第237話 北垣凪はラスボスを倒せるほどの勇者である(後編)

 止水しすい学館の応接室に入った北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおは、私服の天沢あまさわ咲莉菜さりな、局長警護係の花山西かざのにし瑠璃るりと向かい合う。


 最初の挨拶もそこそこに、凪は咲莉菜に話しかける。


「お時間をいただき、恐縮です。私と澪ちゃんが室矢むろや家に加わりたい件について、咲莉菜さまのお考えを聞かせてください!」


 その思い切った発言に、隣に座っている澪や、咲莉菜の背後に控えている瑠璃が動揺した。


 咲莉菜は、普通に話し出す。


「そうですねー。当流から離脱して千陣せんじん流に入り直すことは、別に構いませんけど? 今なら、手続きを行い、北垣さん達が室矢家に受け入れられれば、それで済む話ですしー」


 ところが、凪は、首を横に振った。

 笑顔のまま、小首をかしげる咲莉菜に、ズバリ言う。


「一人前の演舞巫女えんぶみことして室矢くんの力になることは、できますか? 私は桜技おうぎ流のままで、彼の役に立ちたい!」


 目を細めた咲莉菜は、問いかける。


「そんな都合のいいことが、許されるとでも?」


「咲莉菜さまの願いを叶えられます!」


 凪は負けじと、言い返した。

 いきなり話がズレたことで、聞いていた澪と瑠璃は、理解に苦しむ。


 それに対して、咲莉菜は怒らず、続きをうながした。


 真剣な表情の凪は、彼女の目を見たまま、説得する。


「私と澪ちゃんが、桜技流の演舞巫女のまま、室矢くんの女になれば、咲莉菜さまを受け入れてもらえる余地が広がります! それに、今回の不正は、硬直した状態の長期化が原因の1つだと思います。私たちが他流の家に滞在すれば、そっちが目立つでしょ? 各校で人材交流をするなどの改革も、やりやすくなるし……」


 営業トークを始めた凪に、周囲は驚く。

 その場にいる全員が注目したまま、彼女の次の言葉を待つ。


「そもそも、おかしいと思ったんだ。私と澪ちゃんは、ただの女子高生。それなのに、室矢くんを殺しかけた後で、熱寒地ねっかんじ村から脱走した私と御刀おかたなを持ち出した澪ちゃんは御咎おとがめなし。それどころか、局長警護係への内定という、大抜擢になった。これ、誰かの意向がなければ、あり得ないよ……。だったら、それは室矢くんしかいない。で、彼が口説き落とした相手は、咲莉菜さまだよね? わざわざ、近衛このえも動いたわけだし」


 普段の口調に戻った凪だが、そのズバッと切りこむ姿勢に、誰もが魅入られた。


 咲莉菜は、1つだけ質問する。


「まだ未来がある生徒に恩情をかけたとは、思わないので?」


 ブンブンと首を振った凪は、すかさず言い返す。


「普通に考えたら、私たちも厳罰に処したほうが早い! それに、咲莉菜さま――」


 再び彼女を見た凪は、ハッキリと言い切る。


「女の顔しているもん! すごく、いい顔だよ!!」


 その台詞に、瑠璃は思わず、卒倒しそうになった。

 澪に至っては、口から泡を吹き、気絶しかける。


 仮にも、刀剣類保管局の局長に対して、この発言だ。


 凪は高等部の1年生で、まだ一人前の演舞巫女ですらない。

 つまり、警察学校にいる訓練中の巡査が、管区警察局長に言ったのと同じ。

 RPGで、いきなり後半のボスに挑むぐらいの行為だ。


 北垣凪は、勇者である。



 よりにもよって、想い人に会えなくなった直後に、このあおり。

 この場で、凪を斬り捨てろ! と命令されても、おかしくない。


 そう思った瑠璃は、自分の指の感触を確かめる。


 だが、咲莉菜はソファに座ったまま、後ろの瑠璃を見た。


「北垣さんの腕は?」


 御前演舞は、将来の自分たちの同僚を決める場だ。

 ゆえに、局長警護係は、面接として観戦するのが常。


 上官に質問された瑠璃は、正直に答える。


「本物です。しっかり鍛えれば、うちの四席と戦わせても良い勝負になるでしょう。剣術の腕だけで評価するのなら、桜技流で並ぶ者がない領域も、夢ではありません」


 瑠璃の返答に、咲莉菜は長考に入る。



 咲莉菜さまの口から、空手の息吹いぶきのような、コオオオッという呼吸が聞こえるのは、きっと空耳だ。

 そうであって欲しい。


 凪の隣で気絶しかかっている澪は、必死に祈った。



「錬大路さん?」


 急に呼ばれた澪は、怯えた表情で咲莉菜を見た。


「はははは、ハイ!」


の面倒は、そなたが見ているのでー?」


 いつも通りの、おっとりした口調のため、逆に怖い。

 目だけ、笑っていないし。


 澪はガチガチに強張ったまま、何とか咲莉菜の質問に答える。


「え、ええ……。授業の課題やテスト勉強で、私が面倒を見ています」

「うん! 澪ちゃんのおかげで、いつも助かっているよ!!」


 黙って。

 お願いだから、今は黙っていて……。


 心の中でお願いする澪だが、当の本人は平常運転。



 いつもの雰囲気に戻った咲莉菜は、澪に尋ねる。


「そなたは、どうしたいのですか? 北垣さんの希望は別として、そなたにも選ぶ権利がありますよ?」


 ようやく落ち着いた澪は、改めて考える。


「私は……。私は、凪と一緒にいたい……。それに、こんな調子ですから、誰かがついていないと危険ですし……」


 わかりみ。


 そう思った瑠璃は、心の中で深くうなずいた。

 咲莉菜の警護をしながら、この騒ぎの中心にいる凪を見る。


 なまじ、悪意を持たず、正論で殴ってくるから、たちが悪い。


 剣術の腕が抜群で、可愛い系の上位。

 調査によれば、内部の人気もけっこうある。

 学業の成績も良好で、だからこそ嫉妬されやすい。


 あまりにも、傷がなさすぎる。

 少しは人間らしい弱みや、醜い感情があれば、まだ共感できただろうが……。


 北垣凪が不正をした連中にめられた理由の1つは、彼女に熱を上げていた女子がこっぴどく振られたこと。

 女同士の三角関係だか四角関係で、顔を見るのも嫌になり、一刻も早く消したい。となったようだ。


 本人には、そういう振り方をした自覚がなさそう。


 要するに、大好き、大嫌いの評価になりやすい人間。

 アイドルをやっているほうが、お似合いね?



 実力はあるから、こんな態度でも通用したわけか。と思った咲莉菜は、最後に1つだけ確認する。


「北垣さん……。わたくしが許可を出した場合に、そなたと錬大路さんの御二人が室矢家に入れる算段は?」


「ある……。じゃなくて、あります! 室矢くんと話をした時に、あちらのメンバーの4人から推薦をもらえたし、『演舞巫女の力を持ち、桜技流とのチャンネルになるなら』って言われました!!」


 なるほど。

 それで、さっきのお願いか……。


 自分の考えを修正した咲莉菜は、コレは使える、と結論を出した。


「分かりました。では、当流の演舞巫女として、室矢家に加わることを目指しなさい……。錬大路さんも、良いのですね?」


 はい、と返事をした澪。


 それを受けて、咲莉菜は後ろに立っている瑠璃を見た。


「この2人を鍛えなさい。局長警護係のレベルで」


「ハッ! ……矯正きょうせいしますか?」


 瑠璃の質問に、咲莉菜は否定した。


「いりません。良くも悪くも、これが北垣なのでしょう。変に萎縮させるか、弱くなったら、本末転倒……。このタイプは、早死にするか、壁をぶち破って大成するかの二択。なら、最大限に有効活用するべきです。いずれ立場と実績が備われば、この態度と釣り合うでしょう。それに、これが重遠しげとおの好みだったら、逆効果になってしまいます……。ツーマンセルは、北垣さんと錬大路さん! 他のパターンは後回しで、構いません」


「承知いたしました」




 生きた心地もしない面談が終わって、澪はフラフラと歩く。

 傍にいる凪から心配されたが、あなたのせいよ、とは言えない。


 凪は、けろりとした顔でつぶやく。


「いやー。咲莉菜さまも、冗談を言うんだね! 『わたくしが重遠と添い遂げられなかったら、そなたを10分割にしますのでー』って……」


 それ、冗談ではないと思うわよ?


 心の中でツッコミを入れた澪は、その代わりに訊ねる。


「な、凪……。私のことを好き?」


 くるりと振り向いた彼女は、笑顔で答える。


「うん、大好きだよ!」


 ホッとした澪は、思い切って誘う。


「私も、大好きよ。あ、あの……。私たち、ようやく戻ってこられたし……。久しぶりに……」


 しかし、困った表情の凪は、澪に説明する。


「うーん……。私、室矢くんのほうが好きなんだよね……。これから頑張らないといけないし、当面はやめておこうよ。それにさあ……。御前演舞の前夜で、室矢くんに夜這いをしたでしょ? 澪ちゃんも、狙っているんじゃないの?」


 澪は、あの光景を見られていたのか、と驚いた。

 すぐに否定しようと、言い訳をする。


「私は! 凪を守るために、室矢くんの部屋へ行ったの!! 誤解しないで!」


 その様子を見て、凪は指摘する。


「断られたとはいえ、実質的にヤッたのと同じだよ。本当に嫌だったら、そもそも室矢くんの部屋へ行かないと思うけど? 澪ちゃんも、自分の気持ちをよく考えてみて……。ここは特殊な学校だから、女同士の関係になりがちだけどさ」


 私たちを助けてもらったお礼。

 そのつもりだったが、本当にそうだろうか?


 考えてみたら、拒否感はない。

 あそこまで誘ったのにNOと言われたのは、かなり腹が立ったけど……。


 室矢重遠を男として考え始めた澪に対して、凪がささやく。


「2人で、室矢くんの役に立とう? 私はこんな性格だから、澪ちゃんがいてくれたほうが助かるよ! 彼といれば、同じ男を愛しているからって喧嘩や別離もないんだし……。高校を卒業しても、一緒にいられる」


 そうかもしれない。

 だとしたら、思わぬ形で理想的な生活に。


 でも、私は凪が――


 一気にグラついた澪の内心を見抜いた彼女は、最後のダメ押し。


「私たちの関係も、申告するよ? 『2人とも室矢くんが最優先で、他の女には絶対に手を出さない』と付け加える形でね! 澪ちゃんだから、好きになったわけだし……。それで拒絶された時には、私も諦めるよ」


 ゴクリとつばんだ澪は、凪を見た。


「そ、そこまで言うのなら、私も本気で頑張るわ! 2人で室矢家に認めてもらえるように、頑張りましょう!!」

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