第247話 高級クルーザーで海上のランチを楽しむ

 東京の秋葉あきばで知り合った深堀ふかほりアイと、思わぬ再会。

 室矢むろやカレナの妹である彼女の誘いに対して、俺は咲良さくらマルグリットに確認を求めた。


「メグ、どうする?」

「んー」


 うなり出したマルグリットは、腕を組んで悩み出す。


「今日のランチは、専属シェフの特選フルコースよ? わざわざ、REUアールイーユーから連れてきたの! 今日は天気がいいし、アップデッキにあるオープンリビングでゆっくり楽しめるでしょう……。世界的な大会で受賞したスイーツも、あるけど? もちろん、日本のお店では食べられないわ!」

「行く!」


 アイに説明されて、マルグリットは即墜ちした。



 桟橋さんばしに停泊している高級クルーザー。


 いかにもスピードが出そうな、水の抵抗を最小限にしたフォルム。

 下は濃いブルーで、上はホワイト。

 そのカラーリングによって、スポーティな印象だ。

 フルカウルで内部が守られているため、安心できる。


 側面の通路を歩いたら、幅は狭いものの、普通の客船のような柵がある。

 船首に日光浴のスペースで、リビングらしきテーブルと椅子。

 その時に心地よい場所でリラックスして、ゆっくり休むための設計だ。


 後部にある、左右の小さな階段から、2階と思しき部屋に入る。


 ちょっと待て。


 何、これ?

 高級ホテル?


 ヤバいよ。

 この空間だけで、俺達が泊まっている “スイート” ぐらいある。


「ここ、船の中よね?」


 隣のマルグリットも、思わずつぶやいた。


 2階をほぼ全て使用したメインサロンで、アイはクルージングの主催者のように説明する。


「フライブリッジに上がってちょうだい! トイレはここだから、いつでも利用してね? クルーは給仕を除いて、私たちがいる区画に入ってこないから、どうぞ気兼ねなく」


 他の女子中学生は、言われた通りに上へ。

 俺たちも、後を追った。


 近くで、言い合う声が聞こえてくる。


「どうして、乗れないのだね? これも、クルージング用だろう? さっき、乗る人を確認していたじゃないか!」

「このクルーザーは、私共わたくしどもの主催とは違っていまして……」


「見るからに女子中学生が、ゾロゾロ入っていたじゃん! ほら、上にいるし!! せめて、このクルーザーの帰港予定を教えてくれよ? 自分で、乗っているオーナーか利用者に交渉するから!」


 うわー。

 人だかりで、すごいことになってきたぞ……。


「騒ぎになっているの? 帰りは他の港に行ったほうが、良さそうね」


 俺の後ろから覗いてきたアイは、奥の壁へ歩いていく。


 彼女は設置されている内線の受話器をとり、会話を始めた。

 その間に、ブルルルと振動が響く。


 ザアアッと海面を掻き分けて、クルーザーが出航する。

 桟橋で揉めていた連中が遠ざかっていき、ようやく息を吐いた。


「上に行きましょう、重遠しげとおお兄さん! 料理と飲み物は、メイドが持ってきてくれるわ!」



 ――近海 高級クルーザー フライブリッジ


 クルーザーの内階段を上がったら、屋上に出た。

 外周に、金属の手摺り。


 マンションのリビングのようなソファ一式、可動式の屋根の下にダイニングテーブルと椅子。

 船首には、車のような操縦席もある。

 天気が良い日は、こちらで運転というわけか。


 埠頭ふとうの怒鳴り合いで萎縮したらしく、見覚えのある椙森すぎもりデュ・フェリシアを始めとして、全員が固まっていた。

 マルグリットは平然としたまま、ソファでくつろいでいる。


 それを見たアイは、友人たちに声をかける。


「怖がらせて、ごめんなさいね? 帰りは別の港にしたから、送迎の車でホテルに戻りましょう」


 リーダーの謝罪によって、フェリシア達はようやく肩の力を抜いた。


 メイド服を着た若い女が上がってきて、次々に前菜から並べていく。

 船上とは思えない豪華な盛り付けで、味も極上。

 給仕するスピードから、最後の仕上げのみ、船内でやっているようだ。


 周囲は、見渡す限りのコバルトブルー。

 いったん停止したので、それまでの轟音が嘘のように収まっている。

 波で船体が揺れているものの、海はとても穏やか。


 アイが話を振りながら、その合間に入れ替わっていく料理を味わう。

 山でいただく食事とは正反対の、大海原という揺りかごの上。

 世界でも屈指のクルーザーに乗ってのご馳走は、まさに格別だ。



「あの……」


 横を見たら、青い瞳。


「久しぶりだな、フィア」


 うなずいた彼女は、言いにくそうにモジモジするだけ。


 それを見た、周りの友人たちが、はやし立てる。


「フィアちゃんは、水着を見てもらいたいんだよ!」

「ねー?」

「ほら、思い切ってパーカーを脱ぎなよ?」


 フェリシアは観念したのか、その場で立ち、前のジッパーを下げて、大きめのパーカーを脱いだ。

 その瞬間に、彼女の巨乳と股間をカバーする、南国の海に似合うビキニが目に入る。


 上下ともにギンガムチェックだが、センスを感じる。

 両肩のひもで支える、定番のスタイルだ。

 2つの胸をしっかりと支えていて、それでいながら上の部分が大胆に開いている。

 上からはフリルが被さっていて、エレガントな印象。

 少なくとも、安物のビキニではない。


 これだけのサイズに対応。

 モデルも着ていそうなデザインから察するに、海外ブランドか……。


 ボーっと見ていたら、反対側にいるマルグリットにつつかれた。


「感想は?」


「うん、可愛い。よく似合っているよ、フィア! 地上に降りてきた女神様かと思った。君と付き合える男は、世界一の幸せ者だね?」


 マルグリットに急かされての発言だったが、当の彼女は恥ずかしそうに頷いた。


 水着のお披露目は、それで終了。

 他の面々も水着を着ているようだが、上から羽織っていて、見えない。

 クルーザーに乗っているため、小型のライフジャケット――引っ張ると膨らむタイプ――を上から装着。


 パーカーを着直したフェリシアは、俺の隣にストンと腰を下ろした。

 さっきよりも満足げな様子で、メイン料理を食べる。


 言い足りないかな? と思い、声をかける。


「フィアとは、秋葉で会って以来だったよな?」


 こちらを見た彼女は、年齢に見合った笑顔で答える。


「はい、室矢むろやさん! しばらく夜にお話できなかったので、心配しましたよ?」


 横に座っているマルグリットの様子を気にしながら、言い訳をする。


「悪かった。こちらも色々と、忙しかったんだ……。フィアたちは、来年で高校生か?」


「はい! といっても、うちは中高一貫だから、内部進学ですけど」


 アイは、他の友人たちと歓談中。

 マルグリットも、思っていたよりは機嫌が悪くない。


 おっと!

 紹介したほうが、いいよな?


「フィア、こちらは俺の……クラスメイトのマルグリットだ! メグ、こちらは秋葉で知り合った、フェリシア」


 それを受けて、俺の横に座っていたマルグリットが話し出す。


紫苑しおん学園、高等部1年の咲良マルグリットよ。メグでいいわ」

「私は聖ドゥニーヌ女学院、中等部3年の椙森・デュ・フェリシアです。フィアと呼んでください! よろしくお願いします」


 おずおずと右手を差し出したフェリシアに、マルグリットが応えた。


 外国人やハーフっぽい面々だから、マルグリットがいても自然に感じる。

 俺は、不自然だけどな。



「こちら、デザートでございます」


 給仕のメイドが、これまた綺麗に描かれたスイーツを並べていく。

 わあっ! と歓声が上がったのは、いかにも女子グループらしい反応。

 横を見たら、マルグリットも満面の笑みだ。


 一口で思わず笑顔になるスープ、シャキシャキの野菜サラダ、口の中で柔らかいと感じるパンに、何度も味わいたくなるメインディッシュの肉。

 さらに、デザートとしての、しつこくない甘さが織りなすハーモニーだ。


 果物が山盛りのフルーツタルトも、切り分けられた状態で、個別に載せられている。

 カトラリーは、それぞれの料理で使うものが用意された。


「あまーい!」

「美味しい!」

「幸せー!」


 青空の下、コバルトブルーの静かな海に浮かぶ、一隻いっせきのクルーザー。

 そのフライデッキで、日差しを避けるために展開した屋根に守られ、贅沢ぜいたくな時間が過ぎていく。


 真夏の風は、クルーザーの天井をそのまま甲板かんぱんにした空間を通り抜け、自由に行き来する。

 冷たいドリンクを十分に飲んでいることで、その暑さすら、心地よく感じた。


 食後には、口の中に残る甘さを反芻はんすうしながらも、用意された紅茶やコーヒーを飲む。


 こちらも一級品で、まさに王侯貴族のティータイムを思わせる。

 満腹になったうえに、リラックスBGMとしての波の音が、眠気を誘う。


 ここに、騒がしい観光客はいない。

 美しい海の景色は、俺たちのものだ。


 その時、メイド服を着た女が上がってきた。


「お嬢さま! 先ほどの件で、ホテルの支配人が話をしたいと……」


 眉をひそめたアイだが、笑顔に戻った。

 友人に告げる。


「すぐに戻るわ!」


 言い終わったアイは、下りていくメイドについていった。



 トイレに行きたくなって、船内へ。

 戻る際に、アイが話している声が聞こえてきた。


「ええ。別に、あなた達を責める気はないわ。こちらが無理強いをしたのだから……。帰港する場所は変えた……。あら、そう? なら、それはお言葉に甘えさせてもらおうかしら」


 それを聞きながら、フライブリッジに上がろうと――


「重遠お兄さん! ちょっと、いいかしら?」


 いつの間にか、ホテルの支配人との話し合いが終わったようだ。

 振り向きながら、答える。


「ど、どうした?」


 パタパタと手を振りながら、アイが微笑む。


「フフ。そこまで警戒しなくてもいいわ! 夏休みが終わったぐらいで、重遠お兄さんを紹介してくれるよう、カレナお姉さまに頼んで欲しいだけ! 東京の商店街で買い物中に会ったけど、それっきりなのよ」


 困ったように言ったアイに、俺はホッとした。


「あ、ああ……。カレナに伝えておくよ。俺も、1回話し合おうと――」

 ビービー


 手の平を向けたアイは、俊敏に走り、壁の端末に取りついた。


「Report!(報告しなさい!)」


『Boss,the Japanese Coast Guard is approaching! Stern direction.(ボス、日本の沿岸警備隊が接近中です! 船尾の方向)』


「Yes,then go to.......(そう、ならば……)」


『No,no! It’s a US torpedo boat! It’s from the Great War,remember? George sees machine guns and rocket launchers!( いや、違う! USユーエスの魚雷艇だ! 大戦時のやつだぞ、これ? ジョージが、機関砲とロケットランチャーを確認!)』


「Any chance of USFA?(USFAユーエスエフエーの可能性は?)」


『No,I don't.(ありません)』


「Commence movement.Prepare to engage!(移動開始、交戦用意!)」


『Copy that.(了解)』


 アイの指示で、高級クルーザーのエンジンが唸りを上げた。

 その値段に見合った大馬力によって、巨大な船体が動き出す。

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