第248話 武装したUSFA海兵隊と異文化交流

 船内にいても振動を感じる高級クルーザーの背後には、急接近する船舶がいた。

 正面を向いているが、恐らくは小型の軍艦だ。


 USFAユーエスエフエー海軍と思しき、軍旗を掲げている。

 全速で逃げている俺たちに接近してくるとは、かなりの高速艇だ。


 光った?


 高級クルーザーの後方に、ズシャーンッと水柱が立つ。


 発砲してきたのか!?


 いつの間にか、下に避難してきた女子中学生が、一斉に悲鳴を上げた。

 彼女たちは直撃を避けるため、船首のほうにある個室の中。

 給仕をしていたメイド服の女が、つきっきりで面倒を見ているようだ。


 俺たちもフライブリッジから下りて、今は船尾のリビング。

 高級クルーザーを乗り降りできる、後部デッキの付近だ。

 ダイビングのエントリーや、格納している水上バイクを出すことも可能。


 仕切りとして透明の覆いもつけられるが、日光が強い時や、雨が降っている時に過ごすための場所。

 防弾仕様の壁はない。


 咲良さくらマルグリットは、俺の近くに立ち、迫ってくる高速艇をにらむ。


『This is the USFA Marines! Stop the ship immediately! Or we will sink your ship!(こちらは、USFA海兵隊である! ただちに停船せよ! さもなければ、撃沈する!!)』


 ぐんぐんと近づく高速艇から、停船をうながしている音声が流れる。

 マリーンと言っているので、海兵隊らしい。


 不安になって、隣にいる深堀ふかほりアイに叫ぶ。


「アイ、早くどうにか――」


 言いかけたものの、彼女の雰囲気が変わったことで口をつぐむ。


「撃ったわね? なら、容赦しないわ!」


 後ろの高速艇に右手を突き出し、手の平を向ける。

 すると、つんのめるように船首が沈み込み、同時に船尾が持ち上がった。

 よく見える距離ではないが、今の衝撃で数人が海に投げ出されたようだ。


 あっという間に、高速艇が小さくなっていく。


重遠しげとおお兄さん、メグお姉さん! ここは、お願いできるかしら?」


「あ、ああ……」

「いいわよ!」


 小声で生返事の俺に対し、マルグリットは元気よく答えた。


 それを聞いたアイは、後部のサロンから左側の短い階段を駆け下り、海面に飛び降りる。



 ◇ ◇ ◇



 武装した魚雷艇は、原因不明の急停止で、混乱中。


 英語で『ボート』と呼ばれており、乗員20名ぐらい。

 被弾を避けるため、操縦席を含むブリッジは低く、さらに防弾仕様。


 甲板かんぱんの左右の端にそれぞれ魚雷2本、合計4本の発射管をマウントしている。

 射線が被らないように配置された、40mm単装機銃が2基。

 固定武装は、それだけ。


 けれど、その単装機銃は、現在でも対空、対水上で活躍している。

 民間船なら、一発でも致命傷だ。


 今の急停止で、船内にいる人間は身体をぶつけた。

 甲板上で白兵戦に備えていた兵士たちも、海に投げ出されようだ。


 頭から血を流している、艇長ていちょうと思しき男が、悪態を吐く。


「くそっ、なぜ動かん?」


 エンジンやタービンは活きているが、どれだけ回しても、海面に張り付いたように停止したまま。

 スクリュー音は、五月蠅うるさいほど聞こえている。

 思わずコンソールにこぶしを叩きつけるも、やっぱり動かない。


「魚雷を撃つにも、距離がありすぎる!」


 外と通じている水密扉が開かれたので、男はそちらを見た。

 原因は分かったか? と言いかけたものの、逆光のシルエットは子供。


 とっさに腰のホルスターに手をやって、片手でハンドガンの銃口を向ける。

 躊躇ためらわずに発砲するも、手応えはない。

 今度は両手でしっかりとホールドして、パンパンと連続で撃つ。

 やはり、人影は倒れない。


「あなたが、指揮官?」


 深堀アイが問いかけるも、その返事は飛んでくる銃弾。

 彼女の名前を叫んでいることから、高級クルーザーの襲撃はそれが狙いだったらしい。


 銃弾はどれもアイの手前で力を失い、コンコンと、金属の床に落ちる。

 その手前に水の壁があって、そこで止まった。


「水の密度は、空気の800倍ぐらい。水深1mでも、かなりの減速よね? スーパーキャビテーションを利用した水中用の弾丸ですら、歩兵の銃なら水深5mでせいぜい30mだわ。届いて、60mが限界! それよりも遥かに深い水圧なら、簡単に止まるわよ?」


 アイは、学校で廊下を歩くのと同じ雰囲気で、船内に入った。

 いっぽう、男はホールドオープンした銃のトリガーを引きながら、絶叫する。


「何が女神だ! この化け物が!! 我々は、お前の手から海を奪還する!」


 男は後ずさりするも、すぐ壁にぶつかった。


「昔から、『女神ではない』と言っているでしょ? それに、『取り戻す』って、私なんだけど……」


 呆れたように、アイがつぶやいた。

 それから、狭苦しい船内をぐるりと見回す。


 男はUSFA海兵隊の服と階級章をつけているものの、その組み合わせがチグハグであることを見取った。

 軍を知らない人間ならば、骨董品のような魚雷艇で、日本の領海における発砲であろうとも、簡単に誤魔化せただろう。


「あなたの背後関係を聞こうと思ったけど……」


 アイが独白をしている間に、男はようやくマガジン交換のことを思い出した。

 リリースボタンを押して、空マガジンを落とす。

 同時に、もう片方の手で腰のベルトにある次のマガジンを探り当てて、拳銃のグリップの底に押し込む。

 ハンドガンの横にあるスライドリリースレバーをいじり、上部のスライドを閉じた。


 チャキッと銃口を向け直した時に、男は自分の身体のバランスがおかしいことに気づく。

 その直前に水のような液体が通り抜けたのだが、そちらは把握していない。


 男の視線が下を向き、驚愕した。


「俺の腕が!?」


 唯一の頼りであるハンドガンは、握っていた腕と共に床に落ちていた。

 何が起きたのか? すら理解できないまま、痛みのあまり絶叫する男。


 それに構わず、苦笑したアイが呟く。


「本当に、興ざめね……。もういいわ」


 くるりと男に背を向けたアイは、入ってきたばかりのスペースから外に出た。

 激痛で我を忘れた男の叫びが、その後をついてくる。

 止血しても、長くはないだろう。


 甲板には、同じようにUSFA海兵隊の戦闘服を着て、銃を持ったまま、倒れ伏した男たち。

 軍旗も掲げられている。

 それらを無視して端に近づいたアイは、海面に飛び降りた。


 ほどなく、停止した魚雷艇は穴に落ちたような唐突さで、いきなり海中にストンと没する。

 その場面だけ見ている者がいたら、自分の見間違いだった、と思うに違いない。



 ◇ ◇ ◇



 俺たちは、豆粒のようになった高速艇を見ながら、速度を落とした高級クルーザーの2階、後部サロンに集まっている。

 個室に避難していた女子中学生も、自分たちのリーダーである深堀アイを心配して、ここにやってきた。


 端の通路から、いきなり本人が姿を現す。


「はい、お待たせ! このまま、港を目指すわ」


 ワラワラと群がる女子中学生を抑えつつ、アイは内線で移動を指示する。



 ひやひやしたクルージングだが、沖縄の本島にあるマリーナの1つへ。

 桟橋さんばしに固定され、動かない地面とのご対面だ。


 高級クルーザーとして、また注目を集めたものの、群衆に囲まれなかった。

 しかし――


「失礼! 私はキャンプ・ランバートにおります、USFA海兵隊のヴァリー中尉です!!」


 黒っぽい詰めえりを着た、男の士官だ。

 見るからに外国人で、名乗りもUSFA海兵隊。

 金色のボタンが光っており、左胸には経歴を示すメダル。

 両肩の黒いショルダーボードには、金色の星と太い線がある。


 頭には、映画でよく見る軍帽。

 派手な飾りがついた黒いバイザーの、白い帽子だ。


 白いズボンに、白い手袋。

 さらに、白いベルト。

 士官らしく、顔が映りそうな、ピカピカの革靴。 


 彼の後ろには、武装した兵士たちも。

 緑色のデジタル迷彩で、胸ポケットの上に名前らしきアルファベットなどがある戦闘服だ。

 銃口を下ろしているものの、アサルトライフルの鈍い光。


 また怯え始めた女子グループの前に、アイが出た。


「どういうつもり? あなた達に話すことは何もない、と思うけど?」


 ヴァリー中尉は、アイの顔を見ながら、説明する。


「1時間ほど前に、USFA海兵隊の旗を掲げる高速艇をとらえました。しかし、我々が現場に到着するのを待たず、沈没して……。彼らは存在しない船で、我々に欠員はありません。しかしながら、詳しい事情を知るため、当事者の方々にお話を聞きたく存じます」


「任意よね? 拒否すると言ったら?」


 立派な軍帽のバイザーを触り、位置を直したヴァリー中尉は、改めて口を開く。


「その場合は、不本意ながら “異能者の制限に関する国際条約” と、“日米安全条約” に基づき、あなた方の身柄を拘束させていただきます! USFA海兵隊の名誉がかかっているため、我々は苦労をいといません。何卒ご理解をたまわりますよう、お願い申し上げます」


 アイは、ヴァリー中尉に尋ねる。


「ジェーガー中将ちゅうじょうは、基地にいるかしら?」


 緊張した顔つきのヴァリー中尉は、にべもなく断る。


「お答えできません! 仮にジェーガー中将が司令官室におられましても、取次ぎはいたしかねます」


 溜息を吐いたアイは、代わりに提案する。


「私が行くわ。彼女たちは普通の学生だから、手を出さないでちょうだい」


 かかとをつけたヴァリー中尉は、右手で敬礼をした。


「ご協力に感謝します! 代表者の方が来られるのでしたら、他の方々はお帰りください。……そちらの御二人にも、ご同行をお願いできませんか?」


 後半は、俺と咲良マルグリットを見ながらの台詞。

 どうやら、在日USユーエス基地に招待してくれるようだ。


 隣にいるマルグリットを見たら、ひょいと肩をすくめた。

 この状況で、断れるわけないでしょ? と言いたいのか。


 仕方なく、同意する。


「分かりました。……場所と拘束時間は、どうなりますか?」


 ヴァリー中尉は、俺の顔を見ながら、説明する。


「キャンプ・ランバートで、簡単な質問に答えていただきます。到着してから数時間もあれば終わるように、手配いたします。ホテルへの送迎についても、タクシーチケットをお渡しするので、ご心配なく」


 俺とマルグリットが首肯した後に、彼が合図を出した。

 兵士たちが周りを囲み、逃げられない状況へ。


「お連れしろ!」


 現場の指揮官であるヴァリー中尉の命令で、俺たちは連行される。


 椙森すぎもりデュ・フェリシア達はこちらを心配そうに見ていたが、引率のメイドに連れられ、リゾートホテルが回した送迎車に乗り込んでいく。


 いっぽう、俺たちは軍用車に押し込められ、そのまま在日US基地のゲートを潜ることに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る