第236話 北垣凪はラスボスを倒せるほどの勇者である(前編)

 夏休みに行われた御前演舞で、桜技おうぎ流の一斉摘発。

 主だった派閥は消え去り、その勢力図が大きく塗り替えられることに……。


 止水しすい学館の傍にある日本家屋で待機していた北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおは、局長警護係と一緒にやってきた天沢あまさわ咲莉菜さりなから説明を受けた後に、自宅への帰還を許された。


 夜更けになっていたから、翌朝まで待機した後に、車で送ってもらう。

 どちらの自宅も止水学館の近くで、1時間もかからずに到着した。


 凪の自宅は戸建てで、入るや否や、号泣する母親に抱き着かれた。

 熱寒地ねっかんじ村に置き去りだった荷物も回収され、その汚れが、いかに激戦であったのかを思い出させる。


 桜技流は、2学期の始業式までに、最低限の体裁を整える。

 止水学館も御多分に漏れず、かなりドタバタしているようだ。


 まるで、10年後に帰ってきたかのような錯覚に陥りながらも、2階にある自室のドアを開ける。

 パタンと閉めた後に、ドサッと、ベッドに倒れ込む。


 スポーツバッグは汚れすぎていて、玄関の床に置きっぱなしだ。

 落ち着いたら、中の荷物と一緒に捨てるか、洗わなくてはいけない。


「私、無事に帰ってこられたんだ……」


 独白した凪は、うつ伏せのまま、ベッドのシーツにほおをすりつけた。

 くすぐったい感触で、自分の部屋にいることを実感する。


 しかし、喜んでばかりもいられない。


 ガバッと起き上がった彼女は、学習机の上にあるスマホを手に取る。


“澪ちゃん。時間があったら、今後について話そう?”


 打ち込んだら、わずか1分で、ポンッと音が鳴った。


“今日は親と話をするから、無理……。明日は、空いている?”



 ――翌日


「あらー! いらっしゃい!! 夏休み中なのに、澪ちゃんもお役目、大変だったわね!」

「いえ……。お久しぶりです、尋美ひろみさん」


 1階の玄関で大声が響いたと思ったら、やがてノックの音。

 北垣凪が返事をしたら、ガチャッと開く。


「はい。これ、尋美さんから……。座っていい?」


 フローリングの四足テーブルの上にお盆を置いた錬大路澪は、凪に話しかけた。


 この部屋のぬしである彼女に許しをもらい、澪はラグが敷いてある場所に座る。


 お盆の上にあるグラス、麦茶、ポテチなどのお菓子のバスケットに手を伸ばした。

 しばし、飲み食いする音が響くも、澪から話を向ける。


「凪……。私たち、どうするべきかしら?」


 苦しんでいる澪に対して、凪はあっけらかんとした顔だ。


「うーん……。一度、私たちの状況を整理してみようか?」


 言い終わった凪は立ち上がり、ホワイトボードと黒マジックを持ってきた。

 キュキュッと、書いていく。


「現状で、私たちは止水学館の高校生……。今回は、局長警護係に内定していたことから、アンダーカバーとして熱寒地村の討伐に出向いた……。そういう話になったよね?」


 うなずいた澪を確認した後に、凪は話を続ける。


「私が室矢むろやくんを殺しかけた事実も、彼が千陣せんじん流の宗家に直訴したことで消滅……。オウジェリシスという化け物から救ってもらったことを合わせれば、私の全てを捧げても、ぜんぜん足りないぐらいの恩だね!」


「凪は、室矢くんのことを――」

 言いかけた澪に、彼女は手の平を向けた。


 そして、要点に入る。


「私と澪ちゃんには、いくつかの選択肢がある。1つ目は、このまま止水学館に在籍するか転校して、卒業したら局長警護係に入ること。2つ目は、演舞巫女えんぶみこを辞めて、どこか適当な高校に移ること。3つ目は、室矢むろやくんのいる室矢家に加わること」


 お菓子を食べる手を止めた澪は、自分の考えを言う。


咲莉菜さりなさまに、ここまで庇ってもらった以上は、1つ目を選びたいけど……。私も、室矢くんには借りがあるわ! カレナが言った成功報酬も、払わないといけないし」


 悩み続ける澪に、凪が平然と返す。


「桜技流で立場を築いて、他流の室矢家に便宜を図るのも、立派な恩返しだと思うよ? でも、私は室矢くんの女になるから……。澪ちゃんが局長警護係になりたいのだったら、その分も私が返しておく」


 びっくりした澪が、凪の顔を見た。


「で、でも! 私たち、『不要だ』と返品されたのよ!?」


 首を横に振った凪は、冷静に説明する。


「室矢くんの家で、私たちの評価は聞いたでしょ? あそこで発言力を持っていそうな4人から、推薦してもらえた。でも、当時の私たちは桜技流から追われている身で、いったん戻すことが必須だった」


 その時を思い出そうと努力している澪に、凪が付け加える。


「当主としての室矢くんは、『うちに来れば、色々な勢力から狙われるし、他の男とは付き合えないし、結婚もできない』と説明していた。けれど、カレナちゃんが指摘したように、あの時は彼にすがりつくことが唯一の助かる道だったよ」


 同意した澪は、そうね、とだけ、つぶやいた。


 それを見た凪は、口を開く。


「今はまた演舞巫女を目指せるし、普通の女の子にもなれる。高等部を卒業したら、内部のお見合いで結婚するか、外で探してもいい。でも、私たちが室矢くんに引き取られるだけなら、ペットと同じだよ? いつ彼に捨てられるかも、分からない。他に女がいて、抱く相手に困っていないのだし……。自分の親や友人に会う時、どう言い訳するの? 『私、桜技流から捨てられたけど、今は室矢くんに飼われているから、安心して』と言える?」


 想像した澪は、思わず体育座りになった。

 横目で見ながら、質問する。


「私たちに選択肢を作ってくれたことには、感謝の言葉もない。それは分かる……。凪は、私より室矢くんのことが大事? これでも、あなたのために全部投げ捨てて、助けに行ったのだけど……」


 目を伏せた凪は、すぐに澪の顔を見た。


「それは、とても嬉しかったよ! でも、今の私は、澪ちゃんより室矢くんを選ぶ……。止水学館に残るか転校する場合は、悪いけど、別の相手を探して」


 凪の自室に、微妙な空気が流れた。


 その原因となった彼女は、付け加える。


「今の澪ちゃんは、局長警護係に内定していて、桜技流の不正を摘発した功労者……。より取り見取りだと思うよ? どうせ、高校卒業と同時に、だいたい自然消滅の関係だし……」




 ――数日後


 桜技流を揺るがす大事件とあって、夏休み中に緊急招集が行われた。

 あとで確認しても良いのだが、ほぼ全員が止水学館に集結。


 体育館で壇上に立った教師が、説明を終えた。


『――このように、桜技流は再出発をします! 各自、デマに惑わされず、落ち着いて行動するように』



 教室に戻る中、北垣凪と錬大路澪はそれぞれ、揉みくちゃにされた。


「北垣さん、すごいです!」

「前から、あの人たちは怖かった……。これで、安心して過ごせるよ!」

「御前演舞の時から、注目していました。あの……。夏休みに、お時間はありますか?」


「錬大路さん、1人で北垣さんの手助けに行ったんだよね?」

「筆頭巫女のために動いていたエージェントって、漫画みたい……」

「こ、今度、剣術の稽古に付き合ってもらえませんか?」


 先ほどの壇上で、筆頭巫女の代理として訪問した局長警護係から、直々に紹介された。

 土蜘蛛つちぐもが大量に出現した事件で、その原因となった熱寒地ねっかんじ村の討伐をしたから。


 白い目で見られるどころか、一躍ヒロイン。

 凪と澪はどちらも、周囲にいる生徒から大人気だ。


 と思ったら、急に人垣が割れた。


 その先には、堅苦しいデザインの制服。

 スカートだが、背中の装具と、それにつけられた御刀おかたなもある。


 局長警護係の花山西かざのにし瑠璃るりは、凪と澪に話しかける。


「話があります。教室に戻らず、このまま来なさい」



 応接室に入った瑠璃は、2人にソファを勧めた後に、話し出す。


「必要事項だけ、伝える」


 局長警護係への内定は、ひとまずの措置。

 止水学館の高等部を卒業するまでは、高校生としての生活を続けられる。

 凪と澪がどうしても嫌であれば、無理に演舞巫女を続ける義務はなく、その場合にも転校などで相談に乗る。


 瑠璃は、考え込む2人に説明する。


「卒業後に、うちへ来ることも可能よ? ただし、錬大路さんは御前演舞の実績がないから、高等部の3年間で “本戦の出場” を達成することが条件になる」


 特例で採用したが、通常は御前演舞の上位入賞者の中からの選抜だ。

 本戦の出場だけで良いことは、かなり甘い条件。


 凪は座ったまま、手を挙げた。

 瑠璃は、発言を許可する。


「室矢くんのところに行きたい場合は、どうしたらいいんですか?」


「……それは、『室矢家の一員になりたい』という意味?」


 うなずいた凪を見て、瑠璃はあごに手を当てた。


「私の一存では、答えられない……。錬大路さんも?」


 困った澪を見た瑠璃は、確認しておく、と返事。

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