第253話 お湯を入れたら3分間待ってやる!

 ――ファン・グランデ・リゾートホテル 専用ビーチ


 宿泊客だけが入れる区域で、海水浴を楽しんでいた。


 咲良さくらマルグリットは、上下のビキニを着用。

 海外で有名な、ラグジュアリーブランド。


 白黒のモノトーンカラーで、トロピカルの模様だ。

 ブランドのロゴ、花、葉っぱが組み合わされており、不思議な魅力がある。

 お値段は、15万円ぐらい。


 今年の最新モデルで、その素晴らしき山脈とクビレを披露。

 俺が褒めたら、まさに胸を張っていた。

 いつも、その天辺を弄って、揉んでいると思ったら、感慨深い。


 スティアは、フリル付きのワンピースではなく、けっこう大胆なビキニに下半身のパレオという組み合わせ。


 一目で印象に残る、鮮やかなレッド。

 白でラインや記号が入っていて、全体的に真面目な印象だ。


 デザインは煽情的で、上はYで胸元がほぼ最後まで入っている。

 それでいながら、下品にならないギリギリの線。

 下もけっこうな角度で、やっぱり品のあるラインを描く。


 これは、マルグリットとは違う、有名な海外ブランド。

 セットで、10万円ぐらい。


 俺が見ると、スティアが右でパンチをしてきたから、手の平で受け止めた。

 可愛いよ、と言ったら、さらに左。

 これも、受け止める。


 パンッパンッ! と肉のぶつかる音が、ビーチに響いた。


 付き添いのミーリアム・デ・クライブリンクも、水着。

 亜麻色の長い髪。

 紅い瞳。

 見るからに名家のお嬢さま、という風貌だ。


 彼女もUSFAユーエスエフエー陸軍で、同じ部隊にいるグレン・スティラーと付き合っているらしい。


 グレンが言うには、どちらも高等部2年で、俺たちより1歳だけ年上だ。

 真顔で、彼女を誘惑しないでくださいね? と言われたから、その気はない、と返しておいた。


 ミーリアムは、全てモノグラムで、白黒っぽいワンピースの水着。

 一見すると大人しいが、胸元は2つの頂点がギリギリ見えないぐらいで深く開いていて、どちらも半分が見えている。


 股間の角度も、かなりエグい。

 これを着たままでは、絶対に足を大きく広げられないだろう。

 背中は、上半分が剥き出し。


 むろん、こちらも海外の高級ブランド。

 7万円ぐらい。


 その3人が、波打ち際にいる。

 バシャバシャと海水をかけあって、楽しそうだ。


 俺はシートを敷いたビーチパラソルの下で、水着の短パンを履いている。

 リゾートホテルだから、売店でもブランド物を売っていた。


「あぢー!」


 うめいたら、隣で座っているグレンがつぶやく。


「冷たいものを買ってきましょうか?」

「いえ。お構いなく……」


 同じく短パンの彼に返事をしながら、むくりと起き上がった。


 グレンが、話しかけてくる。


「遊んできても、いいですよ? 荷物は、私が見張っておきますので……」


 お言葉に甘えて、ギラギラと照り付ける日差しの下へ。


 砂浜から海に入ると、寄せては返す波がくすぐったい。


「来たわね!? 食らいなさい!」


 女子中学生ぐらいの背丈だが、妙に子供っぽいスティアから、海水をかけられた。

 お返しで、ザバーッとかける。


重遠しげとお、私を忘れないでよ?」


 今度は、マルグリットから攻撃された。

 こちらにも、海水をバシャッとかけてやる。


 ミーリアムも加わってきて、3人がかりで集中砲火に。


 しばらく、キャッキャッと楽しく遊んでいたのだが……。


 ウウ―――!


 サイレンが鳴り響いた。

 訳も分からず、周囲を見回す。


 他の観光客も戸惑い、中には慌てて帰り出す人まで。


 俺たちがグレンのいるビーチパラソルのところへ戻ったら、彼は長いアンテナがある金属の箱から伸びている受話器を持っていた。


「――out.(通信終了)」


 ちょうど通話を終えたようで、上部にツマミがある無線機のスイッチを弄った後に、俺たちのほうを見た。


「どうやら、沖合で振動が起きたようです。USFAのキャンプ・ランバートからは、『特に心配はいらない』という回答をもらいました……。ホテルに戻りますか?」


 安全を考えたら、そうするべきだな。


 チラリと横を見たら、マルグリットとスティアは遊び足りないようだ。


 その時、プライベートビーチに放送が流れる。


『今のサイレンは、誤報です! 津波などの恐れはありませんので、安心してご利用くださいませ!!』


 津波の示す、赤と白の格子によるフラッグは、振られていない。

 サメの出現でも、なさそうだ。


 帰りかけていた水着姿の客たちが、再び荷物を広げ出す。


 心配になった俺は、グレンに質問する。


「本当に、大丈夫か?」


「はい、地震とは違いますから。ただ、うちの哨戒艇しょうかいていや日本の巡視艇のソナーに、妙な反応があったようで……」


 気になった俺は、つっこんで尋ねる。


「ちなみに、どういう反応が?」


 首を横に振ったグレンが、説明する。


「どうも、海底を動いているような……。今の近海に、他国の潜水艦はいないはずですが……。念のため、洋上艦から対潜ヘリを飛ばして、投下したソノブイによる索敵も行う予定です。訓練を前倒しで」


 悩んでいたら、グレンの説明が続く。


「ソナーは、けっこう雑音を拾うので……。SFみたいに、巨大な生物の群れがいきなり上陸でもしない限りは、まず大丈夫でしょう! ここを落とすには、日本の防衛軍とUSFAを圧倒できるだけの物量でもないと」


 近くで立っているミーリアムが上品に笑っていて、マルグリットやスティアも笑った。



 濡れた水着のまま入れる、屋根だけがある、オープン型の売店。


 海の家にやってきた俺たちは、上に掲げられているメニューや、セルフで取り出すガラス棚に入っている缶を見た。


「どれにしよう……」


 可愛げに悩むスティアに、俺はスッと指差す。

 釣られて視線を動かした彼女は、“ヌードル カレー味” のカップ麺を見つけた。


「ん?」


 声を漏らしながら、考え込んだスティアを後目に、俺はガラス戸を開き、カップ麺を取り出す。

 カウンターで料金を支払い、横にあるポットでお湯を注いだ。


 3分間、待ちたまえ!


 俺の隣に、ちょこんと座ったスティアがいる。

 時は来た。


 ジーッと覗き込んでいる彼女を気にせず、ペリペリとふたをはがす。

 とたんに、カレーの香りが漂う。


 割り箸を一膳とって、パキンを割る。

 中身をかき混ぜた後に、麺をつまんで――


「食べるわ!」


 隣のスティアが、騒いだ。


 はい、と箸を向けたら、彼女はパクリと食いついた。


「なにこれ! 美味しい!」


 感嘆の声を上げたスティアに催促されたので、カップ麺と割り箸の両方とも渡す。


 彼女は自分で抱え込み、ズルズルと麺を啜り出した。

 プールや海水浴では汗をかくから、身体が塩分を欲しがるとか、何とか……。


「ありがとう。私たちも適当に買ってきたから、どうぞ食べて……。お金は、どうしようか?」


 スティアの隣に座ったミーリアムから、フォローが入った。

 特にこだわっていないので、すぐに返事。


「では、いただきます……。カップ麺のお金は、いいですよ。スティアにあげますから」


 テーブルの上を見た。


 海の家らしい、焼きそば、イカ焼き、フランクフルトの入ったパックが並び、それぞれに紙の小皿がある。


 各自で好きな物を選べ、という意味か。


「早く食べたほうが、いいですよ?」


 そういうグレンは、どんどん口に運んでいる。

 見た目に反して、健啖家けんたんかのようだ。


 俺も負けじと、料理を自分の小皿に移す。



 同じテーブルにグラスが置かれる音で、我に返った。


「やあ、奇遇ですね!」


 妙に聞き覚えがある声だと思いつつ、そちらを向く。


「防衛省の柳本やなもとつもるです。いつぞやはどうも、室矢むろやさん」


 そこには、いかにも南国の恰好をした男。

 東アジア連合の傅 明芳(フゥー・ミンファン)と会った時に、打ち合わせた人だ。

 あの時は役人ルックで、イメージが違いすぎたことから、判別できなかった。


「柳本さんも、休暇ですか?」


「いえ。残念ながら、仕事です! 今は、沖縄の防衛軍、USFAの基地を回っています。中央省庁なんて、入るものじゃないですねー」


 バカンスを楽しんでいるとしか思えない服装で、積が答えた。


 端のほうに腰掛けた彼に、グレンたちが話しかける。


「防衛省の方ですか? 私はUSFAのキャンプ・ランバートにいる、グレン・スティラーです。よろしくお願いいたします」

「ミーリアム・デ・クライブリンクです」


「ああ! これはどうも、ご丁寧に……。USユーエスさんには、いつもお世話になっておりまして――」


 名刺交換はしないものの、いきなりビジネスの空気に。


 俺は、隣にいるスティアを眺めたり、反対側にいるマルグリットと話したりで、時間を潰していた。


 すると、積が話しかけてくる。


「もうすぐ、陸防の魔法技術特務隊とUSFAのIGUイグーが演習を行います。見学しませんか?」


 お前、それが本題だろ?


 ツッコミを口に出さず、マルグリットを見た。


「別に、いいんじゃない? 時間はあるのだし、私も見てみたい!」


 彼女が乗り気のため、しぶしぶ応じる。


「それは、いつ行われるので?」


「明日です! 当日のお迎えは、朝8時ぐらいを予定しております。恐縮ですが、室矢さんが宿泊中のホテルだけ、教えてもらえますか? そちらに、車を回しますので」


 積の返事を聞いた俺は、マルグリットの顔を見た。

 彼女がうなずいたことから、それに同意する。


 ランチを食べ終えたら、積は立ち去った。


 午後の海水浴を楽しんだ後で、海の家のシャワーを利用して、海水を洗い流す。

 ホテルの部屋に戻り、水着を洗って干しながら、施設内のレストランを予約した。



 今日のディナーは、日本料理店。


 慣れているらしく、グレンたちは普通に寿司を食べる。

 スティアは初めて生の料理をみたようで、どちらかと言えば、天ぷらに喜んでいた。


 俺とマルグリットは、懐石料理のコースでゆっくりと味わう。

 隣のスティアが、やっぱり俺の料理を欲しがって、かなり取られたが……。


 反対側に座っているグレンが、話しかけてくる。


「私たちはUSFAの所属だから、明日は直接向かいます。室矢くんが待つ必要はありませんので……」


「分かった。明日も、よろしく」


 返事をした俺は、満腹で眠りこけているスティアを保護者のミーリアムに渡して、マルグリットと部屋に戻った。


 翌朝に早く起きる必要があるため、夜戦はなし。

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