン)は、碰巧吗ホンチャオマァ?(偶然?) と小声で言っているけど……。


 胸の前で両手を合わせている彼女を見たら、とても可愛い。

 白いワンピースに、青のリボンを巻いた白い帽子。

 それにしても、東洋系とは思えない、肌の白さだ。


 ジロジロと見ていたら、明芳ミンファンがポツリと呟く。


「私は、少し事情がありまして――」

二小姐アーシャオチエ!(お嬢さま!)」


 お付きである巧玲チャオリンが、大きな声でさえぎった。

 どうやら、フゥー家の秘密に属するらしい。


 明芳ミンファンが、スッとお辞儀をした。


「本日は、これで失礼いたします。咲良様とのバカンスをお楽しみくださいませ」


 後ろを向いた彼女は、上品に歩いていき、少し離れた場所に座った。

 巧玲チャオリンも、その横に。

 その後ろに、明芳ミンファンたちと同年代の男が1人、私服のままで立つ。


 3人とも洋服で、言われなければ、東洋系としか分からないだろう。



「重遠……。また、女の子を引っかけたの?」


 俺の後ろから、呆れた様子のマルグリットの声が響いた。

 振り向いて、説明する。


「違う! 東京で会った、東アジア連合にある江呉こうご区の総督の娘だよ。その時には、詩央里しおりもいた。疑うなら、後で聞いてみてくれ」


 へえー、という顔になったマルグリットは、ちらりと明芳ミンファンを見た。

 笑顔の彼女から手を振られて、応じる。


「重遠は、顔が広いのね? 可愛い女の子に」


 失礼なことを言いながら、マルグリットが俺の横に座った。

 イライラしたので、言い返す。


「そっちこそ、俺を放置して、魔特隊の奴らと盛り上がっていたよな?」


 うっ! と気まずい顔になったマルグリットだが、懲りずに聞いてくる。


「あ、あの……。この合同演習、私も参加したいんだけど……」

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