第233話 桜技流の背信者たちの始末と俺たちの未来ー①

 天沢あまさわ咲莉菜さりなの言い方にゾクッとした俺は、すぐに返答する。


「彼女たちは、元の生活に戻してくれ。『任務に就いていた』とすれば、咲莉菜にできるだろう? ……俺をえさにして不正を暴いたことの埋め合わせは、それで構わない。俺は自分の意志で選べない奴隷が欲しいわけではなく、だからといって親しくなった女子2人が不幸になることも見過ごせない」


 いつも笑顔の咲莉菜が、珍しく思案する表情になった。


 やっぱり、うちが引き取らない場合は、不正の関係者と一緒に消すつもりだったか……。


 彼女は俺のほうを見ながら、説明する。


北垣きたがきさんは、そなたを殺しかけました。重遠しげとおがそれで良くても、千陣せんじん流は納得しないでしょう。それに、アンダーカバーとはいえ、収容先の熱寒地ねっかんじ村から脱走したことも重罪です。錬大路れんおおじさんも、御刀おかたなと装備一式を無断で持ち出したうえに、同じく無断の戦闘行為をしています」


 やはり、危惧していた流れだな。


 俺の顔を見たままの咲莉菜は、続きを口にする。


「そなたが自分の責任で2人を保護するならともかく、当流で再び演舞巫女えんぶみことして扱うのは難しいですね……。わたくしが偽装ぎそうをしても、真実はいずれ漏れます。2人を特別扱いとする命令を下せば、むしろ反感を買うでしょう。他の人間は彼女たちを裏切り者、あるいは罪人と見ます。深刻なイジメや、弱みを突いての強制、謀殺は、上の人間に分かりにくいように行われるものです。今回の二の舞を防ぐため、罪を犯した彼女たちには相応の罰を与えて、綱紀粛正をしなければなりません」


 咲莉菜の目を見ながら、言い返す。


「千陣流では、『桜技おうぎ流の演舞巫女による殺害未遂はなかった』と話がついている! その件は俺の都合もあったから恩に着せないものの、だからといって対価なしは良くないだろう? 室矢むろや家は、千陣流で宗家に次ぐ立場だ。その当主である俺の首に安い値段をつけてもらっては困る」


 咲莉菜は、驚いた顔に。

 駆け引きとして悪手だが、ここで出し惜しみをする気はない。


 役員机の上のドリンクを少し飲んだ彼女は、下を向いた状態でしゃべる。


「当流のためにご尽力いただいたこと、心より感謝申し上げます。ですが――」

「咲莉菜!」


 いきなり名前を呼ばれて、彼女はビクッと、肩を上げた。


 これ以上の水掛け論を防ぐために、結論だけ言う。


「都合の良い時だけ、姉になるな! お前がそうやって桜技流のトップの顔だけで通すのなら、俺も千陣流の室矢家の当主として対応する。もう二度と会わないし、連絡もしない。この御前演舞でおとりにした件での交渉も、代理人を通して行う」


 咲莉菜はうつむいたまま、返事をしない。


 後ろを振り向いた俺は、まっすぐに学長室のドアへ向かう。


 戸惑い気味の南乃みなみの詩央里しおり、特に感慨を見せない室矢カレナ、無言で咲莉菜に一礼した千陣夕花梨ゆかりたちも、ついてくる。


「ま、待ってぇ!!」


 俺が内側のドアノブを握れば、椅子から立ち上がる音の直後に、咲莉菜の悲痛な声が追いかけてきた。


「し、承知しました。北垣さんと錬大路さんは、わたくしが責任を持って、止水しすい学館に戻します。……また、会っていただけますよね?」


 振りむいた俺は、思わず立ち上がった彼女を見る。


「分かった。日程は、詩央里に連絡してくれ」


 言い終わった後にドアを開け、俺たちは帰る。


 夕花梨たちは、京都の屋敷。

 俺たちは、東京のマンションへ。




 ――1週間後


 桜技流の教育機関である、止水学館。

 その乙女の園で行われた御前演舞は、俺と学生の振りをした天沢咲莉菜の2人に釣られた犯罪者たちを炙り出す罠だった。


 東京にある桜技流の拠点の1つで、会合に臨んだ。

 様々な調整を行っていて、そのあいだに立ち寄ったらしい。


 私服の咲莉菜が、後ろに同じく私服の局長警護係を引き連れ、報告してきた。


「結論から申し上げると、当流は重遠を『刀侍とじ』と認めましたー! けれども、具体的な扱いが難しく、咲耶さくやさまのご神託に従っただけです。やしろをまとめている本庁と内部については、わたくしが何とかします……。これで、そなたは桜技流の客人として、公的に主張できる立場となりました! 公式に発表するタイミングは、当流の立て直しが一段落した後に、改めて検討する予定です。そうでないと、反対派がうるさくて……」


 南乃詩央里を介して受け取った書状には、確かに “室矢重遠を刀侍と認める” と記されていて、咲莉菜と本庁の責任者らしき名前もあった。


 千陣流の当主会にも、同じ趣旨の手紙が届けられ、かなり物議をかもしたようだ。

 秘書役の詩央里は、関係者の問い合わせをさばいている。


 物好きなことに、止水学館の御前演舞で俺を見初めた女子も多く、マンションの郵便ポストは毎日ラブレターであふれ返っている始末。


“御前演舞で御刀おかたなを振るう御姿を拝見して、それ以来、あなたのことが頭から離れません”

“あれだけの動きは、どう修行したら到達できるのですか?”

“今度、私に剣術をじっくりと教えてください!”

“自宅を教えます。この夏休みで遊びに来てもらえると、嬉しいです”

“付き合ってください”

“あなたの子供が欲しいです”


 紫苑しおん学園と近隣の学校、ベルス女学校、止水学館とその他から、手紙が山のように届く。

 桜技流のほうは、使用済みの下着と本人の写真を同封してくるのを止めろ。


 俺の個人情報は、どうなっているんだ?

 メグの相手をしたら、拠点を変えるか、私書箱に切り替えないと、本気でまずいぞ……。


 話を戻そう。

 ここで、俺が聞いておくべきことは――


「俺が “妖刀使い” である疑いは、どうなっているんだ?」


 それを聞いて、咲莉菜は疲れた顔に。


「わたくしは咲耶さまの神名を出したうえで、『彼は天装をまとい、御神刀を振るう者』と説明しました! けれども、アレが妖刀という疑いは残ったままで、御神刀と認めている勢力は逆に『我々で管理するべきだ!』と主張しています」


 どちらへ転んでも、俺には逆風か。

 のこのこと遊びに行けば、どういう罠が待っていてもおかしくない。

 しかし、咲莉菜は、自分が何とかする、と言ったのだから、これ以上の議論は無用だ。

 最悪でも、桜技流と縁を切って、距離を置けばいい。


 俺は、彼女に結論を言う。


「室矢家の当主として、返事をする。御流による『刀侍』の認定は、暫定的に受け取ろう! ただし、必要があれば、そちらに連絡なく、俺の判断でこの証明書を提示する。また、状況により返納して、御流との関係を断つ可能性もある。……それでも、よろしいか?」


 首を縦に振った咲莉菜は、了承しました、と端的に答えた。


 次に彼女は、今回の事件で俺たちが知っても良い、ギリギリの範囲まで、教えてくれた。


 事の発端は、桜技流の学校同士の勢力争いだった。


 北垣なぎと錬大路みおの止水学館が “みず”、咲莉菜の疾雷しつらい武芸学園が “いかづち” のように、それぞれ特色がある。


 だが、入学でその適性を完全に見極めるのは難しく、年度の定員という都合で、やむなく他校を受験する生徒もいる。


 その学校とは異なる才能を発揮する事例が、いくつも出てきた。

 相容あいいれない派閥による対立は、水面下で小競り合いを続ける。



 咲莉菜は、俺の顔を見ながら、淡々と説明する。


「女だけが集まっている空間ゆえ、グループの対立による争いは、どんどん激化しました。その延長線上で、気に食わないライバルを潰すために、ある方法を考えたのです」

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