第249話 この世界は危うい均衡で成り立っている(前編)

 ――キャンプ・ランバート


 俺と咲良さくらマルグリットは別々にされ、個室で尋問。

 知っていることは答えたが、深堀ふかほりアイとの出会いなど、洋上の襲撃に関係ない質問は断る。


 警察の取調べのように持久戦を仕掛けてくるか? と思ったが、終始なごやかに進んだ。

 けれども、武装した兵士が部屋のすみに立っていて、圧迫感が強い。


 机を挟んで座っているグレン・スティラーが、後頭部を掻きながら、謝罪してくる。


「すみません。これは、形式的なことでして……。他の方の証言と照らし合わせて『あなた方に問題がない』と、結論は出ています。公表されている事実だから言っておきますが、くだんの魚雷艇はUSFAユーエスエフエーで退役済み。非番の隊員にも確認をとり、異常なし。でも、襲撃犯の成りすましで激怒した海兵隊が『どうしても』と譲らず、こうなりました……。私は陸軍だから、反対しようにも、話を聞いてくれません。同じ異能者として尋問を担当するのが、精一杯でした」


 その黒目、黒髪、普通の体格で、同年代ぐらいの若い男に、話しかける。


「マルグリットとは、いつ会えるのですか?」


 あからさまな時間稼ぎに、だんだん、イラついてきた。


 いっぽう、グレンは、平然と言い返す。


「そろそろ、終わると思うのですが……。お?」

 コンコンコン


 ノックの後で、軍服を着た女が入ってきた。

 俺のほうを向いているグレンに、耳打ち。


 うなずいた彼は、俺を見た。

 デスクの上に広げていた書類をまとめて、天板てんばんでトントンと、端を揃える。

 ファイルに入れた後で、耳打ちをした女に手渡し、立ち上がった。


「あちらも終わりました! ひとまず、この部屋を出ましょう」


 油断なく見張る兵士の視線を感じながら、先導するグレンの後をついていく。



 周囲の奇異の目に晒されながらも、俺たちは、休憩用のラウンジに辿り着いた。


 グレンが、PXピーエックス(ポスト・エクスチェンジ)のダイナーカフェで、カウンターの奥にいる店員に話しかけた。


 くるりと後ろを向き、尋ねてくる。


「ご迷惑をおかけしたお詫びに、私が払います。ハンバーガーセットと炭酸飲料で、いいですか?」


「はい。それで、お願いします」


 お礼を言った俺は、グレンが英語で注文するのを眺めた。

 彼が窓際のボックス席に座ったことで、その向かいに座る。

 

 じきに、大きなハンバーガーとフライドポテトの一皿と、同じく大きなグラスの炭酸飲料が届けられた。

 グレンは少食らしく、ソース付きのチキンナゲット、コーヒーだけ。


 周囲にいた兵士、職員は、俺たち2人が姿を見せたら、遠巻きにした。

 ひそひそと仲間内で言いながら、絡んでくる奴はいない。


 その様子を見ていたら、グレンが苦笑する。


「すみません。普段は、異能者のスペースにいるもので……。たまに出てくると、コレですよ」


「いえ……」


 俺が日本人らしい返事をしたら、彼はポツポツと語り出した。


 キャンプ・ランバートは、一般の兵士・職員と異能者で、居住する区域も分かれている。

 超常的な力を持つ人間への畏怖は大きく、同じUSFAの軍人でも温度差が激しいとか。


 グレンは、俺を見ながら言う。


「私は人づきあいが苦手で、愛想もないから……。かんに障るのでしょう」


 俺は気になったが、言いよどむ。


「ええと……」


「私の能力は、戦闘にあまり向いていません。それ以上は、軍機です」


 気を遣ったグレンが、わざわざ話してくれた。

 尋問をしたから、テレパシーとか、そっち系だろう。


 少しの沈黙が続き、グレンが話題を振る。


「日本は、どうですか? 第二次大戦と、あの “消滅の夜” で、USFAもだいぶ変わりましたが……」


 その質問に答えながらも、この世界の歴史について振り返る。


 義務教育で、世界史、日本史を学ぶ。

 それを知った時には、かなり驚いたものだ。


 原作は主人公の鍛治川かじかわ航基こうきがあまり気にせず、千陣せんじん重遠しげとおの打倒と、ヒロインのイベントに取り組んでいた。

 奴の視点では単なる常識で、気にする必要もなかったのだろう。

 あいつは、女の尻を追いかける学園生活がメインだったから……。


 欧州の民族紛争から、第一次大戦。

 この流れは、俺が元いた世界に近い。

 しかし、と、その抵抗によって、植民地政策は早めに終了する。


 第一次大戦の負債を原因としたドイツの軍国化も、同じだ。

 指導者はカリスマを持っていたものの、俺が知っている歴史とは違う人物。

 優れた人間が支配するべきだ! というキャッチフレーズは、そのまま。


 異能者がいる世界とあって道理にかない、次の大戦が始まった。

 第二次大戦で兵器レベルが上がった点も、共通している。


 富国強兵で近代化した日本は “日本帝国” だったが、スタートから民主政治に近い。

 公家くげなどの上位が貴族に変わり、現代で一般市民になった経緯は同じ。


 気になるトップだが、義務教育のテキストに載っていない。

 各流派で秘密を守る風潮のため、総理大臣を任命する儀式はあるようだが、俺の元いた世界のあの方々がいるのかは不明。

 桜技おうぎ流のように神々をうやまう姿勢が強いことをかんがみるに、そちらの方向で固まったようだ。

 日本は神の国、という色が濃い。


 最大の違いは、だ。

 その関係で、この沖縄は防衛軍の基地が大きな面積を占めている。

 USFAの基地は、元の世界の在日米軍より規模が小さい。

 従来は海兵隊がメインで、陸軍、海軍の基地もあるが、このキャンプに集約されているのだ。


 大陸、つまり中華のほうは内戦に明け暮れていて、あちらの秘密兵器が飛び交う戦場になっていた。

 ちょっかいを出せる状態ではなく、日本は東南アジアに沿って南下。

 現地の慰撫いぶ政策をしながら、資源の確保に努めていたところ、USFAが宣戦布告して戦争へ。


 戦時中のUSFAは、いち早く異能者の部隊を作り、最前線に投入してきた。

 それに対して、日本は千陣せんじん流が出し渋り。

 桜技流はどちらかといえば憲兵で、大陸、北方からの防衛で忙しい。

 操備そうび流は兵器開発に専念したいと、やっぱり戦力外。

 真牙しんが流の魔法師マギクスだけが積極的に従軍して、国に尽くした。

 だから、ベルス女学校のように、軍との繋がりが深いのだ。


 日本はしばらく、ボコボコにされた。

 砲弾がらされ、集中砲火でもシールドを張られ、逆にまとめて吹き飛ばされる有様。

 太平洋を挟んでいたから、何とか戦線を維持できていたのだ。


 ところが、USFA本国で、1つの事件が起きた。


 。と判明。

 戦後における、選挙への出馬といった政治的な活動で、彼らが邪魔になったのだ。

 その功績だけ利用するため、艦隊司令官クラスが謀殺した。


 最も疑わしい人物は、太平洋シー艦隊の大将。

 共犯もウヨウヨ見つかって、一大スキャンダルになりかけた。

 戦時体制で、軍の士気を下げたくなかったUSFAの首脳部は、これを握り潰す。


 事態は、これで終わらなかった。


 次に発生した出来事は、始末された異能者の部隊にいた被害者の1人。

 まだ女子高生ぐらいの金髪碧眼きんぱつへきがんの少女が、友軍の兵士たちに暴行される様子を収めた動画の流出だった。


 1ヶ月後に、太平洋艦隊の司令部で、大将に6発の銃弾が撃ち込まれた。


 犯人は、まだ研修期間といえる、若い男の少尉。

 即座に取り押さえられ、あらゆる方法で尋問された結果、その動画に映っていた少女と親しかった事実が判明。

 付け加えると、その大将は、異能者を始末した部隊の当事者だ。


 それでも、USFAの軍部は、内々で片をつけようとしたが――


 今度は、北米にある基地が、たった一夜で消滅した。

 “消滅の夜” である。


 この時点で、情報局によって管理できるラインを超えた。


 なにしろ、素手でも建物ごと破壊できる異能者が、普通にいる世界だ。

 下手すれば、飛んできた弾道ミサイルも破壊する。

 彼らが、黙っているわけがない。


 マスコミが騒ぎ、匿名の関係者が暴露することで、異能者はもちろん、一般市民、普通の軍人も騒ぎ出す。

 しまいには、サボタージュ、小規模なクーデターまで勃発。


 USFAのトップは、慌てて犯人たちを “国家の敵” として処分するも、国内の情勢はどんどん不安定になっていく。

 元々の対立である、異能者と非能力者の小競り合いは激化していき、報復に次ぐ報復へ……。


 軍需産業ですら、これには顔面蒼白。

 母国の名前が変われば、手始めに処刑されるだろう。


 大統領はホットラインで、主要国と対話する。


 そして、第二次大戦が終わった。


 他の主要国でも、似たような話が出ていた。

 USFAほど極端ではなかったものの、内部の異能者が武力で上に立つ流れ。

 それを許せば、異能者がトップに君臨する、新たな世界秩序の幕開けだ。


 もう、戦争をしている場合じゃない。

 第一次大戦のように賠償を求めるとか、そういう話でもない。

 すぐに撤兵して、国内を統制しなければ、どの国もなくなる!

 仲良くしよう、今すぐに!!


 皮肉にも、この世界は核兵器による大破壊ではなく、異能者による支配を防ぐために一致団結したのだ。

 戦後処理の結果として、今の海外グループも作られた。


 異能者を駆逐するか弾圧しても、他国との軍事バランスが崩れるのみ。

 そのため、お互いに住み分け、そのラインを手探りで模索していく状況になった。

 港でUSFA海兵隊の士官が言っていた、異能者うんぬんは、その1つ。


 なお、“消滅の夜” の真相は、今でも不明だ。


 この世界は、異能者と非能力者の危うい均衡きんこうによって成り立つ。



「……そうですか。こちらは干渉されないから、気楽ではあります」


 俺の日常を聞いたグレンは、自分の感想を述べた。

 すると、店外の喧騒けんそうが大きくなる。


 何気なく見たら、見覚えのある金髪巨乳が歩いてきた。

 先導しているのは、軍服を着た若い女だ。


「Hey,girl! Are you free tomorrow?(なあ、彼女! 明日、空いているか?)」

「What hotel?(どこのホテルだ?)」

「I’ll show you,okay?(案内するぜ?)」


 マルグリットが周囲の兵士にナンパされていることは、理解した。


 それを見たグレンは、ガタッと立ち上がった。


「行きましょう! すぐに止めないと、エスカレートする!!」

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